100万回生きたねこ
朔は、絵本が好きだ。
この世界とは違う、生まれ育った世界に絵巻物というものがあり、それに似ている絵本というものに何処か安堵を覚えるという所がない訳ではない。
しかし、それに描かれていた物語よりもずっと絵本に描かれる物語は朔の心を掴んだ。
思わず笑いの零れてしまうような楽しい物語。暖かくて優しくて、幸せになれる物語。
紙面に色鮮やかに描かれている世界に気が付くと笑みが零れている。
その体験は何度繰り返しても良いもので、気が付けば虜であった。
存外高価なそれはそう気軽に買えるものではないが、店頭で気に入り購入した物が数冊手元にあり、朔はそれを繰り返し楽しんでいた。
その日、朔は新しい絵本を読んでいた。
親友であり対存在である望美に誕生祝いにと贈られたものだ。
定位置のリビングのソファーで物語に入り込んで表情を変えるその姿は何処か微笑ましく、見る者の表情も和らぐ。
しかし、読み終えた朔の表情はいつもの満足感溢れる物とは違い、何か考え込んでいるように見える。
それは幾分沈んでいるようにも感じられて、朔を愛してやまない恋人は気遣わしげに声を掛けた。
「どうしたんだ、朔?」
「将臣殿……私は……私は、黒龍にとっての白猫になれたのかしら……?」
ぽつりと呟くように零れた言葉に、将臣は絵本を見遣る。
朔の膝にあるのは、『100万回生きたねこ』。一匹の雄猫が何度も生まれ変わる物語だ。
絵本と言えば一般的には幼い子供を対象に描かれたものが多いが、これはどちらかと言えば大人向きだろう。
本当の意味で内容を理解するには、それなりの人生経験が必要とされるのだ。
黒龍とは、朔の元恋人であり、朔の世界を創り、護る神の陰の側面に当たる存在であるが、将臣も関係していた出来事により消滅してしまった。
朔の出会った黒龍は、不器用ながらも優しかったそうだが、以前将臣が耳にした話では、守護神でありながら世界を危機に陥れたりという事もあったらしい。
白猫と出会う前の傲慢だった主人公の猫と、黒龍がふと重なったのだろう。
白猫と出会って変わり、幸せな死を迎えたのだろう猫に、黒龍はどうだったのだろうと考えてしまったに違いない。
朔の負った傷ごと受け止めると将臣は決めている。
それでも、現恋人として決して面白い訳ではない。
しかし。
「……俺は、黒龍に逢った事がある訳じゃないから本当の所はわからない。だけど……朔が、この主人公の猫と白猫に黒龍と自分の幸せだった姿を思い出せるなら、きっとそういう事なんじゃないのか?」
「そう……そうね……」
朔とて、将臣の内心の葛藤を感じている。
酷い事を聞いているという自覚もある。
しかし、それでも将臣は朔の欲しい言葉をくれる。
そんな将臣だからこそ、朔は、もう一度誰かと共に歩んでいく勇気を持てたのだ。
将臣への愛しさを胸一杯に抱えて、朔は言った。
「ねえ、将臣殿。今度のお休みに本屋に連れて行って欲しいの」
「構わねえけど……」
突然の話につい将臣は怪訝な顔になる。
しかし、それはすぐに一変する。
「あのね……今度は、将臣殿とこうありたいと思う本を探したいの」
幸せそうに笑う朔の顔に将臣は一瞬目を見開き、それから嬉しげに笑んだ。
煉さん、お誕生日おめでとうございます!
素敵な一年になりますように!
格好いい将臣、もしくはいい男な将臣、でなきゃ羽一……と念じ続けた結果、こんな話が浮かびました。
ちなみに『100万回生きたねこ』は一度読んだきりなもので一応、Wiki先生でチェックしましたが、違う所があるかもしれません……。
『聖亭」 遠戸様より誕プレにいただきました。
うまうまといただく。ほっほっほ。