“ノストラダムスの飛鳥流解釈”


大真実裁判で、飛鳥氏が特に怒りを露わにしたのが「飛鳥昭雄の大予言年表」の年代だった。私はそんな年代は特定した事がないというのである。
僕が飛鳥作品から推定したものなのだから、それは当然の話だろう。
しかし、飛鳥氏は『大真実』P204の「その日時は隠されているというが、ノストラダムスの飛鳥流解釈から推定する事ができる。それは、二〇二六年五月十日である」という箇所について、陳述書にこう書いている。

「この文章を見れば分かるように、飛鳥流解釈とは一体何でしょうか? 名指しで言われている私にも、『流儀』や『方程式』は分かりません。なのに、作者(小関智也)は一方的に”飛鳥流”を標榜し、身勝手な年代を推定し飛鳥流として記載しています」

‥‥一体、どう読めばそーなるんだろうか。(小関って誰?)
普通わかりそうなものだが、僕の書いた「ノストラダムスの飛鳥流解釈」とは、“飛鳥氏がその作品中で述べている、ノストラダムス予言詩の飛鳥氏なりの解釈”というほどの意味である。僕は別に、二〇二六年五月十日が「ノストラダムスの飛鳥流解釈」だとも書いていないし、飛鳥流のノストラダムス解釈法でその年代を推定したしたとも書いていない。

飛鳥氏は、この年代を「飛鳥昭雄の大予言年表」に書き入れたという事は、それが飛鳥氏の予言だと言ってるのも同じだと主張したが、そうでない事は飛鳥氏の引用した部分からだけでも明白だろう。(「その日時は隠されているというが‥‥推定する事ができる」)
同様の事は他の年代にも言え、文中で僕の推定とことわった上で書いた年代を表にまとめただけのものであり、判決でもそれを認められている。
一般に発表された説について誰がどのような解釈をしても自由であり、それについていかなる解釈もしてほしくないというなら、一般にその説を発表するべきではない。

しかし、僕は何も自分勝手に年代を推定したわけではない。予言に関する飛鳥説からそれを導いたのである。簡単な根拠は『大真実』でも触れているが、ここで詳しく僕の推定した年代の根拠を書いておきたい。なぜ本の中で詳しく書けなかったかは、これをご覧いただけばわかるだろう。
‥‥長すぎるのである(汗)

≪飛鳥昭雄の大予言年表≫推定の根拠




Update/1999.8.21

末日を笑い飛ばせ!
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