僕の弱さと君の温もり
ふと目に入ったそれに、思わず息を呑んだ。
形からだろう。
その木の葉を、人の手に例える者は多い。
こちらへと伸びる枝につく葉が、血に塗れて救いを求める手のように見えた。
こちらの世界に来て、彼の地を訪れるのは初めての事だった。
故郷と同じ名で呼ばれるその町は、似て非なる地である。
もし、生まれるのが800年程前であったならば、きっと此処が違う時空に存在する場所である事に気付いたかどうか怪しい所だ。
俺は心の何処かに懐かしさを覚えながらも、己がよく知るその場所と違う事に安堵していた。
いつか帰りたいと願う日常に拒まれる事が恐ろしかったから。
此処は、鎌倉。
平家の将として在る俺にとっては、敵地である。
―――還内府。
その立場を重く感じる事も多い。
騙る名の重さに、己が器を思い知る。
この手で護れるものなど、そう多くはない。
家族、仲間、そして何より今は・・・平家の皆。
護りたいものは幾らでもある。
その多さに対して、俺の手はなんてちっぽけなんだろう。
どんなに止めようとしても零れ落ちてしまうものの、どれ程多い事か。
これ以上は何も、誰も失いたくはないのに。
己の不甲斐なさに、拳を握り締める。
「・・・あら、将臣殿?」
其処に掛かる声に、思わずぎくりと身を固める。
「・・・朔・・・?」
「珍しいのね。
今日は出掛けないの?」
梶原朔―――彼女の家に、俺は幼馴染を始めとする連中と共に世話になっていた。
春の京、そして夏の熊野で共に行動した連中だ。
彼女と彼女の兄もまた、その中に含まれる。
平家の怨霊による無差別攻撃を防ぐという目的が同じという事で、今回も共闘する事になったのだ。
だが、忙しい奴もいる。
目的を同じくする仲間とは言え、常に行動を共にする訳ではない。
今日も用のある奴がいるという事で、各々別行動を取っていた。
彼等の素性は、敢えて聞いていない。
此方の事を尋ねられては困るからだ。
俺は平家の人間で。
そして、事を起こそうとしている奴は俺への反発からそれを為そうとしている事を知っていた。
その為に、一日たりとも部屋でのんびりと過ごすなんて事はしなかった。
今日も本当は出掛けるつもりだった。
しかし、庭先に植えられたその木を目にした瞬間、動けなくなってしまった。
紅葉の葉は、色付いて。
こちらへ伸びた枝もそれは見事に色付いて。
血に塗れた手が迫ってくる。
そんな錯覚に囚われた。
伸ばされた手は、護りたい人達のもののようにも、俺が血に沈めた奴等のもののようにも思える。
全て負うと決めた。
護るという決意も。
奪う覚悟も。
揺らぎなく、俺の中にに存在している筈だったのに。
「・・・どうかしたの・・・?」
「どうもしないぜ?」
思わず舌打ちしたい気分になる。
明らかにおかしな反応だった。
朔が怪訝に思っても仕方がない。
誤魔化そうと笑みを浮かべてみるが、朔は納得出来ないと言うような顔でこちらを見詰めてくる。
じっと見詰めてくる瞳は真っ直ぐに澄んで。
心の裏側まで透かし見られてしまいそうで。
何気ない風を装って視線を外す。
しかし、その先にはやはりあの、赤く染まった紅葉の葉。
「・・・俺、間違ってんのかな・・・」
思わず零れた言葉は、完全に弱音だ。
あいつも。
今回、俺がこの地を訪れる事になった原因であるあいつも。
本当は護りたいものの一つなのに。
それなのに、俺が凶行へと突き動かした。
護りたいのに、滅ぼそうとしている。
そんな気がしてならない。
人の感情に整合性なんてものを求めるのが間違っているのかもしれない。
けれど、願いと現実の差に、生み出される矛盾に苛まれる。
耐え切れず、視線を落とした俺の手にふと温もりが重なる。
朔の白い華奢な手だった。
驚いて見遣れば、傍らで朔が真摯な眼差しを向けていた。
「話したくない事なら、聞かないわ。
でも、言ってあげる」
―――貴方は、間違っていない。
つんと、鼻の奥が痛んだ。
けれどそれを伺わせたくなくて、笑う。
「・・・俺がやってる事、わかってんのか?」
「いいえ。
でも、将臣殿がとても優しい人だという事は知っているわ」
だから、自分は信じられるのだと。
そう朔は言う。
ずっと。
朔達と、この邸に世話になっている連中と初めて逢った時から抱えていた懸念。
それが真実であるならば、俺は皆を、朔を裏切る事になる。
最悪の形で。
けれど、今はその言葉に縋りたかった。
俺の願いの為に。
「・・・ごめん、少しこうしてていいか?」
「ええ・・・」
寄り添ってくれる朔の肩に頭を預け、瞼を閉じた。
秋風が紅葉を揺らし、通り過ぎていく。
冬の訪れは間近に迫っていた。
聖亭は6周年を迎えました。
これも、いつもご来訪くださる皆様のお陰です。
今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
2006/11/09
聖亭 遠戸なのか
朔というご希望が多かったのと、切ない将朔というリクからこういう話になりました。
メインは将臣になってますけど・・・。
将臣はあの面子の中で一番護りたいものが多くて、それでいて誰より自分の無力さを感じているんじゃなかろうかと。
ゲーム中ではあくまで頼れる兄貴分なポジションですが、それが周囲の所為にしか見えないんですよ。
だって望美より一寸お兄ちゃんてだけで、まだ子供だよあの子・・・。
其処が拙宅将臣がヘタレ内府な所以だと思われます。
お世話になっている「聖亭」様の6周年記念を強奪してきました。
毎度強奪一方ですが、くれると仰るので良いかと…(^ ^;
コソコソコソコソ
一見頼りになるアニキな将兄さんですが、
抱えているモノとか
弱い部分とか…
そー言ったものがたまらなく悶えるワシ♪
そして、それを支える娘さん…。
ワシの悶えポイントまみれで御座います♪
ああ!もう…っ!
はあはあはあはあ。