コトキタウン〜なにかが かすかに はじまる ところ G
「じゃあ、ママはニナと帰るけど、シズクは一緒に帰る?」
「あたしは、ラムサールと試したいことがあるから、ママ先に帰ってて」
「そう。あまり無理しちゃダメよ。ラムサールのことを考えてね」
「うん。ラムサールに怪我させたくないし…」
「なるべく連絡をしてね」
「うん。それとこれ」
シズクは、ママにタマゴを返した。
ママは、嬉しさを押さえきれずに時々空中放電しているニナを連れて、ミシロタウンへ帰っていった。
シズクは、遠ざかるママの後姿を見送っていたが、足下のラムサールを抱き上げて見つめる。
「さあ、ラムサール、少し付き合ってね」
「きゅう」 ラムサールが嬉しそうに答えた。
シズクは、先ほどニナが割ったのとは違う、こぶりの岩に腰を掛ける。
そして、ひとつ深呼吸をした。両手で抱き上げたラムサールを空中にかざし、ゆっくりと心を解放する。
すぐに、風に揺れる草の動きが伝わってきた。
静かに目を閉じる。梢もざわざわと揺れている。
次に、自分の意志で心を閉ざそうとしてみる。
ふっと何も見えなくなった。
ただ風の音が聞こえるばかりである。
また、ラムサールに向けて心を開放する。
すると再び、周囲の様子を感じ取れるようになった。
「やった、できた」
シズクは嬉しげに声を上げる。
「そしてもう一つ」
シズクは、ゆっくりと目を開けてみる。
途端に自分の視界とラムサールから送られてくる風見の情報が混ざる。
「きゃあ」
慌てて目を閉じ、思わず身を固くする。
「まだ、ダメね」
シズクはそれから何度か自分の視界とラムサールのそれを思い通りに分けられるようにいろいろと試みてみたが、なかなか上手くいかなかった。
「ふう、そうそう上手くはいかないものよね。でも、意志の力で遮断出来るようになっただけでも良しとしなきゃね」
「うきゅう」
シズクに抱きしめられて、ラムサールは嬉しそうだ。
「ありがとね、ラムサール」
ラムサールから送られてくる風の動きの情報ですが、当初は「流視能」という造語で表現していました。
雰囲気は判るんですが、なんか、響きが固いのと、10代の女の子の語彙ではないような気がしたので、
「風見」に替えましたです。かざみ、もしくはかぜみとお読みくださいませ。^-^;
風を読む、「風読み」もいい感じだと思うんですが、流れを読む、次の手を読む、というイメージよりも、
ただ単純にそこにあるものを見る、というイメージが強い能力なので、読むではなく見るにしてみました。
シンパシーとかエンパシーとかシンクロとか言えば近いんですが、これを日本語でそれらしくするのが難しい。^-^;
「シンクロ」はまた、ポケモンのとくせいで使われていますしね。
それからシズクは傍らに置いてあったリュックを拾い上げると、ポケモンセンターに向かった。
喫茶コーナーで、まず自分用にモモンの実から作ったモモンジュースを頼む。
ラムサールにも少し飲ませてみたが、嫌がらなかったので、ラムサール用にもう一つ頼んだ。
窓ガラス越しに外を見る。
日は、まだ高い。
ユウキは、まだ103番道路にいるのだろうか。
シズクは、ユウキとのリターンマッチに行くことにした。
先ほどユウキと別れた辺りに行ってみると、ユウキはどうやら帰り支度をしているところだった。
「よう、シズク、ポケモンは回復したかい」
「ええ、ポケモンセンターで治療してもらったわ」
「それで、まだ用があるのか、まさか、またバトルしに来たわけじゃないよな」
「そのまさかよ」
ユウキは荷物整理の手を止めて、シズクをまじまじと見つめた。
「ふうん、負けたその日のうちに再戦を申し込んでくるなんていい度胸だな。
さっき父さんに連絡したら、珍しくポケモンのことでなくシズクの話をしていたけど、その気の強さが気に入ったのかな」
「どうでもいいけど、やるの? やらないの?」
「悪いが俺は、バトルを断ったことがないのが自慢だぜ」
シズクは、ラムサールを繰り出した。
「キモリ、行け」
ユウキの投げたモンスターボールからキモリが飛び出してくる。
キモリとラムサールは距離を置いて対峙する。
「ラムサール、ダッシュ」
ラムサールが、キモリに向けて走る。
「キモリ、脇の木に登れ」
キモリは、器用に木をらせん状に登っていく。
ラムサールが、その木を見上げる。
「キモリ、『はたく』 だ」
枝の陰からキモリが急降下してくる。
シズクは、風見を使ってぎりぎりのところでラムサールを避けさせた。
キモリは、尾を地面に打ち付けてバランスを崩した。
「今よ、ラムサール 『たいあたり』 」
ラムサールは、相手に体を預けるように、キモリにぶつかる。
キモリは、吹っ飛ばされたが、かろうじて立ち上がる。
「ラムサール、決めるわよ」 ラムサールが、キモリとの距離を詰める。
「素早さは、キモリのほうが上だぜ。キモリ、『はたく』 」
キモリは、回し蹴りのように尾を振り回す。
シズクは、キモリの尾がラムサールに触れる寸前でジャンプさせる。
キモリは、空振りした勢いで倒れこむ。
「ラムサール、『たいあたり』! 」 シズクの指示が飛ぶ。