ミシロタウン〜どんな いろにも そまらない まち F
「そうか。 まあ、それでは一度家に戻りなさい。ママの許しが出たら続きの話をしに来るといい」
「はい」 と、不安げに頷くシズク。
博士は、シズクと一緒に廊下へ出た。
シズクは博士に向き直ると頭を下げた。
「あたし、出口は分かりますのでここで失礼します。あの…、ありがとうございました。のちほどあらためて伺います」
「そうか、では又後で」
博士はそう言うと部屋に戻っていった。
シズクは出口に向かって歩き出した。
─ママは、ラムサールのこと、どう思うかしら。
シズクの歩みは次第にゆっくりになっていった。
目の前で研究所出入り口の自動ドアが開く。
─返してきなさいって言われたら、どうしよう…。
出入り口を抜けたところで、とうとうシズクは立ち止まってしまった。
そのまま、ラムサールが入ったモンスターボールを、ぎゅっと握りしめる。
ボールがふんわり暖かくなったような気がしたのは、手のひらの熱が伝わったせいだろうか。
─ううん、ママはそんなこと言わないわ。だってママもトレーナーだったことがあるんだもの。
シズクは、また歩き出した。
その後ろで自動ドアが音をたてて閉じたが、彼女はもう何も気にかけていなかった。
シズクの歩く速度は段々速くなり、駆け足になりかけたころ家に着いた。
「ママぁ、ただいま」
「はい、お帰りなさい。でも、ずいぶん時間がかかったわね」
ソファーで本を読んでいたママは、本から目を上げずに応えた。
「そうなの…」
テーブルを挟んだ反対側のソファーに座ろうとするシズク。
ママは、ついと顔を上げ、まなざしで制した。
「先に、手を洗ってらっしゃい」
何か言いたげに立ちつくすシズク。
「さあ」
ママの声はまだ優しかったが目つきが少々きつくなる。
「はい…」
シズクはあきらめて洗面台に向かった。
急いで、念入りに手を洗い、ついでにうがいもする。
シズクが居間に戻ってくると、ママは本を片付けて、お茶をいれてくれた。
かすかに香草の香りがする。
シズクはソファーに腰を掛け、一口お茶を飲んだ。
それを見届けてから、ママは微笑んで言った。
「少しは落ち着いたかしら。それでね…、とっても言いたいことがあるようだけど順番に話してね」
─あたしってそんなに判りやすいのかしら。シズクはそう思いながら頭の中で話を組み立てる。
「えーとね…」
とりあえず、お隣にあいさつに行ったところから話を始めて、研究所での話まで何とか進むことが出来た。
途中ママは頷きながら、時々カップを口に運んでいた。
「…と言うわけでポケモンを貰ったの」
シズクは興奮と不安が入り混じった目でママを見上げる。
ママの表情からは何もうかがい知ることは出来なかった。
「分かったわ。そのポケモン…」
「ラ、ラムサールって言うのよ」
ママはクスクス笑って言った。
「あら、もう名前もついているのね。とにかくボールから出して見せてね」
シズクは背中に隠してあったモンスターボールを取り出した。
「ラムサール、出ておいで」
ソファーの脇にラムサールが現れた。不思議そうに辺りを見回している。
─なんだか緊張しているみたい。
ママはラムサールの前にしゃがみこんだ。
「あなたがラムサール…。ミズゴロウ、初心者用のポケモンね」
「えっ、ママ、ラムサールのこと知っているの」
「ええ、そんなに詳しくは知らないけれど、これでもママはジムリーダの妻なのよ。一通りのことは知っているわ」
ママは、ラムサールの頭をなでながら少し誇らしげに言った。
シズクはラムサールが、今は静かな水面のように落ち着いているのを感じた。
そっと覗いてみると、ラムサールは緩やかに尾を振っていた。
「あなたがシズクのファーストポケモンってわけね」
ママが呟く。
「ママ、ママ、あたしラムサール飼ってもいいの」
「そんな大きな声を出さないで。ほら、びっくりしているわ」
ママはラムサールを抱き上げるとソファーに戻った。ラムサールはママのひざの上でじっとしている。
きょろきょろと目が動いて、時々シズクとママを交互に見上げた。
「あなたもお茶を飲んでしまいなさい。冷めてしまうわ」
シズクは一気にお茶を飲み干した。
いつもなら何の香草が入っているか、考えながら飲むのだが、今日ばかりは嬉しくてそれどころではない。
「良いも悪いも、もう決めてきたんでしょ。でも、シズクはポケモンに興味ないものだと思っていたわ。
もっとも、パパとママの娘なんだからポケモントレーナーになると言われても全然驚かないけれどね」
シズクの興奮が伝わったのか、ラムサールが体をもじもじさせる。
不意にママのひざから飛び降りると、てててっと床を走ってシズクのひざに跳び乗った。
小さくひと声鳴くと、そのまま丸くなる。
「もし、ママがダメって言ったら、あたし病気になるところだったわ」