ミシロタウン〜どんな いろにも そまらない まち A
「おつかれさま。長い間トラックに揺られて大変だったでしょ?」
一足先に着いていたママが、にっこり笑って出迎えてくれた。
「ちょっとね」
かなり控えめに、シズクが答える。
「ここが、ミシロタウンよ。どう、これが私たちの新しいお家、ちょっと古風な感じで住みやすそうなところでしょ」
シズクは新しい住居に目を移す。
それは、がっしりとした木造二階建ての家だった。表からはドアと大きな窓が見える。
残念ながらシズクの目には、あまりきれいな家には見えなかった。
隣近所には、同じような造りの家が並んでいる。経てきた年月も同じくらいに思える壁の古さだ。
どうやらこの辺りの家は同じ時期に一度に建てられたらしい。
「こんどは、シズクのお部屋もあるのよ。さあ、中に入りましょ」
ママに背中を押されるようにして、シズクは家の中へ入った。
「ほら、シズク。お家の中も素敵でしょ」
家の中は外回りに比べるとずっときれいだった。
床も壁紙も新しくしたようで、ほのかな木の香りがしている。
壁紙は白地で、薄い色あいの細かな模様が入っており、部屋の雰囲気を全体的に明るくしていた。
シズクは、内装がリフォームされていたことがとても嬉しかった。
きょろきょろと部屋のあちこちに目をさまよわせる。
照明も含めて、落ち着いた雰囲気でまとめられている。
─さすがはママね、とてもいいセンス。
振り返ってママを見る。
「お家の片付けは引越しやさんのポケモンが手伝ってくれるから楽ちんね」
と、嬉しそうなママ。
シズクがもう一度部屋の中をよく見ると、体中筋肉という感じの人間に似た生き物が忙しそうに荷物を運んでいた。
「ポケモン…、あれはたしか…」
『ポケットモンスター』縮めて『ポケモン』。
この世界には、ポケモンと呼ばれる生物たちがいたる所に住んでいる。
われわれ人間は人間以外の唯一の動物であるポケモンと仲良く遊んだり、助け合って仕事をしたり、
ときには力をあわせて戦ったりしながら一緒に暮らしている。
ポケモンと関わらずに生きている人間はほとんどいない。
シズクはポケモンの名前を思い出そうとしていた。スクールの教科書に写真が載っていたような気がするのだ。
「ゴーリキー…だったかしら」
シズクが通っていたスクールでは、4、5歳から10歳までに一通りのことを習う。
その後は、個人の自由に任されている。
もっと勉強をして、そのまま学者になるものもいるし、
家業を継ぐために、それぞれの修業に入るものもいる。
ほかの何かを求めて、旅に出るものもいるが、
大抵は、自分でしたいことが見つかるまでスクールにいるものだ。
シズクは歴史と薬について1年ずつ勉強した。歴史はもちろん人間の歴史だ。
でも、ポケモンについては特別なことを学んだわけではないので、実は良く知らない。
家業を継ぐにはポケモンについて専門的に勉強し、さらに修行もしなくてはならないのだが…。
「シズクも2階にある自分のお部屋に行ってごらん。パパが引越しのお祝いに買ってくれた時計があるから、時間を合わせておきなさい」
ママに促されて、シズクはポケモンの働き振りを横目に見ながら階段に向かった。
「パパが買ってくれた時計…」
シズクは、時計に期待するのはやめようと思った。
─でも、今までは自分の部屋がなかったから自分の時計を持つのは初めてだし。
そう思えば、なんとなく嬉しくもなってくる。
階段をトントンと上がる。上りきったところにドアがある。
シズクはドアをそうっと開けてみた。
窓の脇に机が置いてある。反対側の壁にはベッド。その隣にタンス。どれも前の家でシズクが使っていたものだ。
壁は淡い桜色で、カーテンは落ち着いた感じの緑色だった。
部屋の真中でぐるっと回ってみる。あまり広くはないが気持ちのよい部屋だ。
「えっと、時計はっと・・・」
新しい時計は、机の上の本立ての脇に掛けてあった。
ひし形で、縁取りと文字が黒く、文字盤は白い実用的な時計だ。
「やっぱり。うーん、ポッポ時計とは言わないけど、せめて文字盤にはキレイハナの絵が描いてあるとか…」
もっとも、流行のポッポ時計は初めのうちはいいが、そのうちうるさいと思うようになるものだと友達から聞いている。
シズクは、この際ぜいたくは言わないでおこうかな、と思った。
「それに無理よね。パパは私の好みなんて知らないものね…」
物心ついてからというもの、シズクはTV電話でしかパパと話したことがない。
パパのセンリは、もうずいぶんと前から、ミシロタウンがあるホウエン地方に単身赴任しているのだ。
シズクは椅子を動かしてその上に乗り、時計をはずして時間を合わせた。
秒針が動いているのを確かめると元の壁に掛け、一度椅子から降りて時計が曲がっていないかどうか見る。
位置を直すこと数回、やっと満足して椅子を机の前に戻していると、誰かが階段を上ってくる足音がした。
こんこん、とノックの音がして、ドアが開く。
「シズク。どう新しい部屋は。……うんきれいに片付いてるわね。下ももう片付いたわ」
ママは部屋の中を一通り見回すと、満足したように、
「ポケモンがいると本当に楽ね。そうだ、机の上のものも大丈夫か見ておいてね」
と言うだけ言って、また降りていってしまう。
「机の上のもの…」
机の上にはパソコンが乗っている。シズクはパソコンのスイッチを入れた。
ピポッと軽い電子音がして、モニタにも電源が入る。
シズクはパソコンを操作して、試しに道具を引き出してみた。
キズぐすりが1コ。特に問題はない。操作を終了して接続を切る。
「大丈夫のようね」
取りあえず自分の部屋を見るだけ見たので、シズクも階下に戻ることにした。
階段を下る足音が、心なしかさっきよりも嬉しそうだ。
早くもテレビの前に陣取っていたママが、シズクの顔を見て声をあげた。
「…あ、シズク、シズク。早くこっちにいらっしゃい。トウカのジムが映ってるわ。パパが出るかもよ」
シズクは、慌ててテレビの前に駆け寄った。
スクールの設定は、ピカナダのオリジナルです。
ポケモン世界の子供たちは、10歳から一人前のトレーナーとして旅立てるわけだけれど、
それまでに人生の目標なんか、見つけられない子だっているよね、きっと。^-^;
おうちの中や部屋の配置も、ゲームとはちょっと違うと思うけど、
ま、これはそういう「お話」だと言うことで。そこのキミ、地図は描かないようにね(笑)