第二章 未確認動物のデタラメ情報

翼竜の謎


凡例


ジュラ紀の眠り(前半)
『フェノミナ』より「ジュラ紀の眠り」
ジュラ紀の眠り(後半)
付記 プテロダウストロの下アゴ

『幻の動物たち』より「トンネルの怪物」




ュラ紀の眠り

旧ショック・サイエンスには、氷づけの翼竜の話が出てくる。場所は、パリの軍事博物館の地下室である。この翼竜はフランス政府により向こう二百年、あらゆる調査を禁じられているというから、ケネディ暗殺並のトップ・シークレットである。(SS1−P44〜53,SSR1−P72〜81)

さて、この翼竜はジュラ紀の地層から生きたまま発見されたという。時は1856年、フランスのサンジジェからナンシーの間のトンネル工事の最中だった。
作業員が青色石灰岩の岩石を割ると、中から翼竜が出てきて、一声鳴いてすぐ死んでしまったという。その翼竜の死体はグレイ市に運ばれた後、行方不明になったらしい。

――実は、この話の出所は『怪奇現象博物館―フェノメナ―』(旧題『フェノミナ〔幻象博物館〕』、以下『フェノミナ』とする)という本の中の、「ジュラ紀の眠り」なのである。(同書 P10〜13)
それによると、岩の中から出てきた翼竜は、大ガチョウ位の大きさで、その翼竜が出てきた岩のくぼみは、その生物の体とピッタリ合っていたという(マンガのようだ)。

それから、飛鳥氏の絵では翼竜に毛が描かれているが、元の話にはそんな話は出ていない

「頭部は見るも恐ろしく、鋭い歯が生えていた。四肢は薄膜でつながっており、その先に長いカギ型の爪があった。体は青黒く、厚い皮は脂ぎっていた。この生きた化石はグレイ市に運ばれたが、そこで、古生物学に精通した一人の博物学者がただちにそれは翼竜という種類に属するものと認定した」(同 P13)

話はそれでおしまいである。氷づけやら毛が生えてたとか、二百年調査禁止だとかは飛鳥氏の創作なのだ。

ちなみに、『アスカ・ファイル2』にもこの話が出てくる。そこの見だしはその名も「ジュラ紀の眠り」というが、これはほとんど『フェノミナ』の「ジュラ紀の眠り」を抜粋して写しただけなのである!
『フェノミナ』の文章を引用するので、『アスカ・ファイル2』をお持ちの方は確かめてほしい。(AF2−P257〜260)


『怪奇現象博物館―フェノメナ―』より
(旧題『フェノミナ〔幻象博物館〕』)

ジュラ紀の眠り(全文)


一八六二年のロンドン博物館で、東側別館に、人々の好奇心をそそるとともに論争の的になるようなものが陳列された。それははっきりと蛙の形をした凹みのある石炭で、一緒にイギリス、モンマスシャー地方ニューポートの炭坑の採掘現場で発見された蛙が並べられていた。『ザ・タイムズ』紙はキャプテン・バックランドと称する人物から送られた怒りの投書を載せている。

カエルのミイラ
ペンシルバニアで発見された蛙のミイラ。
ストーブの中で破裂した石炭から出てきた。
(『フェノミナ』P10より)

それは博覧会の会長を「低劣な詐欺師」呼ばわりし、蛙とその石炭を「追放」すべきだとする手紙であった。さらに彼は、ヒキガエルにしろ食用蛙にしろ、百メートル以下の地底で石炭になるに必要な熱と圧力に耐えることが不可能なのは言うに及ばず、何百万年も生きたままで閉じ込められていたなどということはありえないと、まくし立てている。この意見の根拠として、彼は父親であるウエストミンスター司祭長のものした「定説」と大英博物館のオーウェン教授が彼に送った文書を引用している。

一八二五年、岩の中に封じ込められても生きるという蛙の信じ難い能力について、もう一人のバックランド氏、即ち『自然の能力』の著者フランク博士が実験を試みた。彼は石灰岩と砂岩の塊に十二の小部屋を造り、その各々にヒキガエルを入れた。それをガラスの薄板とパテとスレートで密閉し、庭に九十センチの深さに埋めた。一年後、砂岩に入れた蛙はずっと以前に死んでいたことが分った。石灰岩に入れた蛙のほとんどは生きていた。うち二匹は体重が増えさえしていたが、これはガラスが壊れて、小さな虫か何かが入ったためと思われた。彼は再度試みたが、蛙はどれも死んだ。

一八六二年九月二十三日付『ザ・タイムズ』紙の特派員は、フランスのスゲンという人物の研究を紹介している。彼は二十匹の蛙を焼き石膏の塊にとじ込めた。十二年後に開いてみると、四匹が依然生きていた。閉じ込められた蛙の実例から、私達は興味ある事実を知った。即ち、発見された蛙は、まるで鋳型に入っているように完全に密着した凹みにいたことである、石灰が柔らかいときに、蛙が潜り込んだかのように。

ウイリアム・ハウィットは著書『超自然の歴史』(一八六三年)にこう書いている。
「今やすべての博物学者にとって、次のことは自明の理だ。ヒキガエルや食用蛙は亀や蛇、ヤマネ、昆虫類等と同じで、地面に潜り、食物なしで冬眠できる秘密の場所に身を隠す。地面下や湖底の泥土に身を潜めて冬を過ごすのである」

実際、ジェローム・カーダンやアイザック・ウォルトンのようなこの分野の高名な権威者達も、このことを、雨の後に蛙が現れる不思議な現象に関連づけている。彼らは新鮮な水が、蛙の粘膜を元の状態に洗い清めて活力を与えると考えた。ハウィットは続ける。

「数年前、イギリス、ノッティンガムシャー地方ファーンズフィールドで、私は徹底した掘り出し作業が行われている水路を見た……バターのように粘ついた泥濘を三十センチほど掘ったところ、その底の固い地中に、蛙が詰めて並べられた地層があった。それは素晴らしい光景だった。何十匹ものカエルが素早く目を覚まし、新しい地面を目指して跳び去って行った。これらのカエルが、六か月間もこの粘土質の厚い泥の中で生き延びられるなら、六年だろうと何年だろうと生きられぬはずはなかろう」

やがて泥土は岩に変質する。そこで疑問が生ずるとすれば、閉じ込められたカエルが、岩石を形成するに要する圧力と地質学上の歳月を生きながらえて、岩石の中で発見されるということが可能かどうか、ということになろう。

『ザ・タイムズ』紙が掲載したキャプテン・バックランドの猛烈な批判が機縁で、蛙が石炭塊および他の岩石の中で発見されたという事実の、別の目撃者の存在が明るみに出た。リンカンシャー地方の『スタンフォード・マーキュリー』紙(一八六二年十月三十一日付)の一節は、二重の意味で興味深い。というのも、その記事は、二メートルもある石の床岩の中で蛙が発見されたと伝えているのであるが、その間『ザ・タイムズ』紙の非難の寄稿が同時進行していたからだ。この偶然の一致は、私たちの関心をこの上なくかき立てる。スタンフォードシャー地方のスピットルゲイトで、ある家に地下貯蔵室を作るために、掘削工事をしていたところ、作業員が、凹みに蛙を見つけた。その報告は次のように結んでいる。

「人間が証明し得ることでこれ以上完全確実なる事実はあり得ない……この問題について懐疑的な人には言いたいように言わせるがいい」

ある寄稿者は、イギリス、ノーサンバランド地方にあるチリンガム城の暖炉に使われていた大理石の中から蛙が発見されたと伝えている。この報告は、ウイリアム・ハウィットの、何百年もの間、ある館の門柱の上に据えてあった石球についての逸話を想起させる。ある日、その球が床に落ちて割れ、その真中から生きた蛙が現れたのである。さらに、十八世紀の博物学者ギルバート・ホワイトの手記は、一七七六年五月二十五日、石の中に蛙を発見したと記録している。

直接確認できる記録で最も古いのは、一七六一年版の英国年鑑が収録している、フランスのアンリー三世(一五七四―八九)の主治医アンブロワーズ・パレの話である。
「ムードン村に近い私の領地にいたとき、非常に大きく頑丈な石を割る採石の仕事ぶりを見ていたら、ある石の中からヒキガエルが出てきた。それはピンピンしていたが、石には蛙の入り込めそうな隙間はなかった……その人夫は、大きな石の塊の中に蛙などの生き物がいるのを見たのは初めてではないと語った」

最近の報告では、食用蛙やヒキガエル以外の動物が見つかるのはまれなことだ。私達の祖先による発見の多様さには、今日の事例よりはるかに感興がわく。前述した英国年鑑は、十七世紀初頭に活躍したイギリスのフランシス・ベーコン、十六世紀ドイツの鉱山冶金学者アグリコラやホルティウスの書物から、食用蛙やヒキガエルの他に、蛇や蟹、海老の実例を引用している。さらにそこには、明らかに周知の事とされてはいるものの、驚くべき情報が記録されている。フランスのツーロン港で、舗装に使う石を割ると、しばしばそこから、「絶妙な味の甲殻類」が現れた。そして、アドリア海にあるアンコナで掘り出した堅い石の中にも「完全に生きており、非常に美味な小甲殻類」が発見されたという。

岩石以外の物質から生物が発見されることもある。ロバート・プロット博士の著作『スタッフォードシャーの博物学』(一六八六年)は、石ばかりでなく樹木の内部から発見された蛙に言及している。

同様に、一七一九年のフランス科学者協会の研究論文集には、「人間と同じ位の太さのにれの木の、根元から一メートルほど上の中心部に、生きた蛙が発見された。大きさは中位で、痩せていた。蛙とそれを包んでいた木質の間には、空隙がなかった」とある。卵が「ある非常に特殊な偶然で」若木に宿りその蛙は樹液を啜って成長した、これ以外に考えられない、と論文執筆者は書いている。その蛙は、幹が割れて動きがとれるようになると、元気に逃げ跳ねた。だから蛙は多分、それまで閉じ込められていたにもかかわらず、四肢は萎縮してなかったわけだ。

一通の手紙(ハウィットの著書に引用がある)の中でリチャード・コボールド師は、一八一八年二月、ケンブリッジ大学で、高名な地質学者E・D・クラーク博士の講演で聞いた話を取りあげている。クラーク博士は、化石が発見できるのではないかと期待して友人の白堊採掘抗の現場に立会っていた。それで、作業員が深さ七十五メートルの所にハリモグラとイモリの化石層を掘り当てたとき、彼は大満足であった。ところが、驚いたことに無傷の生物が三匹ある白堊塊から出てきた。彼が日向で紙の上に並べると、それらが動き出したので一同は仰天した。そのうち二匹は後で死んでしまい、講演のとき聴衆に見せてくれた。三匹目は水の中に入れると「軽く跳び、あるいはくねるように動き回り、まるで冬眠などしていなかったような状態だった」。

実際、あまりにも元気すぎて逃げてしまった。クラーク博士は、友人とその地域のイモリを全種類標本にして集めはじめたが、どれも生き返ったこのイモリと似たものはなかった。「それは完全に絶滅してしまった種類で、今まで発見されたことはなかった。クラーク博士はこの話を大変よろこんで聞かせてくれた」とコボールド師は書いている。

この最後の話でまだ嫌気がさしていない読者には次の話を聞いてもらおう。多分、本書全体の中でも最も忌まわしい話であろうが。

一八五六年の初め、フランスのサン・ディジェ、ナンスィへ抜ける鉄道トンネル工事が進んでいた。このとき、作業員が大きな岩石を割ると、怪鳥が岩石の凹みから現れた。それは翼をかすかにふるわせ、しわがれた鳴き声をあげると、死んでしまった。それは大ガチョウ位の大きさで、頭部は見るも恐ろしく、鋭い歯が生えていた。四肢は薄膜でつながっており、その先に長いカギ型の爪があった。体は青黒く、厚い皮は脂ぎっていた。この生きた化石はグレイ市に運ばれたが、そこで、古生物学に精通した一人の博物学者がただちにそれは翼竜という種類に属するものと認定した。化石の入っていた石は「青色石灰岩」(ジュラ紀の石灰岩)であったが、それはこの生物の生存していた時代と一致する。また岩の凹みは、その生物の体にピッタリ合っていて、沈殿した堆積物に完全に覆われていたことを示していた。

(P10〜13)


 
以上を、『AF2』と比べるとなかなか面白い。翼竜に毛が生えていることや学者達が抗議をしたなどの誇張があったり、情報を取捨選択して順番を変えたりしているが、著作権的には加工した上での引用(翻案)と言える。ところが『AF2』には、該当箇所や巻末参考文献に『フェノミナ』の書名が挙げられていないのである。
飛鳥作品の中でも、特に問題のある個所の一つである。

(ところで、AFシリーズには珍しく二十冊以上の参考文献が挙げられているが、不思議なことにシリーズを通じて、そのラインナップがほとんど変わっていない

話を戻して、『フェノミナ』について少々論評しよう。この本は、上記のようなどこまで信じていいかわからないうさん臭い話を集めた、フォーティアン本である。(注:フォーティアンとは奇現象の事で、こうした不思議な話を雑誌や新聞から渉猟したチャールズ・フォートに由来する)
他にも、空から降ってきたカエルや魚、氷塊などの話がある。フォート自身は、それらを天界の超サルガッソー海からテレポーテーションしてきたのだという説を唱えた(テレポーテーションという用語を考えたのもフォートである)。四次元やらテレポーテーション理論を持ちだせば、どんなに不思議な話でも説明できないという事はないだろう。

また、地層の中に人間の加工物があったという話もある。
例えば、石炭紀の石炭の中に硬貨が入っていたというのだが、その硬貨にはなぜか、1397という年号が入っていたという(笑)。
石炭には今の時代に造られたものもあるので(ただし質が悪い)、もしかしたらこれもそうなのかもしれない。
石の中のカエルの場合は、自然発生説の影響が考えられる。また、雑誌での反論は、売り言葉に買い言葉という面もあるかもしれない。

ところで、『地獄先生ぬ〜べ〜』の第167話に、ジュラ紀の翼竜が生きたまま発掘され、一鳴きして死んだという話が描かれている。フランスのサンディジェあたりのトンネル工事とあり、同じ話なのだが、年が1956年となっている。
まあ、ジュラ紀から眠っていたという翼竜にとって、百年ぐらいの違いは大した問題ではないのかもしれない。




付記

翼竜といえば、飛鳥氏はブロス版SSで、チュパカブラの正体をグレイ、そしてプテロダウストロという南米で化石の発見された翼竜だとしている。(BSS2、ファミ通ブロス2月号)
プテロダウストロには他の翼竜にあるような長い尾や後頭部の突起がないので、チュパカブラのデータに合うというのだ。
しかし、その翌月号のファミ通ブロスに、読者からプテロダウストロはプランクトンを食べたと言われる翼竜で、豚を襲えるような口をしていないという指摘をされるのである。
それに対し、飛鳥氏は資料の出典の違いだと答えている。
では、どちらの資料が正しいのだろうか?

‥‥明らかに、読者の方が正しい。
それは、下の写真を見れば一目瞭然であろう。

プテロダウストロの歯牙
(『動物大百科 別巻2 翼竜』P144より)



プテロダウストロの下あご
にあった剛毛状の歯牙の
拡大写真

わずか1cmの幅に、こういう
<歯>が24本も生えていた。
プテロダウストロの下あごに
は、全部で1000本近い剛毛
が生えていたことになる。
これが、水中の生物をつかま
えるための細かいふるいの
役を果たしていた。











Update/1999.9.10


『幻の動物たち』(上巻)より

「トンネルの怪物」

情報提供 昔ワンダラ今トンデモさん



“氷漬けの翼竜”についてはこれ以上の情報は望めないものと思っていたのだが、そんな折、昔ワンダラ今トンデモさんから極秘情報がもたらされた。『幻の動物たち』という未知動物本にこの事件の顛末が記載されており、著者バルロワの調査では、「つくり話のようだ」と結論されているというのである。
そして、昔ワンダラ今トンデモさんのご厚意で当該記事を転載していただいたところ、そこには意外な事実と、事件に関わる不審な男達の姿が描かれていた‥‥!!

甦る古代の大怪獣!!

トンネルに木霊する謎の悲鳴とは!?

サイエンス・エンターティナー氏は、はたして
この真実を知っていたのだろうか!?


‥‥というのは、昔ワンダラ今トンデモさんの前口上である(汗)。
では、問題の記事をご覧いただきたい。


トンネルの怪物

 こうした問題についてはいかに慎重でなければならないかを示す、フランスでおこった驚くべき話を、喜んで紹介しよう。このエピソードは、長いあいだ動物学上の謎の愛好家の好奇心をそそってきた。それは、ジャック・ベルジエとINFOグループが出版した『不可解なもの』といった本に載ったものだが、この本はそのエピソードを、一八五六年二月九日付の《イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ》紙からとっている。
 事件はこうだ。キュルモン(オート・マルヌ県)で鉄道のトンネル貫通工事をしていた労働者たちが、巨大な石の塊を割っていた。するといきなり、悪夢にでも見るような動物が岩から飛びだしてきたのである。首は長く、鼻面には鋭い歯があった。そのうえ、翼幅が三メートル二〇もある飛膜があり、巨大なコウモリのように見えた。皮膚には毛がなく、黒かった。怪物は翼をかすかにふるわせて、しゃがれた鳴き声をあげ、息をひきとった。死体をグレイ(オート=ソーヌ県)に運んで、古生物学者に見せたところ、その動物は中生代のプテロダクティルスだと同定された・・・。
 私はこの情報の出所をつきとめたいと考え、グレイの市立図書館に手紙を書いたところ、たいへん親切なことに、そこの館員のJ・ランベールが元の記事を送ってくれた。この話を載せたのは、一八五六年一月一二日付の地元紙《ラ・グレイロワーズ》であった。この記事が《イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ》紙によって英語に翻訳され、それからJ・ベルジエによってふたたびフランス語に翻訳しなおされたというわけである。そして、一月一九日付の《ラ・プレス・グレイロワーズ》紙に、二番目の記事が載っていることもわかった。パレオントロギッシモフォッシリッシムス(超化石的古生物学者)と名乗る人物が、プテロダクティルスと同定した古生物学者の住所を問いあわせたところ、新聞はこう答えているのである。「残念ながら、グレイの著名な古生物学者の住所はお教えできません。その深い学識に劣らず、彼は謙虚な人物で、彼の興味ぶかい発見がもたらす数多くの賛辞を辞退したがっているからです」。要するに、この事件は、どう見てもつくり話のようだ。石の中に化石となっていたプテロダクティルスかなにかの飛翔する爬虫類が復活する話を、まじめに信じることのできる者はいないだろう。とはいえ、キュルモンのトンネル貫通工事の最中に、化石が発見されるというようなことはあったかもしれない。もっとも、コウモリが労働者の頭上を飛んだだけの話なのかもしれない・・・。そして想像力――と新聞――が、足りないところを補ったのだろう。



以上、『幻の動物たち』P247〜250からの引用である。
この翼竜の話は、まずフランス・グレイ市の地方紙『ラ・グレイロワーズ』に掲載され、次にイギリスの『イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ』紙に英訳され、それからフランスのJ・ベルジエが『不可解なもの』という本で十九世紀の新聞の話を復活させ、広まっていったのである。

まず、注目すべきは読者の投書への『ラ・プレス・グレイロワーズ』(ラ・グレイロワーズ紙と同一らしい)のうさん臭い対応である。グレイロワーズ紙はそのグレイ市の「著名な古生物学者」の住所を明かす事を拒むが、その理由はその学者が謙虚だからだという。グレイ市のような地方の町で著名であるというなら、名前を隠してもバレそうなものだ。

もっとも、飛鳥氏の話からすればフランス政府により脅迫されたと強弁をふるう事も可能だろう。しかし、飛鳥氏の情報が作り話である事は明白である。
元の記事では
皮膚には毛がないと明言されており、そしてプテロダクティルスと同定されているのである。ショック・サイエンスでは毛むくじゃらに描かれている上、ディモーフォドンと同定されているのだ。

そういうわけで、このお話は
作り話の上にさらに作り話を作った物語、と結論できそうである。




Update/2000.3.2




参考文献
『まんが恐竜の謎 完全解明』 あすかあきお 小学館 1989
『アスカ・ファイル2』 飛鳥昭雄 アスキー 1998
『怪奇現象博物館―フェノメナ―』
(旧題『フェノミナ〔幻象博物館〕』)
J・ミッチェル
R・リカード
北宋社 改訂版
1987
『禁断の超「歴史」「科学」』 新人物往来社 1994
『動物大百科 別巻2 翼竜』 ピーター・ベルンホファー 平凡社 1993
『幻の動物たち』〔上〕 ジャン=ジャック・バルロワ 早川書房 1987



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