101番道路〜ミシロタウンからコトキタウンまで
「気をつけて行ってらっしゃい」
ママは少し不安そうに、シズクの後ろ姿が小さくなるまで見送っていた。
「確か、センリが送ってくれたホウエン地方の地図があったわね…」
シズクは、町外れまでは用心してラムサールを抱えて歩いた。
ラムサールはきょろきょろしていたが、急に暴れたりすることは無かった。
誰にも会わないまま町外れまで来ると、シズクはラムサールをそっと地面におろした。
少し歩いてから立ち止まり、振り返って見る。ラムサールは、のたのたと歩いている。
シズクが歩き出すと、ラムサールは何の疑問も抱かずについてくるようだ。
ときおり何かに気をとられて立ち止まるが、シズクが呼びかけるとすぐに走ってくる。
シズクは、辺りに気を配る余裕ができた。
道は、ほぼまっすぐで両側に草むらがあり、草むらの先は森に続いている。
しばらく行くと、辺りを窺いながら草むらを歩き回っている少年がいたので、シズクは声をかけてみた。
「あの、何をしているの?」
少年は、シズクとラムサールをチラッと見た。
「おまえも新米トレーナーか? 俺もオダマキ博士にポケモンを貰ったばかりなんだ。
一匹じゃ心細いから、ポケモンの訓練がてら野生のポケモンを捕まえようと思っているんだ。
野生のポケモンは草むらから飛び出してくるからな。
こうして草むらの中に入って捕まえたいポケモンを探すんだよ」
「ふーん。そうなんだ」
「おまえも探すんだったら、もう少し離れた草むらにしてくれよ」
「あたしは、今はいいわ。邪魔をしてごめんなさい」
「いいよ、お互い頑張ろうな」
「うん」
シズクは、また歩き出した。景色を楽しみながらなるべく草むらは避けて歩く。
何もない道が続いたがしばらく行くと道の脇に何か立っていた。案内板だ。
ここは 101ばん どうろ ↑ コトキタウン |
「これが、博士が言っていた案内板ね。でも、この矢印…」
シズクは、辺りを見回して小首をかしげた。
案内板の矢印からするとコトキタウンは案内板の向こうのはずだが、案内板の向こう側はすぐにちょっとした崖になっている。
高さはシズクの背よりも少し低いくらいだ。
道はというと、崖を回りこむように上り坂になっている。
「この崖を、登れってことかしら。それともこの方向にコトキタウンがあるってことかしら」
たいした違いは無さそうなので、シズクは道なりに進むことにした。
「変な案内板ね」歩きながら呟く。
はたして、道は九十九折になっていた。
「うーん、確かにまっすぐ登った方が早いかも…しれない」
幾つかの崖を回り込んだ後でシズクは、振り返って見た。
周りは森に囲まれているのであまり見とおしは利かないが遠くにミシロタウンの入り口が見える。
ふと気が付くとラムサールが崖に近づいている。
「あまり端に近づくと危ないわよ」
突然、一陣の風が吹き上げてきた。草むらがざざっと揺れる。
シズクは、突然360度の視界を感じた。
「きゃあ」
あっと思うまもなくバランスをくずしてその場に倒れこむ。
宇宙空間というのはこんな感じだろうか、前後左右上下の感覚がなく、どちらを向いているのかもわからない。
ラムサールがシズクに駆け寄り、心配そうに「きゅい」と鳴いた。
足下に地面が戻ってきた。
「今の何?ラムサール、おまえなの?」両手をついて体を起こし、頭を振る。
ラムサールは、ただきょとんとしている。
「お願いだから、あまり驚かさないでね」
シズクは、ラムサールをそっと抱き上げると恐る恐る立ち上がる。
そして一歩ずつ足下を確かめるように道の端の草むらまで歩き、座り込んだ。
腕の中のラムサールを見つめる。
「おまえは、背中にも目がついているの?」
ひっくり返して背中を見るが、それらしいものはない。
ラムサールはおとなしくなすがままにされている。
「へんねぇ」
ラムサールを抱き上げて黒い目をじっとのぞき込む。
風がラムサールの頭のひれを揺らした。
「あっ」
またも全方位の視界がシズクを襲った。思わず目をつぶる。
目をつぶると自分がどちらを向いているかという方向感覚は全然ないが、自分自身の視界がない分、平衡感覚はある。
自分の周りで草が揺れているのがわかる。見えるのではなくわかるのだ。
─ずっとこのままだったらどうしよう。
シズクは、急に怖くなって身じろぎをした。シズクが動いたのも感じられた。
不意に風がやんだ。シズクは何も感じられなくなった。
そうっと目を開けて見る。
ラムサールは元気よく尾を振っている。
「やっぱりおまえなのね、ラムサール。
…そう、おまえは空気の流れが感じ取れるのね。
そしてそれをあたしに伝えてるのね。
でも…、前触れも無くそれをやられるとあたし、危なっかしくて道も歩けないわ」
シズクは、ラムサールをぎゅっと抱きしめた。
「きゅー」ラムサールが不満げに身じろぎする。
「ママ、どうしたらいいの?」
不意にラムサールが感じられなくなった。心の中の一部が切り取られたような寂しさを覚える。
「あっ、どうして」
いっそうシズクの手に力が入った。
「きゅいっ」ラムサールが抗議の声を上げる。
シズクが、ラムサールに気持ちを向けたとたん心の中にラムサールが感じられるようになった。