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German Harpsichord


  • 2000年製作
  • 2270L. 920W. 229H.
  • GG-e''' 58keys
  • 8'X8' 一段鍵盤
  • c''=13 3/4inch

主な音の弦長とプラッキング・ポイント
GG 1843mm 11.5%
C 1778 11.9
c 1214 15.0
c' 671 22.8
c'' 348 35.6
c''' 173 55.2
e''' 136 63.4


目次
1. 木取り
2. ベントサイドの型
3. 底板とニー
4. 骨組み
5. レストプランク
6. ベントサイドの貼りつけ
7. ボディー
8. 響板
9. 響板その2 ブリッジ、リブ
10. 鍵盤
11. モールディング-本体の完成
12. 塗装
13. 仕上げと完成




木取り

Materials of Harpsichord
ジャーマン・チェンバロの主な材料。左からアガチス(ボディ、底板、内部構造材)、マカバ(レストプランク、ジャックなど)、ヒノキ(響板、鍵盤)。
最初の行程は「木取り」。どの部材をどの板からどうやって切り出すか、材木とにらめっこをする。手持ちの材料の寸法や木目、年輪を見ながら、どの板がどの部材に一番ふさわしいか、一枚の板からどう切り出したら一番無駄が少ないか、パズルを解くように考える。
加工する過程の木材の変形も見込まなければならない。あまりぎりぎりに木取りをしても、切ったり削ったりした結果、木材が反ったりねじれたりして見込んだ寸法が取れないと、その材料は無駄になる。かといってあまり余裕を持って木取りをしても、やはり無駄が出る。この場合「無駄がでないように」というのは、経済的な観念ではない。捨てる部分をなるべく少なくしたいという、木にたいする愛情。

あるていど乾燥した木を使うといっても、楽器としての形ができて以後も木は変形し続ける。その変形を見込んだり、また抑えたり。読み間違えると思わぬしっぺ返しを食う。普通木製品は、木目が直行する方向に組み合わせることを極力避ける。例えばテーブルの甲板と脚部のように、どうしてもそのような組み合わせが避けられない場合は、木材の伸縮に対応できるよう「吸い付き桟」とよばれる特殊なほぞで固定する。
ところがチェンバロは、木目を直行する形で組み合わせて接着することで成り立っている。木工のセオリーからいえば、壊れて当然な構造なのだ。絶対に壊れないよう頑丈につくればそれだけ重量が増し、楽器としては不利になる。構造から考えれば、そもそもモンスーン気候地帯の日本で成り立つ楽器ではない。それを壊さないためには、よく乾燥した材料を適材適所で使い、できてからは湿度の管理を徹底する以外にない。
なんだか壊れて当然と、逃げを打っているようだが、実際そうなのである。とくに、湿度の高い日本海側で製作する者は、湿度と木材の変化に敏感にならざるを得Workshopない。仕事場に目貼をりし、除湿機をかけ、湿度計とにらめっこの毎日である。また、できあがる楽器が、どのような環境に置かれるかもあらかじめ見込んでおかなくてはならない。

木取りした材は、切ったり削ったりした結果出てくる変形がある程度収まるまでしばらく放置する(シーズニング)。





ベントサイドの型

ジャーマン・チェンバロの特徴の一つとして、ダブルベントサイドがある。テールのコーナーも板を曲げて作る。したがってベントサイドは、チークピースに続く部分から大きな弧を描いてカーブし、いったん直線になってからテールの部分で小さな半径でカーブを描いてスパインにつながることになる。
ベントサイドの厚みは約8ミリ。この厚さでテールのカーブを曲げるのはきついので、2ミリ弱の厚さの板を4枚張り合わせ、型にはさんで接着する。ベントサイドの型
昨年作った、イタリアンのアウターケースのベントサイド部分も、同様の工法をとったが、このときは板が少し厚かったことと、型を完成した寸法通りにしたために、いざはずしてみるとカーブが少し戻ってしまった。型のカーブはいくらかきつく作っておかなければならないのだった。
楽器の高さは、213ミリ(底板上面から響板下面までは132ミリ)に決定。





底板とニー(knee)

底板ジャーマンと一口に言っても、ひとつの決まったスタイルがあるわけではない。チェンバロ製作の歴史の中でその構造に大きな革新をもたらしたのが、17世紀のアントワープで隆盛を誇ったルッカース一族。張力を支える合理的な構造は同時に製作期間の短縮も実現した。それ以前の古い構造を残しているのがイタリアンと一部のジャーマン。今回のジャーマンはこの古い構造を採用した。
まず底板をつくり、そこにニー(knee)と呼ばれる三角形の部材を立て、ライナーをめぐらす。そこに薄めの側板を貼りつける、というのが基本構造。フレミッシュやフレンチのように側板が厚い場合は、側板も構造体として機能するが、イタリアンは4〜5mm、ジャーマンは7〜8mmなので、ニーとライナーとの骨組みで張力を支える構造が必要になる。設計の段階では、ライナーのたわみを計算しながら、ライナーの断面積、ニーの数と間隔を決めていく。
立ち上がりの早い、明快なかつ豊かな響きを得るためには、楽器の重量を極力押さえなければならないが、軽くすることは楽器の強度との兼ね合いで難しい問題がある。そこで、一つの目安として強度計算をする必要が出てくる。





骨組み

骨組みニー(knee)とライナーを底板に接着して、ようやく楽器の骨組みが完成。写真でみてわかるように、内部の構造はイタリアンそのものといっていい。ただ、ニーやベリーレールは、イタリアンに比べるといくぶん分厚くなっている。また、ジャーマンではライナーを全部ニーで支えているが、イタリアンでは何か所か筋交いを使うことで、あまり重厚な構造になることを避ける。





レストプランク

弦の張力を支える要ともいえる部材だけに、乾燥や木取りには気をつかう。また、張力による変形を見込んでわずかにねじれをもたせている。
ピンの穴は、ナットピンまで打って最後にひとつずつ弦との角度を測りながらあける方法もあるが、それだと普通のボール盤が使えず穴あけの精度が保てないので、私はあらかじめあける方法をとっている。
(写真を撮らないうちにつぎの工程に進んでしまった。)





ベントサイドの貼りつけ

ベントサイドの貼り付けあらかじめ型にいれて作っておいたベントサイドを、骨組みに貼りつける。テールの部分は張力によってねじれてくるので、わずかに反対にねじって接着する。
ベントサイドが付くと特有のカーブが現われてきて、チェンバロらしくなる。特に今回はいわゆるダブルベントサイドなので、テールのカーブ(写真の光っているところ)がさらに特徴的。





ボディー

ほぼ完成したボディー。ボディーの厚みは7mmだが、ライナーから上の部分は強度を持たせるために12mmにしている。そのための工作にけっこう手間どってしまった。





響板

響板いうまでもなく、響板はチェンバロの心臓部分。
響板材としてはスプルース(日本のアカエゾマツも同じトウヒ属に分類される)が一般的だが、師匠の奨めもあってヒノキを使っている。どちらがすぐれているかというより、これは好みの問題で、ヒノキのほうが存在感のある音になるように思う。
今回は、手持ちの材料が乏しくて木取りには苦労した。幅20cmほどの板を数枚はぎ合わせるのだが、木目がなるべく平行になるようにしながら、どんな目の部分をどの辺に持ってくるかを考える。
はぎ合わせて形を整えた後に、カンナで削って厚みを決めていく。この作業でチェンバロの音が決まるといっていい。そのためには、どこをどんな音にしたいかを考えながら削るのだが、これが難しい。
響板に限らず、スケーリングに始まって楽器の高さやボディーの厚み、プラッキングポイント、ブリッジの寸法など、あらゆる部分にどんな音にしたいかという意思を込めなければならないことを、今さらながら思い知らされている。
「意思を込める」というのは、こんな音になれと念ずるという意味ではもちろんない。ある部分の寸法を決めるにあたって、既存の楽器がそうだからというのではなく、こういう音がほしいからここはこの寸法を選ぶのだということを、常にはっきりさせていなければならないという意味なのだが、考え足りなかったところや考え違いをしていたところに後になって気づいて、あわててしまう。
響板を測るマイクロメーター響板の厚さを測る道具。先端にマイクロメーターがとりつけてある。

楽器づくりは、こんな音にしたいという意思をコンマ何ミリという作業の中に込めていくことにほかならず、その集積が楽器のキャラクターや個性となってあらわれるのとだ思う。どんな音にしたいかのイメージがはっきりしていなければならないことはもちろんだが、それをいかにして楽器の細部にわたって形にしていくか。師匠には、「わからないことは考えろ」といく度となく言われてきたが、いままで霧がかかったように曖昧模糊としていたことが、わずかながら見えてきたような気もしている。





響板その2
ブリッジ、リブ

ブリッジブリッジは、響板に次ぐ重要な音響部品で、材質・形状によって音が左右される。イタリアンで細いブリッジにするのは、質量をなるべく小さくすることで音の立ち上がりをすばやく明瞭にしたいからと考えられる。
ジャーマンには、今回の楽器のようにイタリア的なリブ要素を持ちながらも、スチール線を使ったロングスケールのもの以外に、真鍮線を使ったショートスケールのものがある。ミートケ(Michael Mietke)は、真鍮線を使った楽器としてはスケールが長く、それが弦が切れやすい原因ともなっているのだが、オリジナルはショートスケールだったものを音域の拡張のための改造で鍵盤を低音側へシフトしたためスケールが長くなった、と考えると納得がいく。





鍵盤

多くの人がなにげなく触れている鍵盤だが、作るにあたってはちょっとした辻褄合わせが必要になる。
1オクターブに12鍵、そのうちナチュラルキーが7、シャープキーが5。1オクターブを仮に162mmとすると、ナチュラルキーの幅は、162÷7で約23mm。一方シャープキーも含めた幅としては162÷12で鍵盤一本あたり13.5mm。C-Eのあいだをとってみると、はじめの計算では23×3=69mm、後の計算では13.5×5=67.5mmとなって、1.5mmも違ってしまう。鍵盤の幅が音によって違ってはまずいので、チェンバロでは鍵盤どうしの間隔を調整することでごまかしているが、ピアノはもっと厳密で、C-EのほうがF-Bに比べて白鍵の奥(黒鍵と黒鍵の間の部分)が広くなっている。

鍵盤は、一から全部作るとなるとかなりの時間と労力を割かなければならないのだが、できてくるといよいよチェンバロらしくなり、楽器としても完成が間近となるので、作業のピッチもあがってくる。切り放した鍵盤
キートップの貼り付け





モールディング-本体の完成

front viewイタリアンのデザイン的な特徴の一つに、楽器の外側に貼りつけられたモールディングがある。上の縁には薄いボディーの補強のために、下の縁には底板にボディーを貼りつけたときに仮止めした穴をかくすためにつけられている。
ジャーマンでは、ライナーより上はボディーの厚みを足しているので上部のモールディングは要らないが、底板の木端にボディーを貼る古い工法をとっているので、下部のモールディングは必要になる。
back viewテールにもカーブがあり、しかも曲率が小さいので、モールディングの加工と貼りつけがやっかい。はじめは削りだしてから蒸気をあてて曲げたら、削った部分が開いてしまってどうにもならなかった。師匠に尋ねると、薄い板を貼り合わせて型に入れて曲げるとのこと。1.6ミリほどの薄板を3枚、ベントサイドを作った時の型に入れて接着し作った。
ベントサイドのカーブが一つ増えることによって、これだけ手間が余計にかかってしまう。たかがモールディングごときにと思うのだが、ここまできて面倒くさいと言ってられない。

チェンバロでは、ベントサイドをはじめとした「曲げ」の加工がいくつかあり、工法上のポイントにもなっている。イタリアンはベントサイドのカーブが深いものの、ボディーが薄いため曲げは比較的楽だ。フレミッシュやフレンチではカーブは浅くても板厚があるので、思ったようなカーブにするには熟練を要する。昔の楽器を補修すると、火であぶって曲げた時にできた焦げ跡が塗装の下から現われることもあるようだ。
難しいのは、木は曲げても元にもどろうとする「スプリングバック」があって、すこしきつめに曲げる必要があること。小さいものなら、電子レンジに入れるという方法もあり、これだとスプリングバックがほとんどない。今回は、低音部分のブリッジをこの方法で曲げた。
音のためには曲げた時にできる木材の内部応力をすこしでも少なくしたほうがいいので、設計の段階からブリッジのカーブをなるべく木を自然に曲げた形になるようにしておくことも必要になる。





塗装

塗装中のボディー以前、チェンバロの塗料として天然素材を原料にしたものを薦める人がいた。ドイツのアウロというメーカーがよく知られているが、床のワックスなど口に入っても害のない原料を使っているとうたっている。
昨今のエコロジーブームで、天然素材・原料=いいものという思い込みがあるように思う。チェンバロの弦をはじく爪(プレクトラム)でも、プラスチックよりは昔から使われていた鳥の羽軸のほうが音がいいという思い込みがある。プラスチックというありふれた現代的素材よりは、歴史的楽器に使われていたと同じ鳥の羽根のほうがいい音がするように感じられるのも無理はないが、私の考えでは、それぞれ一長一短があって一概にどちらが上と決められるものではない。
そうはいいつつも、たしかに天然素材というのは魅力的ではある。イタリアンの塗装に漆が使えないかと試してみたことがある。漆をヒノキに塗ると色が濃くなり過ぎてこのときは使えなかったが。
また、人によっては歴史的な楽器に使われていた塗料を使う人もいる。これもひとつのこだわりだろう。

天然塗料にしろ歴史的塗料にしろ問題なのは、音がどうなるのかということ。その吟味抜きに天然素材だから、歴史的楽器に使われているからという理由だけで採用することはできない。子どものおもちゃではないのだから、舐めても大丈夫なチェンバロである必要もない。
一般的に言って塗膜は、厚くなると振動を妨げるので薄いほどいい。ヴァイオリンでもニスを塗る前のほうが音はいいといわれる。ボディーを鳴らすイタリアンでは、白木のままか最低限の汚れ止めの塗装にとどめる。反対にボディーを鳴らさないフレンチなどのタイプでは、塗膜はいくら厚くてもかまわないのかもしれないが。

前置きが長くなったが、薄い塗膜の塗料として、ありきたりだがラッカーを使っている。黒と朱色で塗ると一見して漆のように見えるのだが、「塗料はラッカーです」というと「なんだ」という顔をされる。
塗装の終わったボディー ふたの内側




仕上げと完成

塗装の終了後、ナットピン・ヒッチピンの打ち込み、張弦、ジャックの製作、ジャックレール・譜面立その他小物の製作、鍵盤調整、ヴォイシングと細かい作業が続いた。ジャックというのはできてしまえばどうということのない部品だが、つくるには、切り込みを入れたり、穴をあけたりで一本につき20近い工程があり、それが弦の数だけ必要。もっともそれぞれは単純作業なので、寸法が決まってしまえば考える必要もないから、楽と言えば楽な仕事。

2月中には音が出るところまでいったものの、寒い日が続いてヴォイシングの仕上げができずにいた。ポリアセタール樹脂のプレクトラムは、低温下では硬くなってしまうので、寒い時にヴォイシングをすると削り過ぎてしまう。

ふり返ってみると、製作にとりかかって丸一年かかったことになる。楽器としては大型で構造も複雑なチェンバロをまったく一人で作るというのは、自分で言うのもおかしいがやはりかなりの気力と集中力が要る仕事だと思う。どうしたらいいかわからずに悩んで苦しんでということもあったが、またそれがなければつまらないものになるだろうとも思う。結果としてはジャーマンとして独自のキャラクターを持った楽器になったと思う。
つい感慨にふけってしまったが、チェンバロ製作者としてはここで立ちどまるわけにはいかない。

ところで、一般にチェンバロはベントサイドの方向へより強く音が放射されるので、演奏者のすわる鍵盤側は音を聴きづらいのだが、とくに今回の楽器は鍵盤側とベントサイド側とで聴こえ方の差が激しい。そこで気がついたのだが、ローズホールや上下のベリーレールの隙間は、演奏者の側で少しでも聴きやすくする、いわばモニタースピーカーの役割も果たしているのではないだろうか。
フレミッシュ/フレンチのように、ベリーレールがあいていれば、鍵盤側への音の放射が強まるだろう。イタリアンではベリーレールは閉じているが、ローズホールが開いているタイプが多い。この場合は、ローズホールからより強く音は放射されるだろう。今回の楽器は、ローズホールはなくベリーレールも閉じていて、響板内部は密閉されている。このタイプの楽器は「遠鳴り」がするといわれているようだが、鍵盤側で聴く音の印象と離れて聴く印象との違いの大きさを指しているとも考えられる。
ジャーマン鍵盤側から見たジャーマン
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