真説日本古代史　本編　第七部 　　　「日本武尊」は実在したか 　 　 １．江田舟山古墳太刀銘文 　　「治天下獲■■■鹵大王世、奉■典曹人名无■弖。八月中、用大�ﾘ釜并 　四尺廷刀、八十練六十■三寸上好■。服此刀者長寿子孫注々得三恩也。不 　失其所統。作刀者名伊太■、書者張安也。」 　　上記銘文は、熊本県玉名郡菊水町にて発掘調査された江田船山古墳より 　出土した太刀に刻まれており、約７５文字からなる銀象嵌の銘を持つ。 　　船山古墳は全長５０ｍに満たない小形の前方後円墳だが、古代史上に関 　して最大級と言えるほど、極めて重要な問題を提起している。 　　墳丘に埋葬された横口式家石棺内から、鏡６面をはじめとして、冠帽、 　沓、耳飾り、玉、馬具、武器、甲冑などの豪華な金銅製品が、一度に出土 　したのである。 　　それだけでも前例がないと言えるのだが、やはり前述の銘文が刻まれた 　太刀の出土こそ、大いに注目されるべきであろう。 　　この銘文に刻まれた『治天下』につづく、『獲■■■鹵大王』とはいっ 　たい誰であろうか。 　　もちろんこれだけの資料では、今ひとつはっきり見えてこないのである 　が、埼玉県稲荷山古墳出土の鉄剣銘文により、大きな手がかりが与えられ 　た。 　　この二つの銘文を対比させると、船山古墳の『獲■■■鹵大王』の部分 　は、どうやら『獲加多支鹵大王』と刻まれていたことが判ってきた。 　　そうした上で、船山古墳出土の太刀銘文を書き下すと次のようになる。 　なお、■による記述は判別困難な文字であるのだが、通説に従うものとす 　る。 　　「『獲加多支鹵大王』の統治する御世、大王に典曹人の職を以て事えて 　いた『无利弖』は、八月に四尺の刀を大�ﾘ釜并を用いて、六十■三寸の良 　い刀に鍛造した。この刀を所有する者は長寿にて子孫次々に三恩を得る。 　自治できる土地を失うことはない。刀の製造者は『伊太加』と言い、銘文 　を刻んだ者は『張安』である。」 　　六十■三寸の部分は、長さの単位と判断していただいて間違いない。 　　内容対比のため、稲荷山古墳より出土の鉄剣銘文も掲載しておこう。こ 　れは１１５文字からなる銘文であり、冒頭の辛亥年は４７１年と比定され 　ている。 　　またその前半部分は、この鉄剣の持ち主であろう「乎獲居臣」（おわけ 　のおみ、以下オワケ）の上祖はオホヒコであり、オホヒコから８代数えた 　者がオワケであると説明しているものなので省略している。 　　「辛亥年七月中記・・・世々為杖刀人首奉事来至今獲加多支鹵大王寺在 　斯鬼宮時吾左治天下令作此百練利刀記吾奉事根原也」 　　「我が家系は、代々、杖刀人の首として今まで大王に仕えてきた。そし 　て、獲加多支鹵大王の寺が斯鬼宮にあったときに、私は天下をたすけ治め 　た。以下略」 　　江田船山古墳・稲荷山古墳の古墳から出土した銘文から判ることは、斯 　鬼宮に「獲加多支鹵大王」が在位中には、少なくとも熊本から埼玉地方ま 　での豪族らは、積極的に「獲加多支鹵大王」に従う形がつくられていた、 　ということであろう。その年代は辛亥年であり４７１年頃のことである。 　　斯鬼宮とは磯城宮であり、「獲加多支鹵大王」はワカタケル大王と読ま 　れている。 　　通説では、ワカタケル大王を「大泊瀬幼武天皇」（おおはつせわかたけ 　天皇）、すなわち雄略天皇に比定している。但し、雄略は泊瀬の朝倉宮で 　即位しており磯城宮ではない。 　　しかしこのことがすぐに、ワカタケル大王＝雄略を否定するものではな 　いだろう。 　　泊瀬（初瀬）も磯城も現在の奈良県桜井市であり、当時は広く磯城地方 　であった可能性は大きい。 　　また『日本書紀』には、雄略が葛城山に狩りに行き、「葛城一言主神」 　に出会った折り、「私は、幼武尊（わかたけのみこと）である」と名乗っ 　ていることを記述しており、本名は「幼武」であったことがわかる。 　　さらに、『古事記』における雄略の干支崩御年から比定できる年代は、 　４８９年であり、『日本書紀』からみても４７９年である。これらにより 　稲荷山古墳の鉄剣銘文にある４７１年は、在位中と考えることに何ら無理 　はない。 　　ワカタケル大王＝雄略説は、ワカタケルと同名異人でしかも全国区の大 　王の存在が、文献的・考古学的に証明できない限り、疑問の余地が無いと 　言えるであろう。 　　　２．雄略天皇は倭王「武」か 　　雄略の本名が「幼武」＝ワカタケルであるならば、『宋書』に記述され 　た倭王「武」は、タケルと呼ばれた雄略ではなかったのか。 　　もっとも、前章において定説に従い、倭王「武」＝雄略であった、と断 　定してしまっているのだが。 　　ここでもう一度、倭王「武」の上表文を掲げよう。 　　「わが国では倭王武の祖父弥の時代から武装して、さかんに四隣を征服 　して国力を伸張させてきた。国内においても、西は九州より、東は関東に 　およぶ広大な領域を平定したうえ、新羅・百済・任那・加羅・秦韓・慕韓 　など、南朝の六国をも併呑する一大勢力を築きあげてきたのである。亡き 　父済のとき以来水軍を整備して、百済の救援には心をなやましてきた。そ 　れは高句麗が無道であって、南鮮諸国をことごとく侵略しようとして南下 　してくるためで、ゆえに大軍をおこして兵備を整え、その無道を征伐しよ 　うとして努力してきたのである。しかし、歴戦久しきに及ぶいまもなを、 　強敵を滅ぼすことができないでいる。その際、宋の援助をえて、所期の目 　的を達成したいが、もしそうできるのなら、すみやかに高句麗の圧迫を拝 　して、南鮮の治安を維持し、もって宋朝に対して忠誠をつくすであろう。」 　　ここで倭王「武」は、 　　「西は九州より、東は関東におよぶ広大な領域を平定した」 　　と述べている。 　　これはまさに、鉄剣銘文の出土した地方に一致し、江田船山古墳銘文に 　みられる 　　「治天下獲■■■鹵大王世」 　　と何ら矛盾もないばかりか、倭王「武」＝雄略であると考えることは、 　むしろ当然のことのように思える。 　　雄略が上表文をたずさえていくにあたり、中国風の王名を考えて、ワカ 　タケルのタケルあるいはタケを「武」の文字に当てて、倭王「武」と称し 　たに違いない。 　　以上のことから、「獲加多支鹵大王」＝雄略＝倭王「武」であると考え 　ているのだが、この図式からすると、説明しにくいことが 生じてしまう。 　　このことは、なぜかあまり問題にされていないようである。この図式を 　正しい説と考えた場合、無視しては通れないはずなのであるが、一般的に 　は無視する傾向にある。 　　４１３年　倭王「讃」、「東晋」に遣使 　　４２１年　倭王「讃」、「宋」に遣使 　　４２５年　倭王「讃」、「宋」に遣使 　　４３０年　倭王「？」、「宋」に遣使 　　４３８年　倭王「弥（珍）」、「宋」に遣使 　　４４３年　倭王「済」、「宋」に遣使 　　４５１年　倭王「済」、「宋」に遣使 　　４６０年　倭国、 「宋」に遣使 　　４６２年　倭王世子「興」、「宋」に遣使 　　４７７年　倭国、「宋」に遣使 　　４７８年　倭王「武」、「宋」に遣使 　　上記は、前章で掲載した『宋書』等に記載された、「倭の五王」の朝貢 　の記録である。 　　このうち、「４７８年　倭王『武』、『宋』に遣使」が問題なのである 　が、『宋書倭国伝』に記載されているこの部分の全文を掲げてみると、 　　「興死弟武立自称使持節都督倭百済新羅任那加羅秦韓慕韓七國諸軍事安 　東大将軍倭国王順帝昇明二年遣使上表」 　　であるが、原文のままでは判りにくいので、現代語訳にしてみると次の 　ようになる。 　　「興が死んで弟の武が立ち、みずから使持節都督倭・百済・新羅・任那 　加羅・秦韓・慕韓七国諸軍事、安東大将軍、倭国王と称した。順帝の昇明 　年（４７８）、使を遣わして上表文をたてまつった。」 　　稲荷山古墳出土の鉄剣銘文に記載されていた年代は、辛亥年でありこれ 　を４７１年としているので、『獲加多支鹵大王』＝雄略であれば遅くとも 　４７１年には、東国に影響を与えるだけの大王になっていなければならな 　い。 　　大王が、後の時代の天皇のことであることは言うまでもないが、『宋書 　倭国伝』の記載を文字通り解釈してしまえば、「興」が死んだので「武」 　が新たに大王となり、４７８年に朝貢してきたと読める。 　　つまり４７８年に「武」が朝貢してきたことは間違いのない事実である 　が、「興」が死んだのが４７８年であり、同年に「武」が朝貢してきたよ 　うにも読めてしまうのである。 　　倭王「武」＝雄略を支持していない歴史学者や研究家の多くは、この点 　を指摘している。その場合の倭王「武」は、允恭天皇や安康天皇に比定さ 　れているが、倭王「武」＝雄略説は、動かし難い事実であると思われる。 　　では、『獲加多支鹵大王』＝雄略はどうかと言えば、こちらも現状では 　否定できる要素はないように思う。 　　しかし、稲荷山古墳の鉄剣銘文にある辛亥年を４７１年に比定した場合、 　『宋書倭国伝』の文字通りの解釈によれば、この時代は世子「興」の時代 　と重なるように読め、『獲加多支鹵大王』＝雄略説の入り込む余地は無く 　なってしまう。 　　干支は６０年周期なので、辛亥年は４１１年や５３１年にも比定できる 　が、やはり雄略の御代ではなくなってしまう。 　　『獲加多支鹵大王』＝雄略＝倭王「武」の図式を支持している歴史学者 　は多くいるが、辛亥年の説明はうまくされていないように思う。 　　これをどのように説明するかと言えば、キーマンは世子「興」こと安康 　天皇である。 　　『日本書紀』によれば、安康が即位して「眉輪王」に殺されるまでの在 　位は、わずかに三年である。ここにきて『日本書紀』の在位年を信じるの 　もどうかと思うが、世子「興」の遣使した４６２年を、「興」の即位した 　年であったとしたら、三年後の４６５年あるいは４６６年には安康は殺さ 　れ、雄略が立つことが数字の上では可能になる。 　　従って、鉄剣銘文にある４７１年の『獲加多支鹵大王』は、雄略であり 　倭王「武」であったことに矛盾はなくなるのである。 　　「４７８年　倭王『武』、 『宋』に遣使」 　　この部分の『宋書倭国伝』は、次のように読むほうがすっきりするので 　はないかと思う。 　 「興が死んで弟の武が立っ た。その後、順帝の昇明二年（４７８）のこ 　と、みずから使持節都督倭・百済・新羅・任那加羅・秦韓・慕韓七国諸軍 　事、安東大将軍、倭国王と称する倭王・武が、使を遣わして上表文をたて 　まつった。」 　　ちなみに、『古事記』の干支崩年の「甲午年正月十五日」を信じるもの 　とすれば、允恭こと倭王「済」の崩御は４５４年であり、『宋書』の記録 　にある４６０年に朝貢した倭国とは、安康＝倭王「興」である可能性が高 　い。 　　しかし、安康の在位がわずか三年であったことを考えると、この朝貢の 　記録は案外、「木梨軽皇子」であったのではないかと考えられないことも 　ない。 　　この『宋書』の記録は倭王名を記していないので、即位前の「木梨軽皇 　子」と比定することは無理とは言い切れないと思う。 　　倭王「済」の亡き後の朝貢が４６０年としばらく開くことは、本来皇太 　子であり、即位するはずだった「木梨軽皇子」と同母妹「軽大郎女皇女」 　との、不義密通による皇室内のトラブルが原因だと考えたい。 　　『記紀』や『宋書』に記された倭王「武」の「上表文」、あるいは出土 　した鉄剣銘文によれば、雄略の時代の日本列島は、九州から関東に至るま 　で、ずいぶん統一が進んだように思われる。 　　しかし、そうではなかろう。地方の豪族等は、ヤマト政権に従いながら 　も独立した王国を築いていたと考えたほうがよさそうである。 　　それは、稲荷山古墳鉄剣銘文の 　　「獲加多支鹵大王の寺が斯鬼宮にあったときに、私は天下をたすけ治め 　 た。」 　　の一文や、江田船山古墳太刀銘文にある 　　「自治できる土地を失うことはない。」 　　からじゅうぶん推測できる。 　　倭王「武」が大国「宋」に向けて、 　　「国内においても、西は九州より、東は関東におよぶ広大な領域を平定 　したうえ、」 　　と上表文をたてまつったとしても、事実は鉄剣銘文どおりの協力関係と 　言え、継体天皇の時代に筑紫の豪族「磐井」が、「新羅」と結び反乱を起 　こしたように、日本列島に独立国は少なからず存在し、朝鮮半島の国々と 　結んでいたり、国内の隣国どうし同盟関係にあったりしたのであろう。 　　　３．豪族諸氏との攻防 　　通説において、雄略は仁徳系王朝に位置づけれらているが、仁徳から允 　恭まで四代とは決定的に違う性質を持っている。 　　それは、外戚氏族すなわち皇后側の氏族である。仁徳から允恭までの四 　代の外戚氏族は「葛城氏」であるのだが、雄略の皇后は「草香幡梭姫皇女」 　（くさかのはたひびめのひめみこ）であり、仁徳の皇子「大草香皇子」（お 　おくさかのみこ）である。しかも、「大草香皇子」の皇子はいつわりの罪 　にて自殺している。 　　「葛城氏」の祖は「葛城襲津彦」であり、さらに「武内宿禰」であると 　伝えられているが、「葛城襲津彦」の子孫である「円大臣」（つぶらのお 　おおみ）は、「眉輪王」とともに殺されており、このことを「葛城氏」の 　没落とみる学者も多い。雄略即位前期である。 　　ヤマト政権は雄略の時代より、大和朝廷らしい様相を示している。 　　『日本書紀』は、 　　「平群臣真鳥を大臣とし、大伴連室屋・物部連目を大連とした。」 　　と記述しているが、これはこれら三氏族の内閣参入と読める。 　　特に「物部氏」は崇神系王朝に活躍した氏族であり、垂仁天皇を倒した 　ホムダマワカ王は、崇神系で活躍していた「物部氏」を重用していないこ 　とから、雄略御代での復活は、允恭天皇によっておこなわれた王権交替の 　クーデターに、結論を出した形ではないだろうか。 　　つまり允恭天皇を祖父にもつ雄略天皇は、仁徳系王朝のすべてを排除し 　ようとしたのではないかということだ。 　　「物部氏」の復活により、雄略系王朝は崇神系王朝の後裔ではなかった 　かとの推理が働くが、おそらくそうであろう。 　　河内王朝とも言われている仁徳系王朝と異なり、雄略は泊瀬の朝倉の宮、 　現在の奈良県桜井市に拠点を設けている。奈良県桜井市は、崇神天皇が都 　を定めた磯城とほぼ等しい。 　　実は、雄略は「眉倭王」とともに、「坂合黒彦皇子」（さかあいのくろ 　ひこのみこ）と「八釣白彦皇子」（やつりしろひこのみこ）をも殺してお 　り、「大草香皇子」も自殺していることから、允恭の皇子として残ったの 　は、わずかに雄略ただ一人になっていた。 　　雄略は、天皇家の外戚として力を握っていた「葛城氏」である「円大臣」 　と、皇位継承資格を持ったライバル皇族らを倒して皇位に着いたとも言え、 　それを支えたのは「物部氏」・「大伴氏」であった。 　　さらには、安康に皇位を伝えられていた、「市辺押磐皇子」（いちのべ 　のおしわのみこ）をだまし討ちしている。 　　皇室内にライバル不在となったものの、ヤマト政権は安泰となったのか 　と言えば、決してそうではなかったはずである。 　　この時代、ヤマト政権と並んで強国であったのは「吉備国」であった。 　「出雲国」・「丹波国」も強国であったが、崇神王朝の頃までにヤマト政 　権に参加協力しており、対立はしていない。 　　かつては「吉備国」も、周辺諸国と同盟・連合関係にあり、いったんは 　「出雲国」・「丹波国」と同様、ヤマト政権に参加したものと思われる。 　あるいは参加はしないまでも、対立するような原因はなかったことであろ 　う。 　　「吉備」は砂鉄の産地として名高く、このことは「出雲」と似ている。 　古墳は３５０メートル級の巨大な前方後円墳があり、畿内に似ている。 　　一言で言えば、ヤマト化した「出雲」であったと言えないだろうか。 　　『記紀』神話を読めば、天皇家と「出雲」との対立があったことは、何 　となくみてとれるが、ヤマト化した「吉備」は雄略の御代には、かつての 　「出雲」以上になっていたのではないだろうか。 　　崇神王朝が、「百済」の前身である「扶余」の亡命貴族の協力により、 　周辺諸国を制圧していったことはすでに述べてある。ヤマト政権は、先進 　的な中国の文化・文明を、朝鮮半島経由でたくさん吸収したであろうから、 　畿内はある程度、中国化していたと言えるであろう。 　　同時に、朝鮮半島諸国も中国文化・文明の恩恵をあずかることになり、 　国力の安定とともに発展していったに違いない。 　　そしてこのことは、先に文化・文明の伝播される「百済」・「新羅」が 　「倭国」を出し抜く結果となっていくのである。 　　朝鮮半島経由の伝播であるから、多分に朝鮮化された文化・文明であっ 　たとも言えるかもしれない。 　　また、その後訪れた百済系渡来人により、畿内は加速度を増して朝鮮化 　したと思われる。　 　　支配する王権が変わったところで、人や土地に根付く文化・文明は、破 　壊工作がない限り変わらないはずであろう。王権交代時に遷都してしまう 　ヤマト政権は、なおさら変化がなかろうと思われる。 　「吉備」とて例外ではなく、文明・文化の並行輸入は当然あったはずであ 　る。 　　「吉備」は畿内についで、巨大前方後円墳の多い地域である。前方後円 　墳は朝鮮半島にも存在するが、その数と規模からルーツは日本列島だと確 　信している。 　　「吉備国」は古墳時代中期以降に異常な発展をみせている。後の雄略天 　皇と「吉備」との対立から考えても、過去には協力関係であったかもしれ 　ないが、この時代にヤマト政権と友好関係であったとは思えない。 　　そうすると、巨大古墳の製造技術はどこから得たのだろうか。　 　　前方後円墳の全国的な流行は、あの特異な形と権力の象徴が結びついた 　結果であろうことはわかる。しかし巨大になればなるほど、その築造技術 　は高度になり、見よう見まね築造できるものではない。 　　もし、畿内から技術者が派遣されたのではないのなら、その築造技術は 　海外からもたらされたことになろう。 　　『日本書紀』には応神紀秋九月六日から十日のこととして、とりわけ重 　要な一文を記載している。 　　「秋九月六日、天皇は淡路島に狩りをされた。この島は難波の西にあり、 　巌や騎士が入りまじり、陵や谷が続いている。芳草が盛んに茂り、水は勢 　いよく流れている。大鹿・鳧・雁など沢山いる。それで天皇は度々遊びに 　おいでになった。天皇は淡路から回って、吉備においでになり、小豆島に 　遊ばれた。十日、また葉田の葦守宮に移りお住になった。そのとき御友別 　が来て、その兄弟子孫を料理番として奉仕させた。天皇は御友別が畏まり 　仕えまつる様子をご覧になり、お喜びの気持ちをいだかれた。それで吉備 　国を割いて、その子たちに治めさせられた。川島県を分けて長子の稲速別 　に。これが下道臣の先祖である。次に上道県を中子の仲彦に。これが上道 　臣・香屋臣の先祖である。次に三野県を弟彦に。これが三野臣の先祖であ 　る。また葉区芸県を、御友別の弟鴨別に。これが笠臣の先祖である。苑県 　を兄の浦凝別に。これが苑臣の先祖である。織部を兄媛に賜った。それで 　その子孫はいま吉備国にいる。これがそのもとである。」 　　はたして何が重要なのかと言えば、天皇は「御友別」（みともわけ）な 　る人物と彼の兄弟子孫に、「吉備国」五県を彼らの自治国として認めたと 　いうのである。 　　突然やってきた「御友別」が、天皇の料理番とすること自体、無防備と 　言えるのだが、その報酬が「吉備国」五県である。 　　これはいったい何を意味するのであろうか。 　　残念ながら、「御友別」の謎を解明できる文献は存在していない。しか 　しながら、ヒントになりうる書物は存在している。 　　文定昌氏著の『日本上古史』（韓国ソウル大学出版部刊）というものが 　あるらしい。らしいというのは、この書物がハングル文のみで、翻訳版が 　刊行されておらず、コピーすら目にしたことがないからであるのだが。 　　林青梧氏の著書『日本書紀の暗号』の中で、一部紹介しているので引用 　させていただくと、 　　「第一編『日本上古史の概要』の第四章『倭の新羅侵冠と倭王応神の降 　伏』の第四節の『応神王の明石浦降伏』に次のようにある。 　《応神王が難波朝を創設したのが、二七〇年である。難波朝と新羅との間 　に戦闘状態が継続し、新羅軍が攻勢を取って、遠く日本本州の腰部である 　瀬戸内海まで、攻め入った。たまりかねた倭王応神が降伏して、吉備国、 　すなわち今日の岡山県地方六県を新羅軍に割譲した。〈以下略〉》」 　　このことを裏付ける事実して、１６１７年に初期徳川幕府を訪問した通 　事官・李景稷は、そのことが記載されていた『日本国年代記』を見たとし 　ているし、また『海東繹史』巻四十一、通日本始末にも記録があるらしい 　が、この二書については私は知らない。 　　『日本上古史』の信憑性は、この部分だけを取ってみても、応神即位を 　２７０年としたり、応神天皇の実在性を認めていることなどから、信憑性 　が高いとは言えるものではない。 　　仮に２７０年、ヤマト政権と「新羅」が戦闘状態であったとしたら、何 　らかの形で中国の史書に記載が見られたはずと思われる。 　　ただし、年代を考慮しなければ、あながちでたらめとは言えないのでは 　ないだろうか。 　　この戦闘は、朝鮮半島での「高句麗」攻略失敗により、弱体化したヤマ 　ト政権の隙をついての、「新羅」からの侵攻であり、密かに「高句麗」と 　も結んでいた「新羅」は、ヤマト政権が弱体化するや否や、一気に南下し 　日本列島に侵攻してきたと考えることは可能である。 　　時代は、仁徳かその養父・ホムダマワカ王である。 　　『日本上古史』によれば「御友別」とは、ずばり新羅軍である。もっと 　も新羅軍という団体が「吉備諸氏」の祖であるがはずないので、「新羅王 　族」とか「新羅将軍」がそれに当たるのであろうが、私は、「御友別」の 　正体は「任那」ではないかと思っているのだが。 　　「任那」については後述することにして、その根拠となる私見を説明す 　と、「御友別」を祖とする「吉備上道臣田狭」（きびのかみつみちのおみ 　たさ）は、雄略により「任那」の国司に任命されている。 　　しかもその間に、本来「田狭」の妻であった「稚媛」を、雄略の第二妃 　としている。 　　『日本書紀』を読めば、これが略奪であったことは容易にわかる。「任 　那」でこの事実を聞かされた「田狭」は、「新羅」に援助を求めるが、こ 　のとき日本と不和であり、実現しなかったようである。ただしこの日本が 　「任那日本府」のことなのか、ヤマト政権のことなのかは、残念ながら不 　明である。 　　その後雄略は、「田狭」の子である「弟君」（おときみ）、「吉備海部 　直赤尾」（きびのあまのあたいあかお）、「西漢才伎歓因知利」（こうち 　のあやのてひとかんいんちり）に「新羅」を討伐を命じ、これを請け三人 　は朝鮮半島に渡るが、「海部直赤尾」を除き他の者は、ヤマト政権を裏切 　り朝鮮半島に留まってしまう。 　　このとき頼りにした国は「百済」と「任那」であるという。 　　「田狭」は「新羅」に援助を求めているものの、どうやら無視されてい 　るので、「田狭」と「新羅」との関係は薄いものだと思われる。 　　つまり、「田狭」の祖である「御友別」も「新羅」とは縁が薄いはずで 　あろう。従って、「御友別」は「新羅」の支援は受けていたかもしれない 　が、「新羅」ではないと思う。 　　『日本上古史』では「御友別」を「新羅」であると断言しているところ 　をみると、渡来人であることは間違いなさそうである。とすれば「百済」 　か「任那」か「高句麗」かであるのだが、「田狭」が「任那」の国司に任 　命されていることを逆説的に考えれば、実際には「御友別」は「任那」の 　王族出身であって、植民地「吉備」の初代国王になっていたのではないか 　と推理できる。 　　その王権を嗣いでいたのが「田狭」であったのだが、雄略のヤマト政権 　の圧力に抗戦しきれず、妻を人質としなければならなかったのだと思う。 　　日本列島は完全ではないものの、ヤマト政権を頂点にした連合国家を為 　し得ていたことは、倭王「武」の「宋」への上表文や、出土した鉄剣銘文 　より明らかである。 　　結局、「御友別」のもとに占領支配されていた吉備六県も、後の吉備王 　「田狭」の国外退去により、とりあえずは、ヤマト政権連合に組み入れら 　れていったのであろう。 　　悲しいことに「稚媛」は、「吉備」攻略の末、結果的に略奪されたこと 　になる。 　　現在で言えば「吉備」は岡山県であるが、悲劇の媛「吉備稚媛」の名が 　伝承されているということである。もちろん、雄略に略奪された伝説とし 　てである。 　　さらに、興味深い話であるのだが、「田狭」の妻は、「葛城氏」の娘で 　あるという。 　　「葛城氏」といえば、仁徳王朝での外戚として活躍した氏族であるのだ 　が、雄略は「葛城氏」を排除している。「田狭」はヤマト政権との対抗上、 　「葛城氏」と結んだと考えることに無理はない。「葛城氏」にしても中央 　での基盤を失っているのだから、「吉備」と組むことは願ったりかなった 　りであろう。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　 　　異伝としては、雄略は「田狭」を殺して「稚媛」を略奪したとも言われ 　ているらしい。 　　『田狭の乱』の一言で片づけてしまえば、単なる国内豪族の反乱である 　が、「田狭」の祖を考えると、それは「任那」とヤマト政権との、戦争で 　あった可能性もある。 　　「伽耶」とヤマト政権の先代である「旧奴国」とは、スサノオとオオク 　ニヌシが実現した日本海文化圏、すなわち同一連邦国家であったずだ。 　　朝鮮半島諸国との関係悪化は、スサノオ系の血を引いたホムダマワカ王 　の「高句麗」攻略の失敗（もっともこれはスサノオ時代からの悲願であろ 　うから、しかたがないとも言えるが）と、雄略の悪政によるものと言える 　のかも知れない。 　　特に雄略は、同朋国・「任那」まで敵に回してしまった。このことは、 　欽明天皇の御代まで後を引き、最後まで解決できていない。 　　　４．日本府 　　「任那」がヤマト政権と連邦国を形成していたであろうことは、「高句 　麗好太王碑文」からも判読できる。 　　「十年庚子年（４００年）、好太王は歩騎五万の大軍で進撃し、中部朝 　鮮の新羅の国境で倭軍と激突した。その結果倭軍は遺滅して、遠く南鮮の 　任那・加羅の地に追撃され、からくも全滅を免れた。」 　　「高句麗」に攻撃され壊滅寸前であった倭軍も、「任那」・「加羅」の 　地に逃げ込んでしまえば、「高句麗」と言えども手を出せなかったのであ 　ろう。 　　実際問題として、ヤマト・「任那」連邦国に力がそれなりの備わってい 　なければ、ヤマト政権の朝鮮半島進軍など考えもしなかったろうし、「統 　一奴国」建国前のように、日本列島は「高句麗」の植民地になっていたは 　ずだ。 　　通商国家である「伽耶」諸国とヤマト政権との連邦は、「旧奴国」時代 　からヤマト政権に引き継がれた軍事力が、屋台骨であったのだろうが、そ 　の「伽耶」諸国は、ヤマト政権の軍事力が当てにならないとみるや、連邦 　を無視して完全自立の道を選び始めたのではないだろうか。 　　このあたりの事情は『南斉書』の『東南夷伝』に記されている。 　　「加羅国王の荷知が単独に南斉に使いを遣わし、輔国将軍加羅国王の称 　号を受けた 。」 　　「南斉」とは「宋」が４７９年に滅んだ後できた国であるが、この年に 　「加羅」は「南斉」へ朝貢したのである。 　　「使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事安東大将軍 　倭王」 　　倭王「武」がこの称号を授与されたのが４７８年である。その翌年であ 　る４７９年に「加羅」は、建国間もない「南斉」に朝貢している。 　　「南斉」が「輔国将軍加羅国王」を授けたのは、ヤマト政権の弱体化が 　多いに関係していると思う。 　　そして、「加羅国」の「輔国将軍加羅国王」の授与は、「伽耶」諸国が 　自ら主役となり、歴史の表舞台に立った最初の出来事なのである。 　　ここで、はっきりしておかなければならないことがある。「任那」の扱 　いについてである。 　　私もその一人であるのだが、「伽耶」と言えば、一般的に南朝鮮の「上 　伽耶」・「下伽耶」など、いわゆる「伽耶」諸国を統括した諸国を指すと 　考えていたし、そのように記述してきた。 　　『日本書紀』で言うスタンスは、間違いなく「任那」＝「伽耶」であろ 　う。しかし、「高句麗好太王碑文」や倭王「武」が「宋」に求めた称号か 　らみた「任那」は、諸国ではなく単なる一州、または小国にすぎないので 　はないか。 　　と言うのも、『日本書紀』の『継体紀』には、「百済」復興のため「任 　那」四県を割譲したとの記載があるので、それ相応の国であるような錯覚 　をしてしまうのだが、倭王「武」が「宋」に認められた称号から推理する 　と、「任那」と「加羅」は同列であるとしか判断できない。 　　つまり「任那」とは、「伽耶」諸国全体を表す名称ではなく、朝鮮半島 　にあった「任那」と呼ばれていた一国を指すのではないかと思われる。 　　第五部において、『後漢書』・『三国志』の次に記載する部分を引用し 　た。 　　『後漢書』 　百 済・「その北は楽浪と、南は倭に接し、辰韓は東にあり」 　伽 耶・「その南また倭と接す」 　　 『三国志』 　百 済・「南は倭と接す」 　伽 耶・「倭と境を接す」 　　これにより、「百済」と「伽耶」に挟まれた形で、倭人の国が存在して 　いたのではないか、そしてそれが「任那」ではなかったかと説いた。 　　「任那」が「伽耶」諸国のことを指すのではなく、「安羅」・「加羅」 　などと同じく一国の名称であったとしたら、『日本書紀』は「任那」を誇 　張して記述していることになり、近年言われている「任那」はなかった、 　など言う諸説も言い過ぎであると思われる。 　　「任那」は、まさに存在していて、それは旧倭人の国であったとしたい。 　と言うよりも自治州である。 　　ここで言う旧倭人とは、四世紀からの渡来人に対して言う倭人であり、 　過去に南朝鮮半島から脱出し、日本列島にたどり着いたスサノオ族と同郷 　人という意味である。 　　さて、倭人の自治州「任那」が実在していたとしたが、では、『日本書 　紀』に記述されている「日本府」とは、いったい何だったのであろうか。 　　『日本書紀』に「任那」の名称が初めて登場する箇所は、『崇神紀』の 　　「六十五年秋七月、任那国から蘇那曷叱智を遣わして朝貢してきた。」 　　であり、「日本府」の初登場は『雄略紀』八年春二月、「高麗」と結ん 　でいた「新羅」が、「高麗」の裏切りにより「新羅」に攻め入ったことか 　ら、「任那王」に援軍を求める次の箇所である。 　　「高麗王がわが国を攻めようとしている。いまやわが国は吊り下げられ 　た旗のごとく、敵の思うままに振り回されている。国は累卵の危きにあり、 　命の長短も計られない。どうか助けを日本府の将軍たちにお願いいたしま 　す。」 　　このときに「任那王」から送られた将軍達は、「膳臣斑鳩」（かしわで 　のおみいかるが）・「吉備臣小梨」（きびのおみおなし）・「難波吉士赤 　目子」（なにわのきしあかめこ）であるという。 　　また、「日本府」の軍を「日本軍」と記述しているので、「任那」の地 　に日本軍が駐留する、「日本府」と呼ばれる機関があったように読める。 　　「日本府」については、日本・朝鮮両国の歴史学者から諸説・批判が提 　出されているのだが、日本国内における通説的理解は、朝鮮半島に進出し 　たヤマト政権が、「任那」・「百済」・「新羅」の朝鮮三国を支配するた 　めに「任那」に置いた機関であったであったとするものである。 　　これは『日本書紀』の記載を、そのまま信用したものであった。 　　しかし、ヤマト政権による朝鮮半島支配を、完全に否定する学説が発表 　され、今日では『日本書紀』を鵜呑みにする説こそ、異説になってきてい 　るようである。 　　それでは、「日本府」とはいったい何だったのであろうか。 　　「日本府」を名乗る以上、それはヤマト政権でも「任那」諸国からの命 　名でもない。 　　「倭の五王」の上表文通り、ヤマト政権は中国式の「倭国」を自称して 　いたのである。「倭国」の機関であるならば、「倭府」ではないか。 　　また、「日本府」が「任那」ではなく九州にあったとしたら、「任那」 　とヤマト政権との外交機関であったとも言えるであろう。確かに、九州に 　「日本府」があったとした説もあったが、どのように『日本書紀』を読ん 　だとしても無理な解釈である。 　　私見では「日本府」とは、『日本書紀』によって名づけられた機関であ 　ると思う。その作者とは、滅亡後の「百済」からの亡命貴族であり、『日 　本書紀』の編纂に深くかかわった者であろう。 　　ずばり言って、五世紀の朝鮮半島に、認知された「日本府」など、存在 　してなかったと思う。 　　七世紀になり、「任那」に逃げた滅亡後の「百済」王家が、将軍達を伴 　い細々と居留していた地域を、「日本府」と自称していたのではないだろ 　うか。　 　　あるいは六世紀にほど近い時期、「高句麗」攻め込まれ国土をおわれた 　「百済」王家・王族の居留地の名称だったのかもしれない。 　　いずれにしても「日本府」の存在は、「倭国」であったヤマト政権が、 　「日本国」と改名したこと無関係ではないはずだ。 　　「日本国は倭国の別種なり。その国日辺にあるを以て、故に日本を以て 　名となす。あるいはいう、倭国自らその名の雅ならざるを悪み、改めて日 　本となすと。あるいはいう、日本は旧小国、倭国の地を併せたりと。その 　人、入朝する者、多く自ら矜大、実を以て対ず。故に中国これを疑う。・ 　・・・」 　　以上の文は、『旧唐書倭国日本伝』にあるものである。 　　通説によれば、このやりとりは貞観二十二年（６４８）のことのようで 　あるという。 　　しかしながら、私は次の遣唐使である長安三年（７０３）、文武天皇の 　三年のことではないかと確信している。 　『日本書紀』には国号改名の記録はない。 　　『旧唐書倭国日本伝』のこの部分の原文をご紹介すると、 　　「・・＜八行目途中まで省略＞・・又遣新州勅史高表仁 　持節往撫之表仁無綏遠之才興王子争礼不宣朝命而還至二十 　二年又附新羅奉表以通起居 　日本國者倭国之別種也以其國在日邉故以日本為名或日倭國 　自悪其名不雅改為日本・・・・・＜以下省略＞・・・・・」 　　となるのであるが、十行目の『二年又附新羅奉表以通起居』の後がブラ 　ンクとなっている。これは、この前後を明確に区別したいという意図では 　ないかと思われる。 　　というのも、中国の史書の倭国伝に関する限り、連続した漢文で記載さ 　れ、このような例は『旧唐書倭国伝』でしか見られないからである。 　　前文が「倭国」、後文が「日本国」についての記述に違いなかろう。国 　号を改名した国であるからこそ、このような記載方法になったのである。 　　ヤマト政権が、正式に「日本国」を表明したのは、大宝律令（７０２） 　の施行以後である。『旧唐書倭国日本伝』のやりとりが７０３年ならば、 　「日本国」に改名した後、その国号を「唐」に認知してもらうための遣使 　であったと理解できる。 　　 　　気になる点は、「唐」側は「日本国」への改名に、異常な不信感をもっ 　て接していることだ。 　　「多く自ら矜大、実を以て対ず。故に中国これを疑う。」 　　この一文を簡単に述べれば、「威張りくさって誠意が見られない。従っ 　て、怪しくて信じることができない。」と言っているのだが。 　　これを、どのように理解すれば良いのだろうか。 　　「日本府」と「日本国」への改名が、無関係ではないと言ったのは、ま 　さにこのことにつきる。 　　ここでは深く述べないが、「日本」への改名は、ヤマト政権内に入り込 　んだ、「百済」王族によるものと考えている。 　　白村江の戦いで、百済王子・「余豊璋」（よほうしょう）を迎え入れた 　「百済」本国とは、亡命地「日本府」のことではないだろうか。この時点 　で、朝鮮半島に「百済」本国と呼べる地域はないはずなのだ。 　　敗戦後、倭軍とともに「百済」の亡命貴族達は日本列島に渡来した。本 　国を失った「百済」貴族は、「倭国」でしか生き延びる術はなかった。 　　この瞬間から、「倭国」を「日本国」とする謀が画策されだしたのでは 　ないか。それは、「百済」からみた日本列島の呼称であり、百済人の第二 　の故郷を、「新羅」・「唐」より精神的に優位に置くための改名でもあっ 　たのかもしれない。 　　この「百済」＝「日本」改名を実現したのが、「鎌足」の意志を継いだ 　「不比等」である。「中臣鎌足」は、死の間際に「大織冠」・「大臣」・ 　「藤原」の姓を賜っている。天皇自ら授けたとされている。 　　普通に考えてみても、「大織冠」・「大臣」は大変名誉なことである。 　　しかし「藤原」姓に、いったいどんな重要な意味があるというのか。 　　実は、これが大いにあるのだ。 　　現在我々は「百済」を「くだら」と発音するが、朝鮮語では「ペクチェ」 　であり、そのまま読んだとしても、「ほぜ」・「ほぜい」としかならない 　ことは以前紹介している。 　　では「倭国」はなんと発音するのであろうか。普通に読めば「わこく」 　であるが、「国」は「ラ・マ・ヤ・ナ」と発音していたことは、何度も前 　述している。 　　「百ホ・済ゼ・倭ワ・国ラ」 　　すなわち、「藤原」とは「百済倭国」の当て字なのであり、「藤原」そ 　のものが、まさに「日本」を意味するのではないだろうか。沖縄発音では、 　ずばり「フジワラ」である。 　　６９２年、藤原京の地鎮祭が行われている。はたして古代より現代まで 　のうち、一氏族の姓で名づけられた都があったことすら妙ではないか。歴 　史学者達は、このことに疑問を抱かないのであろうか。 　　「藤原」＝「百済倭国」なのである。 　　つまり藤原京とは、「日本」の京そのものだったのである。 　　国号を「日本国」と改名した後、「日本国」を「唐」に認めてもらうた 　めに、遣使したのであろう。そのやりとりを『旧唐書倭国日本伝』が、伝 　聞記述しているのであるが、「日本国」からの使者は、改名の理由がうま 　く説明できていないのである。 　　「唐」の直接の敵国であった「百済」が大きく関与しているのだから、 　うまく説明できないのも当然であろう。書き下すと、おおよそ次のように 　なる。 　　「『日本国』は『倭国』の別の言い方であり、日が昇る方角に位置する 　ので、「日本」と改名した。」 　　「倭国」の「倭」の文字が醜いので「日本」と改名した。」 　　「日本」はもともと小さな国であったが、「倭国」の地を併号した。」 　　この三つのやりとりは、おのおの矛盾する返答であり「唐」側が「怪し 　くて信じられない」とするのも当然であろう。 　　「百済」と「新羅」にはさまれる小国として、「任那」は存在していた 　と思う。それは倭人達の故郷でもあり、渡来人のやってくる地域であった 　だろう。さらに言えば、「統一奴国」王・スサノオの故郷であったのかも 　知れない。 　　『魏志倭人伝』のヒミコをアマテラスと見なしているようなので、ある 　意味で「任那」とは、天皇家の故郷とも言えよう。 　なぜなら本文では、スサノオの孫娘こそヒミコであったとしているからで 　ある。 　　「百済」としても、このことは理解していたはずであろう。そこで五世 　紀以前より、「任那」の地に改名した国号である「日本」と同一の名称が 　存在していたように、『日本書紀』を利用したのではないか。 　　『日本書紀』は漢文で書かれた歴史書である。中国にアピールするため 　に記述されたとも言えなくはない。 　　その中国と言えば、当時の「新羅」に敗れているのである。『日本書紀』 　が、このことを利用したことは当然考えられる。 　　国号を改めた「日本」は、中国に侵略国・「新羅」をアピールしたかっ 　たのではないか。つまり５６２年、「新羅」に侵略され滅んだ「任那」は、 　そもそも「倭国」の自治区であり、そこに「日本府」と呼ばれた機関なり、 　領有地があったというアピールは、「倭国」が「日本」に改名したことへ 　の正当性を主張するものにほかならない。 　　「任那日本府」の実在性を説く歴史学者は多い。しかしながら、「日本 　府」があったとされる、「金官加羅国」の大成洞古墳の発掘でも、「日本 　府」関連は何も出土しなかった。 　　「日本府」は存在していたと思う。しかし、それは通説によるような五 　世紀以前ではなく、「百済」滅亡の七世紀の一時期か、それに類推する時 　期ではないか。 　　最後の「百済」王族・貴族達は「倭国」に亡命したのではない。日の昇 　る国「倭国」に、新国家「日本」建国を夢見て渡来したのである。 　　　５．倭王「武」 　　『日本書紀』によれば、雄略亡き後の王位を嗣いだのは、「白髪武広国 　押稚日本根子天皇」（しらかのたけひろくにおしわかやまとねこ）であり、 　漢風名を清寧天皇という。 　　しかし、この天皇の事績は無いに等しく、その和名から考えても実在性 　が疑わしい。仮に存在していたとしても、即位後まもなく亡くなったので 　あろう。 　　雄略没後は、「飯豊皇女」（市辺押磐皇子の姉）が執政していたが、ほ 　どなく、雄略に言われなく殺された、「市辺押磐皇子」の子・「弘計」と 　「億計」（ともに“おけ”と読む）が発見され、それぞれ顕宗天皇・仁賢 　天皇として即位する。 　　「市辺押磐皇子」が殺されたため、身分を隠して逃れていたと記すが、 　兄弟で皇位を譲り合う件など、仁徳とその弟・「莵道稚郎子」との説話に 　そっくりであり、その説話自体は到底信じられるものではない。 　　しかし、この二人は継体朝と平行して存在した、ヤマト圏内だけの王で 　はないかと思われるふしがある。 　　武烈天皇に至っては、雄略の悪行説話の寄せ集めにによって、創造され 　た天皇であろうと思っている。　雄略は勇猛であったが、反面残虐でもあっ 　た。武烈の和名も「小泊瀬稚鷦鷯尊」（おはつせのわかさざきのみこと） 　であり、雄略と仁徳の和名から、合成された名前であろうと考えている。 　 　　実際には、雄略は皇位継承者候補を皆殺しにしたため、没後は皇位が途 　絶える可能性があった。 　　「飯豊皇女」が、とりあえず執政を引き継いだが、「飯豊皇女」も亡き 　後、ついに正当な皇位継承者がいなくなってしまった。この後、継体天皇 　の即位になるのだが、継体の即位の理由を考えるとき、武烈（雄略）が世 　　継ぎのなかったためとするより、「飯豊皇女」が執政を司らなければな 　らぬほど、人材不足の状態であったと考えたほうが理解しやすい。 　　推古天皇こそ最初の女帝であると言われているが、そうではなくそれは 　「飯豊皇女」であると思う。 　　さて、雄略は、倭王「武」と称される人物であった。極論を言えば雄略 　の名は、「武」であったわけだ。 　　『日本書紀』は、まさに「武」の名を持つ人物を記述している。それが 　「日本武尊」である。 　ヤマトタケルは個人名ではなく、複数の将軍達を表現した象徴名である 　とか、日本の猛々しい人物に意味であるとか言われてきたが、“ヤマト” 　の発音は、「倭」とも「日本」とも「大和」とも当てられてる。 　　『日本書紀』風に文字を当てれば「日本」である。また、「尊」は敬称 　であるので、ヤマトタケルは「日本武」＝「倭武」なのである。 　　「倭武」と書けば、誰でも倭王「武」を想像するであろう。そのとおり 　だと思う。ヤマトタケルのその大部分は、倭王「武」がモデルであったと 　思われる。 　　ヤマトタケルは倭王「武」の上表文にあるように、東西を駆けめぐって 　族を征圧しているし、雄略の勇猛さと残虐性は、ヤマトタケルのそれと共 　通性がある。 　　『常陸国風土記』では「倭武天皇」であり、稲荷山古墳鉄剣銘文のワカ 　タケル大王を考えに会わせると、ヤマトタケルはまさに雄略と言えると思 　う。 　　『日本書紀』では、四世紀には既に、統一「日本国」が実現していたと 　することにより、それより後に統合建国された朝鮮諸国の、「日本府」に 　よる支配をどうどうと主張しているのである。 　　そのためには雄略による東西平定の事実を、四世紀に持ってこなければ 　ならないのだが、『旧唐書倭国日本伝』に倭王「武」が記述されている。 　　そこで、倭王「武」の名と事績をモデルにして、英雄・ヤマトタケルを 　創造したのであろう。 　　もちろん天皇として記述することはできない。そこで四世紀の景行天皇 　の皇子「大碓尊」（おおうすのみこと、以下オオウス）の双子の弟「小碓 　尊」（おうすのみこと、以下ヲウス）にその役目を与えて、登場させたの 　である。 　　従って、理由は他にもあるが、『景行紀』は少し込み入った記述になっ 　ている。まあ『日本書紀』について言えば、『景行紀』に限らずすべての 　記述が込み入っているのであるが、 　　景行の皇子は八十人いたと『日本書紀』は記すが、そのうちの三人を別 　格としている。それが、「稚足彦」（わかたらしひこ）、ヲウス、イホキ 　イリヒコである。 　　皇太子とは次期天皇候補であり、一人だけである。ところが、景行の時 　代には、この三人とも同時に皇太子なのである。 　　『日本書紀』が偽りを記述しているわけではない。実際に、三人とも皇 　太子だったのである。 　　おそらく、景行の皇太子は双子の兄・オオウスであったのだろう。 　後にオオウスは美濃から復命しなかったため、弟のヲウスが皇太子に任命 　されたのだと思う。 　　「稚足彦」は後の成務天皇である。崇神系王朝は、垂仁か景行で断絶し 　たと考えているので、成務の実在性は疑わしいが、『記紀』に従えば皇太 　子には違いない 　　イホキイリヒコの場合はちょっと事情が違う。「五百木」・「尾張」が 　同族であることは、何度も述べているが、イホキイリヒコはの景行、ヤマ 　ト政権の皇太子ではなく、「近江・尾張」連合政権の皇太子であったと考 　えている。この連合政権は三関をはさんで東国に位置し、「飯豊皇女」亡 　き後の継体を輩出した政権である。 　　イホキイリヒコの皇子であるホムダマワカ王が、ヤマト政権の正当世嗣 　ぎであるホムツワケを率いて原ヤマト政権を討ち、そのまま大王となった 　ので、イホキイリヒコの即位はならなかったが、東西の統合が実現しなけ 　れば、イホキイリヒコは、「近江・尾張」連合政権の大王になっていたは 　ずである。 　　しかしクーデターにより即位した允恭天皇からは、東西統合は崩れはじ 　め、さらに『日本書紀』の『允恭紀』にある「尾張氏」と「葛城族」の対 　立は、ヤマト政権の内部分裂とみている。 　　このような政治腐敗の中で「近江・尾張」政権とヤマト政権は袂をわか 　ち、むしろ険悪化していったのではないかと思われる。 　　雄略は半ば強制的に「吉備」と結び、自ら東国支配に乗り出すことにな 　る。「尾張」氏の全面的な協力のもとに、関東一円まで勢力を延ばすのだ 　が、その帰路、「近江・尾張」政権の手によって討たれてしまったのであ 　る。 　　このあたりの事情は、特別編『「日本武尊」の真実』をご覧いただきた 　い。 　　そしてそれはあまりに突然のことであったのだろう。ヤマト政権は世嗣 　ぎ不在のまま、「飯豊皇女」が執政を司るという非常事態に陥ったのであ 　ろうか。 　　すべては、皇位継承候補である皇子達を、言われなき理由で皆殺しにし 　てしまったからであり、大胆で勇猛であった雄略でさえ、その残虐な行為 　から人望を失っていたのかも知れない。 　　しかし、事実は意外なところにあったのであり、このことは第８部で、 　より詳しく掲載していくつもりである。 　　雄略の死後、夫人の「吉備稚媛」は自らの皇子・「星川皇子」を立て、 　ヤマト政権乗っ取りを画策するが、「吉備上道臣」の船団四十隻による応 　援が間に合わず失敗に終わり、夫人・皇子とも焼き殺されてしまう。 　　「吉備」は「任那」の植民地といえ、「吉備上道臣」は任那王族の子孫 　である。この事件により「任那」はヤマト政権と決別することになり、後 　の欽明の願いである「任那復興」も、むなしく空回りするだけだったので 　ある。 　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　 　２０００年７月　第７部　了