雨の鎮魂歌


繕い物を頼もうと朔のところへ向かっていた時の事だ。

ふと聞こえ始めたぱらぱらと屋根を打つ音に表を見遣ると、雨が降っていた。
乾いた土に雨粒が落ち、何故か落ち着く土の香りが漂う。

高舘は高台にある為か、建物の大きさの割には庭は左程広くない。
だが、よく手入れされていて、鑑賞には充分堪えうるものだ。
今の季節は残念ながら花はあまりないが、雨にも映えてなかなかの風情だ。

気が付けば足が止まっていた。


渡殿から眺める雨の庭が記憶の蓋の縁を持ち上げたらしく、何かが引っ掛かる。
それにゆるゆると記憶の糸を手繰っていく。


そうだ、あの日もこんな風に雨が降っていた。

渡殿ではなく、学校の渡り廊下。
あの時は一人ではなく、横には望美がいて、正面から譲が歩いてきた。
望美の声に見遣った校庭には、白い子供がいて―――。


そして、此処に居る。


あのままあの世界にいたら、体験する事はなかっただろう激変の時代を生きている。
命を懸けて戦うことも、名も知らぬ者の命を奪い、大切な人達が目の前で次々と命を落としていく様を見ることもなかった筈の俺の人生。

同じ日常を繰り返す日々に疑問を感じていなかった訳ではないが、望んだものでもない。

知らずに済んだ痛みや苦しみがこの世界にはあった。
だが、知ることが出来なかったかもしれない喜びや幸せを知った。

どちらが良かったのかなんて、正直わからない。
他の人生を考えない事がないとも言わない。


けれど、これでいい。


無数の選択肢の中の一つしか選べないのなら、他はいっそ知らない方がいい。
此処で生きていかなければならないのだから。

それに。


「あら、将臣殿・・・こんなところでどうしたの?」


声に振り返れば、訪ねようとしていたその人の姿。
小首を傾げてこちらを見遣る朔に、笑みをを返す。


「いや、土の匂いって落ち着くと思ってさ・・・」

「ああ・・・雨が降ると香るものね・・・」

「もう雨の匂いに変わってきたけどな」


僅かにおどけて言えば、朔も笑みも浮かべた。
朔の微笑に、もう一度思う。


これでいい。


俺は、この世界で大切なものを見出すことが出来たのだ。
他の未来と引き換えることなど出来ない、そんなつもりもないものを。

あの日失くしたもの達。
けれど、代わりに大切なものが傍らにある。


煉さん、お誕生日おめでとうございますv

格好良い将臣格好良い将臣・・・と念じながら書いてはみましたが、い、如何でしょうか・・・?
泥塗れで足掻く、スタイリッシュとは対極なものですが、
苦悩し、葛藤し、どれ程悲嘆にくれても自分の人生を受け止める強さを将臣なら持てるんじゃないかと思います。
ほんのり将朔テイストなのは、薄暗いのをちょっとでも明るくしようと足掻いた結果です。(苦笑)
ちなみに、戦後数年の平泉のつもりで書いております。

今年一年が煉さんにとって良い一年でありますように!!

2010/06/08 遠戸なのか