ミシロタウン〜どんな いろにも そまらない まち H


 「どうしたの?シズク、ラムサールもどうして固まってるの?」

シズクはソファーの肘掛を両手で握りしめている。ラムサールも身を固くしているようだ。

 「だって、アロマがくれの術がくると思っていたから…。あたし、ママってくノ一だったのかしらって時々思うわ」

 「ぷっ、く、くノ一? あなた、何でそんな単語…、ああ、シズクは歴史の勉強をしていたのよね」

思わず吹き出すママ。

 「カントー地方のお友達にセキチクジムのトレーナーをしている娘がいたけど、あたしは…
 それよりシズクは、トレーナーの登録はどうするの?」

 「あたしねぇ、パパに会いに行きたいの」

ママは一瞬はっとしたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。

 「そうね。シズクはパパと直に会ったこと無かったものね。ラムサールもシズクも少し経験を積めば旅をしても大丈夫かもね」

 「だとしたら、トレーナーの登録は必要よね」

シズクはラムサールを愛しげに見つめる。

 「あっ、オダマキ博士にママが許してくれたって、報告に行かなきゃ」

シズクが急に立ち上がったので、転がり落ちたラムサールは床から非難げにシズクを見上げた。

 「あっ、ラムサールごめんね。えーと、後で又出してあげるから、しばらくボールに入っていてね。
 戻れ、ラムサール」

ラムサールはおとなしくボールに収まった。

 「じゃあ、博士のところへ行ってくるね。今度はすぐに戻って来るから」

 「博士にちゃんとお礼を言うのよ」送り出すママ。

 「分かってるわ、行ってきます」


「アロマがくれの術」とは、またおかしなネーミングを。^0^;

元ネタは往年の忍者マンガかな(笑)
「木の葉隠れ(伊賀の影丸?)」とか「微塵隠れ(サスケ?)」とか………

まぁ、雰囲気を変えたり話をそらしたりしたいときに、香りを使って気をそらす、というシズクのママの得意技です。
この物語では、シズクのママは元アロマなおねえさん、という設定なので(笑)


研究所の入り口に着いたところでよく見ると、自動ドアの脇にインターフォンが付いている。
さっきはどうして気がつかなかったのだろうと思いつつ、シズクはボタンを押した。
インターフォンからオダマキ博士の声が流れる。

 「あの、あたしシズクです」

 「おお、シズクちゃんか。入っておいで、場所は判るかな」

 「はい、大丈夫です」

シズクは、博士の研究室へ急いだ。
ドアを軽くノックする。

 「どうぞ」

シズクは、そっとドアを開けると部屋の中に入った。
オダマキ博士は、机に向かって何か書き物をしているようだ。

 「済まない。今レポートを書いている途中なんだ。すぐに終わるから椅子に掛けていてくれないか」

 「はい」

シズクは、部屋の中央に置かれたテーブルの脇にある空いていた椅子に腰を掛けた。
テーブルの上には資料なのだろうか、本だの写真だのノートだのが散乱している。
微妙に重なっているので何が書いてあるのかよく分からない。

シズクは、書いてある内容も気になったが、それ以上にテーブルの上を整理したくなった。
─勝手に動かしちゃダメよ。
自分に言い聞かせる。

シズクが思い描く研究室とは、様々な実験器具や大きな機械がある部屋なのだが、
ここにはそうした物は何も無く、机と椅子と本棚、そして真中に大きなテーブルがあるだけだった。
後は部屋の隅の方に応接セットと観葉植物の鉢が置かれている。

─博士はポケモンの何を研究しているのかしら。
シズクが自分の想像の中に入りかけたころ、博士が近づいてきてシズクの隣の椅子に腰を掛けた。

 「やあ、待たせてしまったね」

 「いえ」急に現実に引き戻されたシズクは思わず言葉に詰まった。


 「それで、ママはなんと言っていたのかね」

 「ママは、なんにも言いませんでした。私がもう決めてきたから、って…」

 「でも、反対したわけではないんだろう」博士は、当然という顔をして言った。

 「ええ」

 「じゃあ、大丈夫だね。これで晴れてこのミズゴロウ…ラムサールは君のものだ」

 「ありがとうございます」シズクは、モンスターボールを胸の前で握りしめる。

 「うん、うん。とっても気に入ったんだね。私も嬉しいよ」満面の笑顔のオダマキ博士。

 「はい。とっても気に入ってます」同じ笑顔のシズク。

 「そうかね。では、いつものとおりの説明をしておこうかな」

 「いつものとおり?」

 「ああ、そうだよ。この研究所では、ポケモントレーナーにファーストポケモンを授けるのも大事な仕事なんだ」

博士は、カバンの中からモンスターボールを取り出した。

 「トレーナーになりたいと思ってもポケモンがいなければ野性ポケモンも捕まえられないだろ」

 「えっ、そうなんですか。モンスターボールがあれば捕まえられるのかと思ってました」

 「とっても運がよければ、モンスターボールを投げるだけでも捕まえられるかもしれないが、
 確実に捕まえたければ、ポケモンを戦わせて相手を弱らせるほうがいいんだ。
 更に、眠らせたり凍らせたりすれば、もっと確実になる」

 「ふーん。なんだか難しそう」

 「言葉ではね、やってみるとそうでもないよ。
 それでね、ホウエン地方ではトレーナーになりたい人に、ここで初心者用のポケモンを渡しているんだよ」

 「初心者用ってなんですか?」

 「人に馴れやすくて、初心者でも扱いやすいポケモンのことだ。
 ポケモンの種類によっては、使いこなすのが難しい技を覚えるポケモンもいるんだ」

博士は、二つのモンスターボールを操作した。それぞれのボールから違うポケモンが出現する。

 「こっちが炎タイプのアチャモ、そっちが草タイプのキモリだ。
 そして君にあげた水タイプのミズゴロウ、この3体が初心者用ポケモンと呼ばれている」