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私が最初に手にしたカメラはヤシカエレクトロ35Gとい うカメラで私が高校2年生の頃親に買ってもらいました。 撮影の対象は家族や何気ない風景それに星の写真など撮っ ていた記憶があります。カラーはフイルムも現像も高かっ たので白黒写真が多かったですね。たまにカラーで撮ると とてもきれいに写りました、でも数年経つと青紫に色褪せ ていきました。これはカメラが悪いのではなく当時の印刷 技術のためだったのでしょうか。 高校時代のクラブは物理部天文班に所属しました。一年生 の活動は主に昼休みの太陽黒点観測でした。当時黒点の発 生が多く太陽の活動が活発だったことを思い出します。 たまに夜の観測もありましたが写真撮影はしませんでした。 家では春の夕方カメラを持って山に登り竜骨座αのカノー プスを狙って南の空を写しました。フィルムはリバーサル フィルムコダックハイスピードエクタクローム(スライド用 ASA160)を使いました。何回か山に登って撮れたのは1度か 2度くらいでした。山を下りる頃はもう真っ暗でした。
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社会に出て会社に入って2年目頃時々会社に来る大塚商会 さんからペンタックスSP-2を購入しました。それをきっか けに標準レンズのほかに200ミリ、300ミリさらにボディを と沼にハマっていきました。1年過ぎたころ、スクリュー マウント(M42マウント)より良いマウントのカメラがキャ ノンから出たという話があり、キャノンに替えてしまいま した。それはキャノンF-1というカメラでした。当時ボディ が10万円していました。因みに月給は4万円前後でした。 その後アサヒペンタックスSP-2とレンズは会社の人たちに 安く譲り渡し、それを元手に新たにもう一台キャノンF-1ボ ディを購入しさらにキャノンFTbボディを2台購入しました。 2台目のF-1は購入して早々の正月帰郷した際夜三脚に乗せ て星座を撮っている時強い西風が吹き三脚もろとも溝に倒れ ボディが水につかりアウトとなりました、幸い付けていた 35ミリレンズだけは何とか無事でした。
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その後、勤めも転勤を繰り返し、カメラは会社の行事や 友人との記録、さらには家族の記録等日々の記録に利用 され、空に向けたり、花に向けたりすることも少なくな って行きました。その後FTb2台は会社の同僚に譲り。 今は会社も退職し残ったカメラはF-1ボディとレンズは 35o、135oのみとなりました。現在はフィルムカメラの 時代も去りディジタルカメラの時代となりました。今で もフイルムで撮る方もおられますが、F-1用の水銀電池 (MR9HD1.35V)が発売中止となり、シャッタは切れる のですが露出測光が不可となり、私のF-1とFDレンズも 長い眠りにつきつつあります。このまま永遠に眠ってし まうのか。
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と、あきらめていた時、救いの手がさしのべられました。 会社もやめたしこれから又写真でもと思いディジタルカ メラSONYα7を購入し暫くの間付属レンズで撮っていまし た、付属レンズ(28o-70oズーム)は今一つでしたので、 ほかのレンズをと思いましたがEマウントフルサイズ用 レンズは種類が少なく高価でした、そんな折り、YouTube を見ていたらオールドレンズとマウントアダプターの動 画がありました、最初は何気なく見ていましたが、よく よく見ると私のことだと思いました。α7はミラーレスカ メラで通常のディジタル一眼より薄型軽量に出来ていて薄 い分マウントアダプターを介して他社のレンズ(オールド レンズ)が接続出来るということです。早速FDレンズ−E マウント用のマウントアダプターをアマゾンより購入しα7 に35mmFDレンズを接続し写真を撮ったところ問題な く写りました。ただしマニュアルフォーカス及びマニュア ル絞りで、フォーカスと絞りはレンズで操作します。絞 り優先の場合ISOを設定しておけばシャッタースピー ドはカメラで選択してくれます、又シャッター優先の場 合はシャッタースピードを設定し、ISOオートにして おけばISOをカメラが設定してくれます。
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です。FL50oとFD200oはジャンク品で合計2,600円程で購入しました、多少汚れがあり
ましたがレンズに傷もなく撮影には何の問題もありませんただ金属部分が多いので多少
重さを感じます。実際の写りは写真を見ていただければお分かりになると思います。
それから、F-1本体の方もサイズ互換アルカリ電池1.5Vが使えそうなのでAmazonに注文
をかけています。ということでこれからフイルム撮影もしようと思います。
そうそう、来年は釣りの方も復活したいと思います。因みに釣の写真はコンデジで撮っ
ています。