なのはにとってユーノとは、気が付けば、隣に居る事が、居てくれる事が当たり前な存在であった。 彼が微笑んでくれると心がポカポカして、体が軽くなる。溜まっていたはずの疲れは何処かに吹き飛んでしまう。 どんなに危険と云われる任務であっても、彼の優しい声を聞けば、恐怖は微塵も生まれてこなかった。 如何なる障害が自身の前に立ち塞がろうと、彼が背中を護ってくれていると思うだけで、無限の力が湧き出てきた。 今にして思えば、その全ての気持ちが〝恋〟と呼べるものから来るものだったのだろう。 ユーノへの想いをはっきりと自覚した時、なのはは直感的に、そう思った。 そして、決心する。 ―― ユーノくんに告白しよう、と ―― しかし、それはあまりにも不本意で、唐突に、そして理不尽な形で行われてしまった。 ユーノとなのはの想いが重なったのはほんの一瞬。刹那とも云える。 その僅か数秒後、ユーノはこの世から存在を消した。 いや、消されてしまった。 何故、このような出来事が降り掛からねばならないのか? 何故、ユーノの命が失わなければならないのか? 色んな自問自答を繰り返す中で、なのはが辿り着いた答えは意外にも一つに収斂していく。 至ってシンプル。 単純明快。 ―― 自分に〝力〟が無かったせいからだ ―― そこからなのはは貪欲なまでに〝力〟を求めた。 何事にも屈することなく、どんな障害をも撃ち抜き、あらゆる悪害から全てを護る事が出来るように。 神様なんか信じない! 信じるのは、信じられるのは……自分の力だけなのだから!!
魔法少女リリカルなのは_Ewig Fessel
Episode 09:Verwicklung - 錯綜 ――Chapter 03―― 「あの人はっ! 彼はっ! ユーノ君なのですかっ!!」 壇上に立つリンディは、立ち上がり己の感情をぶつけるかの如く、否ぶつけながら叫ぶなのはを沈痛な面持ちで見ていた。 リンディはなのはの気持ちが痛い程、それこそ手に取るように分かる。分からざるを得なかった。 今のなのはの姿は、少なからずかつての自分を彷彿とさせるから。 愛しい人を失う。奪われてしまう。 それは何物にも代え難い苦痛。 今まで自分の人生を構成していたものの大部分をごっそりと奪われるのだから。 更に言えば、なのはは自分よりも辛いと言えるのかも知れない。 何故なら、当に目の前で目撃してしまったのだから。愛しい人の死の瞬間を。 〝あの事件〟の後、なのはがしていた行動から、受けた衝撃の大きさが計り知れないものであると云う事は 明白すぎる事実。 だからこそ辛かった。〝真実〟をなのはに伝える事が。 そして、怖かった。それを聞いたなのはが一体どうなってしまうのか、を。 故に、この会議が始まる前になのはをこの場から外そうとも考えた。 けれども、しなかった。幾ら隠し通そうとしても、いずれは伝わる事。 いや、今の彼女ならどんな手段を用いても手に入れようとするに違いない。 そして、知った時に起きるだろうなのはの感情の矛先を誰かに向けさせる訳にもいかなかった。 ならばせめてその矛先は自分に向けさせるべきだと、リンディは会議に臨む前に既に決心していた。 それは上司としてではなく、同じ悲しみを経験させられた一人の女性として。 「……〝彼は〟」 ゴクッと誰かもが息を呑む。 「ユーノ君であって、ユーノ君でありません。全く別の〝何か〟です」 「っ!!!」 どこまでも冷静な、それでいて冷徹な声でリンディは言葉を発す。 会議室に様々な感情が奔っていく。故に誰もが気付けなかった。気付く事が出来なかった。 発せられた言葉にどれ程の悲しみが含まれていたかと云う事に。 「そんな、そんな事はありません! だって彼がしている髪留めは「黙りなさい」……っ!!」 なおも食って掛かろうとするなのはをリンディは一喝する。 静かだがそれでいて有無を云わさぬ迫力にたじろがされるなのは。 リンディは手早くコンソールを操作し、とある資料をメインスクリーンに出す。 「私が良いというまで、貴女には発言を許しません。破れば、この場で拘束・退場してもらいます」 「……っ」 なのはは、唇を真一文字に結び、何かを耐えるように席に座り直す。 リンディを見る彼女の一対の瞳に宿る感情は、〝負〟。 それも色んな物がごちゃ混ぜになっているような代物。 リンディはそれを反らすことなく真正面から全てを受け止める。 「まず、〝彼〟の前にこの〝剣〟と〝正十二面体の金属〟について現時点で判明している事を説明せねばなりません。 最初にこの剣は――」
――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― 「―― 〝セカイ〟を維持している楔、か。全く以て厄介なものだな」 ユーノは眼前でゆっくりと回転する剣の映像を観ながら呟く。 これまで破壊してきた剣の数、合計3つ。 〝セカイ〟を維持する為に、崩壊しない為に、尤も脆い部分に補強の意味で突き立てられている楔の役割を持つ剣。 「済みません、ユーノ様。まだ残りの〝2つ〟は発見出来ていません」 ユーノの傍らに佇むセフィアは、片膝を付き申し訳なさそうにしていた。 先程まで居たエステル達は既にここには居ない。新たな候補地へと調査に出向いている。 しかも、徒労に終わる可能性が充分に高い。 けれど、セフィアの発言に対し、ユーノは苦笑するだけ。 ユーノには彼女達を責める気は毛頭無い。何せ物が物なのだ。 逆にこの短期間で5つの内3つを発見し、尚かつ破壊出来た事自体が幸運だったのだから。 「それは仕方のない事だよ、セフィア。僕らが眠りにつかされてから幾星霜もの刻が経っている。 楔の位置 ―― 〝ホットスポット〟は一定の位置に留まらない。 良くも悪くも拡張し続けているんだから、この〝セカイ〟は」 だから歪みも酷いんだけどね。 そう語るユーノの表情はどこか憂いていた。 「だから完全に歪みきる前に、僕らの手で修正しなければいけない。既に〝セカイ〟は破綻しつつあるのだから」 そうだろう? 問い掛けるユーノに対し、セフィアは頷く。 だからこそ自分たちは此処に存在しているのだから。今度こそ失敗する訳にはいかないのだ。 〝セカイ〟をより良い方向にしていく為には。 「昔も、そして今も、人間達は、魔力を、魔法を自由気ままに使う。元となる魔力素が有限とは知らずに。 魔力素がセカイを構成している〝――〟達の核(コア)とは知らずに、ね」 この話はこれで終わりと言わんばかりに、ユーノは剣の映像を消す。 と同時に、周囲一体が一瞬にて広大なフィールドへと変貌する。 「ユーノ様?」 一体何をなさるのだろう? 不思議がるセフィアだったが、それも束の間の事。 「ただ調査結果を待ってるだけでは退屈だからね。鍛錬でもしようかと思って。セフィアもどう?」 「は、はい! 喜んで!」 思わぬ申し出に、心が嬉しさで一杯になる。 どんな形であれユーノと一緒に、二人だけになれる事には違いないのだから。 互いに自分の左胸に右掌を当て、そして唱える。 「「〝Vernunft betreuenrt〟」」 セフィアの両手には膨大な風を纏う大戦斧が。 そして、ユーノは銀色の外套をその身に纏い、淡い光を周囲に発生させる。 「何時見ても綺麗ですね、ユーノ様の〝ガイアス〟は」 セフィアは、ほぅっと至福の表情でユーノの〝ガイアス〟を羨望の眼差しで眺めていた。 ……ただ、大戦斧を構えながらではいささか異様な光景ではあるのだが。 「セフィアもその様子を見ると、完全に勘を取り戻したみたいだね。以前とは圧縮率も量も比較にならないようだし」 「ほ、本当ですか!?」 「ああ、本当だよ。頼もしい事この上ない。頼りにしているよ」 「はい、頑張ります!!」 ユーノの言葉を受け、更に幸福感がますセフィア。 いつもの毅然とした表情は見る影もなく、本当に柔和な顔を見せていた。 けれでも、それも束の間。 「僕らの扱う力そのものがセカイの意思たるものだ。故に〝魔法〟に遅れを取る事などあってはいけない」 ユーノのこの言葉によって、気を引き締められる。 彼の言わんとしている事が分かってしまったから。 何故ならセフィアは十日前に、その〝魔法〟に一時的とは言え追い詰められたのだから。 あの時、ユーノが来てくれなければどうなっていた事か。かなりの醜態を晒す事になったのだけは確かだ。 落ち込み、顔を伏せようとするセフィアだったが、 「だから、次はそうならないように万全を期そう、セフィア」 ユーノの言葉によって持ち上げられる。 良く見れば彼の周りを多う光の粒子が、その光度を上げているのが視界に入ってくる。 そうだ、彼の言う通りだ。 その為に、油断しない為に、私が出来る事は! 「……行きます!」 大戦斧を握り直し、両の足に力を込め、漆黒の翼を広げる。 直後、フィールドには風と光が乱舞する事となる。
――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ここにいる全員の心を支配しているのは一体どんな感情なのだろうか。 驚きか、戸惑いか、それとも諦めなのか。 無理もない、とリンディは思う。 それだけにこの剣の存在意味が大きすぎるのだ。 自分でさえ、この場で聞いていたら此処にいる全員と同じようになったのは想像に難くない。 荒唐無稽、誇大妄想と言われても可笑しくないのだから。 この〝剣〟の役割は。 されど、事実。 そして、剣同様に驚かされるのがこの〝正十二面体の金属〟の正体。 こんなちっぽけな物が、世界の根幹を揺るがす程の物だと言う事に。 ―― 次元再生プログラム ―― 何時の時代に創られたものなのか。 人の手によって創造されたのかも定かではない、まさに人智を超えた存在。 そもそも、〝ホットスポット〟等と呼ばれる物の存在自体が常軌を逸している。 そんな物が存在し、尚かつ維持の役割を持つ楔――〝剣〟があるなど一体誰が想像出来ようか。 無限書庫の奥底深くで見つかった、これらの事が記述された年代が特定できない古代文書。 半ば伝承ともとれる内容は、物の見事に今し方起きている現象と一致している。 今も解読が進められているが、いまだその全貌が明らかになってない。 特に〝次元再生プログラム〟については不鮮明なところが多すぎるのだ。それでも現在分かっているものは―― 「―― 彼等が扱う〝力〟は自然にある現象を任意に、己の意思でこの世界に具顕化出来る事です。 故に、私達が使う魔法と違い、術式構築等のプロセスを踏襲しない為に、あのような戦闘が可能になります」 〝あのような〟 リンディの言葉は、クロノやシグナム等が遭遇した戦いの事を指し示しているのは明白だった。 一方的とまではいかなくても、それに近い形で追い込まれたのだから。 「文書で確認出来ている数と扱う力は現在の処、5つ」 その数はクロノ達が遭遇した敵とそれらが持つ能力の数と一致する。 直接・間接の差はあれ、一番身近で対峙してきたのは此処にいるメンバーに他ならないのだ。 「5つの内、4つはそれ自体が一つの生命、いわゆる疑似生命体というものです。 数少ない記録と照らし合わせて、外見的特徴の一致が確認されています」 「……つまりは我々と似たような存在、と云う事か」 表示されるデータを見ていたシグナムは、ぽつりと言葉を漏らす。 半ば独り言に近かったが、静まりかえった空間においては充分すぎる程の声量だった。 「…………えぇ、その通りよ」 発言の前の間に一体どんな気持ちが込められていたのか。 リンディの心情を察したシグナムは静かに首を横に振る。『気にするな』と。 それは他の守護騎士達、そしてその主であるはやても同じ気持ちだった。 決して蔑んで言ったのではないと、分かっているから。寧ろ、リンディは言いたくなかったのだろうという事も 察していたから。 シグナム達の気遣いに心の中で感謝しながら、リンディは言葉を続ける。 「問題は、残りの1つです。これは他の4つを統制するものらしいのですが、これは〝波長のあった人間と同化〟し、 中身を造り替え力を振るう代物なのです」 「!!!!」 会議室に衝撃が奔る。 と同時に先程リンディが言っていた言葉が思い起こされる。 ――「ユーノ君であって、ユーノ君でありません。全く別の〝何か〟です」―― そして、リンディが先程言った、問題の〝正十二面体の金属〟の1つが持つ特性。 それは此処にいる物にとってはもう一つの側面を併せ持つ。 そう、〝ユーノがこの世にはいない〟と云う意味を。 「そ、そんな……」 なのはの口から漏れた言葉。 淡い希望が掌からまるで砂のようにサラサラと零れていく。 しかし、追い打ちを掛けるかのように更なる言葉がリンディの口から紡がれる。 「既に事態は予断を許さない処まで来ています。古文書と貴方達の報告を照らし合わせて、『楔』は残り2つ。 楔は一つでも残っていれば、世界の崩壊を防ぐ事が出来ると調査隊から報告がありました。故に……」 リンディは、一つ間を置くと一気にこう告げた。 特になのはにとって絶望とも云える宣告を。 「故に我々、時空管理局は全戦力を挙げて【次元再生プログラム】の停止・及び破壊を行います!」
――― To be continued…… ―――
小説欄 TOPに戻る □ あとがき □ いやもう、何と申し開きをすればいいのか。 諸々の諸事情があったとはいえ、ここまで更新期間が空き、尚かつアップされた物がこんな出来で、内容無いし……。 ならもっと推敲しろ、という方も多いと思います。自分でもそう思いますが、現状では本当にこれが精一杯。 このままだと何時アップ出来るか分からなかったので、一応出来上がった処までアップしてみました。 お目汚しになってしまって大変申し訳なく思ってますm(__)m では、次回もよろしければ読んで頂けると嬉しいです。時の番人でした。 |