《遡る事、約一ヶ月半前、時空管理局内・提督室》

 二人の女性がソファーに深く腰掛け、互いの眼前に浮かぶディスプレイに目を通していた。
その傍らで、一人の青年が事の成り行きを見守っている。

 時間にしてどの位経ったのだろうか。短いとも長いとも言えない時間の後、
まるで申し合わせたかのように、二人の女性は浮かんでいるディスプレイを表示させたまま
ソファーの背もたれに身を預けた。


「……どうやら、報告書は無事に受理されたみたいね」
「それが、良かったのか……と言えば良かったのでしょうけど、複雑よ、この見解は……。いえ、むしろ――」


 二人の女性――リンディとレティは疲れ切ったと云う表情で言葉を口にする。
まるで自分に言い聞かせるかのように。
 二人が閲覧していたのは、上層部から伝わってきたとある事件≠フ報告書を受けての見解。
そう、一昨日起きたあの忌まわしき任務のに対しての物だった。

 一昨日、心神喪失状態のなのはと一緒に一足先に戻ってきたはやてとリイン。
それに立ち会ったリンディとレティはなのはの状態とはやて達の表情を見てどう言葉を掛けて良いか分からなかった。
 なのはは、その状態から直ぐさま緊急病棟に移され、はやて達は事後報告という名目の元、レティの執務部屋へ
連れて行かれる。
 そこで、レティとリンディははやてから一枚のディスクを渡されると同時に、彼女の口から真実を訊かされる。
その真実に対して二人は……絶句する以外何も出来なかった。
 そして、何故クロノがあの場での言及を避けたのかを瞬時に悟る事が出来、渡されたディスクに何が入っているのかも
容易に想像出来てしまった……。

 改めて渡されたデータを閲覧し、二人が感じたのは ―― ショック∴ネ外の何者でもなかった。
確かに、管理局に勤めて仕事をしている以上、危険≠ニは隣り合わせの仕事であると云う事は重々に認識している。
ましてや、直接現場で働く者ならば死≠ニいう言葉とも背中合わせというのも、云われるまでも無い事。
実際、任務の過程で命を落とす殉職者がいるのも隠す事も否定する事も出来ない確固たる現実なのだ。

 だからといって、慣れるものではないのだ。人の死と云う物には。
ましてや今回亡くなったのは身近な人物 ―― 身内である。
これで、ショックを受けるなというのが無理なのだ。
 本来なら塞ぎ込んでも致し方ないのだが、組織のトップに居るものとしてそれを許してくれない。
良くも悪くも……時間と云うものは止まってくれないのだから。

 そして、現在。
先刻クロノ達が帰還し、詳細な報告書が提出され上層部に送り、それに対しての返事が来たところだったのだ。


「申し訳ありません! 全て僕の「ストップよ、クロノ!」……母さん」


 二人の傍らに立っていた青年 ―― クロノは上司でもある二人に謝罪し、全ての責を負うつもりでいた。
だが、クロノがそう言う事を察していたリンディは上司としてではなく母としてクロノの言葉を遮る。


「貴方のせいではないわ、クロノ。自分を責めるのはもう止めなさい」
「しかし……っ!!」


 クロノは声を荒げ、リンディに反論しようとするが……出来なかった。
何故なら、リンディの悲痛な瞳を見てしまったから。良く見ればレティもリンディと同様の表情を見せている。
そこで、ようやくクロノは気付く。と同時に自分の不甲斐なさを恥じた。
同じなのだ、皆。悲しみと自己への憤りを抱いているのは。
 だが、それに囚われたままでは、現実から逃げている事と同じ。
何の解決にもならない。
今すべきなのは彼の ―― ユーノの立場を悪くしないようにしなければいけないのだ。
命を賭してこの世界を護ってくれた友に対して。
そして、未だ塞ぎ込んでいる仲間なのはの為にも。

 それは、クロノだけではなく事情を知るもの全員の思いでもあった。


「……これは破棄しても構わないわよね?」
「レティ……!?、ええそんなデータは必要ないわ」


 クロノが押し黙り、沈黙が部屋を支配する中、レティはリンディに一枚のディスクをちらつかせながら尋ねる。
と同時に、リンディの返事を聞く前に、ディスクを炎熱系の魔法で跡形もなく消却した。

 そのディスクに入っていたのは極一部の人間にしか知り得ない真実が記録されているモノ。
そして、この瞬間……真実は文字通り、一切の痕跡を残さずこの世から消滅したのだった……。









魔法少女リリカルなのは_Ewig Fessel
Episode 07:Splitter Welt - 欠けた世界
――Chapter 02――









 クロノは、提督室を出た後その足でとある処≠ノ向かっていた。
途中クロノに声を掛けようとした人達も居たが、彼の形相を見た瞬間、誰もが声を出す事が出来ない。
それ程までにクロノの表情は険しかった。

 彼の右手には何やら勲章のようなものが握られているが、既に拉げており
原型を伺い知る事が出来ない状態になっている。


  (何が、『良くやってくれた』だっ!! こんなもの要らないんだっ!!!)


 上層部からの返答は、良くも悪くも通例何時も通りだった。
何処彼処で起きている次元災害や次元犯罪。管理局はその対応に日々追われ、忙殺されていると言っても過言ではない。
そんな中で局員一人の死に一々構っている暇などない。そして、それは今回殉職したユーノにも当て嵌まる事だった。
 ただ、彼の場合今まで有効活用されなかった『無限書庫』を管理局にとって必要不可欠なものにしてくれた実績と、
未曾有の次元災害を防いでくれた功績を讃えられ、勲章と管理局の歴史に名が刻まれる事が上層部での会議で決まった。
 またクロノも艦長として、提督として被害を最小限に食い止めてくれた功績に対し一定の評価が付く事になり、
提督として一層の箔が付いた事になった。
尤も、それは……外部の目から見れば、であったのだが。

 そして、その報告の内容は、あの任務に関わった者達にも既に伝わっていた。
だが、その内容に喜ぶ者など誰一人として居なかったのは言うまでもない。
それどころか、程度の差はあれ、全員がキレる一歩手前状態であった。

 だが、全員が必死になって踏みとどまる。
ここで感情に任せて暴れてしまえば、皆が必死になって隠し通してきた真実≠ェ明るみになる可能性が大きい。
少なくとも訝しがられる事は間違いない。
それ故に、クロノ達にとっては理不尽とも言える今回の決定を額面通りに受け取らざるを得なかったのだ。

 それから間もなくして、クロノは一つの扉の前に立っていた。
そして、その扉には関係者以外、面会謝絶≠ニいうプレートだけが張られている。
クロノは、少しの逡巡の後、ドアの一部に手を触れる。

 すると、ガコッという音がしロックが外れた音がすると、静かにドアが開いていく。


「なのは……」


 部屋の中に入ったクロノの視界に入ってきたのは、ベットから上半身を起こし両膝を抱えうずくまるなのはの姿。
両の目からは光が失われ、きつく握った左手には待機状態のレイジングハートが収まっている。
 そして、なのはクロノが入ってきたのも気付かず、何一つとして反応を示さなかった。


「お兄ちゃん……」
「クロノ君……」


 そして、なのはの傍らにはクロノよりも先に見舞に来ていたフェイトとはやてがいた。
表情には従来の覇気など無く、疲れ切っているのが分かる。
 はやてとリインは一昨日から。追加調査の為に先刻帰還したフェイト等は到着してから直ぐになのはの下を訪れ、
何とかなのはの自我を取り戻そうと、出来る事・思いつく事は全てやった。
だが、結果は虚しくなのははなんの反応も示さない。


「まだ、……か」
「うん……変わらない。何も変わってないよ……」
「何で、何で……こないな事に……っ!!」


 本局の医療設備に運ばれてきたなのはは、数時間後目を覚ました。
が、それだけだった。誰の言葉にも何の反応せず、ただただ虚空を見つめるばかり。
食事も決して口にしようとはせず、今は点滴だけで栄養の補給を行っている。
その姿はなんら人形と云っても変わらない程、痛々しかった。

 医師の診断によれば、肉体的にはなんら問題はないとの事。
ただ、精神スピリチュアルが意識の奥に潜ってしまっている ―― 現実を拒否しているという事。
そして、現状では打つ手が無く、なのは自身が戻る意志を持たない限り回復の見込みがなく、仮に
このまま自我が戻らなければ最悪の結果が待つという報告をクロノは本局に戻ってくる前に既に受けていた。


(もう、アレに賭けるしかないか)


 クロノは、未だ意識が戻らぬなのはを前に一つの賭けに出る事にした。
恐らくこれ以外になのはが自我を戻す可能性は無く、通じなければもはや打つ手はないと云う程の代物。

 クロノは懐から、白いシーツに包まれた一つの物を取り出し、丁寧にその布を広げていった。


「それはっ!!」
「お兄ちゃんっ!!」


 それは一昨日の追加調査の際に発見されたもの――銀色の光沢を放つブレスレッド。
追加調査の際、ヴィータの感情の爆発に伴って放たれた魔力波動により舞上げられた砂塵の中から見つかった物だった。
禁呪でユーノと一緒に疑似次元に消えたはずのものが、何故存在していたのかは分からない。
だが、発見されたのは紛れもなく任務の際にユーノが身に付けていたブレスレッド。
 本来なら、発見されたブレスレッドは遺品として然るべき処に送られるべきの物。
しかし、クロノは敢えて届け出る事はしなかった。この時既になのはに関する報告を受けており、
もしもの場合、このブレスレッドが鍵になるかも知れないと思っていたから。



「これしか、もう方法がない。なのはが目覚めるには……っ」
「け、けど……っ!!」
「今のなのはちゃんには……っ!!」


 フェイトとはやてが危惧する理由は、クロノも分かっていた。
今からやろうとしているのは、一縷の希望。それが叶わなかった時、一体どれ程の絶望に襲われるか分からない。
また、変化が合ってもそれが望む結果に働くとも限らない。
 良くも悪くもユーノの遺品である。リバウンドがないとは言い切れないからだ。
だが、それでもクロノは決意する。このままなのはを、目覚めないままにさせて置く訳にはいかなかった。
我が儘かも知れないがなのはにはきちんと生きて欲しかった……ユーノが命懸けで護ったこの世界で。

 クロノは、そっとなのはに近づき、銀色の光沢を放つブレスレッドを右手首に填めて静かに離れる。
だが、数秒経ってもなのはは全く反応を示さなかった。


「やっぱり、駄目なのか「ちょと、待って!!」……え、はやて?」


 クロノはその光景に絶望し、フェイトが直視仕切れずなのはから視線を逸らそうとした瞬間、
はやてが声を上げる。


「なのはちゃんの唇が、動いとる……」
「「えっ!?」」


 はやての驚きと取れる声で、クロノとフェイトの視線がなのはの唇に移る。
微かではではあるが動いているのが見えた。
 直後なのはの瞳から涙が一粒。また一粒と零れ始め、徐々に、徐々に焦点が合い始める。
更に、微かな動きだった唇は徐々に大きくなり、ついにはなのは自身の言葉を紡ぎ出す。


ゆ……く、ユ……ノ……ん、ユーノ君ーーッ!!


 そして、なのはは自分の右手首に嵌った銀色のブレスレッドを自らの頬に当てながらベットに泣き伏した。

それから数刻後、なのははようやく落ち着き顔を上げる。


「……なのは、私達が分かる?」


 フェイトが怖ず怖ずとなのはに声を掛ける。
反応があったが、それがどういう風になったのか分からないからだ。


「……うん、わかるよフェイトちゃん。それに、はやてちゃんもクロノ君も」


 なのはは弱々しくも、それでもはっきりと返事をした。


「ぐすっ……、なのはーーっ!!」


 フェイトとはやては感極まって思わずなのはに抱きついた。
クロノも目尻に涙を溜めながら、喜んでいる。


「い、痛いよ。フェイトちゃん、はやてちゃん……っ!!」
「あ……、ごめんななのはちゃん。つい」
「ゴメンゴメン、なのは」


 自我が戻ったと言っても、体力が落ちきっているなのはにとってはフェイト達の包容は少し堪える物だった。
フェイトとはやては気づき、慌ててなのはから離れる。


「……ずっと夢を見てた。ユーノ君と出会ってからこれまでの事を」
「「「……」」」
「何度も、何度も見てた。心地よかった。楽しかった。……でも、さっきユーノ君の声が聞こえてきたんだ。
 『目を覚まして』って」


 そう言って、なのはは右手首に填めてあるブレスレッドに視線を移す。
が、それも一瞬。なのははクロノ達の方を向いた。


「ちょっと疲れたから、寝させて貰っていいかな? ……大丈夫だよ、私は。ね?」


 心配そうな顔をするフェイト達を安心させるかのようになのはは微笑む。
確かに自我が戻ったのだから取り敢えずは安心すべきなのだが、何故か不安が尽きなかった。
だが、なのはがこう言っている以上何も言えない。言う事が出来ない。
 フェイト達は渋々なのはの言葉に従い、病室を後にした。

シン、と静まりかえった病室でなのははベットに横になり、右手を天井にかざしブレスレッドを眺めていた。
ブレスレッドは、照明の光を受け銀色の光沢を放っている。


(そう、だよね……。このままじゃ駄目だよね。ユーノ君が命懸けで護った世界なんだもん。
 壊れないようにしっかり護らなくちゃ。どんなモノからも! その為には、もっともっと強くならなければ
 いけないんだ、私が。どんな事にも、負けないようにっ!!!)


 ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― 




《――そして、現在》




『マスター、退避を!!』


 レイジングハートが声を荒げる。
まるで空間を埋め付くさんと言わんばかりの魔力光弾がなのはに襲い掛かってくる。


『駄目だよ!! 退避は……出来ないよっ!!!』


 魔力蓄積機に補充してある魔力を一気にロードし、それによって得た莫大な魔力で二種類の魔法――防壁と
飛行魔法を可能限り増幅する。そして、強化された防壁で光弾を防ぎつつ、防ぎきれない物は爆発的な加速を以て
出来うる限りの回避を試みる。
 だがそれでも、数発を回避しきる事は敵わず、光弾が止んだ後なのはの防護服は色んな処がボロボロになっていた。


「ハァ……、ハァ……、ハァ……」


 両肩が揺れる程激しい呼吸を行うなのは。
今の攻撃をいなした結果、魔力も体力も激しく消耗させられていた。
だが、両眼からは強い意志が消える事はなく、自分を取り囲む敵≠凝視する。

 まるで視線で射抜かんとばかりに。

 そのなのはの視線に射抜かれている敵――4体の機械人形はなのはを取り囲むように浮遊している。
そのどれもがなのはを攻撃せんと、照準を合わせていた。


『マスター……っ!!』
「こんなのに、こんな事に! 負けていられないっ!!」


 なのはは歯を食いしばり、残った魔力をフルロード。その数、7発分!
解放された全魔力は、アクセルシューターの威力と弾速の強化に注がれていく!!


『無茶です! マスター!!』
「大……丈夫……っ!!」


 相棒であるレイジングハートの警告に、なのはは気丈にもそう答えた。
急激な魔力運用に、なのはのリンカーコアは悲鳴を上げ、針で突き刺されるような痛みがなのはを襲う!
だが、なのはは半ばその痛みを無視し魔法の制御の為に全神経を集中していく!!


「アクセル――」


 足下に浮かぶ桜色の魔法陣は呻りを上げ、放電現象を起こしながら回転速度を上げていく!
同時に、周囲に4つの魔力球が姿を現す。それは従来のとは比べものにならぬ程の破壊力を秘めていた。

 その一つ一つが機械人形に向けられる!!


「――シュートッ!!」


 閃光。
まさにそう表現してもおかしくない程の速度で標的に向かい飛来し、瞬く間に着弾、そして爆発を起こしていく!!


「これ……で、全て……倒した……は『避けてください、マスター!!』……まさか!?」


 無茶とも言える魔力運用をし、なのははレイジングハートを支えにして辛うじて立っていた。
周囲は爆発の余波で、大量の魔力粉塵が漂い周囲を埋め尽くしている。
 手応えは充分にあった。倒したと確信しようとした時、レイジングハートから警告が発せられる。
その直後、なのはの視界の片隅――真横から一本の魔力刃が見えた。


(回避しきれないっ!?)


 だが、その刃はなのはに届く事は無かった。
その前に黒き影が間に割って入り魔力刃を弾き返す。


「クロノ君?」
「君は自分が何をしているのか分かっているのかっ!!」


 黒き影は、バリアジャケットを纏ったクロノだった。
いきなりの出現に驚くなのはだったが、クロノはそんな事は構わずなのはを一喝する!!
同時に、魔力波動を放ち周囲に漂う魔力粉塵を吹き飛ばす!!

 そして見えたのは無傷なままの機械人形達だった。
だが、様子がおかしい。
攻撃する様子が微塵も感じられなかったのだ。


「エイミィっ!」
『大丈夫、たった今自立行動を解除したよ! ランクも最低レベルまで下げたから大丈夫!!』
「了解した、スティンガー――」
『――Snipe』


 クロノの指示を受け、デュランダルが魔法を発動。
一発の魔力光弾は次々に機械人形達を打ち抜く!
そして、打ち抜かれた機械人形達は、活動を停止させられ地面に落下した後、跡形もなく消え去っていった。


『設定クリアヲ確認。フィードバック完了。結界ヲ解除シマス』


 それを受けてか、空間に機械的な電子音が流れ無機質な壁が姿を現す。
クロノはそれを確認すると、立っているのがやっとのなのはの方を向き、


「こんなのは訓練じゃない! 僕たちが入るのが後一歩でも遅かったら君は死んでいたかも知れないんだぞっ!!」


物凄い声量でなのはを怒鳴りつけた。

 今までなのはが戦っていた場所は、管理局でも5%も満たないAAAクラス以上の局員だけが使用出来る訓練部屋。
何故特定の局員だけしか使えないのかと言うと、理由は色々あるがその一つとして高ランク局員の数の少なさが
上げられる。
 ランクが高ければ色んな処に出向く事も多いが、それに比例して訓練の際に同レベル同士が訓練できる機会が少ない
という事実もあった。しかし、それでは今以上の向上が難しく、それを解決する為に造られたのがこの部屋。
 だが、それは同時に一つの危険性を孕んでいた。
実はこの部屋は、ある古代遺産ロストロギアの技術の一部を使った物だからだ。大元は太古の機械人形製造装置。
魔力素を元に希望するランクの機械人形達を製造出来るという物騒極まりないもの。その技術の一部だけを転用したのだ。
 具体的には活動出来るのは決められた範囲――部屋に限り、また予め入力されている時間が過ぎれば自動的に停止。
若しくは倒された後、自動消滅というような設定が打ち込まれている。
 だが、それでも危険なことには変わりはない。この技術が外に漏れれば争いの火種になる事は充分に予測される。
それ故に、この部屋は管理局でも一定以上のランクと地位に居る者にしか知らされていないし使う事も許可されていない。

 そんな部屋でなのはは訓練をしていた。
だが、それ自体は別段おかしな事ではない。なのはも地位もランクも使える権限があり別に違法という訳ではない。
クロノが怒ったのには全く別な理由があった。


「攻撃設定が全て殺傷設定=I それに加え敵機のランクがSSでしかも四機! 無茶・無謀にも限度があるぞ!!」


 そう云う事なのだ。なのはが設定したのは誰が見てもおかしかった。自身の限界を遙かに超える設定。
自殺行為と取られてもなんら不思議では無いものだった。
 その報告を受けたクロノとエイミィは大急ぎでこの部屋へと急行し、クロノは訓練室に割り込み、同時に
エイミィは管制制御室に駆け込んで、すんでの所で機械人形の活動停止とレベル下げを行ったのだ。


「……ま……で」
「なのは?」
『なのはちゃん?』


 クロノの叱咤を受け俯き加減で黙っていたなのはから、声が漏れた。
だが声は小さく、聞き取れなかった。だから、聞き返すような形でクロノとエイミィはなのはを呼ぶ。


「邪魔、しないでっ!!」
『「―――――ッ!!」』


 だが、次に聞こえてきたのは普段のなのはからは想像出来ない、なのはの怒りの声だった。
その声に、クロノとエイミィは言葉も出ない。


「私は、私はもっともっと強くならなきゃいけない! どんな敵でも打ち負かせるように!!
 そして、どんな事からでも全てを護れるようにっ!!!」


 魔力も体力もほぼ尽きかけている体のどこから出てくるんだと言わんばかりの音量でなのはは叫ぶ!
そして、再び訓練を開始しする為壁に埋め込まれているコントロールパネルに歩み寄る。
だが、クロノはそれをさせなかった。
なのはは食って掛かるが、クロノは提督権限を用いて部屋の使用拒否と休養を強制的に命じた。

 流石のなのはも提督権限を持ち出されては、強く出る事が出来なかった。それに逆らう事は重大な
命令違反を意味する。そうなれば謹慎は免れないだろう。だがそれでは任務に出れない、護れない。
その為なのはは渋々了承し、その場を後にする。

 エイミィは疲れているなのはを送ろうと申し出たが、なのはは頑として拒否し自らの足で自宅へと向かっていった。
その後ろ姿を、クロノとエイミィはただただ見送る事しか出来なかった。


「……何時になったら元に戻ってくれるのかな、なのはちゃん。正直、見ていられないよ……!!」
「僕もだよ、エイミィ……。だけど、だけど! 僕たちに出来る事はなのはがこれ以上無茶しないよう、
 見守る事しか……できないんだ!!」


 エイミィは叫び、クロノは自己の無力さを怒った。
そして思った――やはりあの時なのはを辞めさせるべきだったのだ……と。

 あの時――一ヶ月前、なのはが目覚めた後、なのはを除く高町家を含めた関係者で話し合いがあった。
其処で、なのはを管理局から辞めさせる案が高町家――主に両親から出た事があった。
消せない程の心の傷を負ったなのはが管理局で働き続けるのは酷すぎるという理由から。
だが、その時点でなのはは既にユーノが護ってくれた世界を護る事を強く決意しており、周囲から出た管理局を辞める案には
断固として反対した。
 そして、その理由 ―― 決意を訊かされた時、周囲の人間は誰もなのはに強く出る事は出来なかった……。

 それからなのはは、体調が回復する間もなく訓練を開始。まるで悲しみを忘れるかの様に打ち込んでいった。
時間の経過と共に日常生活に関して言えば、ゆっくりとした回復を見せていたなのは。しかし、仕事に関しては以前とは
様変わりし、任務に対しての甘え――妥協といった類が一切無くなったのだ。非情になったと言っても差し支えなかった。
 特に古代遺産ロストロギア関連に関しては尚更。
純魔力――非殺傷設定とはいえ、攻撃には容赦と云う物がなくなり、また殺傷設定を使う事すら躊躇う事は無くなっていた。

 それは誰の目から見ても非常に危ういものであった。


「仮になのはが本当の意味で元に戻る事があるとすれば、……ユーノ以外にはいないよ、もう」
「……そんな……」


 叶う事のない願いを前に、二人は嘆く事以外出来なかった。







 時を同じくして、とある観測指定世界にて古代遺産ロストロギアが発見される。
だが、この時誰も知る由など無かった。
この古代遺産ロストロギアが、悲劇と奇跡をもたらすと云う事を。







そして……高町なのはにとっては長くもあり短くも感じる事になる、
忘れる事の出来ない中学生最後の夏休みが幕を上げようとしていた……!






――― Episode 08に続く…… ―――




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 □ あとがき □
 貴重なお時間を使って読んで頂いた方、誠に有り難うございますm(__)m
前回の更新から流れる事、約一ヶ月半。遅筆にも程がありますね……orz。
さて、何はともあれ七話の後半を書ききる事が出来た訳ですが、光明のこ≠キら見えない展開に
自分自身が一番凹んでます。妖精さんが書いてくれないかと思う事もしばしば……。脳内では完結しているのに……(T.T)
 そして、またまた出てきた自己流設定ですが……どうかご勘弁をm(__)m
なのはの事を描写する為に造った物です。物騒極まりない部屋ですが……うん。

 では、次回もよろしければ読んで頂けると嬉しいです。時の番人でした。