DEATH be not proud, though some have called thee
Mighty and dreadfull, for, thou art not so,
For, those, whom thou think'st, thou dost overthrow,
Die not, poore death, nor yet canst thou kill me.




Without You.



 あー、あー……これで大丈夫?
 あ、大丈夫なんですね。はい、ありがとうございます。
 なんか緊張しちゃう……え、もう始まっちゃってるんですか?
 わ、ぁっ、じゃ、じゃあ。……ふーー……よし。
 
 
 ……おはようスザク。こんにちは、かしら?こんばんはだったら今日は早く休んでくださいね。あなたはいつも一生懸命で無理しちゃうくせに頑固で真面目で私の話をちっとも聞いてくれないんだもの……もうちょっとくらい融通を利かせてもいいと思うんです。……例えば?例えば、そうね。そう、もうちょっとだけ一緒にいる時間を増やせたら嬉しいかしら。私、スザクとお茶をするのとか、お話をするのとか、全部好き。今日のお菓子は何にしようかしら。そろそろ春に摘んだ花のお砂糖漬けが出来る頃なの。あんまり甘くないお菓子を作ってもらうから一緒にお茶をしてくださいね?それから、少しお仕事を手伝ってもらわなくちゃいけないの。トウホクの方へお姉様の代理で遠出が決まりました。スザクには学校を休んでもらわなくちゃいけなくて、本当に申し訳ないのだけれど一緒に行ってくれるととても助かります。北の方はこちらより涼しいのかしら?海が綺麗な海岸がそばにあると聞いているから少しだけ楽しみです。あ、もちろんお仕事に行くんだから、真面目です、真面目に頑張りますよ。
 でも、旅先で目にする綺麗なものを沢山スザクと一緒に分け合えたらとても嬉しいです。
 あ、でも、私のために学校を休ませてしまうんですから、ちゃんとお勉強も一緒にしましょうね?ごめんなさい、申し訳ないと思っているのは本当なの……その代わり出来る限りあなたの力になりますから。
 この前の外国語の試験はとても良かったでしょう?今度は地歴ね、私もあまり得意ではないけれども……もしもの時は、あなたの幼馴染みの兄妹の、お兄様の方に出そうなところをお聞きしておくのもいいと思います。そう言うの、ル……彼は、とってもそういうのが得意だから。大人達の先を読んで悪戯を仕掛ける手管は天才的だったんですよ。……今のは、秘密にしてください、でも、とっても頼りになりますよね、ふふっ。
 ……限られてるのに、そう言うときに限って必要ないことばっかりしゃべっちゃうのは私の悪い癖で、どうしても治らないの。大切なときはから回ってばかりで。ごめんなさい。あなたには話したいことばかりが降り積もってくるの。たわいのないことも真面目なことも大変なことも優しいことも。
 スザク、ねえ、今、何をしていますか?
 今は学校にいますよね、あなたが授業を受けているときに私は特派にこっそり来ているのだから、それは解っているんですけれど。
 そうじゃなくて、そうじゃなくて……。
 私は、「今のあなた」が何処にいるか、何をしているか解りません。予想は出来ます。きっと白い騎士を駆っている。スザクと一緒に戦う円卓の騎士と。
 いのちをかけて。
 正直に言うと、私は命をかけると言うことの意味が、未だに良く解らないのかもしれません。かけたことがないのだもの。
 こっそり白状しますけれど、危険な目には何回かあっているの。誘拐されたことも、服毒させられそうになったこともあります。絵本に針とか、お菓子に除草剤とかが混ざっていて。私は焼きたてのパウンドケーキが大好きだったから、手渡されれば絶対に食べちゃ……食いしん坊じゃないですからねっ?いえ。その。そういう危険は皇族の常として身に近くありました。でも、それを払う姉の庇護があった。暖かい翼の下でぬくまっていれば私は安全でした。だから、命をかけて戦ったことはありません。
 あなたはランスロットと共に戦場で何を見ていますか?
 私にも同じ景色が見られれば少しはスザクの苦しみや、哀しみが解る気もするの。けれどそれは錯覚だし、不可能です。
 あなたが手にかけるもの、常に傍にある死の気配、出撃の瞬前の呼吸も、帰ってきたときの安堵の深さも、私には解りません。
 ……時々不安になるのは、スザクはそう言ったものと身近すぎて、死の傍にあってさえ平静すぎて、いつも自分の行く末がどうなろうと、やっぱりいつもどおり、おんなじなのかなって……。
 お願いがあります。あなたを大切にしてください。あなたにはそれが難しいかもしれない。それだけは良く承知しています。あなたの主として、あなたを大切に思う一人の人間として、あなたの昔を知る一人としてとても良く解ってる。
 それを承知でお願いするのはきっと卑怯なことだと思います。スザクは命令は断る術を知っているけれど、私のお願いは叶えてくれるって解ってるから。
 騎士証も……返上されたのは私の命令で、もう一度受け取ってくれたのは私のお願いでしたね。
 だからお願い。
 あなたを大切にして。もしものときに、もう一度あなたを顧みて。
 それでもあなたがあなたを顧みないというなら。――言うなら。
 ……私のスザクを大切にしてあげてください。
 私がどれだけスザクを大切にしているか少しでも解っているなら、スザクを粗末に扱うことは許しません。出来ることなら、私の大切なスザクの、命を、何よりも大切にしてあげてください。
 これはユーフェミア・リ・ブリタニアの言葉ではありません。彼女は自分の騎士に、あるじの勅命より自分の命を大切にしろなんて言えませんから。
 だからこれはユフィのお願いです。時折でいいから、厳しい生き方のただ中で、顧みてください。そして私の、ユフィの大切なスザクの命を守ってください。
 私はいつもあなたが優しくあることを祈っています。穏やかで、あったかくて、優しい場所で、そんな風に生きていってくれていると嬉しい。ランスロットにのっている間は難しいかもしれないけれど――それでも、あなたが日常を無彩色で塗りつぶしてしまわないように祈っています。
 でも本当に――何をしているのかしら。何も変わっていないかもしれませんね。スザクは今も、私の大好きなスザクのまま、頑なな所も優しい所も悲しそうな瞳も不器用な所もネコに噛まれちゃうところも、全部、全部そのままで。
 そしていつも優しく笑ってください。心が安らいでいればいい。
 周りに優しく、ではなくて。自分に優しく笑ってください。ね?スザク。
 それから、それから――私はどこに居ますか?何をしていますか。いつもみたいに、あなたの傍で、笑っていますか。
 きっとそうなんだろうなあって思うの。スザクはちょっとずつ変わっていて、私もちょっとずつ変わっていて、でもあなたのすぐ傍で笑ってるのはきっと変わらないって。
 だって私はスザクが大好きなんだもの。
 ああ、案外今と同じことをしているかもしれませんね。ここに座って、あなたの視線を探して、でも見つけられなくて寂しくて、あなたが来るのを待ちながら、あなたに言うことを探しているの。
 あ、スザク。
 今ね、スザクが帰ってきました。
 セシルさんのところに行って、荷物を置いて。ねえ、今背を押されたでしょう?急いでここまで行ってきてって。
 待っているから早く来てください。
 ここを開けてください。
 あなたを吃驚させるためだけに一週間分も公務を前倒しして頑張ってきたんですから、そのくらいのご褒美はもらってもいいでしょう?スザク。
 あなたに言うためだけに来たの、一番に言うために。びっくりしてね?今のスザクにも、「今の」スザクにも、ずっと一番に言うのは私だったら嬉しいです。ずっと、まいとしまいとし、あなたに言えたらって。
 あなたが生まれてきてくれて嬉しい。同じ空の下を歩けるのも、クレープを一緒に食べるのも。盛装をして傍で護ってくれるの、いつも格好いいなあって思って見とれちゃうけれど、慣れることって無い気がします。これは今のスザクにはまだ秘密ですよ?
 あ、足音。急ぎすぎて転ばないでくださいね。
 ねえ、スザク。うまれてきてくれてありがとう。私に出逢ってくれてありがとう。大好きです。
 
 Very happy barお誕生日、おめで――
 
 
 
 
 ばつん!!
 囁いたあまやかな声は無粋な電子音に取って代わってぶつ切れた。そのまま緊急停止マニュアルを作動、コンソールに走る指は嫌になるほど的確だ。ピアニストが鍵盤を穿つようにアプリケーションを立ち上げパスワードを二度打ち込むとフルスクリーンの画面にうつっていたウィンドウが次々に強制終了していく。ぱたぱたドミノ倒しのように一気にブラックアウトに突き落とされていく。そのことにようやく外も気が付いたのか電源の落ちかける画面の向こうでスタッフが何か叫んでいたが気にしている余裕は今ばかりは無い。
 止まらない呼吸が出来ないどうしていいか解らない、最後に残った理性が揺れている機動キーの紐をつかみ取って手首に巻き付け、そのまま引っこ抜く。
 電子の弾ける音と共に一気に周りの電源が落とされて、微かにまだ残っていた計器類の光すら消えて、かすかな仄赤い非常灯が点るばかり。
 これでランスロットは完全にが落ちた。起動キーはスザクの手の内にあるから、再起動するには外から大がかりなアクセスを実行せねばならないだろう。デヴァイサーを強制排除する生命維持装置の無いランスロットだから、操縦者席をこじ開けるには時間がかかるはずだ。予備の起動キーがあれば手間もないのだが、ロイドかセシルの許可無くしては使えないから、事実上、ここの中にスザクは今孤立している。
 耳元で騒ぐのはランスロットのプログラムと直接関わりのないインカムだ。
「少佐、枢木少佐?聞こえていらっしゃいますか、何かありましたか?」
 新しく入ったオペレータの声。まだまだ業務に慣れていなくて大変そうだった。彼を困らせる気はないけれど今はもう駄目だ。人間として自分は機能しない。
 今日は、ロイドもセシルも学会で、本国に戻るのにはフライトの関係で遅れて、ラボ入りがおそくなると聞いていた。
 そうか、だから声がプログラムどおり――。
 声。そうだ。
 あの人の声。
「すみません」
 潰れた喉は声を出すだけで激しい痛みをもたらした。喘鳴のような呼吸を押し込めて手のひらにぐるぐるに巻き付けた紐を起動キーごと握りしめて。
「すみません、五分ください」
 ぎしぎしと軋む筋肉を総動員させ、腕を動かすと何とかインカムを掴んだ。言い捨ててスイッチを切ると握りしめたインカムごとずるりと手が下がって、かつんと足下に落ちていく。
 あの日。
 もう何年も、特別だなんて思わなくなってから久しくなったあの日。
 友人達に祝われて、それだけでも吃驚していたあの日のことだ。
 生徒会の面々に引き留められて、珍しく特派に少し遅れてしまった。急ぎながらラボに行けばセシルが遅いと一言もの申しながら、なぜかにこにこしてスザクを待っていた。綺麗なお姉さんに逆らえないままスザクの手からカバンが奪われて、ぽんと空いたデスクチェアに放られる。コンソールを叩く細い手がスザクの肩に置かれると、くるっとスザクの向きを百八十度回転させて、背を向けさせ、ぽんと弾むように叩いた。ランスロットの搭乗口に用事があるからちょっと行ってきてくれるかしら?、と。
 はあ?と了承だか疑問だか解らない声のままてくてく素直に歩き出すスザクの背中にスッザクくーん、駆け足!と声がかかる。ぇ、あ、はいっと軍隊の習い性でたったかと足のスライドを大きくランスロットに向かって駆けていくのをロイドがチェシャネコのような目をして見ていた。
 かんかんかんかんとフレームの上をあがっていく。跪いたランスロットの後ろ側、搭乗者席がある方に回って開閉口に手を置いた。いつもどおりの動作で自分はその扉を開けて視界一杯に広がった春の花の色と、すみれの瞳の――。
 手と言わず、足と言わず、四肢が、全身が震える。呼吸どころか心臓が暴走している。張り付いた喉から唸りなのか呻きなのか解らない音が出た。
 満面の笑みと共に贈られた彼女の、暖かな手のひらと頬に受けたくちづけと、小さな手のひらから受け取った円卓の騎士の小さな鍵。
 あなたを護るものでありますように、と。
「あ ぁ ああ ぁぁ ぁぁぁ  ああ あぁあ 」
 苦しくてのど元を掴みあげる。爪が食い込んだが痛みは感じない。
 生まれてきてくれてありがとうと。
 小さな手のひらをスザクの頬に寄せてくれた。こつんとつけた額の暖かさ。
 今自分が座ってるランスロットの座席を愛しそうに撫でて。同じ手でスザクのくせっけを優しく撫でた。
 もうずっとスザクを驚かせるためだけに一時間もここにいたのに、とくしゃくしゃになったワンピースの裾を伸ばしながら少し拗ねて、でも遅れても、ちゃんと来てくれたから許しますね。今日はスザクの誕生日なんだから。
 そう笑って、笑って。言ったのだ。ここで、一年前。
 スザクがついさっき聞いたものと同じ言葉を。今、精神がブレーカーを落として、最後まで聞けなかったあの声を。

 
 
 
 
 
 


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