コトキタウン〜なにかが かすかに はじまる ところ C


 「え!?、ママ」 驚いたので、その声はかなり大きな声になった。

シズクは、自分の口を手で押さえて辺りを見回す。
大きな声に一瞬振り向く人もあったが、すぐに皆、何事も無かったように思い思いの方向へ歩きだした。
ママは観葉植物の脇のソファーに、荷物を抱えながら座っている。
シズクは、駆け出したい気持ちを抑えて、ママのもとへゆっくりと近づいた。
最初は心配そうだったママの表情は、シズクが近づくにつれて次第ににこやかになった。

 「ママ、どうしてここにいるの?」

 「散歩がてら、ミシロタウンの周りを見たいと思ってね。お昼になればシズクもここに来ると思って待っていたのよ」

 「ママ…」 シズクの瞳に涙がにじんでくる。

 「どうしたの?」

ママはシズクを隣に座らせて、シズクの頬を両手で優しく挟んだ。

 「ひっく、ラムサールが、ラムサールが…、ひっく」

 「ラムサールがどうしたの?」

 「ラムサールが、動かないの…」


 「ポケモン勝負に負けたのね」

 「うん…」

 「もう、回復はお願いしたの?」

 「うん…、お姉さんは大丈夫だって…」

 「そう、じゃあラムサールは大丈夫そうね。で、あなたは?」

 「あたし? あたしは何とも無いけど…」

ママは、まだ手で目をこすっているシズクにハンカチを渡した。ほのかに甘い柑橘系の香りがする。

 「ほら、涙をふきなさい。あなたがなんでもなくてラムサールが回復するなら、泣くことないでしょう」

 「そう、そうよね、あれ?」

シズクはママから受け取ったハンカチで涙をぬぐったが、ふいたそばから涙がどんどん溢れてくる。

 「それとも負けたことが悔しいの?」

 「えっ、だって、ユウキは、オダマキ、博士よりも、ポケモンの、扱いは、上手だっ、て…」

しゃくりあげるシズク。

 「それに、あたしはまだ、ラムサールと、出逢ってから、いくらもたって、いないし、初心者だし…」

 「負けてあたりまえ?」

ママの手がシズクの頭をなでる。

 「うう…、くやしい。ラムサールにも怪我させて、くやしいよ」

 「ポケモン勝負、またやりたい? やって今度は勝ちたい? それともラムサールに怪我させるかもしれないから、もうやりたくない?」

 「………」 

自分でもびっくりしたことに、シズクの涙は止まった。

 ─そんなこと考えてもみなかった。また、ポケモン勝負をするか、なんて。…あたし、あたしは…

そっとママを見上げて聞く。

 「ラムサールは、嫌がらないかしら」

 「そうね。ママに訊くよりもラムサールに訊いたほうがいいわね」

 「…あたし、ラムサールが嫌がらなければ、またポケモン勝負やりたい。そして今度はラムサールと一緒に勝ちたいの」

 「そう。本当にシズクは、ラムサールのことが好きになったのね」

 「?」

 「そうそう、シズクもお昼まだでしょう。シズクと食べようと思ってサンドイッチを作ってきたのよ。ラムサールが回復したらお昼にしましょう」


あ〜あ、泣かしちゃったよ。^-^;

でもこの辺って、結構重要なんだよね。シズクにとって。
今まで何でもそこそこ出来ちゃうコで、苦労もしてないかわりに感動も少ないコだったと思うのね。
涙っていうのは、喜怒哀楽、どの感情が動いても出るものだと思うので、
いっぱい泣いて、いっぱい笑って、いっぱい成長して欲しいなと思う親心……なのかな? 作者として?


 『〜シズクさん。シズクさん。受付までおいでください』

アナウンスが流れる。

 「ほら、シズク、行ってらっしゃい」

 「うん」 シズクは元気に立ち上がると、ハンカチをママに返した。

 「お待ちどうさま。お預かりしたポケモンは元気になりましたよ」

受付のお姉さんが、シズクにモンスターボールを返してくれた。

 「ありがとうございます」

シズクは、両手でボールを受け取ると深々とお辞儀をした。
お姉さんは笑って、「又のご利用をお待ちしてます」 と言った。
シズクがママのところへ戻ると、ママは荷物を持ってもう立ち上がっている。

 「こっちよ」

 「ママ、どうして知ってるの?」 シズクは怪訝な顔である。

 「ポケモンセンターの造りは大抵一緒なのよ」

そう言うと、自信ありげにさっさと歩いて行ってしまうので、シズクは慌ててママの後を追った。
はたして、通路の奥は食堂だった。ママはもう、ちゃっかりと席を占め、卓上に荷物を広げている。
シズクは、ママの前の席に座るとモンスターボールを取り出した。

 「出ておいで、ラムサール」

 「きゅう!」 元気な声とともにラムサールが飛び出す。

シズクは、ラムサールを抱き上げるとほおずりをした。

 「よかったぁ。元気になったのね」

 「きゅい」 ラムサールがシズクの耳をかじる。

 「どうしたの? おまえもおなかがすいたの?」

 「きゅー」

シズクは、ポケモンフーズを取り出して、缶のふたに中身を山盛りに出してあげた。
ラムサールは椅子に飛び乗ると、シズクを見上げてヒレをぱたぱたする。

 「どうぞ」 

 「きゅうっ」

シズクが促すと、ラムサールは美味しそうに食べ始めた。

 「シズク、私達もお昼にしましょう」