| ◎最高勝率3回('90,'92,'96) |
| ◎最優秀防御率3回('89,'90,'96) |
| ◎最多勝利5回('89,'90,'92,'95,'96) |
| ◎最多奪三振1回('95) |
| ◎最優秀選手1回('90) |
| ◎ベストナイン5回('89,'90,'92,'95,'96) |
| ◎最優秀投手5回('89,'90,'92,'95,'96) |
| ◎沢村賞3回('89,'95,'96) |
| ◎ゴールデングラブ賞4回('90,'92,'95,'96) |
| ◎最優秀防御率3回獲得 |
| ◎最多勝利5回獲得 |
| ◎ベストナイン5回受賞 |
| ◎11連続完投勝利 |
| ◎3年連続開幕戦完封勝利 |
| プロ野球史に必ず名を残す大エース。勝利数、勝率、防御率、どれをとっても素晴らしいの一言の尽きる。
しかし、斎藤雅の真の偉大さを表すものは最多勝に5度輝いたことと思う。勝利数、防御率などは時代を経て、野球が変わるにつれて、その数値の持つ重みが変わってしまう。先発投手の4連投、5連投が行われていた時代とローテーション制のしかれた現在で勝利数を比べるのはあまり意味がない。 99年のシーズンはケガに始まりケガに終わってしまった。軸足となる右太 股裏の痛みがいつまでも続き、シーズンを通して、全力投球がほとんどできな かった。右太股を気にせずに投げれたのは、8月11日のヤクルト戦と9月1 5日の中日戦だけではなかったか。しかも、9月15日は対ゴメスのワンポイ ントで、優勝争いの真っ只中ということもあり、右足が壊れる覚悟で投げただ けで、本当は良い状態ではなかったと思われる。 ケガが頻発するのも体力が落ちてきた証拠で、野球選手生命が危ういと、考 えることもできるが、まだ来年で35歳。35歳のときに東尾は17勝、北別 府は14勝している。斎藤雅にも同じような活躍を期待することはできるだろ う。来年も斎藤雅の笑顔と躍動感あふれるピッチングが見たい。(99年10月) 今季の成績はたった3勝(他に日本シリーズで1勝)だが、200勝への道のりが拓けたシーズンになったと思う。斎藤雅自身はもう自分は終わったピッチャーだとか、脇役に徹するだとか、いつも控えめな言葉しか残さない。この言葉を額面どおり受け取れば、200勝など遠い夢に思えてしまう。しかし、私は、斎藤雅の本心は表面に出てくる言葉とは違うところにあると確信している。その証拠は今シーズンの復活を8月まで伸ばしたところにある。ケガはその前に治っていたのになぜシーズンが終わってしまうかもしれない8月まで復活を伸ばしたのか?それは、今季活躍できなくともいい、俺にはもっと先の目標がある、と斎藤雅が思っていたからだ。私は斎藤雅がこう考え、そして実行してくれると確信している。(2001年2月) |
94年成績
95年成績
96年成績
97年成績
98年成績
99年成績 00年成績各年齢時の勝利数
19歳 | 20歳 | 21歳 | 22歳 | 23歳 | 24歳 | 25歳 | 26歳 | 27歳 | 28歳 | 29歳 | 30歳 | 31歳 | 32歳 | 33歳 | 34歳 | 35歳 | 36歳 | 37歳 | 38歳 |
|
斎藤雅 | 4 | 12 | 7 | 0 | 6 | 20 | 20 | 11 | 17 | 9 | 14 | 18 | 16 | 6 | 10 | 5 | 3 | |||
東尾 | 0 | 11 | 8 | 18 | 15 | 6 | 23 | 13 | 11 | 23 | 6 | 17 | 8 | 10 | 18 | 14 | 17 | 12 | 15 | 6 |
北別府 | 2 | 5 | 10 | 17 | 12 | 16 | 20 | 12 | 13 | 16 | 18 | 10 | 11 | 9 | 8 | 11 | 14 | 6 | 3 |