ミシロタウン〜どんな いろにも そまらない まち D
「えっ、あたしが」
とまどうシズク。
「そうだよ、ポケモンはボールを投げたひとの言うことしか聞かない」
今までにポケモンバトルをしたこともないし、友達のそれを目にしたこともないシズクは、うろたえた。
「ど、どうやってっ」
「 『ミズゴロウ』 と呼びかけ、その後に指示を出すんだ」
その時、ポチエナが大きくジャンプして、ミズゴロウに襲いかかった。
─危ない!
そう思った瞬間、とっさに声が出る。
「ミズゴロウ、避けて!」
すぱっ、と飛び退くミズゴロウ。
ぎりぎりのところでポチエナの攻撃をかわす。
だだっ、と着地すると同時に、反転して身構えるポチエナ。
シズクの心の中に、突然、見知らぬ感情が湧きあがる。
戸惑いが大部分を占め、後は闘志、そして相手に対する恐れが少し…
「これは、何…? ミズゴロウ、あなたなの…?」
ポチエナは、大きく口を広げ、ミズゴロウに噛みつこうとする。
ミズゴロウの頭のヒレが相手の動きを察知するかのように揺れて、丸い目が、きょろっ、とシズクに向けられる。
「ミズゴロウ、右に避けて」
ポチエナの攻撃は又しても避けられた。
その目は赤く燃えて、ちらちらと苛立ちが見え隠れする。
「避けてばかりいてもダメだ。攻撃するんだ」
男が叫ぶ。
「攻撃って…」 シズクは、バトルについての知識を思い出そうとする。
「確か…、技が…」
「そうだ。ミズゴロウの技は 『たいあたり』 だ」
シズクが考える間も無くポチエナが跳びかかる。
「ミズゴロウ、前に進んで」
ポチエナは、ミズゴロウを跳び越してしまい、たたらを踏んで必死にとどまる。
「ミズゴロウ、たいあたり」
ミズゴロウが、態勢を立て直そうとしていたポチエナに体ごとぶつかっていく。
「キャン」
ポチエナが大きく弾かれて、地面にぶつかり声をあげる。
次の瞬間、ポチエナはシズクの方に向かって走り出した。
「きゃあ」
悲鳴をあげて後ろへ倒れこむシズク。
ポチエナはシズクの横を全速力ですり抜けると、そのまま草むらに消えていった。
男がシズクに駆け寄ってくる。
「はあ、はあ…。
野生のポケモンを調査しようと草むらに入ったら、突然ポケモンに襲われて…。
とにかく助かったよ。ありがとう」
男は、シズクに手を貸して立たせてくれた。
「ありがとうごさいます。…あの、もしかして、オダマキ博士ですか」
男は、シズクをじっと見つめる。
「…おや、君はシズクちゃんじゃないか。そうか、今日引っ越してきたんだね。
こんなところでは何だから、ちょっと研究所まで来ておくれ」
博士は、尾びれのような尻尾を振って近づいてきたミズゴロウをモンスターボールに戻すと、ミシロタウンに向かって歩き出した。
シズクは、まだどきどきしている胸を両手で抑え呼吸を整えると、急いで博士の後を追った。
「さっきの気持ちはなんだったんだろう」
博士に聞こえないように小さな声で呟く。
もうシズクの心に違和感はない。ただ、わくわくするような高揚感だけが残り火のように感じられた。
研究所に戻ると博士は、シズクを奥の部屋に案内した。
すると先程の青年が、二人を見て近づいてきた。
「お帰りなさい博士」
博士は手を揚げて応える。
「フィールドに出ている博士を見つけられるなんて、あなたはとても幸運ですよ」
シズクは軽く頭を下げた。青年は微笑むと仕事に戻っていった。
博士はソファに腰を掛けると、シズクにも座るように勧めた。
「…さて、シズクちゃん。君のことはお父さんからいつも聞かされていたよ。
君はまだ自分のポケモンを持ったことがないんだって」
「はい。野生のポケモンを見たのも初めてです。さっきの…ポチエナでしたっけ。
あんなに怒っていて、博士に尻尾でも踏まれたのかしら」
「ポチエナは、動くものは何でも噛みつこうとするんだよ。攻撃的なポケモンなんだ。
それにしてもさっきの戦いぶり、なかなか見事だったよ。やっぱり君にはお父さんの血が流れているんだな」
シズクは博士に誉められて、頬を少し染めた。
「そうそう助けてくれたお礼に、さっきのポケモンは私から君へのプレゼントにしよう。
君はもうポケモンを持ってもいい歳だったね」
「ええ、もうすぐ12歳になりますから…。でも…、いいんですか。あと、ママがなんと言うか…」
「子供がポケモンに関心を示すのを嫌がる親は滅多にいないよ。それともミズゴロウが気に入らなかったのかね」
シズクはミズゴロウの姿を思い浮かべて見る。
水色の塊のような体、ほっぺにオレンジ色の突起、頭とお尻にヒレのようなものがあった。
表面はすべすべしていそうで……それとも短い毛で覆われていたのだろうか。
黒くて、まあるい目が、とても愛らしかった。
「そんなことはありません。ミズゴロウは可愛いし……、それに、あの感じ…」
「それじゃ、決まりだ。せっかくだからミズゴロウにニックネームを付けてみてはどうだい」
博士の耳には、シズクの言葉の後半部分は届かなかったようだ。
にこにこ笑いながらモンスターボールを取り出してシズクに渡してくれる。
「はい」
シズクは両手でミズゴロウの入ったボールを受け取った。
嬉しい。あのポケモンと仲良くなれる。
これからずっと一緒だと思うと、シズクはとても嬉しかった。
そしてその「嬉しい」という気持ちに戸惑ってもいた。
今までポケモンについて特別な関心を持ったことが無かったからだ。
じっとボールを見つめる。この中にあの子が入っているのね。
でも、どういう仕組みになっているのだろう。