第二章 未確認動物のデタラメ情報

海竜は生きている!?

凡例

ディーダラス号事件
コリン・ブライアンの悲劇
サンフランシスコ湾のシーサーペント
サンタクララ号事件
その他のシーサーペント

元ネタ
元ネタ
元ネタ
元ネタ

追加情報 総力特集『シーサーペント』の大真相

サンタクララ号事件セレックのシーサーペントに追加情報

超真相!コリン・ブライアンの秘密追加



今度は、シーサーペント情報を検証してみよう。主に、ショック・サイエンス「海竜(シーサーペント)は生きている」(『古代文明消滅の謎』、SSR1第5話)を見ていく事になるだろう。


 
ディーダラス号事件

まず、近代初のシーサーペント事件として名高い、「ディーダラス(ダイダロス)号事件」から入ろう。1848年8月6日、イギリス海軍のフリゲート艦ディーダラス号が、希望峰とセントヘレナ島の中間で、タテガミ状の物を背中に持った謎の怪物と出くわした事件である。(SS2−P218、SSR−P158)

飛鳥氏は髪がバサバサの想像図を入れているが、目撃者の正確な証言は、“毛とも海藻ともつかないタテガミ状のものが背中についていた”である。別の証言では、ただのヒレだとか、そんなもの無かったというのもある。

ところで、「ディーダラス号事件」には後日談がある。1849年、ディーダラス号が怪物と出会った近くの海域で、ブラジリアン号が怪物と出会うのである。その怪物は約9メートルの長さに横たわり、蛇行するように進んでいるらしく、もたげられた頭にはタテガミが垂れ下がり、尾部近くには二重のヒレが二つ見えたという。

船長達はディーダラス号事件と同じシーサーペントと思い、モリを構えてボートを近づけた。ところが、近づいて見るとその怪物は、波のうねりに乗って漂う海藻の固まりにすぎなかったのである。(これなども、もしボートを近づけなかったら、シーサーペントの目撃例として語り継がれていただろう)

これをもってディーダラス号事件の怪物が海藻の固まりだったとは断定できないが、その可能性も否定できない。波や風や光の具合によって、海藻や流木が怪獣に見えることもあるのだ。
木の節穴からもれた光が「燃えるような目」に見えたり、望遠鏡で見てもわからなかったが、近づくと海藻だったという例もある。(『図説・海の怪獣』より)

ことわっておくが、筆者はシーサーペントの存在を否定しているわけではない。だが、錯覚やニセ情報が存在する事もまた事実なのだ。本物の情報をつかむためには、ニセ情報を見分けなければならないだろう。


 
コリン・ブライアンの悲劇

次に、フロリダ沖でスキンダイビング中に、三人の仲間がモサロサウルスに襲われたという事件を見てみよう。(SS1−P54〜63,SSR1−P82〜91)

飛鳥氏によると、1952年10月10日、コリン・ブライアンと四人の友人がフロリダ沖に沈む沈没船を探検しに行ったが、その近くで怪物に襲われ、三人が犠牲となってしまう。その生存者コリンによると、襲ってきた怪物はモサロサウルスだったという――

しかし、この事件を調べていくと、おかしな事にぶつかった。それは、人によって情報が違うという事だ。
『図説・海の怪獣』では、1962年エドワード・マックレアリーが濃霧の中、三人の仲間とスキンダイビングし、亀のような頭と長い体の怪物に襲われ、三人の仲間が犠牲になったとなっている。

一方、南山宏氏も『謎の巨大獣を追え』で、短くこの事件に触れている。(同 P156)

「1962年・メキシコ湾
3月24日、E・マクレアリー少年ら五人が潜水遊び中、ヘビ頭の大怪物に襲われ一人生き残った同少年の話では、四人は怪物に食われてしまったらしい」

これはどういう事だろうか? 事件は1952年なのか、1962年なのか?
彼らは四人なのか、五人なのか?
生存者の名はマクレアリーなのか、コリン・ブライアンなのか?
ディティールは同じなので、別の事件とは考えにくい。
この事件は、一つの出来事がいかにたくさんのバリエーションを伴って伝えられるかを教えてくれる。

これらの情報から推測すると、事件は1962年で人数は四人、一人生き残った生存者はエドワード・マクレアリーだったと思われる。多分、「仲間四人」という表現にマクレアリーを含めなかったという誤解のために、人数が五人に増えたのだろう。(ただし、これは一つの推定である)
飛鳥氏は犠牲者三人という情報は得ていたので、生存者を二名としたのかもしれない。

コリン・ブライアンという人物は、写真が疑わしい事からも創作上の人物だろう。
『恐竜の謎完全解明』P55の写真には52歳というキャプションがあり、「(写真は現在のもの)」とわざわざことわられているのだが、52歳にしては若すぎるのである。どう見ても二、三十代ぐらいにしか見えないのだ。
ただし、『ショック・サイエンスR』第一巻P83では、「(写真は現在のもの)」という但し書きは削られている。

また、亀とかヘビの頭と表現されているので、ワニ型のモサロサウルスとは考えにくい。ちなみにモサロサウルスの全長は約7メートルで、10メートルともなれば、より大型のティロサウルスが当てはまる。飛鳥氏も、SS1−P63ではモサロサウルスとしていたが、SSR1−P91ではティロサウルスに修正している。
こういう修正から見ても、飛鳥氏の情報は飛鳥氏自身の推測が入っているように思われるのである。

【補足】
後述するが、コリン・ブライアン体験談の元ネタは『ムー』第37号(1983.12)の並木伸一郎氏の記事である事が、新たに判明した。
名前や年月日、犠牲者が五人中三人という点なども一致している。
しかし、怪物の正体がモサロサウルス、あるいはティロサウルスという話はない。また、その記事にはコリン・ブライアンの写真があるが、飛鳥氏の写真の人物とは別人のように思われる。
どうやら、飛鳥氏が創作した部分はコリン・ブライアンの写真とその会見談、怪物の正体の推測部分などのようである。
                 

さらに元ネタの元ネタが!?
超真相!コリン・ブライアンの秘密




サンフランシスコ湾の
シーサーペント

それから、「ショック・サイエンス」の情報の多くは誇張されている。「海竜は生きている」の「アザラシを追う海竜(シーサーペント)」を見てみよう。

――1985年2月5日、サンフランシスコ湾の崖で、ビル・クラークとボブ・クラークの双子の兄弟が、二頭のアザラシを追うシーサーペントを目撃した。その怪物は長い体を縦にうねらせ、すぐ下の海面を泳いできた。しかし、頭の横に二つのヒレのあるその怪物は岩の間にはさまり、アザラシを見失って、沖へ泳ぎ去った――
(SS2−P211〜214,SSR1−P151〜154)

そして飛鳥氏は、体を縦にうねらせるのは哺乳類特有の特徴だと結論する。

ところで『恐竜には毛があった!!』では目撃者がボブ・クラークとボブ・クラークになっているが、双子の兄弟で同じ名前では、紛らわしくてしょうがない。(どうでもいいことだが)

話を戻して、すでに何度もお世話になっている南山宏氏の『謎の巨大獣を追え』で、より正確な事件の経緯を見てみよう。(同 P153,154)
まず、飛鳥氏は河口のような所のすぐ下で目撃したように想像して描いているが、実際は海際の崖の上から、百メートルほど向こうの海で目撃したのである。そのシーサーペントは海面からは出ず泳いでいたが、海が澄んでいたためにはっきり見えたという。その怪物は岩礁の隙間に胴体がつかえ、身をラセン状に巻いて逃げようとしたが、その時、胴体の一部が海面に飛び出し、ヒレ状の付属物がアコーディオンのように開くのが見えたそうだ。

以上のような点をふまえた上で、ショック・サイエンスのどハデな演出を見ると、結構面白い(笑)。これは漫画につきものの演出なのかもしれないが、この漫画から妙なイメージや先入観を持ってしまわないように、注意が必要である。
ザババババッと海面を泳いだり、ギョエエ〜〜と叫んだりするのは、「演出」なのである。

しかし、1994年の『恐竜には毛があった!!』では、正確な情報に直されている。もしかしたら南山氏の『謎の巨大獣を追え』を読んだせいなのかもしれないが、同書には次のような個所がある。(同 P167)

「パリ大学の古生物学者エリック・ビュフェーは最近、興味深い指摘を行っている。この特徴(縦に身をくねらせること)だけでは爬虫類説を否定する決め手にはならないというのだ。近年の研究で、中生代に絶滅した二種の原始ワニの脊椎化石の構造が、クジラのそれと基本的に同一という事実が発見されたのである」(カッコ内筆者)

体を縦にうねらせるから哺乳類という論理は、すでに通用しなくなってきているのである。

(元ネタへ)


サンタクララ号事件

では、その他の情報も見てみよう。まず、「海竜(シーサーペント)事件」の一つとして挙げられている、「サンタクララ号事件」はどうだろうか?(SS2−P216,217、SSR1−P156,157)

――1942年12月、客船サンタクララ号が何者かと衝突した。それは巨大なシーサーペントで、乗客百名以上が見守る中、海を真っ赤に染めて徐々に沈んでいった――

そして、これが「目撃者の最も多いシーサーペント事件として有名」というのだが、目撃者が最も多かったのは、おそらく「グロスター湾の怪物」だろう。
1817年の8月1日から23日にグロスター湾で、さらにグロスター湾を離れて北方に向かっているところや、ロングアイランド湾に出現したところまで、様々な状況下で数百人に及ぶ人々に目撃されているのである。

ところが、サンタクララ号事件については『図説・海の怪獣』でも触れているが、奇妙な事に三人の乗組員が目撃したとしか書かれていない。この三人はブリッジで怪物が船の横を通り過ぎるのを目撃するのだが、この怪物の胴の太さは約90センチ程度だったそうだ。飛鳥氏の描いた2メートルはありそうな胴は誤りである。
その怪物は船に衝突して胴体を切断されていたらしく、海を赤く染めてのたうちまわっていたそうだが、船はそのまま通り過ぎたので、沈んでいくのを見ていたわけではない。

グエエエエとうめいたのは‥‥言うまでもなく、演出である。

【補足】
昔ワンダラ今トンデモさんの情報によると、『幻の動物たち』(上)でも、目撃者は二人の航海士としか書かれていないそうだ。そして、船長がそれを無線で報告したそうだ。
推定体長一三・五メー トル、直径九〇センチ、ウナギ状の体と頭あり、ヒレはなかったという。




その他のシーサーペント

次に、「潮を吹く怪物」である。飛鳥氏は十八世紀のハンス・エジト(エゲデ)の話と、1964年5月12日の「ブルーシー号事件」を挙げている。(SS2−P218,219、SSR1−P158,159)
潮を吹くという事は哺乳類の特徴の一つである強力な肺呼吸を示しているというが、海生爬虫類も肺を発達させていたと思われる。

エゲデの著作には誇張が多いのでうのみにはできないが、「ブルーシー号事件」については複数の目撃証言がある。その証言では、怪物は約20メートルでワニのような頭とエビのような尾を持ち、黒い体に白い斑点をちらし、背中には丸みのあるコブが並んでいたそうだ。そして、頭の穴から潮を吹き上げたという。(『謎の巨大獣を追え』P146)

その正体は謎と言う他ないが、一応、筆者の考えを述べよう。クジラの見間違いでないとするなら、絶滅したとされる新生代第三紀のクジラ、バシロサウルス(ジュウグロドン)がその正体かもしれない。
バシロサウルスの体はまるでシーサーペントで、全長20メートル以上にもなり、頭はワニのようで、尾はエビ型になっている。クジラの仲間なので、潮を吹く事も当然、考えられる。
シーサーペントには何種類かの生物がいると考えられるが、その一つはバシロサウルスなのかもしれない。(ユーヴェルマンの分類の内の、「メニーハンプ」が当てはまる)
また、バシロサウルスは体を縦にくねらせる。

まあ、これは一つの仮説である。飛鳥流にやるなら、「潮を吹くシーサーペントの正体はバシロサウルスだった!! NASAもそれを知っていた!!!」と断定すべきところだが。


最後に一応、1852年の「モノンガヘラ号事件」についても述べておきたいが、この話にはあまり信憑性がない。(SS2−P196〜210、SSR1−P136〜150)
全体があまりにもお話っぽくて、まるで海洋冒険小説である。
“塩漬けにされた怪物の首”はアメリカのベッドフォードに送られたというが、そんなものが実際に送られてきたという話もない。昔の新聞に載ったというだけで、うのみにするわけにはいかないのだ。


さて、この「海竜は生きている」の情報は、エドワード・J・スミスという“民間でも五本指に入る未知生物研究者”からもたらされたそうだが、こうしたアテにならない情報を流すエドワード・J・スミスは、本当に未知生物研究者なのだろうか?
それに、これらの情報は、日本でも類書を探せば簡単に手に入るものばかりではないか。

飛鳥氏は、「その人物から正確な情報を聞き出さねばならないのだ! シーサーペント、すなわち海竜のネ!」(SS2−P193,SSR1−P133)と言っているが、そもそも海竜とはモサロサウルスなどのワニ型海生爬虫類の事であり、首長竜や、ヘビのように長い体を持つシーサーペントは含まれないのである。
飛鳥氏は、他にもカミナリ竜を首長竜と言ったり、UMA(ユーマ)をウーマと呼んだりしているが、読者の方々はお間違えのないように。






Update/1999.9.2
Addition/2000.3.2



追加情報

総力特集
『シーサーペント』の大真相!!

情報提供:SEIYAさん


SEIYAさんの調査により、上記に述べてきた情報の元ネタが新たに判明した。エドワード・J・スミスの実在は疑わしいと言わざるを得ない。

(以下、SSR1(SS2)『海竜(シーサーペント)は生きている』参照)


【「エドワード・J・スミス氏からの怪情報 Part1」の元ネタ】
『ムー』第12号(1981.9)
「シーサーペント(大海蛇)の謎を追う」文/斉田守也 より...
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1852年1月13日のこと。
捕鯨船「モノンガヘラ」号が、南太平洋の赤道無風地帯をゆっくりと進んできたとき、船首の前方800メートルの海中にうごめく異様な ものを発見した。
クジラだとすれば、ただちにボートをおろし、仕事にかからねばならない。しばらく望遠鏡で観察したが、それがなにものであるのか、老 練な船長にもまったく見当がつきかねた。
見たところ、なまぬるい海面をゆったりとのたうっている、ある種の 巨大な生きものであることはまちがいない。
「用意はいいか。散らばってかかれ!」
くりだした3艘のボートの先頭に立って、シーバリー船長は、巨大な 生きものに貫きとおれとばかり一番銛を打ちこんだ。
怪物は渦を残して海中に消えた。こうした場合、次にくるのは怪物の 反撃だ。こぎ手たちは、本能的にボートを後退させた。
一瞬後、海中からにゅーっと、3メートルもある巨大な頭が、海水を滝のようにしたたらせて立ち上がった。そして、巨大な頭がボートに むかって突進してきたのである。
3艘のボートは、あっという間にひっくり返った。さすがの海の荒く れ男も青くなり、無我夢中、その場から逃げ出すのがやっとだった。
怪物はものすごい吠え声をあげた。
銛にむすんだ捕鯨網はみるみる伸び、300メートルに達してなお足りず、あとからあとから網はくり出された。そしてやがて、網は止ま った。
仕止めたのか。だれにもなんともいえなかった。とにかく闘いは終わった。次の日の朝方になって、ようやく怪物の死体が海面に浮き上が った。
そこに居合わせただれひとりとして、いままでにこのようなものを見たことがなかった。その怪物は「モノンガヘラ号」(船首から船尾まで30メートル)よりも長く、途方もなく長大で、おまけに胴の幅が、 最大の部分で15メートルもあった。
頭部はワニに似ていて、長さ3メートル、口の中には24本の鋭い歯があった。歯の大きさ、およそ8センチ、ヘビの歯に似て、内側はカ ギ形に曲がっていた。
からだの色は茶色がかった灰色で、幅約1メートルの明るい縞目が全体にわたって走っていた。この特徴からして、なるほどホワイトサン デー島の長大怪物とよく似ている。
シーバリー船長は、怪物の巨大で、身の毛のよだつ首を切断し、保存のため大きな塩漬けの桶に入れた。そして近くにいた船に依頼し、報告書とともにニュー・ベッドフォードへ送った。しかし、「モノンガヘラ」号とその風変わりな獲物をめぐって、その後なにが起こったか については、おそらくだれにもわからなかった。
何年かのち、捕鯨船「モノンガヘラ」号の船名板が、アリューシャン列島のウムネク島の浜辺に流れついた。そして船自身の運命は、それ が出会った怪物と同じく、まさしく海のもう一つの謎となった。

(中略)

以上、いずれの説をとるにしても、広い海の底には、わたしたちの想像を絶する未知の巨大生物がまだ何種類も隠れているらしいことは否 定できない。
げんに体長なんと60メートル、最大のクジラ2、3倍にも達する怪生物のすがたを、最新鋭の漁船の超音波ソナーがとらえ、そのエコー・グラフにくっきりと描きだしたという。大ダコとかイカの誤認ではない。まさしく蛇のように長い首と、長い尾をもつ恐竜時代のプレシ オサウルス型の未発見の怪物。
はなはだ暗示的なのは、1969年、漁船のソナーに映じたその出現場所だ。アラスカ半島に近く、例の謎の消失をとげた捕鯨船「モノン ガヘラ」号遭難の海域と奇しくも一致する。
とすれば「モノンガヘラ」号戦ったシーサーペントは、じつは雌雄つがいの片方であり、生き残った片われが、その後同船を執念深く襲って海底に引きずりこみ、復讐をとげた、という推理をしてみることもできる。
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「エドワード・J・スミス氏からの怪情報 Part1」と見比べながら読むと 細部までクリソツである。元ネタと見て間違いない。
ただ、この記事には船員が怪物に食われたり、尻尾で叩かれて内臓 が飛び出したりというシーンは無い。おそらく、そこら辺は想像で描き 加えられたものだろう。
(なお、この事件については『図説・海の怪獣』でも触れられているが、そこでは怪物の歯の数が94本となっている)


【「エドワード・J・スミス氏からの怪情報 Part2」の元ネタ】
『ムー』第72号(1986.11)
「巨大水棲獣の謎」文/南山宏 より...
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1985年2月5日にサンフランシスコ湾内で、海際の崖の上から目撃されたシーサーペントも、やはり四肢は全く見あたらず、文字通り "大海蛇"のように見えた。
目撃者はビルとボブ・クラークという双生児の若者で、崖っぷちに車を停めて湾の美景を楽しんでいると、突然2頭のアザラシが、100メートルほど向こうの海面を、あわてふためいて海岸めがけて泳いで くるのが見えた。
そのあとを全長20メートルもある巨大なヘビのような怪物が、ヘビ のように左右ではなく垂直方向にくねりながら追いかけていた。
頭は毒蛇に似た感じで、一度も海面からは出さなかったが、海水が澄んでいたので、形も動きもはっきり見えたという。と、怪獣は岩礁の隙間に胴体がつかえたと見え、身をラセン状に巻いて抜け出ようとし た。
その瞬間胴体の一部が、水面上少なくとも1メートルの高さに飛び出 し、ヒレ状の付属物がアコーデオンのようにパッと開くのが見えた。
暗緑色の皮膚は、下腹に向かうにつれて明るいクリーム色に変わり、 ちょうどワニの下腹を連想したという。
岩から離れた怪物は、首を激しく上下に振りながら急速に沖へと泳ぎ 去っていったそうである。

(中略)

蓄積された膨大な湖沼怪獣とシーサーペントの目撃報告の山を、綿密に評価分析することから始めた最初の動物学者は、ベルギー(現在はフランス在住)のベルナール・ユーヴェルマン博士、現国際未知動物学会会長だった。(なお日本では未確認の動物を一部でUMA(ユーマ)と呼ぶが、これはUFOをまねた国内でしか通用しない造語なので、ここでは同学会の使う"未知動物(ヒドン・アニマル)"を採用し ておく)
彼は収集した1939年から64年までの587件から、客観性の高い358件を選びだし、目撃地点、全体と各部の形態、全体と各部の比較サイズ、表皮の状態、推進方法、速度、行動など諸特性に応じて 分類した。

(中略)

博士は1、2、3、5はおそらく哺乳類と考えており、この分類は目撃報告の多い順だから、湖沼怪獣とシーサーペントの正体は、けっき ょく大部分が未発見の新種哺乳類であろうとしている。
その大きな根拠のひとつは、シーサーペントがタテ(垂直方向)に身をくねらせて泳ぐ、と多数の目撃例で描写されていることだ。クジラやイルカに見られるように、脊椎構造上これは哺乳類特有の特徴で、逆に爬虫類・両生類・魚類はすべて、体を横にくねらせて前進するこ としかできないのだ。
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これもまた、細部まで一致している。(また、未確認動物用語の解説、検証部分も一致)
さらに「怪情報 Part1」に載っていたソナーの写真もこの記事に載 っている。
ところで、この話にはまだ続きがある。

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だが、パリ大学の古生物学者エリック・ビュフェトーは、つい最近、興味深い指摘を行った。この特徴だけでは爬虫類説を否定する決め手 にはならないというのだ。
近年の研究で、中生代に絶滅した2種類の原始ワニの脊椎化石の構造 が、クジラのそれと基本的に同一という事実が発見されたのである。
つまり、シーサーペントがタテに身をくねらせて進むのは、彼らが中生代の絶滅爬虫類のはるかな末裔だから、という可能性もここでふた たび浮上してきたというわけだ。
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飛鳥説にとって不利な話なので、カットしたのではないだろうか。
(なお、以上の文章は『謎の巨大獣を追え』に収録されている)


【「エドワード・J・スミス氏からの怪情報 Part3」の元ネタ】
『ムー』第37号(1983.12)
「海に潜む魔性の手」文/並木伸一郎 より...
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1942年12月、豪華船サンタクララ号は、アメリカ・ノースカロライナの沖合で、巨大な怪物に衝突し、危うく転覆寸前となった。
それは、体長15メートルはあろうかと思われる怪物で、醜悪な偏平の頭部と、ヘビのような尾をもっていた。乗員と乗客は、朱に染まった海水が渦巻く中に、傷ついた奇怪な姿がうごめくのを見て、驚愕に打ちふるえたのだった。
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この記事には「100人以上」と書かれていないので、飛鳥氏が書き加えたか、或いは他に元ネタがあるのかもしれない。

【追加情報】
サンタクララ号については『幻の動物たち』でも触れているので、その部分を引用したい。この記事には、ある重要な事実が記されているのである(情報提供、昔ワンダラ今トンデモさん)。

             大西洋で怪物と衝突


”北緯三四度三四分、西経七四度〇七分。グリニッジ標準時一七時。海の怪物と衝突、これを殺害、もしくは重傷を負わす。推定体長一三・五メートル、直径約90センチ。 ウナギ状の体と頭あり。泡立つ血の海でもがくさまを目撃したのが最後。二等航海士W・M・ハンフリーズと三等航海士ジョン・アクセルソンにより観察さる”

これは、一九四七年一二月三〇日に、汽船サンタ・クララ号がニューヨークからコロンビアに向かう途中に発したメッセージである。その後船長が、動物の頭は一メートル五〇くらいあり、なめらかで弾力のある皮膚をもち、焦げ茶色をしていたことを明らかにした。ひれはなかったそうである。(『幻の動物たち』〔上〕P46より)

‥‥と、このように、年代が1947年となっており、並木氏の記事の年代(1942年)とは5年の開きがあるのである!
こちらのHPでも年代は1947年となっており、サンタクララ号事件の正確な年代は、1947年と見て間違いない。
これは、元ネタが並木氏の記事である事を裏付けると共に、エドワード・J・スミスという人間がフィクションである事を物語っていると言える。



 
『ムー』第12号(1981.9)
「シーサーペント(大海蛇)の謎を追う」文/斉田守也 より...
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1740年、グリーンランド海岸でハンス・エジトという人が見たものは、船よりも高く首を上げ、口から潮を吹き、からだの一部に毛髪 状のものが見えた。
1848年8月6日に、イギリス軍艦「ダイダロス」号の乗組員が、セント・ヘレナ島とケープ・コッド岬との間で見たというものは全長18メートルもあり、首を1メートルばかり海上にもたげてクジラのような顎を見せ、背中には長いたてがみのようなものがついていたと いう。
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SSR1では「鼻から潮を吹き」「全長20メートル以上」と書かれ ているが、他の資料も参考にされているのかもしれない。
 
『ムー』第72号(1986.11)
「巨大水棲獣の謎」文/南山宏 より...
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1964年5月12日、アサチューセッツ州沖のナンタケット島付近で観察されたシーサーペントは、明らかに爬虫類的だった。目撃したノルウェー漁船ブルーシー号のアルフ・ウィルヘムゼンほか2人の乗組員の証言では、そいつはワニのような頭とエビのような尾を立て、黒い体部に白い斑点を散らし、背中に丸味のあるコブを並べ、頭頂の穴から潮を吹きあげつつ、プロペラで進むような航跡を残しながら泳 ぎ去った。

(中略)

たとえば潮を吹くことなど、魚類ではない肺呼吸の生物、おそらく爬 虫類か、もしくは哺乳類に属することを暗示している。
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SSR1では爬虫類的な特徴は全てカットされている。
 
『ムー』第12号(1981.9)
「シーサーペント(大海蛇)の謎を追う」文/斉田守也 より...
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南海はオーストラリア大陸北東部、クィーンズランド州沖合のホワイトサンデー島で、海底にひそむ未知の巨大な生き物の姿が偶然カメラ に捕らえられた。
撮影者はフランスの写真家ベルト・セーレックという人。夫人と3人の子供、それに友人のル・オングを加え、島でキャンプを楽しんでいたときだった。猛烈な嵐にあい、4日間閉じ込められたあと、彼らは 海上に、小型ランチと手漕ぎボートで乗りだした。
「パパ海底に変なものがいる」前方を指さして子供が叫んだ。
水深2〜3メートル。白いサンゴのかけらでおおわれた透明な海底に、 なにやら巨大なものが横たわっている。
全長20〜25メートルはあろうか。つるりとしたウロコのないヘビのような格好で、真っ黒く、頭部から一定の間隔をおいて、茶色いシマの輪がつづいている。生きているのか死んでいるのか、微動だにしない。 セーレックは慎重にその怪生物をカメラにおさめてから、友人と2人、 スキンダイビングの装具をつけ、静かに水中にもぐった。
怪生物の目の前6メートルまでじりじりと接近した。ドームのようにもりあがった頭部に、なぜかまぶたが縦についているようで、その奥に青白いみどり色の眼がじっとにらんでいる。突然、そいつが動き出した。口を大きく開き前進してくる。
「あっ・・・」
2人はすばやくランチにのがれたが、その間に巨大な生物はぐるりと方向を変え、サンゴ礁の裂け目から、底知れぬ大洋の深みへと消えてしまった。
セーレック夫人の観察によると、この怪生物の背中には1メートル半ほどある大きな傷口がひらいていて、そこから筋肉の一部なのか、白っぽい肉質がのぞいていた。
たぶん、さしもの怪生物も、前夜までの大嵐にもまれたのだろう。
無人島のサンゴ礁で静かに傷をいやそうとしていたのか。
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SSR1と同じ写真も載っている。 しかし、この話にも続きがある。

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フランス本国の情報によると、セーレックには金銭的不義理があり、この写真撮影に成功する1964年以前から、かならずシーサーペントの写真を発見してみせると公言していたといい、ハリボテのトリックを行った可能性もある。ただし、それを裏づける証拠はなにも得られていない、少なくとも19世紀の帆船「モノンガヘラ」号の出会っ た謎のシーサーペントと、よく似た特徴を示しているようだ。
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ここで先程の「モノンガヘラ」号の話へと続いていくのである。
「ホイットサンデー島」、「ロベール・ルセレック」という訳は南山氏の訳と一致しているが、前夜の嵐について触れられている点などから見て、この記事も参考にされていると考えられる。

【追加情報】
このシーサーペントの写真は、真面目な研究者の間では相手にされていないらしい。『幻の動物たち』の作者バルロワも、この写真については辛らつである。(情報提供、昔ワンダラ今トンデモさん)

一九六四年には、大海蛇の驚くべき写真が、マスコミに発表された。それは、フランス人の航海士のロベール・ル・セレックとその家族が、オーストラリアのグレート・バリア・リーフで出会った怪物であった。写真を見ると、動物は浅瀬に横たわっており、水を通して、一種のウナギ、いやむしろ、二〇メートル以上もある巨大なオタマジャクシとでもいった方がよさそうなものが認められた。怪物は息もたえだえのようだ。《パリ・マッチ》誌は、<彼らは怪物を見た>という見出しをつけたが、一ヶ月後には、<怪物をめぐる論争>という記事を掲載しなければならなくなった。というのは、誰もが怪物の実在を納得したわけではなかったからである。それどころではなかった。写真がたいしたものを示していないだけに、なおさらであった。今日では、ロベール・ル・セレックの大海蛇を支持する者は、もはやいない・・・。(同書P47より)


こちらのHP(英文)でも、ル・セレックのシーサーペントは、“食わせ物”と見られている。そこには、こう書かれている。

「それ以上に不穏な事実が、ル・セレック彼自身について浮かび上がった。彼は、1960年に彼のヨットの担保と共にフランスを離れたこと、そして、彼が置き去りにした仲間が航海するために積み上げた資金と共にこっそり逃げた事で、インターポールに指名手配された。伝える所によれば、ル・セレックは彼らに、お金をたくさんもたらすアイデアがあると語ったという。――何か、“シーサーペント騒ぎ”によって」



さらに、SSR1「恐竜ミステリー完全解明」の元ネタもムーに載っていた。


【「コリン・ブライアンの体験談」の元ネタ】
『ムー』第37号(1983.12)
「海に潜む魔性の手」文/並木伸一郎 より...
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アメリカ、フロリダ州のペンサコラ海岸沖で1952年10月10日に起こった事件は、特に戦慄的なものである。
スキン・ダイビングが趣味のコリン・ブライアン(16歳)ら5人の仲間は、沖の浅瀬に沈んだ沈没船マサチュセッツ号を探検しようと、ゴムボートで沖へ向かった。
船の沈んでいる沖合3キロの地点にこぎつけると、5人のうちラリー、ブラッドが留守番役でボートに残り、エリン、ウォレン、コリンの順で海中に飛び込んだ。
その日、海は絶好の潜水日和で波は静かだった。3人はグングン潜っていった。水はかなり冷たい。9メートルほど潜ったころ、彼らは何かが後方からつけてくるような気配を感じた。
それは錯角ではなかった。しだいに「シュッシュッ」という音が聞こえてくる。眼下には沈没船のマストが見え始めていた。
突然。コリンはウォレンが数メートル先でもがき苦しんでいるのに気付いた。助けにいこうとしたのだが、にわかにあたりの海水が濁り、周囲はまったくの闇になってしまった。
危険を感じ、コリンはひとまず浮上することにした。エリンもすぐあとにつづいてくる。しかし、ウォレンの姿はなかった。
話を聞いたブラッドとラリーが、すぐに海中に飛びこんだが、結局ウ ォレンを発見できなかった。
そこで、再びコリンとエリンが潜った。コリンがマサチュセッツ号の見えるところまで行ったときだった。激しく水が振動したかと思うと、海底から見たこともない巨大な怪物が、無気味な目を光らせて、浮上 してくるではないか。
驚いたコリンは夢中で泳いだ。海面に浮上し、ボートにつかまるなり「シーサーペントだ、逃げろ!」と叫んだ。そのとたん、海中から巨大な怪物が頭をヌーと突き出した。
あおりをくってボートは横転した。真っ赤な口を開け、歯をむき出して追ってくる怪物に、ただ仰天したコリンは岸めざして必死で泳いだ。
かなりの浅瀬まできたとき、彼は力尽きて意識を失ってしまった。
コリンが気がついたのは病因のベッドの上だった。いっしょだった友人たちのことをたずねてみると、助かったのはブラッドだけで、あと は行方不明だという。
結局、友人たちは1週間後、死体となって発見された。エリンは、下半身をかみ切られた無惨な姿で漁船にひろわれた。ウォレンとラリー は溺死体となって、ペンサコラ海岸に打ち上げられたのだった。
コリンとブラッドは警察の尋問を受けた後、新聞記者から激しいイン タビュー攻めにあった。
こうして、巨大な怪物は、またもや世間にセンセーショナルな話題を まき起こしたのである。
同年10月21日付の「フロリダ・ジャーナル」紙に、コリンは恐怖の体験をありのままに手記として発表した。海の大怪物「大海蛇」の 存在を証明する貴重な目撃者として...。
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クリソツと言うよりは、全く同じと言った方がいい。明らかに元ネタである。
幻覚と決め付ける学者の話などは、学者達の頑迷さを読者に印象付ける 「演出」と思われる。また、コリン少年の写真も載っているが、SSR1の 写真とは別人のようである。

ところで飛鳥氏はコリンの目撃した怪物の正体を「ティロサウルス」 としているが、それについてはムー特別編集『世界UMA大百科』に も「水棲獣=ティロサウルス」説が載っているので、参考にしたという可能性もある。
ちなみにこの本には最有力説として「シーサーペント=モササウルス 説」も載っている(飛鳥氏は旧SSで"モサロサウルス"と書いているが...)。


というわけで、ブルーム・マッキントッシュを彷彿とさせる怪しい人物「エドワード・J・スミス」の情報や「コリン・ブライアン」 の体験談、さらにシーサーペントについての説まで、“ほぼ全てムーからのパクリだった”という驚くべき(?)事実が判明したのである!(脱帽…)




Update/1999.9.5
Addition/2000.10.13



参考文献
『まんが恐竜絶滅の謎 完全解明』 あすかあきお 1989 小学館
『まんが古代文明消滅の謎』 あすかあきお 1991 小学館
『ショック・サイエンスR』第一巻 あすかあきお 1998 アスキー
『謎の巨大獣を追え』 南山宏 1993 廣済堂
『図説・海の怪獣』 ジェイムス・スィーニ 1974 大陸書房
『ムー』第12号
「シーサーペント(大海蛇)の謎を追う」
斉田守也 1981.9 学研
『ムー』第37号「海に潜む魔性の手」 並木伸一郎 1983.12 学研
『ムー』第72号「巨大水棲獣の謎」 南山宏 1986.11 学研
『ムー特別編集 世界UMA大百科』 1988 学研
『幻の動物たち』〔上〕 ジャン=ジャック・バルロワ 1987 早川書房

Special Thanks to Mr.SEIYA,
&昔ワンダラ今トンデモさん!



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