| 2005.5.23現在 |
| 体験談の掲載数 10件 |
| deta1 | WATAMI さん 33歳 筋層内筋腫 |
| deta2 | まっちゃん 33才(手術時:31才) 漿膜下筋腫1個、筋層内筋腫2個 手術の7ヶ月後妊娠・出産 |
| deta3 | miki さん 31歳 筋層内筋腫 |
| deta4 | との さん 29歳 子宮筋腫(筋層内)および卵巣嚢腫 |
| deta5 | kako さん 37歳 漿膜下筋腫(外側) |
| deta6 | ムームー さん 31歳 漿膜下筋腫(外側) 手術以前に筋腫を持ったまま妊娠・出産 |
| deta7 | みーよ さん 30歳 粘膜下筋腫(内側) |
| deta8 |
びわ子さん 32歳 漿膜下筋腫 筋腫ができたおかげで、子どもをつくる決心ができた体験です |
| deta9 |
大西 ヒロ宮 さん 42歳 子宮頸がん0期レベルVb 手術ではなくヒーリングによる治療体験 |
| deta10 |
大西 ヒロ宮 さん 42歳 ヒーリング治療のその後の経過です |
| |
「ガン検査の結果」 | 大西 ヒロ宮 さんqqzt9329k@violin.ocn.ne.jp 42歳 |
| 2005年 1月18日 ガン検診を受けに行って来ました。 子宮口の写真を撮り、細胞・組織を採取しました。 子宮口は2年前の発見時よりもだいぶ赤みも爛れも少なくなっており、素人の私でも改善されているということは一目でわかりました。 「少しづつではあるが良い方に向かっている」嬉しさと恐怖心が多少薄らいだ安堵感で家路につきました。 2月15日 前回受けた検査結果を聞きに行く。 組織からはなにも検出されなかったのですが、細胞がレベルWでした。 「ちょっと心配だね、もう一度細胞を採取しよう。」ということで細胞を採り再度検査に出しました。 3月 4日 再度受けた細胞の検査結果を聞きに行く。 レベルV 「多少改善されているのでこのまま様子をみていきましょう・・・、でもね無くなることはないからね!・・・、切りたい訳ではないけれど・・・。」と主治医の先生 4月15日 再度子宮口の写真を撮る。 目で見る限りでは3ヶ月前より更に改善されており組織を採取するまでもなく、細胞だけを採りました。この日はインターンの方がおり、「この方はどういう病状なのですか?」との問いに 先生は「医学的な治療はなにもしていないのだけれど、だんだん良くなってきているんだよな。」と説明されていたのにはビックリ!無くならないとは言っていても結果(数値)は改善されているので・・・。 5月13日 前回受けた細胞の検査結果を聞きに行く。 レベルVa ガンなのか良性なのか、白黒つかないレベル。先生は相変わらず「絶対に消えることはないから・・・!、あなたの場合は組織を採った時に取っちゃって無くなってきたんだろうね。でも消えないよ!」とのこと。「無くなったわけではないからまた3ヶ月後に検査しましょう。」ということで、次回は 8月 5日です。 切ってしまえば、ガン及び精神的苦痛からは開放されることでしょう。でも私はこの授かった肉体には不必要なものはない!と考えます。 切らずに良くなるものならそうしたいですし、そうなりたいとアイディールヒーリングを選択しています。 平成17年5月19日 大西 ヒロ宮 |
||
| |
「筋腫のおかげで」 | びわ子 さん 32歳 漿膜下筋腫 |
| 私は2003年10月に31歳で結婚しました。筋腫が発見されたのは2004年4月の子宮ガン検診のときでした。検診は結婚前の2003年に別のクリニックで受けたことがあり2回目だったので、今回も検査だけですんなり終わるだろうと思っていたところ、「筋腫がありますね。知ってました?」とさらりと医師に告げられました。頭の中が真っ白になりましたが、必死に冷静さをよそおいクリニックを後にしました。それまでまったく自覚症状がなかったので、予想もつかない出来事に頭が真っ白になり、泣きながら夫に事実を告げました。 その後友人の紹介で別の病院に精検を受けに行くことになりました。友人の知り合いの先生であり、また友人のお母さんもその先生に筋腫の手術をしてもらっていることもあったので安心でした。先生の診断では、大きいところで9センチくらいのものと、その他小さいのがいくつかあり、私の場合は妊娠・出産の妨げになる場所にあるので、妊娠を希望するなら手術をすすめるとのことでした。 私たち夫婦はそれまで、事情で子どもは数年先まで作らないつもりでいましたが、この出来事により、年齢も年齢なので手術を受けて、なるべく早く子どもを作ろうということを話し合いました。自覚症状にも悩まされていませんでしたので、手術は急ぐ必要はありませんでしたが、できるだけ早く受けようと決めました。筋腫ができたおかげで、子どもをつくる決心ができたのです。 手術は仕事との兼ね合いで12月15日に受けました。開腹手術で、摘出されたのは最大の10センチ、260gのものを含めて、計270g、7つの筋腫でした。手術については、筋腫に関するいろいろなホームページの体験談を読ませてもらっていて、あれもこれも不安だらけだったのですが、いろんな処置や苦痛も予想以上につらくはありませんでした。一番つらかったのは手術をした日の晩だけで(あのつらさは今まで味わったことのない痛みやしんどさでした)手術から 17時間後(手術の翌日)には歩いていました。手術の翌日にはトイレ、お茶くみ、食器返却にと、歩いていました。つながっていたたくさんの管がとれていくのや、動けるのがうれしくて、その後のお腹の痛みは最初の晩の痛みに比べたら、全然たえられるものでした。また麻酔の副作用の吐き気はまったくなく、頭痛もつらいうちには入りませんでした。同じ病室の方たちは貧血や副作用がひどく、あまり起き上がれないようで、「私はこんなに元気なのに、ベッドで寝ているのが申し訳ない」なんて思い始めた頃に、先生に「元気そうですね、退院しますか?」と突然言われました。予定よりも早く、12月14日に入院して、22日に退院してきました。退院後も特に制限なし、つまり、飲酒も入浴も、なんでも普通どおりにしていいということでした。 そんなふうに元気で退院してきたのですが、病室から出てたとたん考えが一変しました。病院のエレベーターを降りるときにはすでに、世の中のペースの速さに驚かされていました。エレベーターが早くて怖いと感じたのです。病院の外に出て人とすれ違うときも、自分がゆっくりゆっくりしか動けないので戸惑いました。病棟内と外の世界ではテンポが違いすぎました。 今は退院して数日立ちますが、今は少しずつ散歩の距離を増やして体力回復に努めています。傷も痛みませんし、買い物で多少の荷物は持てます。胃腸の調子だけはまだまだのようですが何とか対処しています。 妊娠・出産に関しては、3か月は避妊するようにということと、今回できた筋腫は内膜から遠いものばかりだったので、出産も帝王切開でなく、通常の分娩が可能だとのことでした。 手術前は、筋腫や手術のことばかり考えていたのが、今の関心事は妊娠・出産になっているのは、不思議な感じです。あれだけ悩んでいたのに、あっけなかったです。これから手術を受けられる方も、今は思い悩まれていても、私のように、最後には「たいしたことなかった。手術を受けてよかった」と思われる結果になるといいですね。 |
||
| 「妊娠と同時に子宮がんが発見されて」 |
大西 ヒロ宮 さんqqzt9329k@violin.ocn.ne.jp |
|
| 2003年2月 第二子を妊娠したときに子宮入口付近にガンが発見されました。 「えー、何?、ガン、この私が?」妊娠を確かめるために、病院に行った2回目の診察時の時のことでした。 本来であれば「妊娠7週目ですね。おめでとうございます。」という言葉を聞けると思っていた私には「可哀相だけど、ガンの可能性が高いです。早めに子宮口付近の細胞を採取して詳しい検査をしましょう。結果によっては、今回の妊娠は諦めざるを得なくなる可能性もあります」と言われ、精密検査のための細胞を採取されました。 診察が終わり、知らせを待っていた主人に「妊娠はしているんだけど、他に問題が見つかって・・・、帰ってきてから話すね!」と言って家路につきました。 夜、主人に「ガンの可能性が高いこと。精密検査の結果によっては、下ろさざるを得ないこと。」を話しました。 主人は、私の身体を最優先で考えることを主張しましたが、高齢での妊娠でもあり、このチャンスを逃したら二度と子供を授かる可能性が低いことから、手術を受けることなく、母子共に健康で出産させて頂けることが出来ないか?と悩みました。 その時、以前薬を使わずにアトピーがよくなった「entranceアカサカ」なら何とかなるのではないか?と相談してみることにした。 実は7年前、第一子が産まれてから4年後に、私はそれまで飲んでいた鼻炎薬・頭痛薬・漢方薬等の薬の副作用からムーンフェイスになり、身体中の毛穴から膿が噴出すアトピーになりました。 そんな時「薬も何も使わずに良くなるところがあるけど」と「entranceアカサカ」を教えて頂いたんです。 目に見えないものなので最初は何がなんだか判らなかったのですが、「何でもいいからこのアトピーが良くなるんだったら」と、ご指導のもとアイディールヒーリングを週に1回づつ受け続けていたら、アトピーはすっかり良くなり、いつの間にか、頭痛・首の詰まり・肩こり・背中の痛み・腰痛・生理痛・十年来悩んでいた鼻炎までもが解消されたんです。 早速、「entranceアカサカ」にてカウンセリングを受け、週2回オリジナルヒーリングと毎日遠隔アイディールヒーリングを受けるようご指導して頂き、実行し続けました。 2003年3月14日 3回目の診察の際、主人にも一緒に病院に行ってもらい、精密検査の結果を聞きました。 医師から「子宮入口付近に0期の上皮内ガン、レベルVbがあります。子宮内部の状態を調べるため子宮口の円錐切除の手術をします」と、とんとんとんと決められてしまった。 「入院は1週間くらい。この手術をするだけでも流産の可能性もあります。また子宮内部の状態によっては・・・」と悪い状況を次々と並べられ、手術の日程も決められた。 私達は、何をどうすれば良いのか判らず、ただ医師の言葉を聞くだけしかできなかった。 翌週、手術前検査を受けるため病院に行った際、「entranceアカサカ」にて受けているヒーリング効果も確認する意味で、再度検査をお願いしたのですが、何度も検査をすると流産する可能性が高くなるということと、例え検査をして結果が改善されていたとしても悪いほうの結果を重視するので、手術を受けるよう促され、それでも再三お願いすると、他の病院をと紹介されました。 2003年4月 紹介状を持って他院に行き、再度精密検査をした結果、前回のレベルVbだったのがVに改善されており、『毎月定期検査をしていきながら出産に向かいましょう。但し、途中で悪くなったら手術するんですよ』との一言もありました。 これでやっと出産できることになり、母子手帳を交付してもらい、お腹の赤ちゃんの状態をエコーで診察してもらったら、今度は『胎児の首に「こぶ」があり、ダウン症の疑いがある』と言われました。 母体の血液検査で、ある程度の確率が判るクアトロテストの結果、ダウン症の確率が1/52で20週までなら中絶可能であることを告げられました。 一難去って(去ったわけではないのですが)また一難、 ガンが発見され、そのために妊娠継続が可能か?否か?、また検査で流産の可能性もあると、その都度ビクビクしながら検査結果を聞いていましたが、まさか胎児自体にも・・・、頭の中が真っ白になり、何で!何で!という思いで一杯になりました。 所詮無理なことだったのか?奇跡は起こらないのか? でも私は、『何としても産みたい、産むからには健康体で産まれてほしい』と願い、再度entranceアカサカにてカウンセリングを受け、お腹の胎児にもオリジナルヒーリングを週1回以上受けるようにご指導して頂き、以降、出産まで母子共々ヒーリングを受け続けました。 主人は、ヒーリングを受けながら、何とか妊娠を継続できるようになったけど、ダウン症の子供と判っているのなら、産んでほしくない、ここまでやってきたけど、諦めるしかないのか?と思ったそうです。 しかし、私の熱意とentranceアカサカから「やるべきことをやれば、必ず良い結果が出ます!」と言われ、半信半疑でしたが、最後には「どういう子供が産まれても面倒みるから、やるだけのことはやってみよう!」と後押ししてくれました。 ダウン症検査の一つである羊水検査も勧められましたが、『産むと決めたのだから知る必要もない』と判断し、クアトロテスト以上の検査はしませんでした。 毎月のガン検査もV~Vbを維持でき、更に胎児の首にあった「こぶ」もその後のエコーでは確認できなくなっていました。 2003年9月30日 帝王切開でしたが、出産の日を何とか迎えることができました。 主治医の先生も「やっとここまで来れたね。妊娠していたからもったのかもね。とにかくおめでとう。」と言ってくれました。 しかし、産まれるまではどういう赤ちゃんか判らないので、ここまで来れて良かったと同時に、不安な面も一杯でしたが、産まれた赤ちゃんを見る限りではダウン症の症状はありませんでした。ほっと胸をなでおろした瞬間です。 出産の際、児の臍帯血を採取し、染色体検査も受けましたが、結果は「ノーマル、異常なし」でした。 本当に奇跡です。 どちらもヒーリングによって成し得た結果です。 出産後、少し気が緩んでしまいヒーリングを受ける回数が少なくなり、出産から2ヶ月後の12月のガン検査では0期の上皮内ガン、レベルWになっており、これではいけないと また週1回のオリジナルヒーリングを受けるようになりました。 2004年1月のガン検査結果は、多少改善されていましたがレベルVだったため、4月22日に円錐切除の手術を受けることを、一旦決めました。 が、3月下旬、東京のヒーリングサロンにて私と同じ子宮頸ガンのレベルVの方のガンが消えたという奇跡の話を聞き、私もできることなら手術をすることなくガンをなくしたい、消したいと願い、主治医にはヒーリングでガンが消えた話をし、手術をキャンセルしました。 先生は「私も勉強不足でヒーリングのことを知りませんが、本人がそうしたいのだったら仕方ありませんね。でも何かあったら直ぐに病院に来るんですよ。」と言って一応は承諾してくれました。が本心は・・・。 以降、オリジナルヒーリングとアイディールヒーリングを受けながら、病院で定期的に検診を受け、必要とあらば医学的治療を受け入れつつ前に進んで行こう。とは思っていたのですが、私も主治医の先生に大見栄をきった手前、非常に行きづらく、それにヒーリングを受けているのだから病院なんて行かなくても・・と正直言って逃げている日々が続いていました。 最後に検査を受けてから半年が経過した8月下旬、entranceアカサカに行った際に病院に行って検査を受けるよう勧められ、また主人も「行きづらいのは判るけど、恥だ外聞だの言ってないで、自分の命が一番大事なのだから、それに、いままで、やるべきことは全てやってきたのだから、それを信じて!。但し今回は検査結果を素直に受け入れ、手術が必要なら受けることを考えてよ。早く悪い所をリセットしゼロにして、心配ごとをなくした上で、明るい家庭を築いていこう。そのためにも病院へ行って来て!」と説得され、私自身もいつまでも逃げていられないと観念し、9月14日にガン検査を受けに行くことを決めました。 外来で半日待ち、ガン検査を受けましたが、主治医の先生も看護婦さんも「今更何しに来たの?」という感じでした。 何とかその日は検査を受け、1ヵ月後の検査結果を待ちました。 10月19日検査結果は、なんとレベルがVからTに改善されていました。 主治医の先生は、「あれ?中に入っちゃったのかな? まあ、消えることはないから、また3ヵ月後に検査しましょう! でも、良かったね!!」と言ってくれました。 診察室を出て、私は心の中で何度も何度も「やったアー、やったアー、良かった!!。嬉しい!」を叫びました。 当然、主人にもentranceアカサカにも直ぐに伝えました。 ヒーリングによってレベルが改善され、今回は手術をしなくても良くなりました。 例え、検査のための手術であろうと、しなくてすむのであればそれに越したことはありません。 まだ、完全にガンが消えたわけではないので安心は禁物ですが、今までやってきた結果が良い方向に向いているので、これからもヒーリングを受け続け、ガンを完全に無くしたい!、消したい!。 それが私の願いです。 最後にヒーリング 「Healing」とは、英語で『癒す・治す・取り除く』 という意味があります。 何かを飲むわけでも、食べるわけでも、塗ったり・張ったりするわけでもありません。 だから副作用もないんです。 私と同じような悩みを持つ方々に、希望の光が射し込むことを願っています。 |
||
| deta1 | 「今では懐かしく思い出される手術」 | WATAMI さん 33歳 筋層内筋腫 |
そもそも私は自分のお腹がヘンだな〜って思い始めたのが、平成10年秋。会社の産業医がそのころ2週間に1回来られるのを待って、医務室に相談に行きました。 でも、そんな子宮筋腫の話は何もなく、「痛くなければ大丈夫ですよ」って。私もそれ以上は何も言えなくて、納得しました。 でもでも、やっぱりお腹を触るとなんか固いものがあるのがわかるんです。それでやっと婦人科に行く決心をしたのが、翌年平成11年6月のことでした。私は独身なんで、婦人科で内診を受けることにはやっぱり勇気がいりましたねぇ〜。 女医さんがいる病院を選んで、診察を受けました。診断は「子宮筋腫」でした。 手術をするかどうかいますぐ決めなくてもいいけど、3ヵ月毎に定期検診を受けてくださいって言われました。 仕事のこともあったし、休業するには1ヶ月は必要。かなり悩んで、3ヶ月過ぎてしまったけど、10月にまた診察に行きました。大きくなってますねー、なんて言われると、このままじゃーいかんって思いましたねー、さすがに。 それから、年末年始にひっかけて休めば、会社を休むのも半分で済むし、よーし!って決心して、手術をする意思を伝えました。私の通院してた産婦人科院は、個人病院でしたので、近くの総合病院でMRI検査。その結果を持って、また通院先へ舞い戻り、先生とお話。 子宮は残せるとのことなので、出血が心配。ここでは万が一に備えの処理ができるかどうか・・・ということで、今度は国病へ紹介状を書いてもらって行きました。 平成11年10月26日、初めて国病産婦人科へ足を踏み入れました。 ここには、産婦人科の先生が3人いらっしゃいます。私の担当は「伊藤先生」という先生。 あたりがよかったのでしょうか、私はこの先生にずいぶんと励まされて、治療することになりました。診察も丁寧だし、説明もきちんとわかりやすくしてくださったり、ほんとに親身になってくれました。 結婚の予定がいまのところなければ、筋腫が小さくなるかもしれないんでホルモン療法??注射を半年間6回打って様子を見るんだそうです。注射の大嫌いな私はほんとに苦痛でした。 3月、その伊藤先生も転勤されて、違う先生になりましたが、それでも手術に向けてがんばるしかありません。4月始めに、いよいよ手術の日を決めましょうってことで、先生から「GWを満喫して、そのあと病院で過ごす方がいいですか?それとも、GWを病院で過ごすほうがいいですか?」って、聞かれました。 やはり仕事のことが気になってたんで、私は、後者を選ぶことにしました。それからは、血液検査や、心電図、あと病検査とかいろいろ・・・手術では出血があるだろうからと自己血貯血をしました。他人の血よりも自分の血を使った方がいいでしょうって。 余れば、体に返せばいいし・・ってことでしたが、実際には、足りなくて、どなた様かの血をお借りしました。 どんどん日が迫ってきて、買い物をしたり慌ただしい日が続きました。とてもとても不安な中、まずkujiraさん(かとうひろのさん)のHPを見つけました。そこから、あちるさんのHPにたどり着いて・・・。本当に励まされました。ありがとうございました。 特に、入院中の写真を見させていただいたことで、ずいぶん気持ちが違いましたね。そうそう、クッションを持っていきましたよ。足を高くして、傷口に負担を与えないようにと。これはよかったですよ。 平成12年4月24日に入院し、26日に手術しました。 改めて読んでみると・・・こんなことがあったんだーって、今では懐かしく思い出されますね。 5月10日に無事退院しました。退院後、術後の経過 退院後、月に一回の通院を命じらまして、2回目の健診の時にリザベンを飲みますか?って聞かれました。この薬は、ケロイド状の術後の傷なんかを和らげる、早期に治してくれる薬だそうで、最初に言いましたけど、私はまだ独身。少しでも傷口が薄くなったほうがいいな〜ってことで、飲むことにしました。一年のみ続けました。 先生から、傷が落ち着いてきましたねって言われて、やっとおさらば。うれしかったですね。 お腹の中の筋腫は全部で4個、取り出されましたが、まだとても小さな柔らかいものが残ってるそうです。 これが大きくなる前に、子供を産んだほうがいいですねって言われましたが、これが・・なかなか・・・(^_^;) あちるさんも掲示板の中で言ってましたが、おヘソの右横あたりがちくちく痛むとか。私も疲れたり、同じ姿勢でいたりすると、痛くなることがあるんです。先生にも言ったことがあるんですが、そこは、いらってませんよ(訳:触ってませんよ)って、言われたんで、それ以上はこっちも言わなかったんです。 今でもたまに痛むんですが、大丈夫でしょうか??? とても長くなってしまいましたね。 ごめんなさい。 少しはお役に立てるかなぁ。 これからも、悩める乙女たちに勇気と希望を与える素敵なサイトを作っていってくださいね。 応援しています。 |
||
| deta2 | 「手術後7ケ月後、念願の妊娠が判明」 | まっちゃん 33才(手術時:31才) 漿膜下筋腫1個、筋層内筋腫2個 |
結婚半年後、「不妊症では?」と思いとある有名病院に行きました。 「以前、子宮筋腫と言われた事は?」と医師に言われ、「1年前に別の病院で見てもらった時は何も言われませんでした」と答えました。 医師より「4cmの大きさが1個。2cmが2個。計3個あります」と画像を見ながら説明を受けました。 医師より筋腫による妊娠&妊娠中&出産へのいろいろな問題・障害についての説明を受け、「半年様子を見て、妊娠しなければ筋腫核摘出手術をしましょう」とあっさり言われその日に手術日の予約日までして自宅に帰りました。 帰宅中で、やっと事の内容が判り暫く自分自身の中で泣いてました。これっと言った症状もなかったのでまさか自分が子宮筋腫?1〜2ケ月間は暗い気持ちの中いろんな情報収集に走りました。 あえて自覚症状かな?と言えば、排卵日と思われる前日より下腹部が何とも言えない張と痛みがどんどん強くなってピーク時には、歩く振動で痛みが全身に走る為、下腹部を抑えてゆっくりとか歩けない状況になります。一瞬生つばを飲み込む痛みが全身に走った瞬間、出血(おりものシートでは足りない量)があり、それと同時に痛みが消えると言った状況でした。これが筋腫と関係があったのかは医師も?? 手術予定日がどんどん近くなっても妊娠の気配がなく、私自身どんどんあせり手術するべきか・辞めるべきか決心がなかなかつかず、手術2ケ月前の病院へ。 運良く通っていた病院の医院長に見て頂いた時「筋腫があるんだね。取った方が妊娠の可能性も高くなるし流産・早産などの心配が少ないよ。」 この一言で、「経験豊富なDrが言ってるくらいだから手術しよう。もしこのままで子供が出来なかったらあの時手術すればよかったと後悔するかもしれない。時間&自分の年齢はどんどん過ぎていく。」とやっと決心できました。 生まれて初めての入院&手術。 お互いの両親へは手術に関しては内緒でしたので当日主人が休暇を取って一日付き添ってくれました。 手術は1時間程度で終わり。(手術中主人は御気楽に近くのフォミレスでビールと昼食を取ってたそうでう) 入院も1週間で退院しました。自宅で1ケ月ほど静養(ほとんど家の中)傷口も2ケ月過ぎた頃より痛みもなくなり、傷跡も綺麗になりました。(不妊治療専門病院でしたのでその後の癒着等フォローもしっかりしてくれましたの心配もありませんでした) その後は普通の生活にもどり、以前の排卵時の痛みもなくなりました。 手術後7ケ月後。念願の妊娠が判明しました。妊娠5ケ月目で臍帯に異常がある事が判明。医師より、「胎児の成長不順・心臓異常などが今後出てくるかもしれない。」「状況によって早く外に出して保育器で育てます」と言われましたが、無事妊娠39週目で3052g:元気な女の子を出産しました。 心配した心臓の異常もなく、生後7ケ月になりますが風邪ひとつひかず毎日毎日元気一杯です。 仮に筋腫と取らないで妊娠したとして、この子が無事に生まれてきたどうかは判りません。もしかしたら、流産・早産・成長不順で保育器生活などがあったかもしれません。そのような事を考えると、「あの時、手術をして良かった」と主人といつも話してます。 もし、手術するか迷っている方何もしないで後悔するより手術をしてみては如何でしょうか? |
||
| deta3 | 「元気な赤ちゃんがほしい!」 |
miki さん 31歳 筋層内筋腫 |
| 私の子宮筋腫が見つかったのは、妊娠してからです。 それまでは会社の健康診断でもなにも問題なく、「自分は健康なんだ」と安心しきっていたので妊娠してからはじめて産婦人科に行ったのです。 自覚症状もなかったのですが、エコーで赤ちゃんの横に子宮筋腫があることがわかりとてもびっくりしました。そのときの筋腫の大きさは直径6センチほどでした。 妊娠中は子宮筋腫の手術はできないと言われ、2週間に1度検診して経過観察する事になりました。 その後17週でおなかが痛くなり、病院に行って先生の触診直後に破水→流産となりました。2001年12月でした。このとき筋腫は約8センチほど。 家族も子供のことを楽しみにしていてくれたので皆が悲しんでいる様子を見るのが、とてもつらかったです。もしもまた妊娠しても、このままにしておいたら、またこうなるかもしれない。一刻も早く筋腫を取らないと!と、そのとき強く思いました。 2002年2月、MRIを撮ったところ、筋腫は直径約9センチ、筋層内筋腫であることがわかりました。2002年4月4日、腹腔鏡下筋腫核出術を受けました。手術の時間は約2時間半ほどで終わったようです。 腹腔鏡の手術だと、傷が小さくて済むので、その後の回復が早いです。痛みもあまり感じず、術後2日目には自力で歩けました。私は7日間の入院でしたが、退院日には映画を見て帰って、ビックリされちゃいました(^^;) 私としては、いま31歳なので、今後はやく次の赤ちゃんが欲しいなあと思っていますが、医師から妊娠は1年待つように言われています。手術後、ダメ押しのような感じでホルモン療法→スプレキュア(点鼻薬)を6ヶ月する予定です。 こんどこそ元気な赤ちゃんを生むために、あせらずに行こうと思います。 |
||
| deta4 | 「手術なんてへっちゃら」 |
との さん 29歳 子宮筋腫(筋層内) および卵巣嚢腫 |
初めまして、とのと申します。 2001年11月に筋層内筋腫の核出手術を受けました。 2000年の1月に別件で婦人科を受診したら、「直径5センチくらいの筋腫がある」と先生に言われました。 婚約したばっかりだったので、母親共々”アタマ真っ白状態”になってしまいましたが、幸い、ダンナが理解のある人だったので、治療に専念することができました。 最初に筋腫があると言われた病院で半年間、スプレキュアを投与。お約束の更年期障害がバンバン出ましたが、なんとか乗りきることができました。(生理が無いので、結婚式(私の)は楽でした〜) でも投与終了後、生理が再開したら以前と同じ状態に。結局、鎮痛剤が手放せない・・・。 そこの病院では手術設備がないと言われていたので、”どうしようかなぁ”とウダウダ悩んでいたら、ある日突然、もっのすごい腹痛!今まで経験したことのない痛みに、”コレは本で読んだことのある筋腫の痛みに違いない!”と思い、救急車で近所の大学病院へ。 ”ついに手術かぁ?!”と、痛みに悶えながらも内心ウキウキしていたのですが、診断結果は・・・”強力な便秘”。そのまま、帰宅することに。(婦人科で検査したほうがいいよ、とは言われましたが)でもこの救急車騒動は、気になっていたお目当ての病院に気がねなく”転院”できたので結果はどうあれ、自分の中では満足でありました。 大学病院で何度目かの検査のときに、「手術をしてくれ」と先生に言いました。その時点で直径は8センチ強位になっていたし、生理痛もハンパじゃなくなってきたし、頻尿の度合いも増してきたし、ダンナや母親と相談して”やってしまおう”と結論が出たし、先生もやったほうがいいようなことを言ってたし、で自分から言っちゃいました。 それから手術用の検査をしたら、最終的には直径10センチ位になっていました。その筋腫は子宮の前の壁にあったのですが、後ろの壁にもあることが判明。開いてみて見つけられた筋腫は全て取ってしまおう、それと卵巣嚢腫も6センチくらいになってるというので、できる限り卵巣を残すようにはするけど、取りましょうということに。 いざ手術!!全くと言っていいほど怖くはなく、むしろ、”どうなるんだろう?”とわくわくする度合いのほうが大きかったです。 胸から下の部分麻酔をされている時先生に、「眠っていたい?」と聞かれ、「起きてます!!」と元気よく答えたくらい。だってぇ〜、自分の体に何されるのか全部知りたかったから〜。 切られている最中でも看護婦さんに「ねぇ、今何やってるの?」とベラベラおしゃべりしてしまいました。でもその時、腹の方からケムリとコゲ臭いニオイが・・・! そのうちに麻酔のせいで(?)吐き気をもよおしてきて、「気持ちわるい、気持ちわる〜い」って暴れたら(もちろん首だけで)眠らされてしまいました。そうとうウルさかったみたいです。私は手術が終わるまで起きているつもりだったんですけどねぇ。 結局、手術時間約2時間、出血量200t、大小合わせて4個の筋腫、筋腫の総重量485g、片方の卵巣は残念ながら丸ごと切除、で無事手術は終わりました。 手術前、ダンナに「説明されるときに、とれたてほやほやの筋腫の写真を撮っておいて〜」とお願いしておいたのですが、先生に断られてしまったみたいです。(何でだ??)ちなみに私の母は、直に触ったようです。 術後も硬膜外麻酔のおかげで痛みを感じることなく、6日目には退院できました。(トータル入院日数は8日間)尚、退院時に先生にお願いして筋腫の写真は頂けました。 今現在、再発防止にとゾラデックスを投与中です。 スプレキュアよりも強力な更年期障害に、苦しんでおります。でもコレも、”赤ちゃんのため、赤ちゃんのため”と思うと不思議と耐えられるものですね。 これからまた何かあるかもしれないしどうなるかもわかりませんが、赤ちゃんを無事に出産できるまで、ひとつひとつ問題を解決していこうと思います。 また、手術を受けようか悩んでいた頃に、あちるさんのHPをみてと〜っても参考になりました。ありがとうございました。 [ゾラデックスについて] 最初に説明を受けたときに、「スプレキュアのもうちょっと強いやつ」と言われました。 4週に一回おなかに注射するのですが、針先の直径がシャープペンの先っちょくらいある注射器を刺すので、もっのすご〜く痛いです。3回目くらいのときに刺したところが太い血管だったらしく、出血が止まらなくなって処置室に長居した、なんてこともありました。 おまけに値段が高い!一回行くと12,000円は必要です。(私は、3割負担) あと、”強い薬”と脅されたので、副作用がかなり気になりました。 スプレキュアを投与していたときに、肩コリとだるさがどうしようもなかったので不安で不安で・・・。 で、思い切って先生に「薬の説明書をくれっ!」と言ったら、くれました。言ってみるもんです。(口頭で言われるより文章になってるほうがやっぱりいいと思ったので)そこには副作用がつらつらと書いてあるのですが、そのほとんどがあてはまりました。この薬の使用は6ヶ月がワンセットとあります。私はあと一回です。 p.s. 薬の説明書を読んで今ごろ気づいたのですが、この薬は固形のようです。(直径1.2mmとあります) どうりで痛いし、針がぶっといわけです。 |
||
| deta5 | 「手術を終えて。」 |
kako さん 37歳 漿膜下筋腫(外側) |
病院との深いお付き合いはこれが初めて。昨年、家族の入院に付き添ったくらい。 だから、手術に対してものすごく不安があった。 妊娠は1度もしたことないが、生理痛や月経過多など、筋腫特有の症状はまったくなかったので、できれば手術はしたくなかった。 血液検査やMRIなどをやって、「たぶん悪性ではないと思うが、100%悪性でないと言い切るのには組織検査をしないとわからない。」 と、Drに言われ、夫に 「はっきりさせるために切ったほうがいい。」 と勧められてすることにした。 お腹は横に12センチくらい切った。 入院中、お腹に力が入らないことと、あまり動かないこともあり、ひどい便秘になってしまった。30分くらいトイレにこもって、汗だくになってひねり出していた。下剤をもらったが1日中お腹がゴロゴロいっているだけでなかなか出てくれず、困った。 切って現在困っていること。 ひとつ、体力にはかなり自信があったのに術後、思ったより体力が落ちてしまった気がする。 もう術後4ヶ月もたつというのに、未だに無理が重なるとすぐに体に負担がくる。熱が出たり、疲れがなかなか取れなかったり。 ふたつ、お腹の傷がとてもかゆくて困っている。 「リザベン」という傷跡をきれいにする薬を処方されている。また、術後に「ヒルドイド」という塗り薬を処方された、という話を聞きたまたま手あれの治療のため、皮膚科で同じ薬をもらっていたのでそれを毎晩お腹に塗っている。 切ってよかったこと。 ひとつ、悪性でないことがはっきりした。ふたつ、下腹のポコッがなくなってお腹がすっきりした。 私の筋腫の場合、あまり生理に影響なかった。 だから正直言って、「筋腫を取ったから即妊娠出来る!」 というふうに前向きにはあまり考えていない。 「出来たらいいな。」 程度に考え、出来ないことにストレスを感じないようにしている。 ただ、巨大筋腫ではあったので、子宮がかなり前方に押し出されており、「このままでは妊娠しにくいし、してもかなり圧迫される。」とのDrの所見もあったのも事実。 ゆえに「少しだけ期待もしている」、という複雑な心境。 |
||