■□魔女の呪は鳥の囀り。 <<noveltop
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羽根を休める鳥。

愛でる指先
歌う唇

求めておらず、ただただ、気まぐれに囀る


その一刻





ああ、捨てられぬ少年だった。
心の扉、仮面の奥、繋げた手を決して離そうとしない愚か者。
唇に笑みを浮かべているのは、誰だろうか。
自嘲しながら、魔女と呼ばれた少女はキングサイズのベッドにて
惰眠を貪る。
ゆるりと、意識を沈めようとした時だ。
扉の開閉音がする。
「………」
この室内は広い。
皇帝の部屋だからだ。
体を起こさずに、その扉の方へと瞳だけ向ける。
足音を立てずに近寄り、近ずくと、消えていた足音を立てる者。
本来は、足音を立てずに歩く方なのだろうが
近づいたと態々、知らせているのだ。
そのような芸当が出来るのは、この皇居には一人しかいない
――かつての『日本』の古武術に精通している歩法。
「大丈夫かい?」
その、淡褐色の瞳は、遠い昔を思い出し
最初は苦手であった。
だが、あの瞳より鋭く
あの瞳より、愚かで、凍てつく焔を宿している。
のそりと、体を仰向けにして、その者を見上げた。
「……大丈夫だが?」
「起きれる?」
ベッドサイドに水差しを置き、コップに水を彼は注ぐ。
その注ぎ方が、若干、乱暴なのが彼らしい所だろう。
体を起こし、長い髪で隠れるが、その裸体を晒してC.C.は彼を見た。
「お水、飲む?」
どうぞ。と穏やかな表情でコップを差し出す相手に、溜息をつきながら
そのコップを受け取る。
「お前、他に、言う事はないのか? この状況で」
「ほえ?」
小首を傾げて、呆ける相手の幼い顔を見て
誰が冷酷無比な騎士だと思うだろうか。
当初、これは作っている人格かと思われたが
どうも本質の一部らしい――大変、難しい男だ。
そのぽやん、とした雰囲気と、今見せている愛くるしい類の表情は
(あの坊やは、イチコロだろうな……)
髪を掻き揚げて、騎士を、スザクを流し見る。
スザク本人は、C.C.を見て、周りを見て
ああ、と思い当たったのだろう。視線を戻す。
「ルルーシュだけ、だよね」
「………だろう、な」
コクリと受け取った水を飲む。
冷たく、咽喉を気持ちよく潤した。
気まぐれと言おう。
C.C.本人が、立ち止まっている彼の背中を押してやった。
実際現場を見ずとも、スザクとの関係を戻したのは解る。
そして、この前の男。
以外に、鋭く聡い。
C.C.とルルーシュが関係を持っている事は解っており
――そもそも部屋が隣りであり、超人的な五感を持っているのは
バレていない方がオカシイ。
「で?」
瞬く瞳に、枕の片隅に控えていたチーズ君を抱えながら見上げた。
「他に、言う事はないのか?」
「え? えと……特に」
「……つまらん」
一言、云うと、クスリとスザクが笑う。
やはり、彼に巻きついていた鎖が解かれている。
その原因を、きっと彼自身、理解してはいない事は
態度からも解る。
「そういうの、付き合うようには見えないけど?」
「時と場合による、さ。
まぁ、この場合は、私が癇癪を起こした方が無難か」
「今から、やり直すかい?」
「まさか、」
クツクツと笑って、コップを返す。
それをスザクがサイドテーブルに戻し、ベッドにポスンと座った。
「もっとも、お前が癇癪を起こしてくれた方が
あの男は喜ぶと思うぞ」
「僕、女の子じゃないし。恋人でもないし」
理解はしていないだろう、スザクは感覚的に掴んでいる。
彼の言う通りだ。
友としては、穢れすぎている。
恋としては、深すぎる。
愛としては、奪いすぎている。
どれに該当するか、C.C.にとっては、あまり問題視はしていない。
その価値観は、あの場所からすれば、本来的ではなく、限定的なものでしかない。
瞳を細めて、C.C.はスザクを見た。
「お前の態度、発言は
相手によっては、血祭り、修羅場の完成だぞ」
「うん……だろう、ね」
遠い眼差しは、近い経験があるのだろうか。
「記憶を取り返した後だ。情緒不安定であったし、存在の在り処は奪われ
根源を今のように確立していなかったからな……求めたんだろう」
向けられる眼差しは、透明だ。
「他人との深い接触を、あまり好んでいないよ。
それを、自分から、なんだ。そういう、コトだと思うけど」
その手が、C.C.の髪に触れる。
美しい絹髪。
その美しさが、尚も美しくなっているのは
手入れをされているからだ。
「君って、本当に優しいよね。僕だったら、放っておく」
「何をワケの解らない事を。ただの気まぐれ、さ」
髪から手を離したスザクは笑むだけだ。
「まぁ、その話は、どうでもいい。
問題は現状での、お前の行動だ」
瞬く瞳は、恍けるつもりか、
否、本当に思い当たっていないのだろう。
「何故、構ってやらないんだ。
疎通はできた故に、今まで以上に、
持て余して――こちらはいい迷惑なんだが」
「僕、何も頼まれていないし。命令されていないし」
何処吹く風のスザクを、C.C.は睨みつける。
「圧力を掛けている本人が、よく言うな。
お前の所為だぞ。私の、この状態は」
「大丈夫だろう? あの、彼だよ?
体力なんて、君以下…えと、君より、ちょっとあるくらいだろうし」
確かに、スザクの言う通りだ。
ルルーシュの体力は、さほど高くはない。
しかしだ。
「お前が思うより、私は繊細なんだ。
しかも、だ。頭でっかちの、坊やの相手をしているんだ。
ほぼ毎日だぞ」
「………ブリタニア人だものね、」
C.C.の体を、スザクが見る。
それは性的なモノではなく、観察的なモノだ。
たとえ不老不死と云えど、華奢で小柄なのは変わり無い。
『壊れそう』なほど、なのだろう。
現状を把握したようなスザクに、微かに頬が熱くなるような感覚を
C.C.は感じるが
敢えて、無視をして唇を開いた。
「理解しているのなら、構ってやれ」
「断るよ。ほら、頼まれていないし」
「此処で、『頼む』という言葉が出ている時点でな。
アイツが望んでいると解っているだろ、お前は」
すぐ様、言葉を返すスザクに、C.C.は少しの違和を感じ始めた。
何かから、遠ざけるような発言をしていると。
「だが、断る理由によっては、これ以上、私は何も言わないが」
「……別に、理由なんて。
さっきから、言っている通りだよ」
視線をふっと、そらされる。
何かを、そう、遠ざけている本質を掠めたのだ。
C.C.はニヤリと笑う。
体をしならせ、スザクの肩に手を置き身を寄せる。
露になる裸体に相手は取り乱す事はなかったが、
「理由は、何だ?」
耳元で囁いた言葉に、体をビクつかせた。
「理由なんて、」
向けられる顔に、C.C.は笑んだ。
きっと悪どい笑顔だろう。
「私は、気は長くないんだ。
場合によっては、強硬手段に出る――例えば、アーサー」
「っ!! あ、アーサーを出すなんて、卑怯だ!」
彼の非難は痛くも痒くもない。
それほど、C.C.の体は疲労を覚えているのだ。
「言え。理由を。
私もそんなに、鬼ではない。
理由によっては、私も対応しようと言っているんだぞ」
優しいんだろう?お前にとっては。
そう意趣返しをしつつ、C.C.はスザクを問い詰めた。
スザクは視線を泳がせ、おずおずと伏せて落す。
「………」
沈黙。
スザクは幼い子のような部分も合わせ持っている。
此処で必要なのは、根気だ。
「………アルビオンの、シミュレーションが…あるから」
「…………なんだ?」
ぽそぽそと言う相手に、問い返す。
だが、相手は沈黙。
「まさか、体力が――という理由ではないだろうな?」
確かに受け止める側は、体力の消費が激しいだろう。
だが、目の前の男は体力馬鹿を超越した体力の持ち主。
「……僕は女の子じゃないから、簡易の検査する時
いちいち、検査服とか着ないから……」
考えをまとめる。
瞳を半分伏せ、C.C.は呆れたとばかりに
スザクを見やった。
「たかが、痕くらいで断っているんじゃないだろうな?」
その一言に、バッと顔を向けられる。
頬は面白いほどに真っ赤だ。
「たかが? たかがじゃないよ!!
あんな、たくさん! なんかの病気みたいだ!!」
「たかが、だろう? 痕くらい、アイツの独占欲の表れだ」
怒鳴りつけるその様は、正しく幼い子供だ。
C.C.は呆れた眼差しのまま、スザクを見る。
「君はいいよ! 2、3時間で消えるだろうけれど
俺は少なくとも2、3日は残っているんだ!
しかも噛むんだよ!!」
確かに、鬱血の痕を、花弁のように散らす。
多分、無意識化の自己顕示欲だろう。
C.C.は不死身な体質な為、鬱血は傷と部類されて
数時間で消えるので、差ほど気には留めていなかった。
否、つける相手に、何かしらの優越を感じてはいたが。
「つけるなと言えばいいだろ?」
「云うコトを聞くと思うのか!」
本来のスザクだ。
顔を真っ赤にさせて、感情を溢れさせる様。
「云うコトを聞かせればいい」
「そんな事できるんだったら、とっくに……うぅっ!?」
耳の付け根を少し撫でる。
それだけで、反応を示す相手の肉体に、C.C.は溜息をついた。
確かに、こんな些細な、性的な接触だけで反応するほど
敏感なのだ。
そんな事をできないだろう。
理性を飛ばした時点で。
「我が侭な坊やだ、お前も。
なら、二日おき、もしくは三日おきで構ってやれ。
他の日は、無視しても、蹴っても、なじっても構わん。
愚かだが、頭は動く。
相手の行動を把握すれば、アイツも対応した行動を取る」
「だから、俺は」
「これは命令ではない。決定事項、だ。
重度の枢木病にまで、付き合いきれん!!」
ビシッと言い切るC.C.は否定を受け付けない姿勢だった。
「俺は、」
「繋いだ手を、握り返すのは、当たり前の事だ。
手を、伸ばしたのは、どちらだ」
息を飲む、スザクに、C.C.は息を吐いて
そっと頬へ手を伸ばした。
「そういう、事だ」
撫でれば、瞳を伏せられた。

「……君、本当に、魔女なのか?」
「私はC.C.だ」

スザクの問に、曖昧な答は
届いているようだ。
少し、話しすぎたか。
C.C.は、頬を撫でた手を離して、そのままベッドに倒れ込んだ。
「C.C.!」
「私は寝る!」
布団を被り、此処は皇帝のベッドだよ。というスザクの発言を無視をする。
暫しの、沈黙の後
ゆっくりと立ち上がる気配。

「ありがとう……ピザ、用意しとくよ」

礼を言われた。
おかしな気分にさせる。
足音を立てずに、またスザクが去っていった。
寝返りをうち、チーズ君を抱きしめて天を仰ぐ。
本当に、『魔女』と言われた自分が、
どうかしていると、思った。
しかし、だ。


「……お前も、私も、似ているな……」


一人、笑う。
それが、どれだけ穏やかで優しい笑みなのか、
C.C.は知らない。









触れたいワケではない。
触れてほしくないワケではない。
解らぬ感情と矛盾は、小さな理由をみつけて、否定を示した。
それを、奪われた今では――。
スザクは混乱していた。
そして、こういう時に限り
「――の報告通りだったのか?」
「はい、ルルーシュ様。しかし、此方の勢力の動きが妖しいかと」
ジェレミアのEUでの報告を聞く、皇帝であるルルーシュを
半ばスザクは睨み付けた。
その視線は、鋭く、何かを勘違いしているらしいルルーシュは
此方に視線を向けはしない。
それでも、傍に控えていろと、命令するのだが。
「よくやった。さすがだ、ジェレミア」
「嬉しき誉、光栄でございます」
「疲れを、癒せ。明日に備えろ――下がれ」
「イエス・ユア・マジェスティ」
忠義を示し、笑みを浮かべながら、ジェレミアは退出していった。
それを静かに見送ったルルーシュは、頬杖をつく。
「あとは、書類だ」
こういう時に限り、ルルーシュは……。
『構え』と示さないし、『頼もう』ともしない。
結果を脳内で算出しての、行動であろう。
(だから、甲斐性がないって言われるんだ!!)
内心で、責める。
責任転嫁な部分もあるが。
王座を蹴りたい衝動にも駆られるが、
「近くに控えてはもらうが、下がっていい」
「――………イエス・ユア・マジェスティ」
少しドスの効いた声で、スザクは言う。
自信ありげな態度の奥、それに血の気が引いているだろう。
重苦しいマントを翻して、
浮かぶのは一つ。
ルルーシュの前を霞め過ぎる様、
自分の襟部分を掴み、くいっと直すように動かす。

「っ、」

届いた、だろうか。
睨みつけながらも、頬が熱い理由に気づかないまま
スザクは退出した。


一時の間。

「……………っ!?!!!」

傀儡の兵士たちが見たのは、
驚いているのか、嬉しいのか、解らないほど
真っ赤になって口をパクパクさせたルルーシュだった。





鳥は、ただ、其処にいる
いつか、自由の空へ、羽ばたく、無慈悲

本当は、そう、本当は

『王』よりも『魔女』よりも





昔も、今も、
彼は手を伸ばし、
その手を彼は掴み、越えていった。
背を向け、相反の道を歩みながらも
また、その手を繋げたのは、宿さない、想いの欠片。
王に、駒は必要だ。
それは最上であり、災厄の呪い駒。
扱いを間違えば、滅しかねないもの。
それでも、その手は、愛でるように盤上へと、その呪駒を置く。

それは、覚悟だ。

曖昧だった、その、偽りの姿は
明白な絆を得て道を歩む。

「おい、」

不機嫌そうに呼び止められる。
入浴を済ませたC.C.は、シャツ一枚だけの姿で、濡れた髪をタオルで拭きながら
呼び止めた男を見上げた。
「何か用か?」
「何か用か? ではない!
何だ、その乱暴な扱いは」
「……」
瞳を細めて、面倒だと表情で表現しても
相手は汲み取ってはくれない。
解ってはいるが、己の意を突き通しているとでも云おうか。
「全く……そこに座れ、」
命令に些かの腹立たしくも思うが
今更である。溜息をつき、大きなソファに座ると
濡れた髪を優しい手つきで拭き始めた。
頭皮のマッサージ付きで、もう予想でもしていたのだろう
トリートメント用のクリームを髪に馴染ませ始める。
そうだ。
彼はC.C.の髪の手入れをしてくれているのだ。
彼女の髪は、枝毛は一つもなく、絹髪はさらにサラサラとなり
髪の艶は鮮やかだ。
髪の手入れを終えると、彼は隣りに向かい合うように座る。
「っ、」
C.C.が息を詰めるのを、静かに見て、その指先の動きは止められない。
「痛いのだが、」
「不健康という事だ」
筋肉を解すように、マッサージをしてくれているのだ。
人を冷酷に見下ろし、駒のように扱う王が、だ。
笑える話だ。
「ルルーシュ、」
名を呼ぶ。
特に意味合いはない。
C.C.にギアスは無効だ。
コンタクトは外され
瞳の鳥が、佇んだ瞳は、赤く煌く。
細められる瞳に、その眼差しに、心臓が熱くなるのは
その与えたギアスにコードが呼応している所為だと、思い込む。
本当に、笑える話だ。
撫でる指先は、優しく髪を梳いて
『魔女』を誘う。
ニヤリと、嘲笑しその、瞳を射抜くように見つめた。
「血祭りだな、本当に……相応しいと、賞賛すべきか」
「何の話だ?」
「独り言だ」
髪を掻き上げ、撫でる指に、自身の指を重ねる。
彼が、欲していたモノが手に入ったのだ。
彼自身からすれば、取り戻せたとでも云おうか。
だから、この、仮初は終わると思っていたのだが。

「どうした? 欲しいのか、私が」

どうやら、彼にとっては違うようだ。
きっと、ルルーシュは、彼が、自分たちの事を知っているなどとは
思ってはいないだろうけれど。

「困った、坊やだ」
「黙れ、――、」

真の名に、C.C.の唇は震える。
下手な発音だと、罵倒しながらも、許した。
唇は、簡単に、重なる。
自分は、魔女だ。
また、これも一興だと、括り、その指先を辿る。
受け入れたのは、自分だ。
だが、しかし、だ。
いくら、不老不死といわれても、疲労はある。
知識を得て、混乱による失敗は軽減されてはいるが
壊れてしまいそうな、くらいなのだ。
(さすが、ブリタニアと言うべきか……)
女の体は繊細なのだ。
彼と、手を繋げられる前の、切なる叫びに似た激しさは治まってはいるが
逆に、一度つなげて、それ以降、無言の威圧で交わされている現状。
解放されたものが、再び抑制されれば、苦しいだろう。
甘たるい快楽の淵、男と違い、女は尾を引く。
その分、睡眠の時間が削られるのだ。
それで、その原因が睡眠が十分だというのは、些か許せない。
それだけ。
それだけの、理由だった。








傀儡の兵士が護衛する、謁見の間。
先程、立ち去った、騎士のサインに皇帝は、完璧に固まっていた。
あの、襟の仕草は『屋根裏部屋で話そう』という意味もあるが
根本は『二人きりになれる場所へ行こう』だ。
それは幼少の環境故、だ。
つまり、だ。
(二人きりに、なろう。だと!! まさか……)
触れたあの日から、傍らに居てくれる時間は増えた。
しかしだ。
行為はあれ以来、一切ない。
サインを送っても、態度で示しても、挙句、言葉で言っても
呆けたように無視をし、無言で圧力をかけてくるのだ。
あのしなやかな脚は理想的であるが、蹴り技を喰らうのは、御免蒙りたい。
(スザクが? いや、いや、いや、ありえん!!)
何か裏があるのか、と考えながらも
彼の元へ行く算段を脳内で計算しだす。
ルルーシュは玉座を立った。






何を、しているのだろうと、思う。
そう思いながらも、自らが選んだのだ。
そうだ。
自分は、騎士だ。
マントの前を閉め、周りを見渡した。
カーテンの開かれた格子の窓から、夕の光が淡く差し込む。
此処は皇帝寝室の隣り、見取り図には描かれていない隠し部屋だ。
廊下の壁にあるカラクリ仕掛けを解くと、中へと入れる。
この部屋を見つけたのは、意外にも、スザクだ。
装飾としてある、柱の模様が気になり――スザクとしては色合いが微妙に
違うように見え、色々と弄ってみたら、開いたという所だ。
暫しの時が過ぎ、そして、気配を感じる。
音がし、扉が開く時。
身構えてしまうのは、もはや癖のようなモノだった。
此処に、誰が来るのか解っていても
警戒をする。
自身に向けられる『牙』を、完膚なきまでに叩き砕くように。

「………」

誰であるか、もう解っている。
ふわりと、空気が変わる。
硬くなった筋肉が少し緩み、その紫闇の瞳の冷たさが内部を揺さぶる。
マントの前を握り締めて、相手を見返した。
「何か、用か?」
腰に手を置き、問うのは皇帝。
答を求められている騎士は即座に言葉にしようとした。
(……何て言えばいいだろう)
一番、大切な部分を今更ながら気づく。
淫乱なイレブンといわれる。
誰にでも体は開くし、脚も開く穢れた騎士とも言われた事もある。
体を使って出世したのだろうとも言われた。
それに屈する事なく、今日まで此処にいるスザクであるが
彼には彼なりのプライドがある。
(俺から誘うのか? ふざけるな!)
冗談ではない。と。
内心で怒りが積もる。
笑顔などあまり見受けられなくなった騎士の表情は
怒りや冷酷な色は簡単に映し出す。
「……俺は、貴様を呼んだ覚えはないが」
出た答に、顔を顰められるのは当然だろう。
頭の良い彼だ。
自身を言い負かす程に、何かを言ってくるだろうと思っていた。
だが、相手は前髪を掻き分けながら溜息を吐く。
「解っている。だから、無理をする必要はない」
「え?」
微笑まれた。
事の意を理解したというのか。
その事実に、頬が熱くなるような感覚を覚えながら
スザクは相手を見た。
向けられていた瞳は逸らされ、スザクでさえ解るほど相手は落ち込んでいた。
「………」
唇を噛み締める。
何故、落ち込んでいるのか。
あれだけアピールしてきた相手が、此方がアピールし返せば
落ち込むとは――
「どれだけ、俺に触れられるのが嫌だという事は理解している。
お前の何気ない仕草に、誤解をしたのは俺だ」
「……え? 誤解?」
「お前にとって他愛もない事でもな、俺には重大なんだ。
この馬鹿が!!」
「は? 馬鹿…って、」
「解っている! ああ、解っているさ!!」
ブツブツと怒鳴り出す相手に、スザクは冷静になっていく。
癇癪だ。これは。
子供のように、喚く皇帝に騎士は苦笑する。
理解しているという。
相手は、その表面から全てを推測して。

「本当に、解っているのか?」

合う眼差し。
揺れる紫の奥は、綺麗なままで、少し眩しい。
瞳を伏せて、マントの前を少し、開いた。

「っ、」

息を飲んだのは、どちらだろうか。
すぐにマントの前を閉め、唇を開いた。
「知らない、だろ?」
動揺に見開かれた瞳は、すぐに細められ、クツリと笑まれる。
「ああ、知らなかった」
低い声色に、伸ばされる手がスザクの頬に触れる。
挑発的な眼差しと、態度とは裏腹に
互いに震えていた。


それは、まるで。











欲は捨てられないもの、だ。
人間であるのなら、尚更だ。
あの魔女にとっては些細な事で、抑圧を強いた。
少なからずの、負い目は同性の視点から考えて感じている。
だからといって、相手の好む態度はできはしないが
服装などは出来る。
考えに考えた姿が、このマントに隠れている体だ。
手袋と腕当てとニーハイブーツはそのまま、あとは裸。
もう少し、隠した方が良かっただろうかと思ったが
抱きしめる体の熱さに、良かったのだと把握して
自然に笑みが零れる。
その大きなマントがチラリズムと、体のラインを時折見せて、
スザクが気づかぬうちに顔に出している羞恥が
相乗効果を得ているのは本人気づいてはいないが。
「……皇帝陛下……んっ、ぁ……待って、」
「………」
「う、ぁ…待って……待てって!!」
押し倒そうとする相手の胸倉を掴み牽制する。
「っ、っ、もっと色気のある抵抗をしろ」
「そういうのは、別の子に期待してくれ」
多少の厭味が入っているが、相手は気にする風はない。
気づいていないのだろう。
「逃げたり、途中でやめたりしないから……あっちに、移動しよう
ルルーシュ」
「………ああ、」
しぶしぶと返事をするような様は、笑みを誘う。
共に、この部屋のベッドへ移動すると腰掛けて向き合う。
改めて見ると、何か居た堪れない。
スザクはもう一度、マントの前を手で閉めた。
「スザク……」
名を呼ばれて、唇が触れる。
熱い。
とても、熱いのだ。
唇を啄ばむようにキスをされて、視界いっぱいに映る美しい顔。
「スザク、お前……恥ずかしいのか?」
「なっ、なに、言っているんだい? 君は」
マントの前を閉める手に、ルルーシュの手が添えられる。
「そうだな。お前が、自ら選んでしてきた格好だからな」
クツリと笑まれる。
奥歯を噛み締めた。
ルルーシュは、スザクを揶揄っているのだ。
「うるさい…っ……うぅ、あ」
耳を舐められた。
縮こまる体ごと、ベッドに押し倒される。
ルルーシュの体を支える事など容易いのだが、相手は体の構造を理解しているのか
動作なく押し倒したのだ。
「はぁ、う…っ、ルルーシュ、待て…っ、」
キスをされる。
手が、優しく撫でて、スザクの体を震えさせる。
「ん、んっ、」
「はぁ…ん……敏感だな、お前の体も」
囁かれて、唇を噤みながら滲みだす瞳を向けた。
「……ホント……普通だったら、血祭り…だよ」
小首を傾げるルルーシュに、スザクは苦笑する。
理解してしまっている自身が、此処にいる。
ルルーシュが、此処に、在る為に
必要なのだ――きっと、あの魔女も同じ答を見つけている。
「んくっ、あ、そんな、事…しなくていい……っうあ、」
マントの隙間から手が侵入して、反応しだしているモノを上下に
愛撫されはじめた。
体は驚くほどに過剰に、反応を示す。
けれど、この『体』は。


血塗れた傀儡。
魂を持たぬ、兵器。


ココロは、もう何処にも、ない。
抱きしめられ、貪られ、何も、何も。
「ルルーシュ…るる、しゅ……」
温かい体は、涙腺を緩める。
何かを叫び出したくなり、心臓が苦しかった。
「スザク、」
呼ばれて、思い出す。

ああ、自分は、『スザク』だ。と。

抱きしめられ、体が軋む。
相手にそれほどの力はない筈だというのに、体が軋むのだ。
「…っ、すまない、スザク」
「え? あ、あっ、まだ、駄目…っ…っ、ぎ、うあああああ!?!!」
本当に限界だったらしい。
何も施しもないままに、穴に突き入れたてた。
「っぐ、うっ、」
初めてではないが、慣れてはいない。
痛みに耐性のある体であるとはいえ、性的なモノは別物だ。
「……スザク、」
申し訳なさそうな表情と、恍惚とした表情が混ざっている。
それは彼の二面性を現しているかのようだ。
「…っ…っ、ぎ…うぅ……」
まだ後位の方が幾らか痛みはなかっただろうか。
正常位とされる体位の方が痛いとは、皮肉だ。
「っ、はぁ、はぁ、う、いあっ、っ!?!」
締め付けに、顔を少し顰めながらも、ルルーシュが動き出す。
腰が浮かされ、ブーツの履いた脚が揺れる。
マントはそのままで、痛みに呻く体を貪られる様は
さながら強姦されているようだ。
「ぐぅ、ぎっ……ひっ、ううっ、んんっ、」
生理的な涙をボロボロと零しながらも、腰を浮かされた事で
晒される結合部分を見た。
「はぁ、う…るる、しゅっ……いっ、いたい、いたいっ!!!」
「はぁ…はぁ…痛い…だけ、か?」
紅く充血し、ルルーシュのモノを咥え込んでいる。
自身のモノは、痛みに一時萎えたかのように見えたが
液を滲ますほどに反応していた。
「んんぅ、んっ、あ、やっ、うあっ、」
乳首を摘まれ、体が跳ねる。
「くっ…うう、馬鹿、閉めすぎだ……はぁ、ぁ…スザク、」
「いっ、んんんっ、んっ、あ、痛い、いたい、本当に、いたっ…ぁぁ」
「…っ…スザク、」
合意があるから、和姦と言えよう。
そんな状況下で、ビクビクとモノが震えている。
イきそうなのだ。
「はぁ、はぁ、ルルーシュ、待って、いやだ、やぁ、あっ…」
久しぶりで、いきなり後ろでイくなど出来ない。
叫ぶが、その様は嫌がっているようではなかった。
「大丈夫だ…スザク、だから」
「っ…ん……ルルーシュ…ぅ、あ、うああああああああああ!!!」
内部の、前立腺と言われる部分を強く貫かれる。
脊髄から脳髄に響く電流が走り、明滅する視界と共に白濁の液が飛び散った。
「…ぁ…ぁ…うあ、あっ、ああんっ、あっ」
急激な快楽に、意識が飛びそうになるが
その間もなくに律動が開始された。
「ひあぁ、うっ、ぐぅぅ、あっ、るる、しゅ…ぃあ、」
翡翠色に煌く淡褐色の瞳は、ルルーシュを映す。
手が薙ぎ、その紫の両の瞳は、赤い瞳となる。
忌々しきそれは、けれど、ルルーシュの本来の視界となり
スザクをより一層鮮明に映すのだ。
「スザク、どうなって、いる?」
「ん…うん…っ、あ……ルルーシュの、中にいっぱいで……
ぐしゅぐしゅって、ぁ…うっ、ひあ…そんな、強くは…お腹が、破れ…る、うあ!?」
「もう、痛く……ないか?」
首を左右に振って、スザクは脚を絡める。
「痛い…痛い、けど……んんっ、あ」
「……いいのか?」
「んんっ、うん、うん……ルルーシュ、ぁ、あっ」
喘ぐスザクを包み込んで、ルルーシュは安堵の息を吐く。
痛いのは当然だ。
解っているのだが、止められない。
それは、スザクも同じだろう。

まるで、これが、当たり前のように、あるから

見失ってしまっていたのかもしれない。前までは。

手を繋いだのだから、だから、握り返される。
握り返した。
魔女は微笑んでいた。



でも、思うのだ。
脳裏の何処かで、それは囁いている。



いつかは、此処を飛び立たねばならぬ。



本当に赦してしまった、その時に。
本当は、もう赦してしまっている、それが溢れたときに。



呪われた、王の、鳥だ。












「……おい、」
声をかけられ、スザクは振り返る。
何処か気だるげな雰囲気が艶ある少女――C.C.だ。
「なに?」
皇居の通路の一角、格子の窓から陽が柔らかく注ぎ込んでいる。
「話が違うぞ」
「話って? 何の事かな??」
「せめて三日おきに、構ってやれと言った筈だが」
「構っているよ? 騎士として、王に仕えている」
呆ける相手は、解っていて呆けているのはC.C.にはお見通しだ。
溜息をついて、C.C.はスザクを見た。
「……また、アイツが何かしたのか? お前に、」
「別に、何も」
「差し詰め、強姦紛いにされ続けた挙句、甘えられ泣かれ、
最終的に気持ちよかったんだろうと誤解し調子づかれたんだろうが……」
「っな、なんで!?!」
慌てるスザクに、C.C.は瞳を細める。
それに、動揺した自身を鎮め、スザクは視線を逸らした。
「…………まぁ、いい」
あっさりと言われ、思わずスザクはC.C.を見る。
また何かを言われると思っていたからだ。
「なんだ?」
自身の感情の揺れを、スザク自身把握していないのだ。
答える事もできずにいる騎士を、魔女は笑う。

「残念ながら、それはもう手遅れ、だ」

言葉は何処か自嘲を含んでいて

「溢れてくるさ、止められはしない」

囁かれた言葉は、さながら予言のようだった。








(終?)
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ヤンデレツンなスザクです
似た者同士、スザクとC.C.。
ただ、スザクは自覚度が足りん。

ルルCCスザの3Pは、またの機会に。(おいおい)

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新刊へと掲載いたします。
3Pは、そこで行われる模様(爆)