寿の新作「A-YO」を聴いて
muraoka
寿といっても大多数の人たちは知らないだろうと思うので、簡単に紹介すると、沖縄出身のギタリスト、ナーグシク・ヨシミツと広島出身のヴォーカリスト、ナビィの男女二人組ユニットだ。85年結成でもともとは多人数のロック・バンドだったこともあるという。その間、イカ天を初めとするいくつかのコンテストにも出演したこともありその名前を聞いたことのある人もいるかも知れない。
90年頃から自らのルーツ沖縄に目覚め、積極的に沖縄民謡を歌うようになった。必然的に、基地問題を初めとする様々な問題と向き合うことになり無数の反基地、政治集会などで歌ってきた。呼ばれればどこにでも行くという感じで、メジャー・デビューを果たした昨年一年間ですら、そのような細かいライブの累計は140を越えるという、まさに草の根的な活動を続けてきたバンドである。
基本的に彼らは民謡中心のアコーステックな寿と、リズム・セクションを加えたロック・バンドの二つのスタイルを明確に使い分けていて前作つまりメジャー第一弾アルバム「継いでゆくもの」が前者だとすると、今回の「A-YO」は後者、つまりバンド・サウンドを追求したものになっている。
全体を通して聴いた印象は、暖かくゆったりとした、時には余裕すら感じさせるものである。
ベースのナスノ・ミツルを中心とするサポートも完璧だ。
確かにもっと今風の音作りを期待した向きもあるだろうし僕自身も、大胆なサウンドを望んでいた。
しかしあくまでも彼らはライブ・バンドなのだし、ナマで再現出来ない音ははなから必要ないのだろう。
彼らにはライブでの定番「前を向いて歩こう、涙がこぼれてもいいじゃないか」と歌われる「前を向いて歩こう」(もちろんあの有名な歌の替え歌)がある。感動的なこのカヴァー・ソングが入っていないことに大きな不満があったのだが全編聴き終えた今、その思いはどこかへ吹き飛んでしまった。
敢えてオリジナルだけで勝負したいという彼らの気持ちはよく分かる。それぐらい個々の楽曲のクオリティは高い。
ほとんどの曲を作るナーグシク・ヨシミツは今日本で最も優れたソング・ライターではないだろうか。
シンプルかつ奥の深い歌詞に、ポップなメロディ、この人はもっと注目されていい。またギタリストとしての能力もきわめて高く、あくまでも楽曲を魅き立てることに徹しながらも時折切り込んでくる必殺のソロが存在感をあらわしている。
また今回はナビィがいくつかの曲作りに関与していて、これが意外といけている。
これは嬉しい収穫だろう。
寿の最大の魅力は言うまでもなくナビィのパワフルなヴォーカルにある。
凡庸な幾多の歌手たちとはまったく別格だ。
ただうまいだけではなく、不滅の太陽のように聴く者の心の闇を照らす。
ライブにおける彼女のパフォーマンスは驚きの一言で初めてみたときには、こんな凄い逸材がいたのかと、ため息をついたものだ。
これだけの天才でありながら、素朴で飾らない気さくな人柄は実にチャーミングで、同性に人気が高いのもうなずける。
寿の新作「A-YO」、この中に収められている曲の一つ、「忘れないよ」という印象的なナンバーでは次のように歌われる。
「ひとつの時代が終わろうとしても、僕には忘れてはならないものがあるよ」
「A-YO」にはまさに、「忘れてはならない」想いがたくさん詰まっている。