『理解不能な十人十色』 通販用サンプル

表紙および概要

『理解不能な十人十色』表紙
価格:800円
発行日:2008 年 11 月 3 日
ページ数:88 ページ
体裁:A5 サイズ、平綴じ
印刷:オンデマンド印刷


・宗介を話の中心にする
・必ずアルを出して宗介と絡める
・宗かなを前提とする
以上を課題とした、総勢10人によるアンソロジーです。
 
宗かな的な糖度は低めですが、コメディありギャグありシリアスありと、バラエティに富んだ1冊ができました。
短編・掌編小説5本、短編・掌編マンガ4本、イラスト1枚を収録。
「陣代高校文化祭'08」参加記念として、期間限定サークル「ARX−10」名義で発行しています。

本文抜粋

◆ 過保護なシスター・アクト  by 橋本某 ◆

 いらついていた。無性にいらついていた。作戦で三日間徹夜状態で敵の動向を探った時でさえ、今よりは冷静でいられたはずだ。恐怖にも痛みにも屈しない戦場のプロが、今やストレスの限界を突破しようとしていた。
「エンコーディング速度低下。やはり、この方式では演算に時間がかかりすぎませんか」
「んーと。サードプロットを開いてみて。そっからのアクセスを、こっちのコードで試してみてくれる? アクセス、早くなるかも」
「了解。試行します」
「……ほら! やっぱり!」
「的確な指示と対策、感謝いたします。また完成に一歩近づきましたね。ミズ・チドリ」
「どういたしまして。一緒にがんばりましょ、アル」
 うれしそうな黄色い声と、無機質ながらうれしそうな―――少なくとも、宗介にはそう聞こえた―――声が、ますます宗介の不機嫌をあおった。
 決して広くはない、レーバテインの肩の上に、宗介とかなめは座っていた。かなめの膝にはラップトップ・パソコンが乗っており、そこからレーバテインの首筋へと数本のケーブルが伸びている。画面上を滑るように羅列されていくプログラム言語は、当然ながら宗介の理解の範疇外だ。
 彼女は、10センチも手を伸ばせば届く距離にいる。これといって脅威や障害は見当たらない。
 だというのに。なんなのだろう、この果てしない疎外感は。かなめが叩くキーボードから響く、ぱたぱたいう音さえ耳障りだ。いつもなら、頼もしささえ感じるというのに。
「うし! じゃ、あとはこっから逆アセンブリングしてデバッグしておいてね。検証が終わったら、また試してみよ」
「了解です。完成が楽しみです」
 アルの言葉ににっこりうなずいたかなめが、膝においたパソコンのふたを閉じようとする。作業の終了を感じ取り、宗介の機嫌がほんの少し上向きかける。
「ところで、ミズ・チドリ。先日おっしゃっていたクレマ・カタラナの生成法を検索しておきました」
「えっ、マジで!?」
「肯定です。現在、そちらの端末へデータ送信中です」
 ぱっと顔を輝かせて、かなめは閉じかけたパソコンのふたを再び開いた。画面には、『スペインのデザート♪』いう見出しとともに、詳細なレシピが表示されていた。
「ありがとー! 作ってみたんだけど、なんか味が違うなって思ってさ」
「引用元はスペイン語でしたので、僭越ながら日本語訳しておきました」
「気がきくわねー! どっかの誰かにも見習わせたいくらいだわ。……へー、レモンの皮か。なるほどねぇ」
「千鳥『どこかの誰か』とは、もしかして俺を指しているのだろうか」
「味わえないのが残念です」
「そうね、さすがにアルは食べられないものね。あ! でもさ、せっかく探してくれたんだし、今度作って持ってくるわよ。食べられなくても、一緒に見て楽しむくらいはできるでしょ?」
「肯定です。楽しみにしています」
「千鳥、スペイン語ならば俺も少しはかじっているぞ。必要とあらば役に立てるはずだ」
「世界中引きずり回されるのは勘弁だったけど、こうして世界のいろんなところの美味しいものを知ったのは数少ない救いよね」
「肯定です。何ごとにも教訓があるものです」
 目をつぶって、しみじみと首を振るかなめに、アルが同意する。
「安心しろ、千鳥。そのようなことはもう二度とないと約束す……」
「ご安心下さい、ミズ・チドリ。そのようなことはもう二度と起こらないと約束します」
「……ううっ……ありがと、アル……」
 限りなく昭和のにおいを纏ったかなめが、鼻をすする。なぜだかしんみりするかなめとアルの空気をまったく読まずに、宗介が会話を続ける。
「千鳥、やはり護衛強化が必―――」
「あーもう、さっきからなんなのよ、あんたは! 人が感傷にひたってるっていうのに!」
「軍曹殿。現在ミズ・チドリとBAda言語プログラミングおよびカタルーニャ地方の郷土嗜好品について協議中です。ご意見がありましたら、ぜひお聞かせ下さい」
「ぐっ……」
 どちらの話題も、およそ加われる要素など見当たらない。泥試合になりそうな宗介とアルの様子を見て、かなめが事態の収集に動いた。
「はいはい、そこまで! じゃ、アル。また後でね」
「『了解』」
(後略)
 

◆ 優秀無知なバディバディ  by 深海リョウ ◆


 

◆ まさかの擬人化トライアングラー!?  by 紅尾乱 ◆

(前略)
 人の気配がゆっくりと近付いてくる。誰だろう? ああ、ソースケかな、と直感で思う。しかし、彼がカツオ出汁のいい匂いを発生させる料理スキルを持っているとは到底思えない。じゃあ一体誰が? と思いながらも、ごろんと寝返りを打った瞬間には、べつに誰でもいいかという結論に至る。今日は日曜日で、何の用事もない。急かし慌てさせるものは、ひとつだって存在しないのだ。
「千鳥かなめさん、朝食の準備が整いました」
 聞き慣れないけれども、どこか耳に覚えのある声だった。口調は機械的で淡々としているのだが、温かみがある。
「かなめさん、起床時間を三十分ほど過ぎています」
「……うっさいな、昨日遅かったんだから……」
 文句ならソースケに言ってよ、と加えて寝返りをうつと、気配が遠くへ移動していった。案外、あっさり引くものだなと訝しむも、だからといって何が変わるわけでもない。勝ち取った二度寝時間を謳歌すべく、深々と掛け布団を被る。
 少しして、再び人の気配が近づいてきた。ベッドサイドの脇で、二人分の足音が止まる。
「千鳥、起きろ。朝食だ」
「かなめさん、せっかくの料理が冷めてしまいますよ」
 起床を助長するような言葉を散々に浴びせかけられる。一体何の拷問だっ。あの手この手、色々なことを言って起こそうと躍起になられて、煩くてゆっくり寝てもいられなくなった。
「あーもう、わかったわよ、起きればいいんでしょ、起きれば! ソースケ! あんた、古典の課題は終わったんでしょ、う……ね」
 やけになって身体を起こし、不愉快な目覚まし時計に悪態でもついてやろうかと声のする方向へ向いてみて焦った。二人いるうち、片方はよく見知った顔だったから、まぁよしとしよう。問題はその隣にいる人間だ。
「おはようございます、かなめさん」
 ニッコリ、という笑顔がどことなく胡散臭い、金髪碧眼の西洋人がそこにいた。瞬時に、色ボケスナイパーを思い出したが、彼とはまた違う類の美形である。『青年実業家です』と紹介されたらなるほどと納得してしまいそうな知的さと敏腕さ、そして、腹の底でなにを考えているのか読めない、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。
「ちょっと……あ、あなた、誰? ソースケの知り合い?」
「知り合いもなにも、彼はアルだ」
「は!?」
「アーバレストと申します。形式番号は、ARXー7。以後、お見知りおきを」
 目の前の青年は跪き(ひざまず)、西洋の騎士が主人に忠誠を誓うかのように恭しく右手を胸に当てて言った。
(後略)
 

◆ あーばれすと親睦ver.  by 地階 ◆


 

◆ 忘却のメモリー  by 白神乃都 ◆

(前略)
『色々話を聞かせてくださって感謝します、ミズ・チドリ。お礼と言ってはなんですが、私にできることでしたら何か協力しましょう』
「え、別にいいわよ。私から申し出たことだし。気にしないで」
「いえ、そう言う訳には行きません。軍曹の極秘情報を教えて頂いたのですから、それに見合ったお返しをしなければなりません。日本人は義理人情に厚い人種だと窺っておりますので」
 別に今話した内容なんて、宗介から直接聞けば大した情報でもないと思うけれど、宗介とアルのやりとりを見る限りあまり話していないようだった。
「それにしても義理人情って……どこからそんな言葉を覚えるのよ」
『作戦地域までの移動中、日本の文化習得のためにと軍曹が持ち込んだ映画から学びました。タイトルは「極道の妻たち」です』
「うっ、また微妙なもんを……」
『その他にもいくつかありますがご覧になりますか?』
「いや、ご覧になりません。頭が痛くなってきた……」
 あれ?でもそうすると
「ねぇ、もしかして普段の戦闘も残してたりするの?」
『肯定です。私のメモリには今までの戦闘が全て記録されています。ご覧になりますか?』
 それはまさしく宗介が普段戦っている世界だ。
 あたしはまだ、彼のことを何も知らない。今回ですらダーナを通して戦闘を見ただけである。それは客観的なものでしかないのだ。
 知りたい。
 彼がいつもどんな戦闘をしているのか。
 それはきっと楽しい映像ではないと思うけど……でも……。
「アル、お願い」
『了解しました。そちらにあるヘッドセットもお使いください。激しい音がしますので注意が必要ですが』
 整備用パソコンの近くに置かれたヘッドセットを嵌め、画面に視線を戻した。
 ヴゥンとモニタに映像が現れる。
 
 画面には見たこともない土地が映し出された。いや、実際には紛争だとか抗争だとかで、たまにニュースで取り上げられるような場所だった。
 荒涼とした大地に吹き荒れる砂塵。周りには横倒しになったトラック。腕・脚・頭部をバラバラにされたASの残骸。
 それは言ってしまえばただの機械の塊だ。それでも人間に模した形状の機械の残骸は、やはり人の死を強く連想させるものだった。
 他にも何かミサイルの様な物が転がっていて、視界の先には味方機らしいASが岩に貼り付けにされていた。マスタールームらしき箇所からは何か赤黒い液体が流れ出している。そのまわりには他のASの残骸が四散していた。
 あそこから流れ出しているものはなんだろう。分かっているはずなのに……。
 でもまさか……そんな…………。
 宗介の叫び声が聞こえた。右後ろを振り返ると閃光、爆発。
 ヘッドセットから激しい爆発音がし、容赦なく耳をつんざく。視界はほとんど爆煙で見えなくなっていた。慣れない爆音に体が強ばり、目を固く閉ざしていた。再び目を開けると、今度は赤いASがこちらに銃口を向けていた。
 撃たれる!!
「止めてアルっ!! もういい! もうたくさん……」
 反射的にそう口にしていた。ヘッドセットを下ろした手が震えている。
 これはなに? 本当にこんな世界があるの? あたしのいた世界とは全く違って、いつも誰かに銃口を向けられているような恐怖感。あんな世界にいつもいるの?
 実際に戦闘の現場には何度か居合わせた。そんな世界に少しは慣れたと思っていたのに、宗介の立っている位置はあまりにも違いすぎる。
 先ほどまでガウルンと呼ばれる男に銃口を向けられたり、ダニガンという大男に襲われたりしていた自分だったが、そんな事とはレベルが違った。
 ぶるっと背筋に寒いものが走る。
 こんな戦闘の中、あたしは何にも彼の役に立てない。皆はすごい功績を挙げていると言ってくれてるけど、そんな自信なんてない。もしも激しい戦闘が起こったら、あたしは彼に何もしてあげられない。
 あたしにできることってなんだろう?
(後略)
 

◆ 肯定/ラブだ!!ドライバ?!  by 鈴葉 ◆


 

◆ 孤立無援のストラグル  by 梶原千早 ◆

(前略)
 最初にその問題に直面したのは、〈デ・ダナン〉に合流した翌日の午後だった。
 宗介は、半年前までよくそうしていたように、ASの整備に立ち会うべく格納庫に足を向けた。だが、水密扉をくぐり抜けた瞬間、どこかおかしいと気付いた。
 ASはひざまづいた降着姿勢をとって整列している。それは通常どおりだ。だがあちこちに散らばっているはずの整備兵の姿がまったく見当たらないのだ。自分がいなかった期間に、なにか変更があったのだろうか、と訝る。
 気配や人声はあるので奥に進むと、どことなく聞き覚えのある声が切れ切れに耳に届いた。
『──にきなさい! ──なら──しょ! ──」
『──る」
 前方に整備兵たちを見つけた。どういうわけか、彼の愛機を取り囲んでいる。
 さらに近づいたために声がはっきりと聞こえ、それが宗介の足を止めた。というか、動きをフリーズさせた。
『必ず行く。待っていろ」
『うん……。ソースケ……大好きだよ』
『俺もだ。愛してる』
『うれしいよ……。じゃあ、次にちゃんと会えたら、必ずキスしよ。思い切り。どんな場所でも。いい? 約束だよ?』
 いつの、誰と誰の、どういった会話であるかが理解され、宗介の目つきはより鋭く、への字口はより鋭角になる。
『ああ、約束する』
『何年でも、何百年でも待ってるから……』
『大丈夫だ。必ずつかまえる』
『うん。それから──』
「アル! ただちにその録音を停止しろ!!」
 あらん限りの大声で、宗介は自機のAIに命令した。
 宗介とかなめの会話はぷつんと途切れる。それと同時に、そこにいた第一一整備中隊所属の十数人と一人のSRT要員が、一斉にこちらを振り向いた。
「おやま、主役の登場だぜ」
 ふてぶてしくにやりと笑ってみせたのは、クルツだった。整備兵がそろって決まり悪げに視線をさまよわせる中、そのSRT要員だけは、〈レーバテイン〉の上腕部に寄りかかった姿勢のまま、宗介の仏頂面と正対した。
「どういうつもりだ?」
「なにがだ?」
 うそぶくクルツに舌打ちして、宗介は詰問の相手を白と赤に塗装された機体に替えた。〈レーバテイン〉の頭部を見上げる。
「アル、昨日のあれを録音していたのか?」
《教育メッセージ。『あれ』の対象をて──》
「おまえまでとぼけるのはやめろ。わかっているんだろ?」
 AIのジョークに付き合う気のない操縦兵は、固い声で吐き捨てる。
《失礼しました。見当は付きます。軍曹殿とミズ・チドリとの会話のことですね》
 抑揚のない男声は素直にそれと認めた。
「そうだ」
《AIが戦闘時のすべてを記録することは、軍曹殿もご存じのはずです》
「もちろん知っている。俺が言いたいのは、俺たちの会話は残しておく必要のないものだということと、なぜおまえが皆に聞かせていたかだ」
《保存の必要がない記録の削除は、戦闘終了四八時間後に実行するものであり、その時間に達してしないため現在はまだ残されています。また、さきほど再生した理由は、記録の参照を要求されたためです》
「要求したのはクルツか?」
《肯定です》
「では四八時間後に達し次第、削除しろ。それまでに再生を要求されても応じるな」
《了解》
「おっと、削除は取り消し、な!」
 クルツが割って入った。宗介を押しのけてさらに続ける。
「アル、命令だぜ。絶対削除するなよ。そいつはたいせつに保存しとく必要があるからな。それから俺が頼んだときには必ず再生するように」
《了解》
 視線に殺意をこめて同僚を睨みながら、宗介は声を張り上げた。
「アル、クルツの命令に従うな。四八時間が経過した時点で、即刻削除だ!」
《申し訳ありません、軍曹殿。ご命令を拒否します》
「なんだと? アル、俺の命令が聞けないのか!?」
《私は命令系統を遵守しなければなりません。ウェーバー曹長の命令が優先します》
「なっ……」
 確かに彼は軍曹のままで、クルツは曹長に昇進した。彼自身はまだ隊への復帰を決定したわけではないが、アルの判断基準は〈ミスリル〉に準拠する。つまりアルは正しい。
 宗介は、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵に沈められた気分を味わった。
「よ〜し、いいこだ、アル」
 愕然としている宗介を尻目に、クルツは機嫌よくバシバシと〈レーバテイン〉の機体を叩いた。
(後略)
 

◆ 絶対可憐ウィスパード  by にゃんぞー ◆


 

◆ 秘密の中の秘密のダンジョン  by 栗府別人 ◆

(前略)
 硬い物が割れる轟音がしたかと思うと、かなめの身体は一気に床下に沈む。
 ひび割れは一気に周囲に走って床を破壊し、載っている総てを巻き込んで床下へ飲み込んでいく。
 代わりに吐き出されたのは膨大な土煙や砂埃。その勢いや量たるや、まるで発煙筒の煙だ。
 基地の中でもデスクワーク担当の者は大慌てで逃げ出してしまったが、実戦経験を持つ者は、自身が埃まみれになるのにも構わず、周囲を警戒しつつその場からピクリとも動かない。状況が判らないまま動いた方がまずい事を体験として知っているからだ。
 やがて少しずつ煙が晴れていくと、悲惨な現場の状態が判ってきた。
 まるで重い物を載せたかのような穴が開き、そこを中心に痛々しいばかりのひび割れがいくつも広がっている。
 そのひび割れにワープゲートや機械が巻き込まれて一緒に沈んでいる。もちろんその中心にいたかなめの身体もだ。
 世紀の発明大成功の雰囲気から一転、一気に災害発生現場となってしまった。
 普通ならクレーンなどの重機の到着を待つ所だが、ここにはアーム・スレイブがある。ちょっとした重機にできる事なら彼らにできない訳がない。
 急いで〈アーバレスト〉に乗り込んだ宗介は、手際良く瓦礫やワープゲートの機材をどけ、かなめを穴から救出した。
 すぐさま待機していた医者がかなめを診るが、砂埃を吸い込んで咳き込んでいるくらいで、彼女自身は大した事はない。機械の方は壊れたり瓦礫に押し潰されたりでもう使い物にならないが。
 介抱されているかなめの横で、テッサを始めとする埃まみれのワープゲート製作チームが、〈アーバレスト〉と共に原因究明のためデータを洗い直していた。
「一体どういう事?」
 パソコンの液晶画面を素早くスクロールさせつつ、テッサは周囲の人間に訊ねる。だが他の人間も首をひねるばかりだ。
 この格納庫には重量一〇トン近いアーム・スレイブを始めとする戦闘兵器がいくつも納められている。
 そうした兵器やそれらが普通に動く程度の重量や衝撃には強く作られている筈なのだ。にもかかわらずかなめの身体は床を壊して落ちてしまっている。
『大佐殿。発言宜しいでしょうか』
 テッサの頭上から〈アーバレスト〉が控えめに声をかける。テッサは全く臆する事なく発言を許可すると、
『チドリカナメがワープゲートを抜けた直後から約一〇秒間、彼女の立っていた地点の床に常軌を逸した圧力を検知しています。数値にして三〇〇〇〇トンもの圧力です』
「三〇〇〇〇トン!?」
『肯定です、大佐殿。その圧力が床を破壊したと見るのが正しいと思われます』
 理路整然とした〈アーバレスト〉の言葉にテッサは無言で考え込んだ。
 かなめが立っていた床に圧力がかかっている。三〇〇〇〇トンといったら、実在する戦艦並の重量だ。
 だがその割にかなめはその影響を受けているとはとても思えない。その様子を撮影していた隊員のビデオ映像からもそれは判る。
 かなめ自身は圧力の影響を受けていない。しかし彼女が立っていた床は圧力の影響を受けて壊れている。その事実から導き出された結論は、
「その約一〇秒間だけ、カナメさんの体重が極端に重くなったんでしょう。それこそ戦艦並に」
 それを聞いたかなめは、さすがにポカンとするのを隠せなかった。いくら何でも人間サイズで戦艦並の体重など考えたくもない。そもそも抜け出た時そんな感じは全くなかったのだから。
「これまでの実験データでも若干重量の変動はあったようですが、二〇〇〇キロを越える距離は今回が始めて。ひょっとしたら遠距離になるほどこうした現象が起こるのかもしれません」
 テッサの発言はあくまで仮説だが、二〇〇〇キロの距離を越えてきたのだ。何の副作用も発生しないという事は考えにくい。短距離で若干の変動があるなら、長距離ならそれに比例した変動があっても何の不思議もない。
 という事はかなり危険な賭けだった事になる。その事実を知ってかなめの顔色がさっと翳った。
「けど重くなるって言われても……」
「それはこれからの課題という事にしましょう。まずは……」
 テッサはかなめを上から下まで観察すると、
「どなたかカナメさんをシャワールームにご案内して。着替えも用意してあげて下さい」
 言われてみれば、かなめの全身は床下に落ちた時に砂利や埃にまみれていたのだ。テッサの提案はもっともである。もっとも、そう言うテッサを始めとして、前の方にいた隊員のほとんどは埃まみれなのだが。
 その場にいた男性隊員のほとんどが勢いよく手を上げて案内を買って出たが、
「はいはい。ハイエナ共はよそに行った行った」
 わざとらしく仰々しい動作で手持ちの自動拳銃のスライドを稼動させたのは、かなめもよく知るSRTのメリッサ・マオだ。宗介やクルツのチームリーダーとなる事が多いが、テッサともプライベートで仲がいい。
 そんな彼女の少々ドスを利かせた声と音が、男達のやる気をいとも簡単に根こそぎ奪い取った。
 彼女の傭兵としての実力は部隊の誰もが知っているからだ。何も彼女を敵に回してまでポイントを稼ぎたいとは思わない。
 隊員達が残念そうに「展示会は終わり」とばかりに三々五々散ろうとした時だった。
「大佐! 大変です!」
 穴を調べていた隊員の一人が、声を張り上げてテッサを呼んだ。
「何か怪しげな通路があります!」
 その声で帰ろうとした隊員達もゾロゾロと集まってきた。
(後略)