ミシロタウン〜どんな いろにも そまらない まち M
「そう、そのことね。ねぇ、シズク。ママも訊きたいことがあるんだけれど、ママの方が先でいいかしら?」
「いいわ。えーと、レィディーファーストね」
ラムサールは、ポケモンフードの皿を空にしていた。
満腹にはならなかったようだが、ある程度は満足したらしい。
何かに興味を持ったのかリビングの方へ、のたくたと歩いていく。
「シズク、その言葉の使い方はおかしいでしょ。あなたも女の子なんだから」
「そうよ。あたしはガールだからレィディーじゃないわ。ママはレィディーだから言葉の使い方は合ってるわ」
シズクは、意識の半分をラムサールに移したまま、答える。
ラムサールは、リビングをあちこちと歩き回っている。
時々確かめるように立ち止まってにおいをかいだりしてるが、特に何をするわけでもないらしい。
「そう、じゃそういうことにしておくわ」
得意顔のシズクを見て、ママは声をたてて笑った。
しばらくするとラムサールは気が済んだのか、シズクに駆け寄ってきて膝の上に跳び乗った。
シズクの顔を見上げ、尾を振って自分の存在を主張する。
シズクが微笑みかけると、満足したように膝の上で丸くなった。
ママが話を切り出す。
「シズクは、ポケモンには興味無いと思っていたんだけど、違ったのかしら?」
「ええ、ジョウトにいるときにはそうだったわ」
眠そうなラムサールの背を撫ぜながらシズクが答える。
「どうして、興味無かったの?」
「あたし、ポケモンは嫌いという訳じゃなかったけれど好きでもなかった。
だってポケモンっていうと競うことばかりでしょ。
クラスメイトでもトレーナーやコーディネイターに早くなりたいといっていた子が何人もいたけれど、
皆、相手に勝つことばかり考えていたわ」
「シズクだってスポーツは好きだったでしょ。スポーツも競うものではなくて」
「そうなのよね。あたし、他の人は何であんなに試合が好きなのか判らないわ。
大して練習もしないうちに、すぐに試合しようって言い出すのよ」
「あなたは、試合は嫌いだったの」
「うん。あたしは、体を動かせれば気持ちがいいから練習の方が好きだったわ」
「どうして?」
シズクが無意識にひれを触ると、ラムサールの尾がふわん、と上がり、
はたはたと揺れて、たらん、と下がった。
「だって試合して勝つとまわりの人は誉めてくれるけど、誉められるとなんだか恥ずかしいし、
負けた人は大抵はにらむし、中には泣き出す人もいたわ。
だから、あたしは、負けた方が気分的には楽だったけれど、
わざと負けるんじゃ、思い切り体を動かせないから、それじゃ試合なんてやらないほうがましだと思ったわ」
「あら、そうなの。シズクは、スポーツそのものが好きなわけではないのね」
「そうなのかしら。あたしは好きだと思っていたわ。少なくとも嫌いではなかったわ」
「あのね、人は好きなことでは一番になりたいと思うものなのよ。
中には、ただ優越感に浸りたいだけのために勝とうとする人もいるけれどね」
ママは、ため息をついてお茶を一口飲んだ。
「それでね、『自分が一番』好きなんだ、って証明したいために勝ちたいのよ」
「試合で負けると、『好きな気持ち』でも相手の方が勝っていると思うわけなの?」
「そうよ。だから、負けると悔しいのよ。自分の気持ちを相手に認めさせられなかったから」
「ママもポケモンバトルをしててそうだったの?」
「今は、バトルの話は置いておきましょう。
ちょっと違う話だけれど、ママね、小さいころピアノを習っていたの。
でね、好きな曲があって、弾きたいと思ったの。 でも、その曲は当時のママには難しかったのよね」
ママは、カップを手にしたまま、心持ち上を向くと遠くを見つめる。
「ただ弾くだけでも難しいのに上手く弾きたいと思ったわ。
弾けないと悔しいものよ。だから、スクールから走って帰ってきて練習したの。
上手になりたい、できないと悔しい、という気持ちがないとピアノも上達しないものなのよ」
「ふーん。気持ちかぁ」
「シズク、今は分からないだろうけど覚えておきなさい」
シズクは、訝しげな面持ちだったが頷いてみせた。
「えーと、じゃママの質問の方はお終いね。次はシズクの方だけど、ママも詳しいことを訊かれても答えられないところがあるのよね」
「そうなの?」
「ポケモンってまだ分からないことが沢山あるから、研究している人も沢山いるの。
だからね、突っ込んで訊かないでね。いい?」
「わかったわ」
「じゃあ始めるわね。まず、ポケモンはボールに入れておくと育たない」
「そうなんだ」
「次に、バトルをして勝ったポケモンにだけ経験値というものが与えられる」
「経験値?バトルしたのに負けたポケモンは貰えないの?」
「独り言ね。ママは答えないわよ」
「あっ」
シズクの口は開いたままになった。
無視して続けるママ。
「そして、経験値がある程度貯まると、ポケモンはレべルが上がる。レベルが一定に達すると進化するポケモンもいる」
シズクの口がもにょもにょと動くが、言葉は出てこない。
「ポケモンのレベルが上がると攻撃力とか素早さとかの能力が上がることもあるらしい。更に、新しい技を覚えることがある」
「ママ、ダメ。あたし理解できない」
「理解しようとなんてしない方がいいわよ。それをしようとするのは研究者よ」
ママは、畳み掛ける。
「という訳で、ポケモンは、バトルをして勝たないと育たない。以上」
シズクが、恐る恐る手をあげる。
ママ、お作法にはとことんうるさいですね。^-^;
それにしても多芸多才な人だなぁ。
出来すぎる親を持ってしまうと子供はプレッシャーが大きくて苦労する気がしますが、
シズクは乗り越えていけるんでしょうか。ちょこっと心配。
まぁ、今はもう自分ひとりではないので、きっと何とか生きていけるでしょう、と、私は信じてますが。^-^*