1. Clavichord International Vol. 18 No. 1(May 2014) 掲載のインタビュー
2. 「ダイアトニック・フレットフリー」という用語について

Clavichord International vol.18 no.1(May 2014) pp. 2-6

© Kazutaka Tsutsui 2014



「ダイアトニック・フレットフリー」という用語について

18世紀の多くのクラヴィコードに採用されたフレッティング・システムの呼称として「ダイアトニック・フレットフリー diatonic fret-free」という用語を、チェンバロ・フォルテピアノ演奏家の渡辺順生氏が提唱している。この用語は、渡辺氏が著書『チェンバロ・フォルテピアノ』の中で提唱したもので、近年日本のクラヴィコード関係者の間で使われ始めているように見受けられる。渡辺氏のインタビュー
ナチュラルキーどうしでは弦を共有しないこのシステムは、ほとんどの場合c-cis, d, es-e, f-fis, g-gis, a, b-h となっていて、まれにc-cis, d-dis, e, f-fis, g-gis, a-ais, hというものも存在した。渡辺氏は、フレット式、フレットフリー式の二つの分類では演奏上の制約度の違いを表すには十分でなく、第三の分類として、ナチュラルキーどうしが弦を共有しない点を強調して「ダイアトニック・フレットフリー」という用語を用いることを提唱したものと理解される。

しかし、この用語には2つの問題がある。「ダイアトニック・フレットフリー」が定着する前にこの用語の問題点を指摘しておきたい。

第1は、フレットフリー fret-free は形容詞(または副詞)であり、それを修飾するには形容詞の diatonic ではなく、副詞の diatonically ではなければならない、というごく単純な文法的問題である。diatonic が fret を修飾して diatonic fret という名詞句となり、それと free とが結びついたという解釈も可能ではあるが、クラヴィコード用語に「ダイアトニック・フレット」という用語がない以上、この解釈は成り立たない。

第2は、diatonically fret-freeとして文法的に正しい表記になったとしても、「〜フレットフリー」という名称でありながら実際はフレットを持つことは誤解を生む原因となり、用語としてふさわしくないという問題である。この点に関して重要なのは、同じフレッティング・システムを海外のクラヴィコード関係者は diatonically fretted と呼んでいることである。私がこの用語の問題に気がついたのは、2009年のクラヴィコードシンポジウムに自分の楽器を出展した際に、渡辺氏の提唱にならって diatonic fret-free と表記して提出した楽器の説明が、主催者によって用意されたプログラムでは diatonically fretted となっていたことからだった。diatonically fretted と diatonically fret-free とが同じフレッティング・システムの楽器を指すというのは、混乱の元となる。

上記2点についてイギリスのクラヴィコード製作家であり、イギリスクラヴィコード協会および国際クラヴィコードシンポジウムの中心メンバーでもあるピーター・バヴィントン氏に意見を求めたところ、次のような答えが返って来た。

ヨーロッパでは、'diatonically fretted' と 'diatonically free' という2つの用語が使われてきましたが、その意味するところは同じです。それは、音階の幹音はそれぞれのコースの弦を持ち、派生音は上または下に隣り合う幹音とリンクされているという楽器です。私は、'diatonically fretted'という用語をとります。私の著書でも私は'diatonically fretted'を使っています。その理由は、こちらの方がフレッティング・システムに言及していると直感的に理解しやすいのに対して、'diatonically free'ではそれが明らかではないと思うからです。けれどもこの2つの用語のどちらを使うかは、好みと判断の問題 (tast and judgment) です。コップの水の古いなぞなぞととてもよく似ています−半分空、それとも半分一杯?(is it half empty or half full?) どちらも正しい説明です。

けれども、'diatonically fret-free' という用語は聞いたことがありません。'diatonically free' をフレッティング・システムについて言及しているとはっきりさせるために変形したようですが、この言い方を私は好きではありません。というのも、それらの楽器が完全にフレットフリーなのだと混乱させる原因になりかねないと思うからです。ただし、 'diatonically fret-free' が完全に間違っているとは誰にも言えない以上、'diatonically fretted' が日本で受け入れられることを望みたいというのが私の意見です。

「日本では diatonic fret-free という用語が定着しかかってています。文法的には diatonically fret-free が正しいと思いますが、この用語をどう思いますか?」という私の質問に、バヴィントン氏からの返信メールは説明なしに diatonically fret-free となっていて、diatonic fret-free についての言及はなかった。'diatonic'は初歩的な文法のミスであり、そのことにあえて触れるまでもない、ということだろう。

googleで"ダイアトニック・フレットフリー"と" "で囲んで語句の完全一致で検索すると数10件のヒットがある。しかし"diatonic fret-free"また"diatonically fret-free"で検索した結果は、私がこの問題に言及したブログのページと上記の渡辺氏のページとの数件みである。この検索結果は、この用語が日本以外ではまったく使用されていないことを示している。

以上、diatonic fret-free という用語は、第1に初歩的な文法ミスであり、第2に指し示すフレッティング・システムについて誤解を与えるという、2重の意味で問題があることを指摘した。これらの問題点をふまえ、さらに国際的な標準に沿うという意味でも、日本においても'diatonically fretted'を用いるべきだろう。

(June 2012)
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