No.43 井上靖旧宅跡庭内の碑

所在地 静岡県田方郡天城湯ヶ島町湯ヶ島、井上靖旧宅跡庭内
建立 1995年1月
建立者 しろばんばの会
素材 白御影石
補記

小説「しろばんば」の冒頭が刻まれている。

画像 碑外観(53.1KB) ※mori_suguruさんが提供してくれました。
関連サイト

天城観光協会』 『ガイドマップ』>『湯道のマップ』に詳細な所在地が分かる地図。『文学』に情報あり。

地図 MapFan Web ロゴマーク ※上の関連サイトに詳しい場所が載っています。
碑文

しろばんば

井上靖

その頃、と言っても大正四、五年のことで、いまから四十数年前のことだが、夕方になると、決って村の子供たちは口々に“しろばんば、しろばんば”と叫びながら、家の前の街道をあっちに走ったり、こっちに走ったりしながら、夕闇のたちこめ始めた空間を綿屑でも舞っているように浮遊している白い小さい生きものを追いかけて遊んだ。


しろばんばの碑に題す

大岡信

井上靖は文壇の巨匠と仰がれながらも、一方では満天の星のもと、ただ一人宇宙と対座することに至上の喜びを見出す、魂の永遠のさすらい人だった。彼の謙虚でしかも限りなく勤勉な精神が生んだ業績は巨大だったが、その仕事の根源には、世間的な意味での栄達とは全く無縁な心、わが好むところを好むがままに追求して飽くことを知らぬ、自由で孤独な夢想家の心が住んでいた、井上靖の中には朴訥な自然児が終生息づいていたのである。この自然児を揺籃期にはぐくんだのは、伊豆湯ヶ島の知にほかならない。

「しろばんば」には、そのような心がどのようにして誕生し、成長していったかを語る自伝小説である。井上靖の生涯と業績を思うとき、おぬい婆さんと洪作少年がこの地で営んでいた一風変った生活が、いかに重要な意味を持っていたかを思い見ずにはいられない。洪作は遊び仲間と同じ腕白少年だが、同時に沈着な内省家である。彼は幾重にも閉ざされている自分の生活圏から、徐々に外界へ向けて自我をおしひろげ、大地を踏みしめて歩みはじめる。大正時代の伊豆の小村で湯ヶ島一少年が営んでいた、つましくも夢多き幼少年期の生活が、ひろく豊かな生活との接触の一歩一歩だったのをみることは、この小説の読者に、ある爽快で暖い読後感と、そして励ましとを与えるであろう。

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