Visitor's Review

<音楽評論・音楽雑誌のあり方について>

                     山本慎也[yamashin@cc.tuat.ac.jp]
初めまして。23歳、男です。
「rockin' on people」を見てメールを書いています。

 僕は2年くらい前に、5年間講読していたロッキン・オンを買うのをやめました。 それは、増井氏退社後のパワー・ダウンを感じたのと、音楽を「批評する」ときの、 ロッキン・オンのスタイルに疑問を感じたからです。
 昔は、僕もあれこれ考えてロックを聴く人間で、自分なりにロック批評をするタイプ のリスナーでしたが、ロッキン・オンを読むのをやめたせいか、僕のロック批評のスタイルは変わりました。
 かつての僕は、自分の気に入らない音楽に対して、非常にシビアな対応をとっていました。「この音楽はこういうところがダメなんだ」という感じで。しかし、今はそんなロック批評はただのゴミでしかないと思っています。

 音楽には2種類しかなくて、それは「気に入る音楽か、気に入らない音楽か」しかないのです。だから、「これは良くない」と批評するときに、その音楽を自分は愛しているという大前提の元でないと、それはただの「自分の趣味の主張」なのです。
 今のロッキン・オンには、その音楽評論の大前提が欠けているオナニー評を、多く見ることができます。ああ、仕事で音楽を聴いて評を書いてるな、と思わせる文があります。

 何か音楽について語るとき、語るべきものは一つだけです。それは、いかに自分がその音楽を愛しているか、その音楽にどれだけの衝撃を受けたか。それ以外は、オナニー評だと思います。例えば、かつて増井氏がストーン・ローゼスを評していたとき、岩見氏がマニックスを評していたとき、それは音楽評論でした。俺はこいつらが好きだ、だから みんなも聞いてみてくれ。それが彼らの本当に言いたいことだと伝わってくるからです。それを伝えた上で、音楽シーンの中での位置づけ、ミュージシャンの実像などを紹介するのが、音楽雑誌の正しい姿だと僕は思います。

 現在僕は、まだ学生(大学院生)の身分なのですが、某雑誌で不定期的に文章を書いています。納得できる文は、未だに一つもなく、自分の文才の無さにうんざりしながらも、しかし、自分の好きなアーティストを、出来るだけ多くの人に聞いてもらいたいと願っています。
 もちろんプロになろうなどと言う気は全くないのですが、いつかはロッキン・オンにも書いてみたいな、などと思っています。

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