雑記帳

予言関係


恐怖の大王はもう降っている!?
福音の終わり(THE END OF EVANGELION)
『最終解答編』書評
責任者のいない世界







 
の大王はもうっている!?

何だか色々あってゴタゴタしている内に、気づけばもう、
1999年7の月である(^^;
一体、7の月とはいつからいつまでなのか?
今の暦の7月を指すという説もあるが、旧暦(ユリウス暦)の7月を
さすという説がポピュラーであり、飛鳥氏もこの説を取っている。
(7か月とするのが一番正確だが)
山本弘氏によると、ユリウス暦の7月を今の暦に直すと、7月14日
から8月13日までになるそうだ。
そう、すでに7の月に突入しているのである。

飛鳥説では、初め3,4,5,6月に世界政府草案について議論されて7月に可決されることになっていたが(ムー194号)、後に8月11日に国連に世界政府草案が提出されることに変更されている(AFS2,P164)。
ちなみにロシアと中国を押し切って可決されるそうだが、その前に国連憲章を変えねばならないだろう。常任理事国なんだから。

しかし、こんな大問題が議論も経ずに提出されることはあり得ないので、もはやこの予言も絶望的である。

ところが、飛鳥説では恐怖の大王が大魔王ルシファーだそうなので、すでに降りてきたと主張することも可能だろう。‥‥というか、ルシファーは
すでに天界から地に落とされているそうなので、7の月とはあまり関係ないのである。すごくバカバカしいと思うのは僕だけではないだろう。

というわけで、飛鳥予言が当たったかどうかは、アンゴルモアの大王が復活するかどうか、火星が平和に支配する(笑)かどうかに尽きる。
アンゴルモアの大王というのは(略)で、要するに世界総統の豹変した姿である。しかし、豹変するも何も、そんな支配者は未だ現れてはいない。一方、火星とはアメリカのことで、平和の名の下に支配に乗り出すという事らしい。
‥‥しかし、それってアメリカ政治のいつもの方針じゃないの?

あとは、世界政府に至る布石が打たれたとか言うんだろうな〜〜
(溜息)。
去年、すでに布石が打たれているはずだけどね。

昔、1999年を大いなる目安にしろと言ってたたけど、どこら辺が目安になるんだろうか?

外れる前から終わってる予言である。

                                     ( '99 7/22)
参考:国連公報センター





 

福 音 の 終 わ り

(THE END OF EVANGELION)


今、何かが確実に終わりを告げようとしている。
少なくとも僕達の心の中で、何かが終わろうとしているのかもしれない。7の月も、その“終わり”に象徴的な意味合いを加えるばかりである。
今は、何かの節目に差し掛かっているのだろう。

復活も、黙示録的な派手な戦争もなく、天もしるしを示してはくれない。
そして、僕達は気づき始めている。
子供の頃に信じたこの世の終わりは、そう簡単にやって来てはくれないことを。

「こんな世界は滅んでしまえ!」

そう思った事のない人がいるだろうか?
しかし、この世界はなかなかにしぶといのである。
それは、この世の営みが、僕達自身のしぶとさを反映しているからなのかもしれない。
人は、どんな状況にあっても、そう簡単に死ねるものでもないのだ。


‥‥と、ここで終わるのも味気ないので、今回少々趣きを変え、「終わり」にちなんで「THE END OF EVANGELION」の寸評をしときましょう。

あの映画は、僕的には“キモチのいい映画”でした。
誰もが持っている破滅願望を映像化したような‥‥
特に、例のビートルズ風(?)の曲がかかるシーンが最高
ですね!
ただ、残念ながらシングルには日本語対訳というものがない。
(庵野監督の原詩がなぜああなったのかは謎である(^^;)
そこで、やや掟破りですが、僕なりの翻訳を紹介します。
(ガイナックスからクレームが来たら即刻削除します)

なお、詩のイメージを尊重して女言葉を使っていますが、私は
ネカマではありません(笑)。
それから、A氏に対する含みは全くありませんので誤解なきように(^-^;)




甘き死よ、来たれ(Komm,süsser Tod)


わかってる、わかってるの 私があなたを苦しめてるって
私、バカだったわ 自分に対して
考えたの 誰一人いない世界に住めたらって
でも、たくさんの痛みと悲しみを味わって
今は自分を大事にしなきゃって思えるようになったわ
あなたが誰かを愛したこと、それには意味があるはずね

だから私は思ったの 私のさびしい心で
私にできる最良のことは
全てを終わらせて、永遠に別れることだって
過ぎ去った時間は巻き戻せない

昔、幸せだったことが 今は悲しい
私はもう、誰も愛さない
私の世界は もう終わってるの

私、思うの あの時に帰れたらって
もう今では、罪は全て私のもの
あなたなしで生きていくなんてできない
でも、わかってる 私達は過去を忘れることはできない
あなたは愛とプライドを捨てられない
そして、それは私の中を殺していくの‥‥

全ては無へと還る どこまでも
落ちていく 落ちていく 落ちていく
全ては無へと還る どこまでも
沈んでいく 沈んでいく 沈んでいく


わかってるの 心の奥で
私が二度と愛を呼び起こさないって
私は全てを失ったわ
全てを
私にとっての全てを
‥‥この世界の全てを!

私、思うの あの時に帰れたらって
もう今では、罪は全て私のもの
あなたなしで生きていくなんてできない

だけど、わかってる 
私達は過去を忘れるなんてできない
あなたは愛とプライドを捨てられない
そして、それは私の中を殺していくの‥‥

全ては無へと還る どこまでも
落ちていく 落ちていく 落ちていく

全ては無へと還る どこまでも
沈んでいく 沈んでいく 沈んでいく

(以下、繰り返し)





ちょっと英語は自信がないんですが、いかがだったでしょうか?(多少意訳も入ってます)
いろんな意味で感慨深い歌ですねえ(^^)


※地味に改訂してたりします(死)
                                ('99 8/2)





 

『最終解答編』書評


今回は、五島勉氏の『ノストラダムスの大予言 最終解答編』(祥伝社)の批評をしたい。

と学会を初めとする「大予言シリーズ」への批判で、五島氏もかなり書きにくかったと思うが、さすがは五島勉!
今回も見事に楽しませてくれた。しかも、今回、新たな技を引っさげているのである。


  新技・「被害者を装う」

五島氏によると、『ノストラダムスの大予言』初版に対しては凄まじい「非難」や「嘲笑」が見られたという。出だしからして、「死ね!」という脅迫電話なのだ。
五島氏は、もし自分が間違っていたとしたら「私の『初巻』を真剣に読んでくれて心配した人たちに対しては、書き手として責任を取らなければならない」(P32)として、自殺を決意したという。
何も自殺することはないと思うが、素晴らしい心意気である。その割には、次々と続編を書いているけどね。(初巻から8年目ごろというので、『大予言三』発売の年である)

しかし、奇しくもTVでオゾン層破壊により有害な紫外線が降ってきたと放送されたので、自殺ツアーはやめにしたという。
すでにそれ以前から科学者によりオゾン層破壊は警告されていたので、マユツバものの話である。
だが、これには批判者も意気をそがれたに違いない。
五島氏は実にうまいなあと思った次第である。


  ホントに最終解答!?

今回、ついに恐怖の大王の正体が判明する(と、されている)。
まず謎の秘密組織(笑)からの情報で、その頭文字が明かされるのである。
その名はK’‥‥ぢゃなくてJ。(KOFネタです。すいません(^^;)
Jというのはジーザス・クライストの頭文字で、別の詩にあるラドヴァンが再臨という 意味なので、恐怖の大王はイエス・キリストなのだそうだ。
(別に頭文字にする必要ないじゃん)

恐怖の大王はイエス・キリスト!
これが「ノストラダムスの大予言」の最終解答なのだ。
‥‥というか、前にも言ってたじゃん!?(禁句)

この説はよくある説で、今回のオリジナルはラドヴァンに尽きる。
これだけで一冊書き上げて、しかも飽きさせない筆力はさすがである。
しかし、ラドヴァンが実際に再臨の意味だとしても、別の詩なので1999年と結びつくかは 不明である。
しかも、古い原本にはl'adventじゃなくてl'a ruent(殺到する)となっており、後世の書き間違えの可能性が高いらしい(「ノストラダムス研究室」のHayatoさんの研究を参考にしました)

どちらにせよ、7の月はもうすぐ終わってしまう。
だが、五島氏はしっかり逃げ道を用意している。
1999年7の月には、「一九九九年プラス七か月」という解釈の仕方もあるそうだ(P200) そして、そう解釈すると2000年7月になるというのだ。
‥‥非常に不思議な計算の仕方である。普通は、1999年プラス7か月だったら、1999年7月と計算するのではないだろうか?

まあ、一年でも期限を延ばしたい気持ちはわからないでもないが。
最終解答編とは銘打たれていても、これでこのシリーズは最後だとは書かれていないことも気になる点である。


との共通点「批判のすりかえ」

今回、一応は“今までの批判に応える”という体裁を取ってはいる。
しかし、極端な意見ばかり取り上げて、本当にイタイ批判は全く無視しているような 印象を受ける。
そして、自分が非難される原因を、物質的繁栄、享楽に水を差したことだと持っていきたいようだが、はたして五島氏が批判されたのはそんな事が原因なのだろうか?

例えば、アパック族や黒船がエダの都に着くという予言詩はどこにあるのか?
ノストラダムスのエピソードの出典・根拠は?
五島氏批判にはそうしたあまりにも当然すぎる疑問が、まず第一にあるはずだ。
それを「非難」、「嘲笑」だとか「敵視している」とか言い換える事は、研究者として正しい態度と言えるだろうか?
僕としては、むしろそうした疑問にこそ最終解答してほしかった。

五島氏はあとがきで、我々自身の生き方次第で、破滅予言を避けられると書いている。
「大気や水や土を汚すのをスッパリやめ、戦うのをやめ、ジュネーブ核体制をやめ、『欲望のままに生きて他人を嘲る』のをやめれば、そのときだけ。」(P236)
言外に、自分を批判しないでくれとでも言いたいのだろうか。

五島勉氏を嘲らなければ、人類は救われるのかもしれない(笑)。

                                   ('99 8/8)
参考:ノストラダムス研究室(Special Thanks!)





 
責任者のいない世界

遅れ馳せながら、『ショック・サイエンス』最終回についてコメントしたい。
ブロス版ショックは旧SSの財産だけでやっているようなマンガだったが、後半はなぜか、ノストラダムス予言がテーマになっていた。
1999年7の月が迫っていた事を考えれば、タイミングの悪さは特筆に価する。
この時期にノストラダムス・マンガを描くことは、危険な賭けである。
そして、何事も無く7の月は過ぎ去り、案の定ショック・サイエンス最終回に至り、内容は言い訳に終始したというわけである。

話は、“写真週刊誌”の取材から始まるが、インタビューの内容から言って、これは『SPA!』の事と見て間違いない。
『ショック・サイエンス』3巻(アスキー刊)あとがきにも、「写真週刊誌の一件は、おおむね実話である」と書かれている。

しかし、このマンガでの会話の内容が事実とはとても思えない。マンガでは女性インタビュアーがヒステリックに描かれ、証拠がほしいと叫び、選挙に行ってるかと聞かれると赤くなって、怒って帰ってしまう。
不愉快な記事(発言内容はマンガにも書かれている通りであり、公正さを欠いているとは思えないが)を書かれて面白くないのはわかるが、取材を受けた後になって人を「サンプル」呼ばわりし、こういう形で仕返しをするというのは程度が低すぎる。
なぜか削除されてしまったが、飛鳥堂新聞でもSPA!の取材について、「ウーム! 写真週刊誌としては真面目な取り組み方だ」と言っていたというのに(笑)。
SPA!のインタビュアーに、このマンガを見せたいところである。

さて、(マンガにおける)インタビューの内容だが、責任逃れの一言に尽きる。
まず、インタビュアーは1999年7の月に人類は滅亡しないと言っていて助かりましたね、と切り出す。そういう問題じゃないだろ、と言いたいところである。7の月に人類が滅亡するなんて、ほとんどの研究家は言っていないのである(五島勉氏でさえ、それを否定している)。

次に、ノストラ預言の大御所作家(五島勉氏)もどう謝っていいのかわからない状況だと発言する。それに対し、飛鳥氏はその人は預言者ではなく預言を解釈しただけなのだから、謝る必要はないと答えるのである。解釈は法的に自由なのだから、責める方がおかしいというのである。
しかし、預言者じゃないから責任がないというのは、おかしな理屈である。当然の事だが、社会では預言者ではなくとも、失言をしたり間違った事を言ったために問題が生じれば、責任が問われるものである。それが世の中というものだ。

無論、法的に違法ではないからといってすまされるものではない(裁判ではないのだ)。嘘をついてはいけないという法律もないが(詐欺罪は別として)、だからといって嘘をついてもいいという事にはならない。それは、人と人との信頼関係の問題であり、倫理上の問題なのだ。人に迷惑をかけたら謝る、そんな当然の事もわからないのだろうか?

それにしても、かつては預言者と予言者の違いを力説していたというのに、なぜここで「預言者」なのだろうか。モルモン教義では生ける預言者がいるのはモルモン教会だけとのことなので、五島氏が預言者ではありえないのは飛鳥氏にとって当たり前のはずだ。
‥‥もっとも、例えその“生ける預言者”が間違いをしでかしても、責任が問われる事はないようである。こうなると、違法でない限り誰も責任を追及されないという、恐るべき世界が現出する(苦笑)。
自分は預言者ではないとしつこく強調した真意は、ここら辺にありそうである。

話を戻して、それを解釈した責任があると、インタビュアーはなおも食い下がる。
それに対する飛鳥氏の反論はこうである。

「ふふふふ じゃあ日本ではあちこちで責任者だらけだ! 
 希望大学に入れると解釈して落ちた責任!
 経済は右肩上がりでバブルは崩壊しないと解釈してきた
 ほとんどの日本人の責任!

 あなたもその大御所作家の本を買った責任がありますね?」
 (P172、強調筆者)

まとまりがないようだが、3例とも解釈を受け入れた側の人間になっている。
“それを解釈したのは読者も同じであり、読者にも責任がある”というわけだ。

しかし、読者に責任を押し付けようというのはあんまりではないか。
確かにそれを信じる方も信じる方なのかもしれないが、両方に責任があるとしても、より多くは発信者にあるはずだ。

ノストラ解釈で死んだり不幸になったりした人はどうなるんだという問いに対しては、こう答えている。中国で主人公が死ぬ日本のドラマが放映された時、自殺者が続出したが、中国側は日本のドラマ製作者や俳優に責任を追及したか、というのである。
もし、飛鳥氏の預言解釈で自殺した人間がいたら、その親は飛鳥氏を殴り飛ばしたくなるに違いない。
筆者は飛鳥氏の作家としての、というより人間としての良心を疑う。

この一連の会話が、“大御所作家”について、あくまでも他人事のように語られていることにも注意が必要である。
自分は人類滅亡と解釈しているわけではないので、関係ないのだろうか(近い内に溶連菌で人類のほとんどが死滅すると書いているが)。
7の月に世界政府ができると解釈してきた責任はどこへ行ったのか?(読者の責任?)
SPA!のインタビューでも、7〜8月に世界政府設立の提案がボソッと言われると答えているではないか。
人の事を言ってる場合じゃないぞ!

さて、7の月が過ぎ去った後、このマンガでやっと7の月予言の最終解答がなされている。
それは、7月30日に“平和を楯に”発表された「サラエボ宣言」が世界統一政府の雛型というものである。
アメリカは国連を逆なでする形で勝手に平和の枠組を作ったが、これが後に世界戦争の引き金となり、世界統一政府へとつながるというのだ。
世界政府は国連を無視して作られるというのだろうか。今まで言ってきたことと違うではないか。そんな事を言っても、決して責任を取ろうとはしないだろうが‥‥。

しかし、確かにユーゴ空爆開始は国連を無視したものだが、空爆終結は国連の枠組によるものである。サラエボ宣言が国連を逆なでするものとは考えられない。
この第一回南東欧州安定化サミットには世界銀行など国連機関が参加しているし、コソボ事務総長特別代表も参加している他、アナン事務総長も「バルカン半島における紛争の地域的原因に焦点を当てることが、永続的平和と安定のための枠組みづくりを助けるであろう」とメッセージを送っている。

この会議はバルカン半島全体の安定化を目指したものであり、クリントンと共にシュレーダー独首相が主唱者であり、欧州連合(EU)の意向を反映したものになっている。ユーゴ空爆はとっくに終了しているし、この会議にユーゴが参加していない事からもわかる通り、ユーゴ和平とは直接結びつかない。一方、コソボには国連暫定行政ミッション(UNMIK)が置かれ、国連主導で再建が行われている。

しかし、この会議が重要でないとは言わないが、どちらかと言えばあまりニュースバリューのない事件である。新聞には毎日、何らかの事件が掲載されている。そのどれかを適当に選べば、予言にこじつける事が可能というわけだ。
以前、シェワルナゼ外相が新党を結成しようとした6月30日をソ連崩壊の日とした話とそっくりである(結成されたというならまだ話はわかるが、新党結成の準備委員会が組織されたというだけなのだ)。
あまりにも子供だましな手法と言わねばなるまい。

ところで、P180のスミには「このことでアメリカは、ノストラダムスの預言を、旧暦ではなく新暦で解釈していることが判明した! 約13日ずれの7月ということだ!!」と間の抜けたことが書かれている。13日ズレって、それが旧暦なのだが(7月30日は旧暦でも7月だし)。
別の詩について、3〜6番目の月をユーゴ空爆の事としているが、空爆終了は6月10日で、これでは5番目の月になってしまう。

さて、なぜ取材者にこの新解釈を教えてあげなかったのかと尋ねるサイ九郎に対し、飛鳥氏はこう答える。
相手の目的が低レベルだから預言を隠したのだ、と。

ちょっと待った!!
教えるも何も、この取材は7月30日よりも前に行われたはずである。
飛鳥堂新聞の記事もその大分前に発表されたものだし、問題のSPA!も8月4日に発売されているのだ。
7の月が過ぎ去り、記事も発表された後で実はこう考えていたと後から書くというのはいかがなものか。
細かいところまで実に姑息である。

ラストは、カトウのメッセージでパミール高原に向かう場面で終わっている。

はいはい、パミールでもどこでも勝手に行って下さいよ。
ついでに、そのまま帰って来なければいいのに(爆)。


                                     ('99 11/1)








雑記帳に戻る
末日を笑い飛ばせ
トップページに戻る