■□静寂なる、白き王の。 〜八〜 <<noveltop
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ざわめき、騒音。
他愛もない日常の一角。
大型のトラックは、ガードレールに突込み、横転。
黒々とした煙を上げて、行き交う人々の瞳に留まる。
運転手だったであろう者は呆然とそれを見て、
喧騒の中、サイレンの音がけたたましく響いた。

轢かれるという思考はあった。
だが、それ以上に、合った瞳と、映してくれている事実に
笑みが零れる。
瞬間に、体が弾き飛ばされる感覚と
痛覚がない事に安堵した。
意識が遠のく中で、それはとても温かいものに包まれた。
あたたかくて、あたたかくて。
あの、時と、同じ。

ゼロが、悪逆皇帝であるルルーシュを突き刺し
剣を抜ききる前の一瞬の抱擁。

あの時、お前は泣いてくれたのだろう?

嘘ばかりの自分が、確かに生きていた証拠だった。

「ルルーシュ!! ルルーシュ、そんな……いやだ!!
ルルーシュ!!!ルルーシュ!!!!」

叫んでいる。
泣き叫んでいるとでも言おうか。
それは、いつのスザクだろうか。
否、そんな事、関係ないのだ。

「ルルーシュ!! ルルーシュ!!
……っ…もう……いやだ……生きて……生きてくれ!!!」

俺を憎んでいたお前が
お前が、生きろと、言うのならば。

「………スザク……」

視界には、顔面を蒼白させたスザクがいた。
遠くから、喧騒とサイレンの音がする。
無駄に働く脳が、周りの状況を整理し出す。
蒼穹の空が近く、撫でる風は冷たい。
何処かの、屋上のようだ。
包み込む温かさは、スザクがルルーシュを抱きかかえているからだ。
瞳を開き、言葉を発した事に
スザクの表情に安堵が宿るが、すぐに鋭い瞳となる。
「路上に飛び出すなんて、何を考えているんだ!!
俺が、いなかったら、お前はっっ、」
咽喉が変になり、口調の荒々しさに彼が本気で怒っているのが解る。
地に座るように下ろされたルルーシュは、身を離すスザクへと手を伸ばした。
「ああ、お前の怒りは解らないでもない……だが、
それだけでは、俺の怒りは収まりそうにもない」
淡褐色の瞳を睨み返し、
「歯を、喰いしばれ!! この馬鹿がっっ!!!!」
怒鳴り、その手は右から左へと振り切られる。

バシンッ

乾いた音が立ち、ルルーシュの右手はジンジンと痛み
スザクの顔が傾く。
呆然とした表情で此方へ顔を向けるスザクの頬はじんわりと赤くなった。
それに益々、感情が吹き荒れて
ルルーシュはポケットから、あの手紙を出す。
「あ……」
間の抜けた声を聞きながら、目の前でビリビリと手紙を破り、そして捨てる。
状況に付いていけていないスザクの両腕を掴んだ。
「俺から、離れるなんて許さないっ」
ルルーシュの声は唸るような低さだった。
「っ……、わ、私は、君の事が、」
「嫌いだと? ならば、嫌いな者に態々、手紙など置いていくか?
俺を助けたり、説教をしたりするのか!!」
瞳が揺れている。
苦しげに歪んで、左右にスザクは首を振った。
「駄目だ……駄目なんだ、駄目なんだよ!!!
そうでなければ、いけないんだ……
解ってくれよ!! ルルーシュ!!!!」
掴むルルーシュの手を、スザクは振り払った。
「解っていないのは、お前だ!!!」
顔を顰め、ルルーシュは顔を手で覆う。
「ぐっ…ぅ…」
「ルルーシュ、」
ズキズキと全身が痛む。
気遣いの手を払い、ゆるりとルルーシュは立ち上がった。
「離れる事は、許さない……お前が、生きろと、言ったのだから」
覆っていた手を離す。
華麗に、その手は宙を裂くように
声は空間を律するように

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる
――俺の為に、俺の傍らで生きろ!!!!」

息を飲むスザクの前で、その紫水晶の瞳は
紅血石のように染まり、赤い鳥が光となって飛び込んでくる。
「君は……っ……」
それは、ギアスだった。
ルルーシュ・ランペルージが持っている筈のない、『王の力』だ。
「……私に、ギアスは、」
指先はスザクを指し示し、瞳は強く煌く。
「これは、願いではない。
これは絶対尊主の命令であり、呪いだ。
お前に『神』の許しはなく、頭を垂れるのも『神』ではない」
太陽を背に、立つ様は神々しく
表情は冷徹に染まり、戦慄くスザクを
見下ろす眼差しは慈悲深さを見せる。
瞳に宿る鳥は、律するように佇んでいた。
「コードの呪縛から解く事も、他へ譲渡する事も許さない。
世界が果てるまで、永遠と進んでもらう」
驚愕は、戸惑いへと変わり
震えるスザクの前へ、舞い降りるように膝をつく。
「……私は……私は、」
「俺の上に立つ者はいない。
幸せであるか。
生きる意味を決めるのは、俺自身だけだ」
その翠に煌く、淡褐色の瞳は、彼の色だ。
「俺は何度も、お前の前を駆け抜けよう。
それを、この手で掴め」
両手で、スザクの手を包んだ。
「……そんなの、」
「掴み、捕まえてみせろ。もし、それが出来たなら」
赤く染まった瞳の、鳥が羽根を終い
紫水晶の瞳へと戻る。
それは、支配者の色。

「スザクを、愛してやる――王の慈悲だ」

首を左右に振る、スザクは苦しそうだった。
「私は……私は、僕は……俺はっっ」
伝わらないのなら、全てで伝えるだけだ。
こんなに、ルルーシュという全てが、目の前の存在に震えていると。
何かを叫ぼうとするスザクを抱きしめる。

――俺は……俺は……

あの教会と同じ、震えているスザクを。
あの時は、抱きしめる事をしなかった、スザクを。
「俺に、お前を想わせてくれ。なぁ、スザク
お前が、いなければ、駄目なのだと知っているだろう?」
それは、きっと。
「俺は……っ……ごめん、ごめん…ルルーシュ、俺は」
スザクも、同じ筈だ。
こんなにも、内が打ち震えている。
謝罪を述べるという事は、許されたいと願っているという事。
だが、一番に、許していないのはスザク自身である事も知っている。
告げたい言葉は、たくさんあった。
今は、そう、告げるのは一つだ。

「ただいま、スザク……待たせてしまったな」

抱きしめている、自身より逞しい体がビクついた。
ひゅっと咽喉が鳴る音がして

「うああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

嘆叫だ。
嗚咽だ。
肩口に顔を埋めて、戸惑いがちに回される腕に
儚さを感じて、ルルーシュは強く抱きしめる。
すれば、縋みつくようにスザクは抱き返してきた。
泣き叫ぶ声は、痛くも心地がよかった。
それは、スザクに触れているという事だ。
視界が、現と混ざる。
伸びる、その鎖は、スザクを絡み取る事は出来ない。
『神』さえ得る事の叶わない、鳥だ。
泣き続けるスザクの背中を苦笑交じりで、撫でる。
視界が滲んでいるのは、気のせいだと思って。
ふわりと風が頬に触れた。
スザクを抱きしめたまま、視線を向ければ
変わらずの魔女が立っていた。
「随分と永い、旅だったな」
彼女の言葉に、クツリと笑みを浮かべる。
「良い暇つぶしに、なっただろ」
「それはそれは。色々とな、」
C.C.の眼差しは、言葉とは違い、とても優しい。
その表情を、彼女は気づいてはいないだろう。
「お前の、約束も果たす」
「酷いな、次いでか?」
クツクツと笑うC.C.を見つめて、そして腕の中のスザクを見る。
大きく広がる、安堵は
ルルーシュの貼り詰めていたモノを切った。
「……っ……るるーしゅ? ルルーシュ!! ルルーシュ!!!!」
倒れるルルーシュをスザクは涙を拭わないまま
腕で抱きとめる。
息はしているが、瞳を開く気配はない。
「ルルーシュ!!!」
「落ち着け。気を失っただけ、だ」
ルルーシュの体を揺さぶるスザクの肩に、C.C.は手を置いて止めた。
不安げに揺れる瞳を受け止め、息を吐く。
「お前が言っていた通り、コイツはルルーシュであるが『ルルーシュ』ではない。
記憶は、その者の『個』だ。
断片的であるようだが、ルルーシュの『個』に、『ルルーシュ』の『個』が
甦った…思い出したとも言おうか。
本来、一つしかない『個』が二つとなり
混乱が生じている――坊やだが、無駄に脳は働く。
脳内整理と定着させる為に、一端、止めたんだろう」
少し休めば、大丈夫だ。
そう、金色の眼差しが宥める。
スザクは瞳を伏せると、また涙が零れた。
「駄目だな……俺は、」
「ああ、それは知っている」
気絶したルルーシュをスザクは抱きしめる。
「本当に、駄目すぎるよ……本当に」
青い空は、高く、けれど何処までも澄み渡っていた。






陽が傾く、少しだけ開いた障子の合間から
翳りの畳に淡光が差し込んだ。
敷かれた布団に横たわるルルーシュは、規則正しく寝息を零す。
その額に手をあて、ゆっくりと骨ばった手は撫でた。
「今だったら、何処へでも消えられるぞ」
部屋の片隅のC.C.はチーズ君に横たわりながら提示する。
「そうだね」
頷いたスザクは、とても穏やかだ。
「でも、命令されてしまったから……『絶対尊主』なんだろ」
「ああ、そうだ」
前髪の合間から見えるコードは消えてはいない。
C.C.は笑った。
やはり、目の前の男に声が届くのは、只一人だけだ。
よくぞ、この頑固者の石頭を打ち砕いたと賞賛すべきか。
伊達に『枢木病』ではなかったと言うべきか。
随分と面倒を被ったが、その愚かさは、嫌いではない。
何より、その呪いといった願いは
至極、簡単で純粋なモノだ。

「スザク、これは、はじまりだ。
永い、永い――」

「ああ、」
頷いたスザクの瞳は、何者にも歪められない、本来の色だった。
永い旅路。
その終着と言える世界の果て、彼自身さえ知らない
本当の目的が昇華された時
人は新たな扉を開くのだろう。
笑みを浮かべて、C.C.は瞼を下ろす。
永い旅路を歩むスザクの手には、しっかりとルルーシュの手が握り締められていた。

ただ、今は
静寂の中、光は白く染め上げ
王の目醒めを讃えていた。




(終)
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ガツンと正直に、ぶつかるしかねぇ!!
それも包み隠さずにね!
ってな具合で、静寂なる〜終わりでございます。
その6〜その8まで一気に書き上げました。
なので、連日でありました。
ルルーシュ、傲慢すぎじゃないかと思いますが
これくらいしねぇと駄目かなぁ…と思うワケです。
一貫して(私はそのつもり)の捏造設定を使用していますので
随所に『?』な部分があるかと思いますが
それは同人誌の方で……おいおいと。
あとは、ゆる〜い、その後な番外編を書けたらなぁ思います。
拍手、コメント、ありがとうございます!!

+++++++
お調子者ですので、ちゃっかりしっかりと、お約束で番外編書いてます。