■□とっても触りたいもの。 <<noveltop
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黄色の、何とも言えない物体。
危機的状況――とは言っても、彼女にとっては生命の危機というのはないのだが
所謂、そう言われる状況下でも、それを抱きしめていた。
そして今は皇帝陛下になる予定の男に奪われ、洗濯、陰干しされて
きらっきらとなった、その物体。
そもそも、この物体は何を模しているのだろうか。
と、飛びそうになる思考を戻して
キングサイズのベッド上に鎮座している、その物体――チーズ君人形を見た。
そして、スザクは周りを見渡す。
広い室内。
だから、落ち着かないワケではない。
誰かいないか、確かめただけだ。
シャツにズボンという軽装で、ベッドに近づく。
厳しかった眼差しは、けれど
「……」
その、チーズ君に手を伸ばした瞬間、緩んだ。
「何を、している。」
突然の声に、手を引っ込め、見れば隣に彼女がいた。
「C.C.…」
「しかも、ニヤついていたな」
「……ニヤついてなんか、いない」
「そうか?」
シャツ一枚と、女の子として大丈夫なのだろうか思う服装に
時刻は夜半。
それを平然、当たり前と思ってしまうようになった。
ぎゅっとチーズ君を抱きこんで、C.C.はベッドに座った。
スザクも、自然に、彼女の隣りに座る。
「これが、触りたいのか?」
ルルーシュを許したワケではないスザクは、当初、計画に賛同しつつも
彼や彼女とのコミュニケーションは皆無に近く事務的なモノだった。
その原因である彼は、それに平素を装いながらも戸惑いを見せてはいたが
彼女は変わらなかった。
きっと、彼女は誰であろうと、彼女自身は、彼女のまま。
そして、とても優しい女性であるのだと。
「別に、触りたいワケじゃ……」
「なんだ、触りたいのかと思ったんだが」
すっと差し出されるチーズ君。
枢木スザクという従順なラウンズは、けれど、実質は頑固で餓鬼大将気質。
粗暴な所がある。
しかしだ。
昔から、小動物や、ぬいぐるみのような可愛らしく愛くるしいモノが好きだった。
「触っていいのか?」
「いいや、許可しない」
問いかけに、即答。
クツリと笑うC.C.に、ムッとした顔をする。
その表情は冷酷なモノではなく、瞳は冷たく濁ってはいない。
幼い子の、純粋なもの。
「なんだよ。そう言うんだったら、少しぐらい」
「駄目だ。これは、私のものだからな」
「そうだけどさ……」
「別に、触りたいワケじゃなかった……ではなかったのか?」
「……触りたくなった、触らせて」
C.C.に正直に言えば、彼女はその不思議な色の瞳を瞬かせて
そして、また笑う。
「ふふ。アイツより正直で素直なのは、美徳だな」
「彼と同じなんて、とんでもないし、お断りだからね」
ニッコリとスザクは笑う。
「言うな、お前も。それを聞いたら、アイツは泣くぞ」
「そう? なら、覚えておくよ」
そう告げた時、ちょうど扉が開いた。
確かめる必要はない。ルルーシュだ。
ワイシャツにスラックスの軽装の彼は、ベッドの上の2人を見る。
「噂をすれば、何とやら…だな」
「そうだね」
その会話を耳にしながら、ルルーシュは歩みよってきた。
「何の話だ?」
「さあ、他愛もない話だ。なあ、スザク」
「ああ」
頷くスザクは、ルルーシュに瞳を向けない。
その麗しい顔は崩れず、けれど、唇を何度も開いては閉じて
何か言おうとしているルルーシュに、スザクは気づけなかった。
彼も、スザクに憎悪を向けている。
だが、彼は、とても情が深い。
それこそ、愚かなほどに。
許していたのだ。受け入れて。
元通りは無理であろうが、普通に会話をしたいと思っているのは
言わずともC.C.は解った。
残念ながら、言葉にしないと理解できないスザクは全く気づいてはいないけれど。
結果が失敗だと見えていれば、ルルーシュは示さない。
失敗であれど、示さないとスザクは理解できない。
全くもって、面倒な2人である。
「スザクが、私の許可なしで、チーズ君を触ろうとしたんだよ。
ニヤついて、それこそ、襲う勢いだ」
「っ! だから、ニヤついていない!」
冷めた表情が消えて、スザクが熱く反論してきた。
そんなスザクを眩しげにルルーシュは見て、C.C.の腕に抱かれるチーズ君を見る。
「その黄色の物体をか? ただのぬいぐるみだろ」
「ただの!!! あんなに可愛くて、触り心地よさそうなものを
ただのって!! どういうつもりだ!! ルルーシュ!!!」
怒鳴りつけたのは、スザクだ。
彼がルルーシュに怒鳴るのは、一日に一度は必ずある。
しかしだ。
今のような他愛もない事では初めてであった。
「ぬいぐるみだろ、その素材なら、」
「見て、あれが、良いものだって解らないのかい? 君は!
最低だよ!!!」
何か、彼の琴線に触れたのか。言葉は辛辣である。
口喧嘩なら、ルルーシュが圧勝であろうに、スザクの剣幕に負けている。
しかしだ。
C.C.は笑む。
「ほう。触れた事もないのに、これの良さが解るとは……やはり
違うな、お前は」
すっとチーズ君を向ける。
「撫でる事を許可してやろう」
「本当かい! やったぁぁ!!!」
先ほどの、冷徹に事務的に、そんな彼は何処かに消えうせて
キラキラとした眼差しで、そのチーズ君に触れる。
母性本能というものを擽る表情だと、C.C.は思う。
ふと、横に視線を向ければ、チーズ君を睨みつけるルルーシュがいる。
「子供か、お前は」
小さな呟きは、
「なんだ?C.C.」
しっかりと、ルルーシュに届いた。
「そんなものの、触り心地などたかがしれている!」
腕を組んで、言い切るルルーシュを、スザクはチーズ君を撫でながら
睨み上げた。
「なんだい? 他に、良いものでもあるっていうのか? 君は」
言葉は冷たいが、前より棘はない。
その変化にルルーシュは気づいているだろうか。
前は『貴様』だったのが、『君』に戻っている事に。
「ある!!」
断言する。
「此処にないものは、却下だよ。ルルーシュ」
「愚問だ。そこに、あるだろ!!!」
ビシッとルルーシュが指さす。
それにスザクとC.C.は首を傾げた。
指差す場所にある、モノは。
モノというより、在るのは。
「………おい、」
C.C.は溜息をついた。
さすがに、それは、退く発言をしそうであったからだ。
しかし、彼は止まらない。
「ルルーシュ? 僕は何も持っていないけれど」
「それだと、言っているだろ!!」
「やめておけ、る――」
C.C.は止めようとした。
だが、

「スザク! 特に、お前のお尻の触り心地は至高の一品だ!!!」

高らかな宣言。
固まる空気。
「…………」
何を言えばいいのか、解らない。
固まったスザクに、ルルーシュは眉を顰める。
「良さが解らないとは、愚かだな」
良さが解らずの無言ではない。
「……そもそも、お前、触った事があるのか?」
そう思わず、問いかけてしまったC.C.は発言の後、失言だと気づく。
「ない!! 全く、これっぽっちもない!!
そんな変態さんな事を、しないよ!!
触ったり、揉んだり、舐めたり、ましてや噛んだりなんて
絶対にしていないよ!!!」
否定したのは、スザクだ。
慌てた即答の捲くし立ては、もはや肯定である。
「お前たちが、爛れた行いをしていた事は知ってはいるが
あれはお前の下手さではなく、本気の悲鳴だったのだな
……童貞で、変態とは救えないぞ」
「なっ!! 何を言っ、」
「本当の事だ。まさか、隠しきれていたと思っていないだろうな?
隣りの部屋に筒抜けで、聞かされる此方の身になれ。童貞坊やが」
「黙れ魔女!!」
顔を真っ赤にさせて、怒鳴るルルーシュに、C.C.は軽く鼻であしらう。
「しかし、だ。
体力の高さは評価するが、たかが軍人の男の尻に
チーズ君が負けるわけがなかろう!!」
「ふっ、負け惜しみにしか聞こえないな」
いや、そうではないだろう。
しかし、此処にツッコミを入れられる人物は
完全に乗り遅れている。
口論しだす二人に、呆然としていた。
それが隙となり、ましてや、守るべき存在に付随する『女性』である事が
「ならば、確かめるまでだ!」
勝気に笑って言うは、怒りを抑えての表情。
C.C.はチーズ君を脇に沿え、俊敏な動きでスザクに手を伸ばした。
女性であるので力はたかが知れているが、体の構造を少なからず熟知しているのか
横に倒れこむようにスザクを押し倒した。
「は? え?」
軽装であるから、簡単にズボンをズリ下ろす。
彼女らしからぬ行動は、その些細な怒りに血が上っている所為だろう。
チーズ君は、至高なのだ。

ぷりんっ

黄色人種特有の色の、お尻が弾むように露になる。
女性のような丸みはないのだが、小尻で整っており、綺麗であった。
男であるから当然であるが、それでも小さめの尻に些か、不服なモノを感じながら
「おい! C.C.!!!」
怒鳴る童貞、もといルルーシュを無視して、そのお尻に手を添えた。
「ひゃ……あっ、…っ……」
体温の低いC.C.の手は、体温の高いスザクにとって冷たく
強い刺激となる。
口をスザクは押さえるが、時既に遅い。
C.C.は、その触った状態で止まった。
当然ながら、チーズ君が一番である。
これの良さは触り心地だけではないからだ。
しかしだ。
すべらかで肌理細かく、ほどよい張りと弾力と瑞々しさ。
手に吸い付くような、良き感触。
小刻みに震えて、向けられる、その瞳は
加虐心を刺激する。
そうだ。
この枢木スザク。
他人には、意外にドS行為を――特にルルーシュには――しつつも
彼自身はドMであるのだ。
マズイ。
これは、マズイ。
C.C.はお尻から手を離した。
「お前!!何をしでかしている!!!」
「なんだ、羨ましかったか?」
睨みつける、その共犯者。
顔が真っ赤にしつつ、チラチラとスザクの尻を見ていては明白すぎる。
ブラックリベリオン後、彼らは一切、そういう接触はない。
高らかに宣言するほど、好んでいるお尻を、目の前で触られては
羨ましい事この上ないだろう。
「触り心地は、確かに良いが
チーズ君には遠くも及ばないな」
言い切って、その尻を見る。
あの触り心地を思い出すと、確かに触りたくさせる。
首を左右に振り、色々と可哀想な状況に追いやられているスザクの
晒された尻を、隠してやるように下ろしたズボンを戻した。
すると、バッとスザクが起き上がる。
険しい表情は、それこそ威圧で人を殺せるほど。
それが向けられるのはC.C.ではなく、ルルーシュにだ。
とんだトバッチリだ。
多少、C.C.は同情する。
ギリッと奥歯を噛む音がして、彼は盛大に叫んだ。

「俺の尻は、玩具じゃない!!!!!!!!!!」

時は止まる。
言っておくが、彼の威圧に怯んでではない。
その才ある頭脳を持つルルーシュも、明晰なC.C.も
言葉の処理に追いつかなかった。

ああ、コイツは、空気の読めない男だった。
そして、とても天然。

「だいたい、君たちは……って、あれ?」
呆然としているルルーシュ、そして脱力をするC.C.。
説教しだす相手への態度ではない。
息をついて、C.C.はチーズ君を抱きしめ立ち上がった。
「ちょっと、何処に行くんだ!」
スザクが引きとめる。
しかし、C.C.はドアの所までスタスタと歩んだ。
彼の説教は長い。
ルルーシュであれば、回避は容易なのだが
彼の場合は、途中での回避は不可能である事を最近知った。
体力馬鹿であるのは確かであるが、頭の回転は早い。
所謂、天才の教育は難しいという方面に部類されるだろう。
ふと、思い出した。
あの3時間耐久、説教を思い出して遠い目をする。
あれは、ごめんだ。
しかし、今日は、別口だ。
ルルーシュに視線を向け、クツリと笑う。
「あとは二人で、じっくりと話し合え。じっくりとな」
「おい、待て!!」
ルルーシュの制止を聞かず、部屋を出た。
チーズ君を抱きしめ、ふっと息をつく。
そして、ニヤリと笑った。

明日は、新作ピザを特別サービス決定だ。







静まり返る室内。
ドアに向けられた紫水晶の瞳を、ベッドに座るスザクへ戻す。
ぷいっと顔を背けられた。
話すことはない、という意思表示なのだが、幼い。
ついでに、尻を手で隠している。
「何故、隠す」
思わず呟いてしまった言葉に、
「別に。意味はないよ」
顔を背けたまま返された。
「………」
「………」
会話が続かない。
ギリッと歯を噛み、眉をルルーシュは顰める。
元に戻る事はできない。
許される事はない。
しかし、だ。

話がしたかった。
瞳を合わせてほしかった。
触れたかった。
触れてほしかった。

C.C.のあるベクトルは違う。
あった、その、ルルーシュには
スザクしか残っていなかった。
そして、全てが、彼へと向けられているのだ。今は。

否、前から、ずっと。
比重が追加されただけだ。


「……触られただけで、声を上げるとは
変態めが」
口から出るのは、責め立てるもので
彼を怒らせるもので。
胸が苦しかった。
あるはずもない。残ってはいないはずの、心が。
「誰の所為だよ!! こんな風にしたのは―――……」
言葉は続かない。
しまった。と。
失言だ。
スザクの表情は動揺が色濃く現れ、そして瞳が合う。
その瞬間だ。
互いの頬は赤くなった。
一歩、近づくと、スザクは拳を握り締め構える。
殴るという意味合いだろう。
だが、彼の得意とするのは蹴技だ。
怯むと思われた相手が近づいてくる事に、スザクの肩が微かに震えた。
「では、問おう。
お前を変態にさせたのは誰の所為なんだ?」
「知るか! 君に教えるつもりはないよ!!」
怒鳴りつけられても、恐くはなかった。
瞳が在っているからだろう。
「シュナイゼルか?」
「あんな、君より高貴で聡明な方が変態なワケがないだろ!」
ギシッとベッドが軋む。
シュナイゼルの良い評価に、腹が立ったが構わず、続けた。
「ブリタニア軍の余興というものか?」
「君みたいに悪趣味な者はいない!」
近づけば、スザクは離れる。
「ならば、貴族か?」
「僕に接触するほど暇な方はいないし! そもそも、そういう趣味はない」
後ずさるスザクの足がシーツに滑り、
肩肘をついた体勢の相手へ圧し掛かる。
「特派…いや、今はキャメロットか。
その連中か?」
「良い人たちだよ! 君とは大違いだ!!」
様々な可能性を潰して行く。
そして、一番、該当されるだろう重要人物を口に出した。
「では、あの金髪三つ編みじゃらじゃらの、ヤツか?」
「……えっと、ジノかい?
彼は年下だけど、君みたいにずるくないし、厭味な奴じゃないし
弱くないし、多分、童貞じゃないと思うし、
そりゃ多少、スキンシップ激しいけど…可愛いし」
「やけに褒めるな」
「君は嫌いだけど、彼は嫌いじゃないからね。
良い奴だよ」
忌々しい。
腹立たしさ最高潮であるが、それは一応、保留としておこう。
そろそろチェックメイトを仕掛ける時だ。
「なら、誰だ?」
「だから、教えるつもりは」
顎を掴み、開いた脚の間に体を割り込んで、寄せる。
体勢は、正常位のそれと似ていた。
此処で一つの不安要素は、スザクの実力行使だ。
「お前の、友達だった、厭味で優しくない最低の男か?」
「……なに、他人事みたいに言ってるんだ。
君の事だろ?」
呟いた言葉は肯定。
直ぐ様、しまったと表情を変えるが遅い。
緩んでしまう表情を押さえ、それでも付いている手を握り締めて
ガッツポーズを決めつつも
ルルーシュは顔を近づける。
「君なんか、嫌いだ。おかしな事をしたら、殴り飛ば……んんっ、」
両頬を、そっと包んで、唇を寄せた。
「俺も、お前なんか、キライだよ」
それは、どんな言葉よりも深い意味合いの。
一年と半年ほどぶりの、唇は変わらず、甘く熱かった。



(終)
++++++
むしろ、私が触りたい。