ミシロタウン〜どんな いろにも そまらない まち B


 「…以上トウカジムの前からでした」

 「あらら…終わっちゃった。パパが出てたみたいだったのに残念ね」

シズクのパパ、センリはトウカジムのジムリーダーをしている。
ママと結婚した当時はジョウト地方で暮らしていたが、シズクが生まれて3年くらい経ったころ、
このホウエン地方のトウカジムでジムリーダーの空きが出来、リーダー候補の募集があった。

センリは場所が遠いこともあり、最初は少々迷っていたが、
ママの勧めもあったのでこれに応募し、見事ジムリーダーの座を射止めたのだった。

当然、家族共々ホウエン地方に来たいと願ったセンリだったが、結局単身赴任ということになる。
それには物理的な訳があった。

この世界には、人間以上に多くのポケモンがいる。
人間は昔、ポケモンと共存していく道を選び、なるべくポケモンの生態系を崩さないようにしようとした。
このことに異を唱える人もいなかったわけではないが、今ではそうしたことが当然と考えられている。
仕事仲間として、家族同然のペットとして、ポケモンバトルでの相棒としてなど、
ポケモンなしでは人間の生活そのものが成り立たなくなっているからである。

そこで人間は、自分たちの生活する場所にかなりの制限を設けることにした。
タウンやシティ以外の場所で勝手に家を建てるのは認められていない。
山や、草原など、野生ポケモンの生活の場で研究のためとか、調査のためにどうしても施設が必要なときには、
周囲に溶け込むようなものを建てることが認められる場合もあるが、そういうケースは極めてまれであった。

センリのジムがあるトウカシティやその周辺のタウンでも、新たに家を建てるためのスペースがなく、
住宅にも空きがなかったので、やむなくセンリは一人でこのホウエン地方にやってきたのだ。
そして先月、ようやくこのミシロタウンに空家が出たので、センリは家族を呼び寄せたのだった。

恨めしげにテレビの画面を見つめていたシズクにママが言った。

 「…あ、そうそう。この町にはオダマキ博士っていうパパのお友達がいるの。博士の家はお隣だからきちんとあいさつしてくるといいわ」

シズクは、自分の服装を確かめてみた。今日は、引越しだったのでポロシャツにキュロットスカートといういでたちだ。
まあ、特におかしな格好はしていないし、トラックの荷台に乗っていたわりには、そう汚れてもいない。
シズクはそのまま、あいさつに出かけることにした。

 「ママは、もうあいさつに行ったのよね。どうしてあたしを待っていてくれなかったのかしら」

玄関のドアを後ろ手に閉めながらシズクは呟く。

 「きっと、ママの乗った車が着いたときに、博士が見にいらしたのかもしれないわ」

シズクは物事をあまり悪いほうに取らない性格である。


………実は、ピカナもまだ、シズクの性格がよく判ってません。
先の展開も知らないのに手直しして書くっていうのは、結構難しいものだったですよー。^-^;

今のところは可もなく不可もない、ごく普通のいい子ちゃん、って感じがするかな?

シズクのママは、なんだかお茶目で可愛いっていうか……もしかして天然入ってるかなぁ?(笑)


隣の家の玄関の前に立つ。隣の家は、ほぼシズクの家と同じような造りだった。
シズクは大きく深呼吸をして、呼び鈴を押した。

 「ピン、ポーン」「はーい」

呼び鈴の音に元気そうな女の人の声が応え、ドアが開く。

 ─パパのお友達の博士って女の人かしら─

訝しそうなシズクの前に、30代半ばのとてもやさしそうな女性が現れた。

 「えーと、どなたかしら」

シズクは隣に越してきたことを告げ、よろしくお願いしますと添えた。

 「そうか、あなたがお隣に引っ越してきたシズクちゃんね。うちにもあなたと同じ年頃の息子がいるのよ。
 新しいお友達が出来るなんて、とても楽しみにしてたのよ。2階の部屋にいると思うわ。会っていってね」

女性は、シズクを招き入れると階段のほうに促す。
シズクは、ちょっと戸惑いながらも軽く会釈をすると階段に向かった。

 ─息子と言っていたところをみると、きっとあの人はパパのお友達の奥様ね。

シズクはまだ、今の女の人が博士、との考えを捨てきってはいなかったが…。

階段を上りきり、ドアをノックして見る。
 ─返事はない。

シズクは、ドアを恐る恐る開けて、部屋の中をのぞいてみた。
少年がひとり、パソコンに向かって何かしている。

 「ポケモンは体力満タン、道具もこれで大丈夫…か」

 「あのう…」

そっと声をかけると、少年がびっくりしたように振り返った。

 「おまえ…誰」

 「えっ、あたし、隣に…、引越し…、あの、あたしはシズク…」

シズクは少々、しどろもどろになる。

 「あっ、おまえが隣に引っ越してきたシズクか…ふうん女の子だったんだ…」

その声の調子から、シズクはなんだか少年に馬鹿にされたような気がして、悲しくなった。
シズクの目はとても雄弁だ。
少年は、シズクの非難がましい目つきに気付いたのか、言葉を足した。

 「父さん…オダマキ博士から、隣に引っ越してくるのはジムリーダーの子供って聞いてたから勝手に男だと思ってたよ」

多少目の光はやわらいだものの、警戒心を隠せないシズクに向かって、

 「俺はユウキ。まあお隣さんになったことだしこれからよろしくな」

と、少々大げさに微笑んで右手を差し出すユウキ。
さすがに、敵意のないことは伝わったらしい。シズクも少し、はにかみながら手を握り返す。

 「こちらこそ、よろしくね」

笑顔が交わされて、いったん張り詰めていた空気が一気に柔らかくなった。
ホッとしたようなユウキの目が、シズクの腰の辺りに落ちる。

 「おや、シズクはポケモン持ってないのか。よかったら俺が捕まえてきてやろうか」

シズクが答えようとしたとき…。

 「ッて忘れてた…、俺、父さんの手伝いで野生のポケモン捕まえに行くところだったんだ。また今度な」

ユウキは慌ててリュックをつかむと、あわただしく部屋を飛び出していく。


ドタドタドタ、っと階段を駆け降りる音を聞きながら、シズクはポカンと立ち尽くしていた。

 「何なの…」

一人残されたシズクは部屋を見回してみた。

シズクのそれと同じような机、その上にあるパソコンは、電源が入ったままだ。
机の隣にはテレビがあり、ゲーム機が接続されていた。
床の隅にはマンガに混じってポケモンの教科書が散らばっている。
ベッドの上には脱ぎ散らかしたパジャマ…。

 「あの子、片付けるのが嫌いなのね」

シズクは結構きれい好きである。
部屋の中を無性に片付けたくなる気持ちを抑えて、シズクは階下に降りた。

博士の奥様は、落ちつかなげに、シズクに話しかける。

 「お父さんったらどこかしら、せっかくシズクちゃんがあいさつにきてくれたのに…。
 あの人落ち着きがないから、もしかしたら研究所にいるかも…」

 ─ああ、似たもの夫婦なのかしら。

と、シズクは思った。
シズクは丁寧にいとまごいをすると、研究所に行ってみます、と夫人に告げた。

オダマキ博士の研究所は、道路を挟んだ向かい側にある。
大きな門の脇にオダマキポケモン研究所と書かれた案内板があった。
シズクは門をくぐり、入り口を目指した。

 ─オダマキ博士は、ポケモンの何を研究しているのだろう。

シズクはスクールの授業を思い出そうとしていた。
シズクは、本物のポケモンに出会ったことが、あんまりない。
ジョウトの友達の家で、飼われているポケモンを見たことがあるくらいだ。

パパは、ジムリーダーなのだから当然ポケモンを持っているのだろうし、ママもパパと結婚するまではポケモンを持っていたそうだ。
なんでもアロマなおねえさんと呼ばれていたトレーナーだったらしい。

シズクも女の子である。ロマンスには興味があって、ママに何度となくパパとのなれそめを聞いてみたりしたのだが、
その度ごとにママは、ふふふっ、と笑って、とてもいい香りのするアロマオイルを振りまく。
思わずふわっとした気分になって、そしてどこから出したのだろうとか思っているうちに、
ロマンスの話はいつの間にか他の話題にすり替えられてしまっているのだった。
次こそは誤魔化されないようにしよう、と、シズクは何度も心に固く誓うのであったが…。

研究所の入り口は自動ドアになっていた。
ドアを抜けるとそこには………誰もいない。

 「すいませ〜ん」

シズクは少々大きめの声で呼びかけた。