時間は、セフィアが力≠解放する少し前に遡る。


(一体何なのだろう、これは……)


 異空間内に設けられている数多の部屋の一つに少年はいた。
尤も彼が居るところを部屋と云っても誰も納得しないかも知れない。
何せ床や天井、部屋を取り囲む壁というものが存在しないのだ。いや、正確に言えば、存在はしている。
ただ、それが常人には視認出来ないだけ。

 そんな異様とも言える空間に、一人の少年がソファーに浅く腰を掛けていた。
座っているというよりは、むしろ寝そべっているような形に近い。
 そんな姿勢で、少年は視界に入っている大小様々の球体を眺めていた。
良く見れば、その表情は冴えなく、眉間に皺を寄せ何かを考えているように見て取れる。


(何故、こんなにも気になるのだろう。そして、この痛みは何故?)


 時折、少年に訪れる頭痛。それは決まって特定の事柄を気にした時に痛み出す。
とは云え、その痛みは行動に支障が出ると云うものでも無い。
セフィアに言われたように、特段気にする事でもないはずだ。
……はずなのだが、少年にとって何故か気になってしょうがなかった。


(考えて答えが出れば、苦労はしないのだけど……ね)


 少年は、自分の考えに苦笑を漏らし強引に思考を切り替える。
そして、スッと淀みない動作でソファーから立ち上がり、体をほぐすかのように上半身を反らす。


(少し、体を動かした方が良いな。となると……っ!?)


 気分を紛らわせる為、取り敢えずトレーニングをする為に移動しようとした矢先!
少年は自身の左胸が ―― その内に収まっている物が疼き出すのを感じた。
この事が意味するところは一つしかない。


「セフィアが力≠解放した……だと?」


 そう言う事だった。
それはこの力≠持つ者にしか分からない現象。
どんなに距離が離れていようとも、何かに遮られていても感じる事が出来る物。
力≠解放した時に感じられる共鳴現象≠セった。


「そこまでの相手なのか?」


 疼き続ける左胸を軽く押さえながら少年はそう呟く。
だが、言葉とは裏腹に少年の顔には心配といった感情は表れていなかった。
むしろ、「しょうがないな」というどこか困ったような表情を見せている。


「まあ、力≠制御する為には慣れる以外にないし、力≠解放したんだから万が一の事も無いだろう。
 それにしても、解放するぐらいの敵か。一体どういった奴らなんだろうな……」


 そう少年は言う物の、内心では会う事はまずないだろうなと思っていた。
解放したセフィアを前にして無事で居る事などまず不可能なのだから。
そんな事を考えている時だった、今まで何の変化もなかった大小の球体がざわめきだしたのは。


「え……!?」


 少年は驚く。
彼の下にもたらされた情報に。それは彼が、否彼等にとって吉報とも言えるべき物だった。


「まさか、あの次元に存在していたのか楔≠ヘ」


 少年の言葉を受け、再び球体達が明滅する。
ソレを受け、少年は膝をつき畏まる。そして口を開く。


「いえ、その必要はありません。僕が行きます。これは自分がやらねば意味がありませんから」


 そう伝えると、球体達のざわめきは収まり、再び空間に静けさが戻る。
少年はその事を確認すると立ち上がり、眼前に手をかざした。
すると手をかざした空間が歪み始め、其処にとあるもの――扉≠ェ形成される。


(仲間≠フ下に楔≠ェあったとは。これもまた運命……か)


 少年はその先にある次元へと赴く為、扉に手を掛ける。
これでまた一つ、大いなる目的に近づく事になる。
徐々に開く扉を前に、少年は高揚感を隠す事は出来なかった。


(まあ、ついでにセフィアと戦っている敵の顔でも見れればいいのだけど……)


……だからなのか、気付かなかった。気付く事が出来なかった。
喜びの感情の中に混ざっていた、ホントに欠片程にしかない別な感情が自分の中にあった事を。


 …………それは、俗に哀しみ≠ニ呼ばれる代物だった。



――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ―――




「さて、行かせて頂きます」


 《ディヴァイン・クロウ》をスッと構え直したセフィアは、静かに言葉を発する。
発せられた声は特段大きい訳でもない。
なのに、この場に居るはやて達にとってはまるで拡声器で言われたかのように大きく聞こえた。
そう錯覚させられる程、セフィアから発せられる威圧感はとてつもなく大きな物だった。


(来るッ!!)


 フェイトが心の中で感じたと同時に、彼女の視界からセフィアが忽然と消える。
その刹那、フェイトは背後に猛烈な殺気が襲ってくるのを感じた。次の瞬間! 頭で理解するより体が先に動く!
今まで培われてきた魔導士としての経験が、本能がフェイトを助ける!!

 フェイトはその場で瞬時に半回転すると同時に、振り向き様にハーケンフォーム形態のバルデイッシュを
逆袈裟切り気味に振り上げた。
直後! ギィッンという鈍い音が大気に木霊する。
音の出所はバルディッシュが振り上げられた先 ―― セフィアのディヴァイン・クロウの肉厚な刃と
切り結ばれている場からだった。

 だが、拮抗はほんの一瞬。


「それで、止めたつもりですか?」


 高密度の魔力が込められたはずの魔力刃は、圧倒的な侵略の前に形を保つ事が出来なかった。
紙が水に浸食されるかの如く、金色の刃は無にへと帰される。
更に、ディヴァイン・クロウはそれだけでは飽きたらず、勢いそのまま、命を絶たんとフェイトへと迫る!!


「させんっ!!」


 だが、その進行を食い止めんとすべく、両者の間に白銀の三角形の防御壁 ―― ザフィーラが割り込む。
ぶつかり合う、斧と盾。
両者の衝突は、周囲に浮かぶ数多の雲を吹き飛ばし、掻き消していった!


「コレを受け止めますか。なかなかの防壁ですね」


 止められた事に驚く訳でもなく、むしろ嘲笑うかのようにセフィアは自分のガイアス≠受け止めている
ザフィーラの白銀の盾を見ていた。
 しかし、対照的にディヴァイン・クロウの攻撃を受け止めているザフィーラは必死の形相を見せていた。
そして、かつて無い程の焦りも感じていた。


(なんだ、この力は? ミッドでもベルカでもないこの力は!?)


 防御壁を通じて感じる初めての感触に、自分の知らない力≠ェあると云う事に対して。
今まで数多の戦場を潜り抜けてきた彼にとって、こんな事は覚えている限り初めての事だった。
一体眼前に繰り広げられている力≠ヘ一体何なのか?
 そんな焦りが胸中を渦巻く中、ザフィーラは盾の構築に全力を注ぎながら眼前に迫っている力≠凝視する。
何故なら、今まで瞬間的に味合わせられた力≠、結果的に間近で感じる事が出来るのだ。
どんな事でも良い。
敵が使う力≠フ本質を見極めたかった。

 現実の時間にして、ほんの僅か。
だが、その僅かがザフィーラに何かを感じ取らせる。
セフィアが纏い、使用している《何か》に対して。


(敵の周囲の空間が歪んでいる……? いや、これはむしろ……っ!!)


 ザフィーラが何かに気付き始めたと同時に、彼の視界にある物が入る。
それは、セフィアに向かって今まさに射撃魔法 ―― ロックオン式魔法を撃ち出そうとしているなのはとはやての姿だった。
セフィアは今ザフィーラに攻撃を受け止められて一時的にしろ止まっている状態。ましてや、彼女達が居るのは
セフィアの背後。タイミング的には申し分なかった。
そして、彼女達がトリガーを紡ごうとしたまさにその時!

 セフィアは、両腕で持っていたディヴァイン・クロウの柄から片手を外す。
その瞬間、ゾクッと背筋に冷たい物が奔るのをザフィーラは感じた。


『離脱しろ! 主ッ!! 高町なのはッ!!』
『ザフィーラっ!?』
『えっ!?』


 ザフィーラの切迫した念話が二人に届き、その場から離脱するのと、
外されたセフィアの片手が彼女達の下へと向けられたのはほぼ同時。
正確には刹那の差でなのは達の離脱の方が早かった。

 そして、その結果が――


「これは一体……」
「なんやの、これ……」


――なのはとはやてのバリアジャケット・騎士甲冑の肩口部分が切り取られる形となって現実に現れる。
ザフィーラの警告に従って居なければ、自分達がどうなっていたのか分からない程二人は愚かではなかった。
それ故に、今し方自分自身に起きた出来事に戦慄する。


「流石にこれだけ見せていれば気付かれますか……ねっ!」


 そんな二人の感情の揺れなど知った事かと云わんばかりに、セフィアは力≠自身の周囲に展開・解放する。
それに伴い、今まで何とかディヴァイン・クロウを受け止めていたザフィーラとその背後にいるフェイトが
弾き飛ばされた。
それも地上に向かって物凄い早さで!!


「がぁぁぁーーっ!?」
「きゃーーーっ」


 その勢いは凄まじく、このままでは地面叩きつけられるのは必至だった。
だが、それを受け止める者がいる。


「ザフィーラっ!!」
「フェイトちゃんっ!!」


 はやてとなのはは自分に起きた事を考えるのを後回しにして、
吹き飛ばされるザフィーラとフェイトに一目散に駆けつる。そして何とか、地上すれすれでその身を受け止める事が出来た。
しかし、衝撃まで受けきる事は出来なく、受け損ねた衝撃は地上の一部を陥没させる。

 受け止めた二人の防護服を見て、なのはとはやては驚きを隠す事が出来なかった。
何故なら、防護服の一部が派手に弾け飛んでいたからだ。
まるで何か途方もない強い衝撃を受けたかの如く。


「なんやのこれ? うちらの受けた攻撃と云い、フェイトちゃん達の受けた攻撃といい「……風だ」……ザフィーラ?」


 はやてが疑問を口にする中、ザフィーラが痛む体を押して言葉を発する。
視線をセフィアに向けながら。


「……奴の攻撃を直に受け止めて確信しました。奴は何かしらの手段で風≠操っています。
 それもただの風≠ナはありません……っ!!」


 ザフィーラの言葉と、はやて達の視線を受けたセフィアはフッと笑みを漏らす。
同時に、ザフィーラの言葉は衛星軌道上にいるアースラ艦橋にもはっきりと伝わっていた。



――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ―――




「エイミィ! ザフィーラの言っている事は本当なのか!?」
「……その前の攻撃に関しては何とも言えないけど、少なくとも、ザフィーラとフェイトちゃんを吹き飛ばした現象は
 風≠ノよるものには間違いない! データでも大気があり得ない動きをしているのが観測されているから!!
 ……ただ」
「ただ?」


 忙しなく手元のキーボードを操作しながら言葉を紡ぐエイミィ。
正面モニターには、先程の戦闘のリプレイが随時流され、その周囲に様々なデータが踊る。
それを見ながらクロノは、次の言葉を促すようにエイミィに問いかける。


「その風≠ナフェイトちゃん達のバリアジャケット等が破られる説明が出来ない!
 魔力も使わないであんな現象を引き起こす事が……っ!!」


 尻すぼみになっていくエイミィの言葉。
彼女とてこれまで幾多の現場を潜り抜けてきており、その胆力は並大抵の物ではない。
その彼女が狼狽している。
狼狽させているのは目の前の敵 ―― セフィアが繰り広げている力=B
起きている現象は掴めたが、それはただセフィアの異様さを浮き上がらせるだけであり、
セフィアの力≠ヘ魔法を使い、また知る者にとって、信じがたい現実だった。

 だが、否定したところで現実が変わる訳ではない。
かといって肯定したところで何かが変化する訳でもない。


「……くそっ!!」


 クロノは歯軋りをせざるを得なかった。
現場に転送しようにも、未だ座標は不安定でピンポイントで辿り着ける保証がない。
また仮に上手く行けたとしても、状況が好転する可能性は低かった。

 もはやクロノに出来るのは、如何にしてこの場からなのは達を脱出させるか。
その一点のみだった。
だが、敵はそれを許してくれる程甘くはないだろう。
現にセフィアは明確に『殺す』と言っている。仮にロストロギアを諦めると言ったとしても無理なはず。


(どうすればいい? 何か手段は……!)


 自身の経験や蓄えられた知識から、何か手段はないかと思考を最大限に広げ模索する中
再び艦橋に現場からの音声が入る。


『愚かですね』


 その声にクロノの視線は再びスクリーンへと向けられる。
其処には、漆黒の翼を広げ、なのは達を見下しているセフィアの姿が映されていた。



――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ―――




「愚かですね」


 そう言い、地上すれすれにいるなのは達を文字通り見下すセフィア。
その言動に対しはやては食って掛かる。

「どういう事や! うちらが愚かって!!」
「魔法≠ェ力≠フ全てだと思っている処がです」
「「「「ッ!?」」」」


 現場の全員が息を呑む。
セフィアはそれを見て更に不快感を表す。


「恐らく貴女達はこう思っているでしょう。《魔法を伴わない風#@きで傷つけられるはずがない》……と」


 セフィアは片掌をはやて達にかざしながら言葉を続ける。


「あかんっ! 離脱やっ!!」


 はやての言葉を受け瞬時にその場から離れるなのは達。
直後、彼女達がいた場所が更に深く広く削り取られる。


「違いますか?」


 セフィアはは自分を挟むような形で同高度に佇んでいるなのは達に問い掛ける。
力≠避された事など気にも留めることはない。

 逆に問われた方 ―― なのは達はセフィアに向き合ったまま無言で対峙している。
答えようにも答えられなかった。
何せ自分たちは魔法以外に力≠この世に顕す術を持ち合わせていない。
ミッドとベルカという違いはあるがどちらも魔法には違いないのだから。
また、セフィアの言っているように、たかが風≠ナ何故攻撃されるのかも見当がつかないのも事実だった。


「図星……ですか」


 それを見たセフィアは、ディヴァイン・クロウの柄をぎっと握りしめる。
何かに耐えるように。


「だから気付かないんです。その認識が! 魔法の行使が! どれだけセカイ≠歪ませつつあるのかをっ!!」


 ゴゥっと大気が揺れる。
まるで、セフィアとの感情にシンクロするかのように!


「どういう事ですか!?」


 セフィアから迸るプレッシャーに耐えながらなのはは叫ぶように問い掛ける。
彼女の言っている事はさっぱり解らなかった。そして何故憤っているかさえも。
しかし、セフィアからの返答は無かった。その代わり感じるプレッシャーの勢いが増すのを感じた。


(やはり彼≠フ言う通りですね。彼女達は自分の愚かさを知らない。私達がセカイを解放しなければ!)


 それに対しはやて達は重心を据え、屈する事がないように己が心を奮い立たせる。


「覚悟はいいですか? これ以上貴女達に構っていられませんから」
「っ! それはこっちの台詞です! 貴女の好き勝手にさせませんっ!!」


 セフィアの言葉に刺激され、なのはの感情が荒れる。
なのははその激情にまかせレイジングハートをエクセリオンモードへと変態させ、


「ユーノ君が護った世界、誰にも壊させはしないっ!!」


 その先端から突き出た桜色の魔力刃をセフィアへと向ける。
魔力感情が膨れ上がっていく。

 それに対し、セフィアは何故か驚いた表情をしていた。


「何で……貴女が……その名前を……」


 その声は小さく聞き取る事は出来なかった。
何故彼女が驚いているのかも解らない。だが、この隙を見逃す程なのは達は甘くない。
今までにない決定的なチャンス! これを逃す手はなかった。


「バルデイッシュッ!!」
『Jet Zamber!!』
「っ!?」


 セフィアが我を取り戻した時、眼前には金色に輝く大きな魔力刃が迫っていた。
風を展開する隙もディヴァイン・クロウで受け止める隙も無かった。
これ程の破壊力を誇る物理攻撃は今纏っている風では防ぎきれない。
この時、セフィアに出来るのは回避以外に選択肢がなかった。

辛うじて身を捻り魔力刃を回避するが、体勢を立て直す隙もなく今度は彼女の周囲に冷気が集中する。


「悪いけど、閉じこめさせてもらうで! リインッ!!」
『はいです、マイスターっ!! Frieren Gefangnis凍てつく牢獄!!』


 セフィアの全方位に隙間無く漂う大量の氷の結晶。
瞬く間にセフィアの体が凍り付き始める。
だが後一歩と云うところで、セフィアは凍て付く氷りを力任せに破り、その場から離脱をし反撃に移ろうとした。


「この程度でど「どうにかなるとは思ってへんよ!!」……なっ!?」


 凍て付かせようとした本人 ―― はやてに向かい気を吐こうとするが、遮られる形で言われた
はやての言葉に驚く。と同時にセフィアは気付かされる。
先程の斬撃魔法と捕縛魔法は単なる囮にすぎない!

本命は――


「エクセリオン……ッ!!」
『Buster!!』


――視界の全てを埋め尽くす、桜色の奔流なのだと云う事を!!


「終わった……な」


 上空を覆う濃密な魔力残滓を見ながら、ザフィーラは呟く。
誰の目から見ても間違いなく直撃だった。あのタイミングでは防御は愚か回避すら不可能。
主はやての指示通り非殺傷設定にした攻撃とはいえ、あれを受ければ如何なる者とて気絶は免れないはずだ。
そして、宙に浮いている者が気絶すれば落下してくるのは必至。
それ故に、ザフィーラは落下予測地点にて魔力で出来た網を張って待ちかまえていたのだ。

 だが、


「どういう事だ?」


 何時まで経ってもセフィアが落下してくる気配が見えない。
その事に訝ったザフィーラは主はやてに念話を繋ごうとした。
だが、その矢先、突如現れた光の輪にその身を拘束される事になる。


「なん……だと!?」


 突然の事態に困惑せざる得ないザフィーラ。
だが、それは彼だけに起きている現象ではなかった。
次々に飛び込んでくる仲間からの念話。
それはザフィーラと同じように光の輪に拘束されているとの内容だった。


(これは一体なんだ? バインド……ではない!? 術式が! 全く見えてこない!!)


 拘束している光の輪を破壊しようと試みる。
が、試みようとした瞬間ザフィーラは愕然する。術式が全く見えてこないのだ。
それどころか、魔力そのものが拘束している輪から感じ取れない!


(まさか、これも・・・!?)


だが、その驚きも長くは続く事はなかった。何故なら更なる驚きによって塗りつぶされたからだ!
辺りを覆う魔力残滓が突如として霧散し、開けた視界に飛び込んできた人物によって!!


「全く……油断しすぎだよ、セフィアは」


それは――










魔法少女リリカルなのは_Ewig Fessel
Episode 08:zufalliges Zusammentreffen - 邂逅
――Chapter 03――










 ガタンっとアースラ艦橋に乱暴な音が発生する。
出所は艦長席 ―― クロノが座っている場所。先程の音はクロノが椅子から立ち上がった際に発生した音だった。
クロノは両手を自身の机に付き、眼前にあるモニターを食い入るように見ている。


「ば……ばか、な」


 まるで信じられないような物を見たと言わんばかりに。
良く見ればクロノだけではない。その他の面々もリアクションの差異はあれど、皆驚きの表情をしていた。

 正面モニターには、エクセリオンバスターの直撃を喰らったはずのセフィアが映っている。
だが、クロノ達が驚いているのは其処ではない。
セフィアを守るように彼女の前に佇んでいる一人の少年の存在、その顔がクロノ達を驚かせている。

その姿はまさしく――



――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ―――




 現場にいるなのは達は身動き一つする事が出来なかった。
それは単に光の輪に拘束されているからだけではない。それを上回る現実によってなのは達は
身じろぎどころか、声を出す事すら出来ずにいた。

 目の前に現れた、一人の少年の出現によって。

特になのはは、この場にいる誰よりも眼前に現れた人物に驚きを隠す事が出来なかった。
だって、その顔はあまりにも似すぎ ―― 否、同じだったから。


「全く、間に合ったから良かった物の油断しすぎだよ」


 少年は、拘束されているなのは達など気に留める事はなく背後にいるセフィアに声を掛ける。

 忘れた事なんて無い。今でも鮮明に覚えている優しい声

 そして、振り返りセフィアの顔を見る。

 何度でも思い返す事が出来る、心を落ち着かせてくれるその笑顔


「も、申し訳ありません! ユーノ様=I!」
「「「「っ!!」」」」


 全員が息を呑む。セフィアが呼んだ名前に。
信じられなかった。しかし、なのは達の眼前に現れたのは、此処にいる誰もが知っている人物と同じ容姿をし、名前まで同じ。
髪の色と肌の色が変わっているという違いはあるが、それは一ヶ月半前に己が身を犠牲にして数多の世界と
命を救ってくれた人。

 それは、なのはにとって最愛なる人 ―― ユーノ以外の何者でもなかった。


「何故、ここに?」


 自分を見る主 ―― ユーノにそう問い掛けるセフィア。
彼女は何故ここに彼が来ているのか解らなかった。

やはり、自分は信用されていなかったのだろうか?

 そんな不安に駆られる中、ユーノはフッと表情を崩すとセフィアの背後にある山に視線を移した。
それに吊られてセフィアも後ろを振り向く。
視線の先にあったのはそびえ立つ一つの岩山。それは、どこにでもあるさりとて珍しくも何ともない山。

一体なんなのだろうか?

 そんな疑念がセフィアの中に生まれる。
だがそれも束の間の事だった。
 ユーノの次なる行動によって、その疑念は歓喜へと変わる。

 ユーノは片手を岩山に突き出すと、静かに目を閉じる。
すると眩いばかりの光の粒子が彼の手に集中しはじめ、周囲を明るく照らし出した。
まるでそこに太陽でも出現したかのように。
 だが、それも束の間。突如としてその光が爆ぜる。
直後! 轟音が辺りを支配する事になった。


「やはり、ここにあったのか、2つ目の楔≠ヘ」


 轟音がした場所、それは先程の岩山があった場所。
だが、その岩山は今はもう無い。跡形もなく消え去り、その面影を見る事すら叶わない。
代わりにソコにあったのは、空間に突き刺さっている剣≠セった。
その剣の腹には、見た事もない幾何学模様が刻まれている。

 それを見たセフィアは、ユーノに振り返り微笑む。
ユーノもまた、セフィアに微笑み返す。
だがそれも一瞬。ユーノは再び表情を締めると、今度は突き出していた腕を天にかざす。
すると、剣の周りに光の粒子が集まりだし、剣を覆うかのように包み始める。
そして、隙間無く埋め尽くされた刹那! 剣は光と共にセカイから消え去っていった。


「お疲れさまです、ユーノ様」


 上げていた腕を下ろし、一呼吸したユーノに労いの言葉を掛けるセフィア。
その表情はどこか嬉しそうだった。

 尤も――


「何時も言っているだろう? 油断するなって」
「……う」


 ――ユーノの小言によって、嬉しさが羞恥に変わってしまうのだったが。


「……まあ、詳しい話は戻ってからだ。此処にいる用はもうないのだからな」


 そんな感情の揺れがセフィアに起きている事など知らないユーノは、セフィアの表情の変化に疑問を感じつつも
帰路する為に、扉≠眼前に出現させ始める。


 ―― 目の前で起きた光景と、ユーノと呼ばれた少年とセフィアの会話をなのは達は唖然と
見聞きすることしか出来なかった。
死んだはずのユーノがここに現れただけでも信じがたい事なのに、彼が行っている事、そして、彼が使ったであろう力=B
何一つとして解るものはなかった ―――


 扉が完全に姿を現し、ユーノが扉に手をかざす。
ギィッという音を立て、ゆっくりと扉が開く。その先はただ真っ暗で何も見る事が出来ない。
その暗闇にユーノが入ろうとした光景を見て、なのはの脳裏に一ヶ月半前の事がフラッシュバックされる。

そして、気付けば呼んでいた。いや、それは寧ろ叫びに近かった。


「待ってっ! ユーノ君っ!!」


 その声に、扉をくぐろうとしたユーノは立ち止まる。ゆっくりと振り返り、自分の名を呼んだ少女 ―― なのはの方を向いた。
そして、首を傾げる。なぜ、セカイの敵である者の呼びかけに反応してしまったのだろうかと。
対するセフィアは、なのはを敵意に満ちた視線で睨み付けていた。


「…………何の用だ? 管理局の魔導士。貴様に名前を呼ばれる筋合いは無いんだが」


 だが、首を傾げたのは、ほんの数瞬。
表情からは感情と云う物が一切消え、冷徹な声がなのはに浴びせられる。


「っ!!」


 その表情に、声に、なのはの体は小刻みに震え出す。
それを押さえ込むかのように、唯一動く部位 ―― 両の掌を握り力を込める。
……これ以上、奮えないように。


「声すら出せないか……、がっ!?」
「ユーノ様!?」


 なのはの姿を見て、興味が失せたユーノだったが、突如今までに感じた事のない頭痛に襲われる。
突然の出来事に、慌てるセフィア。だが、驚いたのはセフィアだけではない。なのは達もまた同じだった。
だが、異変はそれだけでない。
なのは達を拘束していた光の輪が突如として消えたのだ。


「ユーノ君っ!!」


 自由になったはのはは、何も考えずに視界にいる少年 ―― ユーノと呼ばれた人物の下に近づこうとした。
だが、それを見たユーノがとった行動は――


「来るな!!」
「えっ!?」


――光の奔流と言っても差し支えない攻撃だった。
ユーノから放たれた光は、なのはの頬を掠め背後にある地面を、深く深く抉る。

 なのはは、頬を伝わり滴り落ちる血を拭おうとさえしなかった。出来なかった。
自分が今し方された行為に、凍り付いたが故に。


「……今のは、警告だ。次に僕たちの邪魔をした場合は、《殺す!!》」


 激痛に顔を顰めながらも、そうはっきりとなのはに言い、ユーノは背後にある空間にセフィアと一緒に飛び込んだ。
そして、バタンと扉が閉まり、しばらくの間、その場が静寂で支配される事になる。

 クロノからの念話が届いたのは、それから暫く経ってからだった。



――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ―――




(一体、なんなんだコレは!?)


 扉をくぐり、本来の場所へと帰ってきたユーノ。
心配するセフィアを突っぱね、自室に戻りソファーに腰掛けながら片一方の掌を顔に当て自身に起きた事を考えていた。
頭痛は先程よりは幾分マシになったが、それでも未だズキズキと痛む。


(少女が身に付けていたブレスレッド……あれは何なのだ)


 自分の名前を呼んだ、白い服を身に纏った少女。
その少女の右腕に嵌っていた銀色のブレスレッドを見た瞬間から頭痛が収まらない。
それどころが、その場面を思い出す瞬間、頭痛が一瞬だけだが増し、更には少女の悲痛な表情も呼び起こされる。
だが、半ばそれを無視し立ち上がるとベットへと向かい、身を投げ出すような格好で倒れ込む。
と同時に、纏っていた銀色の外套が罅ぜた。残光が周囲を淡く照らす。

 ユーノは、頭痛で半ば支配された思考で、これからの事を考える。
罅ぜた外套の事に気を回す余裕はなかった。


(……仲間≠ヘ揃った。残る楔≠烽アれで探しやすくなる。もう……少し…………だ。)


 だが、意識を保てたのは其処までだった。
まるで電源が落ちるかのようにユーノの意識はプッツリと途切れ、奥底へと沈んでいった。
だから気付かなかった。気付く事が出来なかった。

闇≠ェ己が身を包み込んでいると云う事に。




――― Episode 09に続く…… ―――




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 □ あとがき □
 貴重なお時間を使って読んで頂いた方、誠に有り難うございますm(__)m
いやもう、何と申し開きすればいいのやら。前回の更新からほぼ二ヶ月という空き。自分の事ながら凹みます。
まあ、何はともあれもう一人の主役である人物の登場。最初、名前を替える予定ではいましたが、
そうなると、自分では収拾仕切れなくなりそうだったので敢えて名前を替えなくそのままに。
 話は変わり、再びネタ投下。とはいえ一部なんですが……(¨;)。ここで書かなくてもバレバレだと思うんで
敢えて書きはしませんが。
 ホントはもっと書きたい事があるのですが、何か言い訳(この時点で既になっていますが(T.T))になりそうだったので
これにて後書きは終了。

 では、次回もよろしければ読んで頂けると嬉しいです。時の番人でした。