「どうにか、戻って来れたか……」


 疲れた表情で、艦長席のシートに体重を預けるクロノ。
目に映るのは、正面の大型モニターに映し出された見慣れた施設――時空管理局・本局。


「どうにか……ね。本局も無事みたいだし」
「……そうだな」


 艦長席の下にいるエイミィもまた、疲れた表情でクロノの言葉に答える。
いやこの二人だけではない。艦橋にいる者達誰もが疲労困憊の色を隠せない。
それには理由があった。

 数日前、座標のズレから通常航行を余儀なくされたアースラクロノ達
航行初日はアースラの自動航行で進む事が出来た。この分なら本局到着まで二日程度で着くだろうと思っていた。
だが、その二日目に何とか無事だった次元回廊自体に異変が生じる。

―― 次元震

 通称、そう呼ばれている現象が次元回廊と航行中のアースラを襲った。
その衝撃により、アースラの航行プログラムの一部が破損。
自動航行が出来なくなってしまった。その上、とんでも無い事が判明する。
次元震の余波により、新たな虚数空間の発生が確認されたのだ。
これにより、登録されている虚数空間の座標データは全く意味を成さなくなった。

 自動航行が出来ないばかりでなく、データにはない虚数空間の出現という事態。
頼りになるのは人の力以外になかった。リアルタイムで観測されるデータを見ながらの有視界に頼る航行。
並行して行われる変動する座標のパターンから、大まかな本局への道を割り出しながら進む作業。
どれも怠る事など出来なく、クロノを筆頭とするアースラクルーは必然的に不眠不休で航行に当たらざるを得なかった。
当然の如く、そんな航行はクルー達の神経を著しくすり減らしていく。
だが、それでも誰も弱音など吐く者は居なかった。
その甲斐あって、異変から二日目――航行を開始してから4日目に当たる頃、無事艦橋のモニターに本局の姿が映る。


「エイミィ、局内に通信を入れてくれ。そろそろ繋がるはずだ」
「了解」


 エイミィの指が無数のキーの上を奔る。
それに伴い発生する無数の電子音。その中で、クロノはこれからの事に頭を悩ませていた。

 報告すべき事は山程ある。
その中には、出来れば忘れてしまいたい。けれども忘れる事など出来ない案件もある。
それが、この後にどう影響してくるのか?
考えればキリがなかった。


「繋がったよ、クロノ君」


 エイミィの言葉に、クロノの思考は現実に戻される。
再び顔を上げた先には、彼の母であり、上司でもあるリンディ総務統括官が映し出されていた。

 クロノは気を引き締め直すと、艦船を預かる提督として請け負った任務の報告を始めようとした。
だが、それは出来なかった。

 リンディから語られる、予想もしていなかった言葉によって。










魔法少女リリカルなのは_Ewig Fessel
Episode 09:Verwicklung - 錯綜
――Chapter 02――










「……観測されたと云っても、最初は何が起きているのか分かりませんでした」


 シンっと鎮まった会議室にリンディの言葉が波紋のように広がっていく。


「十日前のある時間を境に、各管理世界から異常を知らせる報告が管理局に次々と飛び込んで来たのです。
 座標のズレにより正確な転送が出来ない=c…と。同時それが原因で起きた事故の報告、
 そして救助要請が各世界から管理局に舞い込んできました」


 リンディは言葉を続ける。


「その要請量はあまりも膨大且つ途絶える事はありませんでした。当然、私達も本局・支局に関わらず、割けるだけの人員を
 確保はしましたが、それでも絶対的に数が足りません。更に……」
「……移動に時間が掛かったというわけですね」


 クロノは、そう言いきった。
座標が不安定の中、転送で向かえば更なる二次事故に繋がる事は火を見るより明らか。クロノ達も経験してきた事だ。
移動には慎重にならざるのも致し方ない事。
……一刻も早く救助しなければいけないというジレンマを孕みながら。


「えぇ……、その通りです。そして、この異常事態を受けて、その日の内に上層部が出した命令は
 民間の次元移動・輸送の禁止≠ナした」


 この命令は、局員全体に行き渡っているのでここにいる誰もが知っていた。
聞いた時は一種の横暴とも思えた命令だったが、座標のズレによる災害を防ぐ為には今思えば有効な手段だと言わざるを
得ない。現に、その命令が各管理世界に出されてから、少なくとも民間の次元間航行・輸送自体の被害は
報告されていないのだから。

 だが、その一方で


「しかし、民間の次元間航行・輸送禁止は同時に、流通の停止も意味してます」


 別問題が発生していた。
流通の停止は、経済、ひいては文明の停滞を引き起こす。
自分たちの次元世界にない資源を他の次元から取り寄せる事が当たり前な時代にとって、各次元世界間
との流通が途絶える事は死活問題だった。

 当たり前の事が、当たり前でなくなる

 それは人々の心に不安の影を落としていく。
不安は恐怖を呼び、人々から徐々に、だが確実に正常な思考を奪っていった。
事実、最初の異変から十日後の現在において、暴動が起きているという管理世界があるという報告が
管理局にもたらされている。
そしてその鎮圧の為に武装局員が赴き、結果人手不足に拍車が掛かるという悪循環まで起きていた。


「この各次元世界を巻き込んだ異常事態に、管理局は総力を挙げて原因調査を開始しました。
 しかし、最初の異変から二日目。更なる異変が管理局並びに各次元世界を襲ったのです」
「それが……」


 はやてがそっとシグナムとヴィータの方を向く。

―― 二日目 ――

それは、クロノ達が次元回廊で次元震に遭遇した時間帯であり、
シグナムとヴィータがとある任務に当たっていた日。

 そう、彼女達が重傷を負う事になった敵≠ニ遭遇した日だった。




――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ―――





 鬱蒼と生い茂る密林。
人の手が全くと言っていい程入っていない自然。
そこに、ホログラムで隠された研究施設があった。


「ようやく見つけたな」
「……あぁ」


 シグナムの問い掛けに、ヴィータは憮然とした表情で返す。
彼女達が居るのは、密林を見渡せる小高い丘の頂上。
そこに、シグナムとヴィータは少数の部下を従えとある一点を見据えていた。

 本局から少し離れた管理外世界にある一つの惑星。
とは云ってもそこは文明レベルは0であり、人が住んでいる気配はない。
惑星の90%が緑に覆われている自然豊かな惑星。
其処に、何らかのロストロギアを使って違法研究をしている施設がある事が内偵をしている局員からの報告を
受けたのは数日前。

 その施設の制圧任務の為、にシグナム達はこの惑星に来ていた。
到着したのは昨日。
大まかなポイントは割れていたが、施設に張られた結界 ―― ホログラムの為に正確な場所を突き止めるのに
丸一日かかってしまったのだ。


「こんな事なら、シャマルも呼ぶべきだったな……」


 過ぎた事はしょうがないが、愚痴の一つでも言いたくなる。
人手不足のせいもあって、シグナムに回されたのはごく少数。彼女とヴィータの実力を考えれば当然と云えば
当然と云えるのだが、多少なりとも探査系に秀でた者を回して欲しいくらいだった。
しかし、それが出来ない理由が現在の管理局にあった。

 無限書庫司書長のユーノが亡くなってから一ヶ月半。
無限書庫とその恩恵を利用してきた管理局の状況は様変わりしていた。

 無限書庫が開拓されるまでは、必要な調査はその都度事件・事故を受け持った局員 ―― 提督や執務官、捜査官等は
自分の力で調べて情報を集めていた。
しかし、ユーノが無限書庫に就いて整理され始めると、必要な情報が自分たちが調べるより短時間で、その上詳細な物が
得られるようになる。その恩恵情報は計り知れない物だった。

 最初は、その事に誰もが感謝した。
だが、慣れてくると殆どの局員はそれが当たり前になり、感謝する者が少なくなっていく。
酷いものになると

たかが本を探して調べる事。特別な事など何もない

 そう思う輩まで出てきた位だ。

 そして、そんな考えは時を重ねる毎に酷くなり、無限書庫の実情を知らぬ者達にとって共通の認識と化していく。
だが、そんな傲慢な思いが大きなつけとなって返ってきた。

 6年の歳月を掛けて整理されてきた書庫と、ユーノの人材育成により育ってきた司書達。
だがそれでも尚、ユーノが居た時の効率作と利便性というのは今の無限書庫には見る影もない。
その結果、滞る調査とそれによって引き起こされる事件・事故の悪化。
そして裁判の延長等、悪循環とも云える状態が現在の管理局を支配していた。

 当然、色んな世界から飛び出した不平不満が管理局を津波のように襲った。

 居なくなって、失って、初めて上層部を始めとする無限書庫を利用してきいた大多数の人間が、無限書庫を、ユーノという
存在を軽んじてきていたという事実を皮肉な形で突き付けられてしまった。
それ程までにユーノの存在は、能力は、無限書庫にとって、引いては管理局にとって無くてはならない存在になっていた。
何とかこの悪循環を打開しようと打ち出された策の一つとして、探査系の方面が発達している魔導士の大規模な投入を
上層部が決定した。
しかし、それは目論見通りに上手く働いてはくれなかった。
それどころか、本来は現場で索敵・探査を行う者まで無限書庫に投入し始めたせいで、今度は現場が上手く行かなくなる
という弊害まで引き起こしてしまっているのである。

 そんな現状に於いて下されたシグナム達の任務。
出だしからの躓きに、シグナムは嘆息を付かざるを得ない。
更に、シグナムにはもう一つ、いや正確には二つの懸念があった。

 それは、自分たちと同時期に任務が与えられたアースラに同行しているなのは。
もう一つは、自分の横にいる赤い騎士甲冑を纏う家族 ―― ヴィータの事。
表面上は冷静を務めているように見える。少なくとも、部下達はそう見えていた。
だが、シグナムにはそれが嘘≠セと云う事は分かっていた。
冷静なようでその実冷静でない。それが今のヴィータだった。


(……無理もない事だがな)


 この任務を請け負う前に聞いた、なのはの無謀とも云える訓練とその後にクロノ達に対して吐いた言葉。
そのどれもが記憶にあるなのはと一致しない。文字通り、別人といって差し支えない物。
シグナムは自分の力の無さを悔いた。友の心≠護れない事に。
だが、シグナム以上に自身に悔いた、いや呪ったと言い換えても云い人物が居た。それがヴィータだった。
だからこそ、なのはがクロノ達が請け負った任務に参加すると聞いた時に真っ先に同行に名乗りを上げた。

……自分が命じられた任務を放棄しようとしてまで。

しかし、それは主であるはやてに咎められ、そして諭される。

―― ヴィータの気持ちは、あたしが引き継ぐ。なのはちゃんはしっかり護ってみせるから ――

 流石のヴィータもはやての言葉には逆らう事が出来なかった。
尤も渋々といった様相がありありであったのは誰の目から見ても明らかであったのだが。

 そんな経緯があってのこの度の任務。
初日で終わると踏んでいた任務が長引いた事に、ヴィータは苛ついていた。


(こんな任務、そうそうに切り上げてなのはの下に戻らないと!)


ヴィータの意識は、既に与えられた任務よりなのはに向いてた。


「準備、整いました」
「そうか」


 部下の言葉に、シグナムはレヴァンティンが納められた鞘をきつく握りしめる。
傍らでは、カチャリとグラーフアイゼンの柄が静かに鳴った。
それが合図となったのか、大型の転送用のベルカ式魔法陣が足下に広がり静かに廻り発光し始める。

 それから数瞬後、丘の頂上は何時も通りの殺風景な表情を取り戻すのだった。




――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ―――





「おら! どきやがれーーーっ!!」


 警告音がなる建物内の通路を疾走する紅き弾丸ヴィータ
彼女が通った後に残るのは、破壊された無数の防衛装置と地に倒れている数名の魔導士。


「アイゼンッ!!」
『ja!!』


 二発分の魔力をロード。
疾走するヴィータの視界に、通路を塞ごうとしている分厚い壁が入ってくる。
その壁は並の魔導士・騎士の攻撃ならば軽々と防ぐ代物。

……しかし、今回は分が悪かった。


「ぶっ壊れろーーっ!!」


 ラケーテンフォルムの先端のスパイクが壁に突き刺さり、そこから壁一面に亀裂が奔る。
間髪置かずにスパイクの反対側のハンマーヘッドのブースターから発生する魔力噴射。
それにより壁は跡形もなく粉砕されていく。
粉砕された壁を気にすることなく、ヴィータは建物の奥へ奥へと進んでいった。







「防衛装置、90%以上の破壊を確認! 魔導士に至っては既に全滅!!」
「管理局の魔導士の結界のせいで外部への転送! 出来ませんっ!!」
「……馬鹿な、そんな……ばかな」


 部屋に次々と飛び込んでくる、耳を塞ぎたくなるような報告。
それを受けて、この施設を取り仕切る科学者はワナワナと体を震わす。
自分の城であるこの施設を見つけられた驚愕と、万が一を見越して絶対の自信をもって開発した防衛システム・
選び選った精鋭の魔導士達が尽く破れるこの現状に。


「くそっ! こうなったらコレを使ってやる!!」


 追い詰められた科学者は自分の後ろにある扉≠ノ近寄ろうとする。
それを見た部下は、彼が何をするのか悟り、そして顔を青ざめた。


「止めてください! それはまだ制御出来ていません!!」
「構わん! むざむざ奪われてたまる「五月蠅い」……か?」


 いきなり耳に入ってくる音声。
だが、聞き慣れた部下の声ではない。静かでそれでいて、物凄く威圧感のある声。
思わずその声方に振る返えろうとした矢先、首筋に強い衝撃を感じ科学者は意識を手放した。






『コントロールルームの制圧を完了した。犯人の拘束と護送の準備を頼む』


 床に倒れて気絶している首謀者等を一瞥すると、シグナムは施設の外で結界を張っている部下に念話を送る。


「もう、終わったのかシグナム」
「ああ、無事滞りなく……な」


 いきなり掛けられた声にもシグナムは驚いた様子もなく答える。
ヴィータは床に転がっている研究者達等気にする事無く、というか始めから眼中に入っていない様子で
グラーフアイゼンを肩に担ぎながらシグナムの下に歩み寄ってくる。


「っく、ホログラムの特定にさえ手間取らきゃ直ぐに終わったのによ」
「そう、不貞るなヴィータ。それにまだ任務は終わっていない」
「うっせーよ。……それぐらいわーってるよ」


 シグナムに窘められたヴィータは文句を言いつつも言葉に従う。
そう、未だ任務は終わっていない。
確かに研究所の制圧は滞りなく終わり、首謀者とそれに付随する者も捕縛できた。
だが、まだ肝心の研究内容 ―― ロストロギアを確保してない。
それまでは気を抜くわけにはいかなかった。

――もう二度とあんな悲劇を経験しない為に、させない為に……

 シグナムとヴィータはコントロールルームの奥にある閉じられた扉に近づく。
既にロックを解除してあるその扉は、二人が近づくとプシューという排気音と共に開き始める。
完全に奥が見えるまでに開いた扉の数は計6枚。
それも一枚一枚が通常では考えられない厚さを持っていた。

「……シグナム」
「ああ、分かっている……」


 交わしたの言葉はたったそれだけ。だが、二人とってそれで十分。
互いに何を言わんとしているか直ぐに分かった。
厳重などという言葉が生温い程の扉の性質。
そして、開いた扉に見えるのは闇――地下へと誘う直下型の通路。

 シグナムは、部下達に現状とこれからの指針を伝え、浮遊魔法を使いヴィータと共に地下へと降りていく。
両の足が堅いもの ―― 床に触れた時に彼女達の目に映ったのは、

「な……何だよ、これ!?」
「……」

 巨大な地下空間の中央に、空間に突き刺さる・・・・・・・形で鎮座している、巨大な一本の剣≠ェ無数の鎖で雁字搦がんじがらめに
されている光景だった。あたかも、まるで封印されているかのように。
更に、床一面にはその剣に繋がれたケーブルのような物が無数にあり、様々な機器に繋がれていた。

「一体、奴ら何の研究をしていたんだよ……」
「さあ……な。それは私達の領分ではない。本局にいる技術班の仕事だ。ただ……」
「ただ?」
「コレは確かに人の手に余る代物には違いない」
「……そうだな」


 シグナムの言葉にヴィータは頷く。
上手く言葉では説明出来ないが、目の前にある剣≠ゥらは只ならぬ物を感じる。
それ程までの圧迫感があった。
こんな事は、長い刻を生きてきて初めての事だった。

 そんな感じを受けている時だった。
剣の頭上に、何の前触れもなく扉が出現する。

そして、開いた扉から現れたのは――!!




――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ―――





「この方達ですか……」
〈うん、そう〉


 周囲が真っ暗な異空間の中で、セフィアは眼下に広がる映像を観ながら問い掛ける。
間髪入れず肯定の言葉がセフィアの頭に直接聞こえてきた。

 セフィアに答えたのは、彼女の傍らに佇む一人の‘少女’から。
見た目9〜10歳程度で、セフィアの胸位の高さしかない背丈。
幻想的に感じられる長く美しい金髪と、‘真紅の瞳’を持つ少女。
そして、最も目に付くのが、額の中心にある‘虹色に輝く多面体の宝石’。
付着しているのでも無ければ、埋め込まれているわけでもない。

 その・・少女とセフィアの視線の先にあるのは、二人の騎士 ―― シグナムとヴィータと自分の傍らにいる
少女等≠フ戦闘映像。


「レクサス≠ヘ、この戦闘に関わらなかったのですか、エステル=H」
〈レクサスには楔の破壊に専念して貰った……、だから映っていない。私とセレス≠ヘ足止めに専念してた〉


 エステルと呼ばれた少女は淡々とセフィアの質問に答えていった。
その様子に、セフィアは苦笑を漏らす。と同時にどこか懐かしさも感じた。
エステルも変わっていない。あの時から、何一つ。


「成る程。貴女も色々と考えていたのね」


 だからなのか、何となくエステルの頭を撫でたくなったのは。
手にはサラサラとした感触が伝わり、セフィアはどこか幸せな気分になってくる。
尤も……


「何を観ているんだ?」
〈あ……ユー兄ぃ!〉
「おっと……」
〈えへへ♪〉


 乗せている手を振り払らわれ、現れたユーノに向かい、先程までとはうって変わって明るい表情でトテトテと
走り嬉しそうに抱きつくエステルを見た時、そんな気持ちは完全に払拭されてしまうのだったが……。
ムッとするセフィアを余所に、ユーノは彼女達が観ていた映像に視線を移す。


「これが、エステル等≠ェ戦った相手か」
「はい、どうやら古代ベルカの騎士のようです」
「珍しい、この時代にまだこれ程の使い手がいようとは。彼奴等≠セけではないのだな」
「……そうですね」


 ユーノの言葉に、セフィアは一瞬顔を顰める。
だが、それ僅かな事だった。ユーノの顔に何の変化も無かったから。


(彼奴等の事を思い出しても、何の変化もない。大丈夫ですね、ユーノ様)


彼女が危惧していたのは、思い出した事でまた彼に頭痛が襲うのではないのかと云う事。
彼の苦しんでいる姿は見たくなかったから。


(でも……、あの紋様は何なのでしょう? あんなの無かったのに)


 しかし、気になるところもあった。
ユーノの右頬に本当に小さな物だが、見た事がない紋様が刻まれていた。
少なくとも、あの出撃から帰ってきた時にはなかったのに。


〈これから、どうするのユー兄?〉


 だが、浮かび上がった僅かな疑問もエステルの言葉でうち消される。
相変わらず、ユーノの腰に抱きついたままのエステル。それだけでも気に障るというのに、
加えてあの呼び方。ユーノは我らの主なのだから、敬わなければいけないのだ。
現に、セレス≠ニレクサス≠ヘ自分と同じく敬称として「様」を付けているというのに、この子が付けているのは……。
しかも、ユーノがエステルの呼び方を認めてしまったものだから、セフィアも言うに言えずにいたのだ。

 セフィアのそんな心の葛藤などを知る由もなく、ユーノはエステルの疑問に答える。


「セレス≠ニレクサス≠フ調査結果待ちだ。【楔】は全て破壊しなければ意味がない。それに、幾ら愚かでも
 奴らも気付いたはずだ。十中八九、本格的に僕たちを邪魔をしてくるはずだ」
「大丈夫です、ユーノ様。所詮は烏合の衆。我らの敵ではありません」
〈そうだよ。あたし達が揃えば無敵だよ〉
「……でも、その人間等によって、あと一歩の処で僕たちの願いは成就しなかった」
「〈あ……〉」


 ユーノに諭され、押し黙る二人。その時の光景が朧気ながら思い出される。


「だが、今度は。今度こそ失敗はしない。セカイを救わなければいけない!」


 ユーノは、右手を握り改めて誓う。
そんな、ユーノを見てセフィアとエステルも気を引き締め直す。
二度と油断しないように。


「只今、戻りました」


 その時だった。
異空間に、セレス≠ニレクサス≠ェ現れたのは。




――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ―――





「――こいつら等……が」


 クロノは会議室内――正確にはリンディの前に出された空間モニターを凝視する。
グラーフアイゼンとレヴァンティンの記録回路に残っていたデータから再現された映像達=B
尤も、両機は主達と同じく損傷が酷く、現在急ピッチで修復がされている。


「……一体何なんだよ、アレは! あんな奴と今まで戦った事なかったぞ!」
「落ち着け、ヴィータ。騒いだところで何にもならない」
「っ!! シグナムは悔しくねーのかよ!!」


 その時の光景を思い出し、尚かつシグナムの指摘で悔しさのあまり憤るヴィータ。
無理もないことだった。
1対1では無類の強さを誇ると豪語していただけに。


「……今は起きているこの異常事態を食い止めるのが先決だ。我々のプライドは二の次だ」
「……わーってるよ、それくらい。けど!!」


 シグナムの言動に感じる物があったのか、ヴィータは怒りを押し込める。
実際の処、言動には出さなかったがシグナムとて気持ちはヴィータと同じだ。
悔しいわけがない。現に治療を終えて目覚めた時はその気持ちで一杯だった。
だが、自分たちを取り巻く事情が皮肉にも冷静さを与えてくれた。

 会議室のモニターに映し出されていたのは、一人の少女と機械の体を持つ二体の獣。
一体は青色をベースにした四足歩行型で、ライオンのような形態をしていた。
そして、もう一体は二足歩行型で黒色をベースとした体を持ち、


(大きさは2M程度ですけど、アレを彷彿とさせられます)


 二足歩行型の形態は、一ヶ月半前に戦ったあの巨大ロストロギアと形状が酷似ししていた。
なのはがいる手前、勿論声には出せないが、シャマルはそう感じていた。
尤も、周囲の表情を見れば同じような感じを抱いているのは、明らかだったが。


「シグナムさん達が担ぎ込まれ、そしてクロノから報告を受け取ったのが6日前。
 数少ない情報から判明した今回の事態の原因は……ほぼ間違いなくコレ≠セと思われます。
 破壊された時刻と、異常が発生した時刻がほぼ一致していますから」


 だが、リンディはそんな事などお構いなく説明を進める。酷い話ではあるが一々気に留めている暇はなかった。
そして、新たに映し出される一つの映像。それは、リンディを除く全員が実物を見ている物。
空間に突き刺さっている、一本の剣≠セった。


「この事実を下に剣と、クロノ達が回収に向かったロストロギアを中心に無限書庫に調査を依頼しました。
 現在の無限書庫には、この件を最優先にして貰っています」


 無限書庫。この言葉になのはが反応し今まで伏せていた顔を上げる。
その間も、リンディの説明は続く。


「現在も調査は続行中ですが、この6日間で大まかな事は判明しました。そして……彼≠フ正体も」
「っ!!!」


 会議室一帯に動揺が広がる。今まで一番の広がり方だった。
そして、一番過剰な反応をしたのは、


「あの人は! 彼は! ユーノ君なのですかっ!!」


 他の誰でもない、高町なのは、その人だった。



――― Chapter 03に続く…… ―――




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 □ あとがき □
 貴重なお時間を使って読んで頂いた方、誠に有り難うございますm(__)m と同時に謝罪を。
遅れに遅れた上に、あまり進んでいない物語。
なかなか脳内の物を現実にすると云う事が如何に難しいかと云う事を痛感させられています。

 さて、9話の2。時間軸や場面がコロコロと移動する為に、書いている自分も四苦八苦。
少しでも分かりやすくなるように努力してみましたが、……やはり分かりづらかったでしょうか?
時間が出来れば修正出来るところはしていきたいと思います。で、なのはの台詞が最後の一言だけという
トンデモ仕様。おかしい……、なのユーのはずなのに。
 さてこの後も、会議室の描写をメインに場面が行ったり来たりすると思います。
そんな展開ですがお付き合い頂ければ幸いです。

 改めて、ここまで読んで頂けた方に感謝申し上げます。
では、次回もよろしければ読んで頂けると嬉しいです。時の番人でした。