水無月の花嫁

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平泉に遅い春が来て、間もなく短い夏が訪れる。

桜や山吹の花が散り、柔らかだった木々の葉の色は濃く染まりゆく。
時を同じくして色に染まりゆく紫陽花の葉の上で鳴く蛙に呼ばれたのか。

今にも泣き出しそうな空を見上げながら、傍らの人が口を開く。

「・・・俺達の世界にジューンブライドって言葉があってさ」

「・・・じゅうんぶらいど・・・?」

ふと思い出したといった風の将臣殿の言葉の意味は、全くわからない。

将臣殿達の世界の言葉は、正直良くわからない事がある。
今回に至っては、想像もつかない。

怪訝に言葉をなぞれば、説明してくれる。

「ジューンは六月、水無月の事で、ブライドは花嫁。こっちで言うと北の方、でいいのか・・・?まあ、そんな感じ。由来までは知らないんだけど・・・水無月に北の方になる女の
人は幸せになれるって言われてるんだ」

「まあ、そうなの?では、将臣殿の世界では水無月にはそういう祝い事が多いのでしょうね」

「あ〜・・・きっとそうなんだろうな・・・」

なんだか素敵な話だ。

望美と譲殿が生まれ育った世界に帰って、もう一年近くになる。
それ以降、家の事は兄の楽しみである洗濯以外は、全て私の仕事となっていた。
水無月というと雨が多く、家の事を担う身としては困る事も多いので正直あまり好きではないのだけれど、あちらこちらで幸せが生まれる月なのだと考えると少し好きになれそうだ

「・・・朔って、そういうの信じる方か?」

「そうね・・・この世界の事ではないから何とも言えないけれど、信じたくはなるかしら?」

女の子はきっと誰だって好きな話だ。

実際にはどうなのかはわからない。
けれど、好きな人と幸せになれると言われたら、信じたくはなるだろう。

と、其処まで考えて一つ疑問が湧き上がる。

「ねえ、将臣殿。その話、背の君の方はどうなのかしら?」

「せのきみ?」

結果的に何かを言おうとしていた将臣殿を遮ってしまった問いに、将臣殿が首を傾げる。

私が将臣殿の世界の言葉がわからないように、将臣殿もこの世界の言葉がわからない事があるようだ。
きっと将臣殿もそうなのだろうと思うのだけれど、文化の違う人に言葉や物事を説明するというのはとても難しい。

「ええと・・・お慕いしている殿方、と言えばわかるかしら?」

「ああ・・・成程な。男の方は聞いた事ないな。でも、やっぱ嫁さん・・・北の方が幸せなら幸せなんじゃねえの?男って、好きな女は幸せにしたいもんだろうし」

「あら、それは殿方だけではなくて女も思う事よ?大切な人には、幸せでいて欲しいもの」

そう、私だって将臣殿には幸せでいて欲しい。
己がそれを与える事が出来るのなら、それは無上の喜びだろう。

将臣殿の言葉にそう返すと、意外な反応が返る。

「・・・あ〜・・・朔、もしかして気付いてる?」

「・・・?何に?」

照れたような困ったような顔で問われるが、何も思い当たらない。
思わず首を傾げる。

「・・・素かよ・・・性質悪ィ・・・」

呟かれた言葉は聞き取れず、ますます怪訝になる私を置いて、将臣殿は何らかの結論に至ったらしい。

「ま、俺が回りくどい事やろうってのが間違いだな!!うん!!」

一人納得している将臣殿に問うても良いのか思案する。
しかし、結論を出す間もなく、将臣殿の意識がこちらに戻る。

将臣殿の手が私の肩に置かれ、真摯な表情が向けられる。
両肩に触れる手が熱い。

将臣殿の緊張が伝染するかのように、私も思わず身を固くする。

「朔、本当はもっと上手いやり方もあるんだろうけど、俺には無理だ。よって、単刀直入に言わせてもらう」

「・・・はい」

「俺の北の方になってください!!」

驚いた。それはもう、とても。

確かに仲間以上の、所謂男女の関係ではある。
けれど、こちらでは普通ならば既に纏まっているだろう話で、もしかすると其処まで至るつもりはないのではないかと思う事すらあった。
無論、とても大切にされている事は感じていたので、将臣殿の世界の習わしや事情なのかと思う様にはしていたけれど。

けれど、正直不安だったのだ。
驚いたけれど、とても嬉しい。

「絶対に幸せにするとは言い切れないけど、俺の全力で朔が幸せになれるように頑張る。だから・・・って、さ、朔!?」

胸がいっぱいで、思わず目頭が熱くなる。
その気持ちのまま、将臣殿の胸に飛び込んだ。

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煉さんお誕生日おめでとうございます!

格好良い将臣ネタが思い付かなかったので、今年は幸せな朔を目指しました。
古い言葉の語彙が少な過ぎて微妙な将臣になっているのは、私の語彙が少ない為です・・・。
あの世界で何年も過ごしてるんですから、もう少し言葉を知っているだろうとは思うんですけど。(苦笑)
こんな出来ですが、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

良い一年であります事を心より願っております。

2011/06/08 遠戸

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『聖亭』遠戸さまより誕プレに頂きました。
おほほほほ。
幸せなのは良いvニマニマ出来て良いvv