きょうわずらい







「・・・あっつぅ〜」



突然、見知らぬ世界に放り出されて数ヶ月。
現実離れした状況に対する混乱からようやく抜け出し、まず思った事。

それは自分達が如何に文明の恩恵に与っていたかという事である。


京は盆地である。
熱や湿気の篭もりやすいこの地の夏は、快適とは程遠い。


「文明ってのは偉大だぜ・・・」


諸肌脱いで、扇で風を紡ぐ。
女房達が見れば、羞恥に顔を染めて駆け去るか、下手をすれば卒倒するだろう格好だ。


一応、夏用ではあるらしい。
そして立場的なものもあるだろう。

だが、この暑い盛りにきっちり直衣を着て過ごすこの家の人間に、信じ難い思いを抱いてしまうのはどうにも止めようがない。


「エアコン・・・いや、扇風機とも言わねぇ。せめてかき氷・・・」


それもまた無理な願いであろう事は承知の上である。
わかっていても贅沢を知るこの身は、望む事を止められない。

頭を巡る、涼を促す風物詩の数々。
その中にふと、違和感を感じるものを見付けて、我に返る。


「・・・誕生日、か」


特別、甘いものが好きな訳ではない。
だが誕生日と言えばアレが付き物で。

最早、祝いの象徴のようなものだ。


懐かしいような、寂しいような。
昔ほどには口にしたいと思わぬあの甘さは、少しだけ今のこの気持ちに似ているように思う。


「随分と御立派な姿だな、有川・・・」


郷愁に浸る将臣を現実に引き戻す、低い声。
御簾を上げ此方を伺う、呆れたような声音の主は、この家の息子の一人である。


男は了承を得る事もせず、部屋に上がり込む。

他人の事を言えた義理ではないし、それを気にする訳でもない。
それが許される間柄だ。


「仕方ねえだろ、暑いんだよ・・・」


男の姿は衣の色合いと色素の薄さが相俟って、如何にも涼しげで。
その怜悧な容貌に因る所もあるだろうが、暑さなど感じていないかのように見える。

何となく、気に障った。


腐る将臣に、男が手にした物の一つを投げて寄越す。

瓜だ。
よく冷えている。


「サンキュ、知盛!!」


掌を返したかのような反応。
我ながら、現金なものだと思う。

そんな将臣に、知盛は変わらず冷めた視線を向けている。


「・・・礼なら父上に言え・・・俺は仰せに従っただけだ」


この家の人間が言うには、将臣は故人である知盛の兄の若い頃によく似ているのだという。
それが縁でこの家に身を寄せる事となり、今に至る。

知盛の父、清盛はそんな将臣を亡き我が子の代わりとでも言うかのように愛でていた。


その父の言い付けであり、己の意志ではないと知盛は言う。

言えば機嫌を損ねるだろう事がわかっているので口には出さない。
だが、おそらくは照れているのだろう。
元から淡白ではあるのだが、いつも以上に素っ気ない。


少し離れた場所に座り込んで瓜を齧る知盛に、将臣は密かに笑いを噛み殺す。


手にした瓜の冷たさが心地よい。
心地よさが体温で失われる前にと、己も口に運んだ。

一口齧れば、先まで思い描いていたものなど露程にも伺わせない、さっぱりとした果汁が喉を潤す。


「・・・こっちのが良い筈なんだけどな・・・」


夏場に口にするなら断然こちらだ。
だが、それでもあの味が恋しいのは何故だろう。


「・・・何の話だ・・・?」


怪訝そうに己を見やる知盛に、将臣は自嘲めいた笑みを浮かべた。


「いや、ケーキ食いたいと思ってさ」

「けぇき・・・??」


耳慣れない言葉に、知盛の眉根が寄る。


「・・・俺達の世界の菓子でな。
祝いの時なんかによく買ってきて、誕生日には歳の数だけ蝋燭立てたりしてさ・・・」


将臣は大様な男である。

しかし、人情の機微を解しない訳ではなく。
寧ろ、人一倍の気遣いが出来る男だ。

普段は見せるの事のない憂いを帯びた表情が、内に秘めたものを伺わせる。


「・・・何時だ・・・?」

「は?」


訊いているとは思えない程、さり気ない呟き。
思わず問い返す。


「・・・だから、誕生日とやらだ・・・」

「え?え〜と・・・八月だから・・・葉月の十二日?」


得意とは言えない古文知識を総動員して返した言葉は、知盛の意外な気遣いへの喜びも相俟って歯切れが悪い。

訊いた当人は己が振った話題にも関わらず、大した興味もなさそうな顔をしている。
だが、冷め切っているように見える知盛が、実は情の深い一面も持ち合わせている事を将臣は知っている。


「・・・期待してるぜ?」

「覚えていたらな・・・」


不敵な笑みに隠した、互いの本心。
しかし、それはおそらく互いの知るところ。

文明の代償が、この出逢いというなら悪くない。



「葉月の十二日だからな!!」

「さあな・・・・・」




満面の笑みを浮かべて、将臣はそのまま仰向けに寝転がった。

頭の先から吹いてくる風の心地良さに、ふと目を遣る。
御簾を透かして覗く空は、青い。

夏の、青だ。



将臣はもう一度深く笑んで、澄んだ青を身体一杯に吸い込んだ。






いつも素敵な作品で元気を下さるLen様へv

折角なのでオチを。(つけんでいい)
将臣の誕生日に知盛が贈ったのは、蝋燭の突き立った落雁だったそうです。
(※元ネタ=源氏のおやつは蜂の子、平家のおやつは落雁だった。By トホホ人物伝)
当然、お茶菓子サイズでなく、きっと当時には珍しいだろう盆のお供え物用サイズ。
(蝋燭が立たないから)
将臣の誕生日の時期的にもぴったりvvな特注品。(笑)
決して、嫌がらせではありません。
文化(風習?)の違いですよ〜!!(多分)
って、それをいうなら誕生日を祝う事自体、あの時代としてはどうなのか・・・。
とりあえず、貰った将臣はきっと縁起悪いと思っていると思います。

2005/07/14
聖亭 遠戸なのか






将臣誕生日記念に、聖亭の遠戸様より頂きました。

うへあ〜〜うははは〜〜
ステキなお話、あ〜り〜〜が〜〜とう、ご〜ざいまする〜〜!!
うおおおお!!!(煩い)

人間、時にワガママを言ってみるモンですね!
「くれ〜くれ〜〜」攻撃で本当に貰ってしまいました!うはははは!!
将臣にだけ見せる知盛の顔っつーのが、
また良いじゃないですか!
ちゃんとオチがあるのも良し!
微妙に喜べない贈り物が素敵だ!

瓜の使い方が大変気に入ったので、
御礼として、パクリマンガを進呈させて頂きました。

こちら

コラボだよ!っと叫んだワシを許してくれる
遠戸さまってば寛大♪