ミシロタウン〜どんな いろにも そまらない まち J
「ああ、気にしなくていい。忙しいときは断るから。帰るのか?」
「はい。では、失礼します」
─悪い人じゃないけど、つかみにくい人だわ。
シズクの記憶にシゲルの印象が刻まれた。
シズクはシゲルに送られて研究所をあとにすると、自分の家へ向かった。
「お姉ちゃん」
シズクが家に入ろうとすると後ろから呼び止める声がする。
振り返ると博士がポチエナに襲われていたときに出会った男の子が立っていた。
「なあに」
「お姉ちゃんのおかげで博士助かって良かったよ。一言お礼が言いたくてお姉ちゃんを探していたんだ」
「えっ、どうして?」
「だってボク、大きくなったらオダマキ博士に色々教えてもらって、ポケモン研究者になるんだもの。ボクの先生を助けてくれてありがとう」
「いいえ。博士を助けたのはこのラムサールよ」
シズクはにっこり笑って、モンスターボールを取り出す。
「ラムサール?」
「出ておいで、ラムサール」
道ばたに呼び出されたラムサールは、きょとんとした顔で男の子を見上げている。
「ラムサールってこのミズゴロウの名前か。博士を助けてくれてありがと」
子供はその場にしゃがみ込むと、そっとラムサールの頭をなでた。
「ボクもあと2年経てばポケモンを持てるんだ。最初のポケモンはミズゴロウにしようかな」
「頑張って、いい研究者になってね」
「まかしといて、じゃあバイバイ」男の子はそう言うと走っていってしまった。
その後ろ姿を見送ってから、シズクはラムサールを見つめる。
「大きくなったら、か…。あたしは何になるのかしら」
ラムサールは、黒くてまあるい目で、シズクの視線を受け止めた。
「あなたにも判らないわよね」シズクは小さく呟くとラムサールをボールに戻した。
………いまだに1日目が終わらない話、というのはこの辺を書いていたピカナダの言ですが、
ゲームの旅立ちを思えば、確かに時間はかかってますね(笑)
逆に考えればゲームの主人公の旅立ちは早すぎ!(笑)
初めて家を出るんだから、もっと不安だったり悩んでみたりするよ、普通は!^-^;
「ただいま」
「お帰りなさい。やっと帰ってきたわね。もうすぐご飯よ。手を洗ってきてね」
─もうそんな時間なの。そうよね。今日は色々なことがありすぎたもの。
シズクは手を洗いながら一日を振り返ってみた。フェリーに乗って、トラックの荷台に乗って…。
「シズク、どうかしたの」ダイニングからママの声がする。
「はあーい」
その後シズクはママと食事をした。
食事中も話題には事欠かなかったが、シズクは時々興奮し、口に食べ物が入ったまま話すのでママに小言を何度か言われた。
「ごちそうさま」
「はい、ごちそうさま」
「ママ、今日の片付けはあたしがやるわ」シズクが立ち上がる。
「今日のあなたは落ち着きがないから、今度にしてね。そうね、お風呂を沸かしてくれないかしら。
沸いたら先に入ってね。それから今日は寝る前ではなく、お風呂の前に歯を磨いた方がいいわね」
「えっ、どうして」
「それは、お風呂に入ってみればわかるわ」
シズクは少々不満そうにほおをふくらましたが、思いついたように言った。
「ママ。お風呂の後で聞きたいことがあるんだけどいいかしら」
「ええ。いいわよ」
─あなたが起きていられたらね。 と、ママは心の中で続けた。
シズクはママに言われたようにお風呂を沸かすと歯を磨いた。
それから自分の部屋に行くと本を読み始めたが、気がつくとぼうっとしていたり、
同じところを何度も読んだりしていて全然進まなかった。
そのうちママから声がかかった。
「シズク、お風呂が沸いたわよ」
「はあーい」
シズクは返事をするとお風呂に入った。
湯船に浸かっていると急に眠気が襲ってくる。
「あれ!?」
ふっと意識が遠くなる。
「きゃあ」
急に体が傾いて顔が半分湯にもぐる。
シズクは自分がどこにいるのか一瞬判らなかった。
「そうだわ。お風呂に入っていたんだわ」
シズクは湯船から出ると何とか体を洗った。少し迷ったけれど思い直してホコリっぽいであろう髪も丁寧に洗った。
溺れたくは無かったのでもう一度湯船に浸かることは止めてお風呂から出るとママのところへ行った。
ママは、リビングで雑誌を読んでいた。テーブルにはティーカップが置いてあり、微かにいい香りがしている。
「ママ、あたしもうダメ。寝るわ」
ママは雑誌から目を上げずに答える。
「はいはい。じゃあお話は明日ね」
「うん。おやすみなさい」
シズクの目をママの悪戯っぽい視線が捉えた。
「ねぇ、シズク。先に歯を磨いておいてよかったでしょ。おやすみ」
シズクは何も言い返せず自分の部屋に向かった。
ママはどうしてあんなふうに先回りできるのかしら。あたしってそんなに解りやすいのかしら…。