春風一過




昼というには早いけれど、朝餉には少々遅い時間。
此処、高館の一室で一人、将臣殿は遅い食事を取っている。

昨晩は随分遅かったらしい。


他の皆は、既に各々の行動を始めている。
九郎殿と弁慶殿は今後の相談に伽羅御所へ出向いているし、望美と譲殿と白龍は春の陽気に誘われて散策に出掛けたらしい。
先生はいつも何処にいるのかわからないし、敦盛殿はヒノエ殿と連れ立って何処かへ出掛けたようだ。

ともなれば、食事の支度をする者は私以外になく。
丁度、将臣殿のお代わりをよそっている時だった。


ふと、投げ掛けられた言葉。

例えばそう、お醤油を取って欲しいだとか。
そんな調子だったから、思わず聞き逃した。


「・・・え?」

「だから・・・もう一度、髪伸ばす気ないか?
・・・俺の為に」


否、きっと私が言葉を無意識に拒否していたのだろう。
だから、意味が良く飲み込めない。


「将臣殿、どういう・・・」

「あれ?わかんなかったか?
一応、朔が好きだって言ったつもりだったんだけど・・・」


彼らしくもない遠回しな物言いは、この世界の人間に、私に合わせての事だったのだろう。

ここ数日、ずっと彼が何かを考え込んでいる事は知っていた。
朝餉の時間に間に合わなくて、こんな時間に一人食べる事になったのもその為だと予想はしていた。

けれど、それが己に関わる事だとは思わない。
そして、こんな時に言う言葉ではないと思う。

確かに、今此処にいるのは私と将臣殿の二人だけ。
だけど、私はご飯をよそうところで、将臣殿は汁椀を啜っている。

雰囲気も何もあったものではない。


「・・・本気で言ってるの?」

「当然。色々考えたけど、やっぱ諦められねえわ」


確かに、昨日までとは違うすっきりとした顔をしている。
けれど、今度は私が悩まなければならないのだという事をわかっているのだろうか。

そんな私の気も知らず、将臣殿は気のいい笑みを浮かべた。


「返事は急がないぜ。
こっちに残るつもりだからな」

「え・・・?残る、の・・・?」


全てが終わった今、きっと彼も望美達と一緒に元居た世界に帰るのだろうと思っていた。
意外な言葉に、思わず目を瞠る。


「結構悩んだんだけどな。
・・・戻っても、こっちに来る前みたいには生きられないだろうし・・・」

「将臣殿・・・」


彼の事情も、普段の様子ほど大味な人ではないという事も知っている。

平家の還内府として兵を率いていた事からは考えにくい事だけれど、此方に来るまでは太刀も握った事がなかったのだという。
そんな穏やかに過ごせる世界とは、この世界はあまりに違い過ぎる。


重い空気に気遣いが沸いて出たことに気付いたらしい。
それを誤魔化すように、彼はおどけてみせる。


「・・・それに、何よりこっちには朔がいるし?
帰るんなら、朔も連れてく」

「馬鹿な事言わないで頂戴!!」

「酷えなあ・・・本気なのに・・・」


敢えてそれに乗ってみせれば、本人に自覚はないのかもしれないけれど、少しほっとしたような顔で笑う。

傍目よりずっと気を使う人だ。
辛さも痛みも悲しみも、全て押し込めて、長い付き合いの望美や譲殿にさえ見せないのは彼の優しさ。

男の人なのだから、話したくないと言うのなら聞きはしない。
けれど、いつだって聞いてあげられる心づもりは出来ている。

それを感じたのだろうか?


「・・・俺、朔のそういうとこ好きなんだぜ・・・?」

「!?」


そう言って笑う顔は、いつもとは少し違う。
本当に愛しいものを見る様な、柔らかな笑みで、思わず胸が鳴った。

その事に戸惑っていると、様子のおかしい私に将臣殿が怪訝な顔をする。


「・・・朔・・・?」

「っ・・・!!な、何でもないわ!!」


虚を衝かれ、鳴り止まない胸の鼓動。
何故か、将臣殿の顔を正視出来ない。



これでは、まるで―――



そんな筈はないと言い聞かせて、気が付けば止まっていた手を動かす。


そう、そんな筈はない。
私が想うのはあの人だけ。

将臣殿の事を想っているなんて、そんな筈はない。


否定しつつも、いつもより明らかに早い鼓動は治まる気配がない。
焦燥に駆られる姿に将臣殿がひっそりと笑みを零した事など、顔を背けていた私は知る由もない。

そう言えばこの人は平家の還内府だったのだと、それを身に染みて感じる事になるのはそれから暫く後の事である。


煉さん、お誕生日おめでとうございますv

今年は将朔にしてみました。
微妙なものになっている気がしないでもないのですが、ご笑納いただければ幸いです。

今年一年が煉さんにとって良い一年であります事を!!

2009/06/09 遠戸なのか



毎度お世話になっております「聖亭」遠戸さまより
誕プレに頂きました♪

いきなり始めっから夫婦モード!?とか
戸惑う朔とか
策士な将臣とかに
のた打ち回ったワシ♪