※少し、暗い展開となっています。
 人によっては嫌悪感を感じるかも知れません。
 その処を了承した上で読んで頂けると幸いですm(__)m





 なのはは、必死になって前に進もうとしていた。だが眼前には不可視の壁がそびえ立ち、なのはの進行を阻害する。
力一杯に不可視の壁を叩くが一向に進める気配はない。
だがそれでもなのはは諦めずに壁を何度も叩き続ける。
 壁の向こう側では、ユーノがディメジョン・クェイク・ボム次元振動弾の前で魔法構築を行っていた。
止めなければいけない。あのままではユーノが消えてしまう。
だが、一向に壁は破れる気配はなく、どんなに叫んでもユーノに声が届かない。
 淡い緑色の魔法陣が回転速度を上げ始めた時、ユーノはやっとなのはの方を向く。

そして、


「……さよなら、僕の大切な愛しき人なのは=v
「ユーノ君ーーーーっ!!」


 直後、世界は眩いばかりの光に包まれていく。





「ユーノ君っ!!」

 深夜二時。真っ暗ななのはの部屋に叫び声が木霊する。
声を出したのは他の誰でもない、なのは本人。
なのははベットから上半身を起こし、右手を前に突き出した格好をしていた。


『master.』
『レイジングハート……』


 枕元に置いてある待機状態の紅い宝石のデバイス――レイジングハートからの念話を受け、
なのはは現状を悟る。


(また、あの夢=c…)


 真っ暗な部屋に無機質に鳴っている規則正しい時計の秒針の音とは反対に、なのはの心臓は
全力疾走したかのような鼓動を刻み、全身が汗だくになっていた。
 なのはは、荒れ狂う動悸を押さえ込もうと意識的に深呼吸を繰り返す。
数分後、やっと落ち着いてきたところで枕元にある相棒に尋ねた。


『声、洩れてないよね……レイジングハート』
『……大丈夫です。いつものように簡易の防音結界をマスターの周囲に張っています。気付かれる事はありません』
『ありがとう。ごめんね、不甲斐ないマスターで』


 本当に申し訳なさそうにレイジングハートに謝るなのは。
寝ているみんなを起こさないように静かにベットから下りると、タンスからおろしたてのタオルを引っ張り出し
体から吹き出た嫌な汗をふき取り始める。


『……大丈夫ですか、マスター』
『大丈夫だよ、私は』
『しかし……』
『大丈夫』


 主であるなのはの少し語気の強い言葉を受け、レイジングハートは押し黙る。
あの事件からはや一ヶ月半が経とうとしているが、なのはは時折悪夢とそれに伴うフラッシュバックに襲われていた。
見る夢は決まってあの場面――ユーノの最後のとき=B

 事件後間もない時はそれこそ毎晩のように襲ってきていた。
その度に叫び目覚め、家族全員が心配してなのはの下に駆けるという日々が続いた。
だが、なのはは家族に心配させまいとみんなに内緒で防音結界を習い、寝ている時間帯にレイジングハートに
常時展開をお願いしている。
 かたち的には家族に、なのはの身に起きているフラッシュバックと悪夢は収まったかのように見せていた。

 汗をふき取ったなのはは再びベットへと潜る。
朝、寝不足な顔で家族と会えば要らぬ心配をさせてしまう。そうならないように再び眠りへと付く。
右手にはめている銀色のブレスレットに左手を添えながら……。


「お休み、ユーノ君……」


 レイジングハートはそれをただ黙って見守る事しかできなかった。









魔法少女リリカルなのは_Ewig Fessel
Episode 07:Splitter Welt - 欠けた世界
―― Chapter 01 ――









「起立、礼!」


 日直の掛け声と共に教室には賑やかな声が広がる。
一日の授業が終わり、部活の準備をするものや帰宅の準備をする者と様々だ。
だが、皆の表情はいつもより活き活きとしている。何故なら……


「んーー、やっと一学期が終わったわ。いよいよ明日からは夏休みね」


 通学用鞄を片手に持ちながら、まるで背伸びするかのような仕草をするアリサ。
今日で一学期のカリキュラムが全て終わり、明日からは中学生最後の夏休みを迎える。
ましてや余程の事が無い限り、エスカレータ式で上がれる訳で、受験を心配する事のない学生にとって
これ程嬉しい事はない。


「さて、なのは、フェイト。帰りましょうか」
「うん、アリサ」
「OKだよ、アリサちゃん」


 3人で一緒に教室から出ると、すずかとはやてが待っていてくれた。
どうやら先にHRが終わったらしく、廊下で談笑していたらしい。
なのは達が出てきたのに気付くと、呼ばれる前に彼女達の下に歩み寄る。


「長かったやね、HR」
「そうなのよ、はやて。うちの担任の話ったら長いのなんのって。聞いている身にもなってもらいたいわ」
「あわわわ、駄目だよアリサちゃん。こんな処でいっちゃ」
「分かっているわよ、なのは。全く、心配性なんだから」


 そんなたわいもない会話をしながら帰路に着く五人。
会話は止めどなく出てくる。五人とも楽しそうで、それは何処にでもいる学生の光景だった。


「にしても、今日も暑いね。日差しがきついよ」


 なのはは右手を帽子の鍔のようにし日差しを遮る。
ほんとにそれは何気ない自然な動作。だが、フェイト、はやて、すずか、アリサの四人の目にはある物が入る。
太陽の光に照らされて反射するなのはの右手首に填めてある銀色のブレスレットが。
四人の誰もが知っていた。
それがどんなものかと云う事を。


「ん? どうかした、みんな?」
「え……ああ、なんでもないよ。ほんと嫌になる日差しだね」
「そ、そうやね。乙女の柔肌にはきびいしいわ、これは」


 何とか取り繕い答えるすずかとはやて。そして相槌を打つフェイトとアリサ。
多少の疑問は感じつつもなのはも気に留めることなく会話を続ける。それに内心ホッとする四人。
悟られる訳にはいかなかった。過剰な心配はなのはを余計に困らせるだけだから。
そして、思い出させてしまうから、あの事を。

 その時、今まで眩しすぎた日差しが無くなり不意に周囲が暗くなる。
何事かと全員が空を見上げる。
 見上げた空はスカイブルーではなく、いつの間にか灰色の様相を見せ始めていた。
それに気付いた五人は慌てて、鞄から折り畳みの傘を取り出し広げる。
すると、まるで見計らったかのように雨が降り出しはじめた。


「……やっぱり降ってきたね。どうなっているんだろう、これ?」


 フェイトは傘を少しずらし、雨を降らせている灰色の雲を眺める。
五人全員が傘を常備していたのには理由があった。


「私が訊きたいくらいやわ、テレビも異常気象≠ニ言ってたしな」
「そうだね、確かに言ってたね。お母さんも困ってたよ、洗濯物を外に干しにくい≠チて」


 はやてとなのはの言う通り、ここ十日程地球上の至る所で、不自然な気象状況が起きていた。
晴れていたかと思えばいきなりの雨が降り、無風かと思えばいきなりの突風が吹き付ける等と云った
気象レーダーでも予兆を観測できないことがどこかかしこで起きている。


「そう言えば、はやてちゃんが引っ越し予定地クラナガンでも似たようなのが起きているんだよね?」


 すずかがはやてに尋ねる。先日、はやてが愚痴っていたのを覚えていたのだ。


「そうなんやよね……あっちでも良く分からんと言うてたし」
「まあ、そんなに大した被害も出てないんだし、一時的なものでしょう。いずれ、収まるわ」


 この話は終わりと言わんばかりの口調でアリサはこの話題をうち切り――


「そうだ! これから私の家に寄っていかない? 新しい犬が増えたんだ、これが可愛くて!」


 ――アリサが唐突に別の話題を切り出す。
なのは達が今日は仕事が無い事はフェイトから聞いていた。だが敢えて、休みだからというのは言葉に入れない。
アリサなりの気遣いだった。


「うん、私は構わないよ」
「うちもや、めっちゃ楽しみやわ」
「そうだね、どんな犬なのか楽しみだね」


 フェイト、はやて、すずかは直ぐに了承する。なのはも同じように頷いてくれると思っていたのだが、


「……ごめんなさい、アリサちゃん。私は行けない。この後予定があるから、管理局の方に」


 予想外の返事に二の句を繋げなかった。


「えっ、なのは?」
「なのはちゃん?」


 それはフェイトもはやても同じだったらしく、声には出さないもののすずかも驚いている。
なのはは少し寂しそうな表情をしながらこう親友達に言った。


「訓練の予定を入れているから……ごめんなさい」


 無意識だろうか、左手を右手首に填めてある銀のブレスレットに沿えたまま本当に申し訳なさそうに言う。
はやてが何か言おうとしたところ、アリサが割り込む。


「予定があるんじゃ、しょうがないわね。時間が出来たら教えて頂戴。何時でも紹介してあげるから、自慢の犬をね!!」
「……ありがとう、アリサちゃん。じゃあ、私はここで」


 なのはは足早に自宅へと向かっていった。
その背中を四人は悲しげな表情で見送る。


「……まだ無理しているわね、なのはは。……しょうがない事だけど」
「うちらが何か力になれたらいいんやけど、無力やね……」
「私達に心配かけないようにしてくれているみたいだけど……」
「辛いね、……何も出来ないのは」


 四人アリサ、はやて、フェイト、すずかそれぞれが、自分の力の無さを悔やむ。
親友が苦しんでいるのを只見守る事しか出来ない現実に対して。


「……忘れろ≠チていうのがそもそも無茶な話なのよ。好き≠チて自覚した相手が突然自分の目の前から
 居なくなったんだもの……。それも、自分達を護る為にその身を犠牲にして……。何で、どうして、こんな事が
 起きちゃうのかな」


 アリサの呟きは、三人以外には聞こえることなく雨音と街の雑踏の中に消えていく。
そして、思い出されるのは一ヶ月半前に起きたあの忌まわしい事件だった……。




――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ―――




 A.f.i=\―アフィー≠フ衛星軌道上で待機を余儀なくされている艦船・アースラ。
そのアースラの艦橋内の時間は……止まっていた。
 各々がするべき事は山程ある。直ぐに着手しなければいけない事も誰もが分かっていた。
だけど、動けなかった。

 何故なら……


「ユーノ君……!!」


 艦橋で慟哭しているなのはの姿が、あまりにも痛々しかった。
声を掛けようにも何と言って良いか分からず、ただただ誰もがその場で立ちつくすだけ。

 どのくらい時間が経っただろうか、意を決してフェイトがなのはの下に近づく。
艦橋の全員の視線がフェイトの下へと注がれる。


「な、なのは」


 全身の力を総動員するかのように、何とか声を絞り出し、うずくまっているなのはに少ししゃがみ込んで声を掛ける。
フェイトが発した声はとても小さい音量だったが、艦橋にいる誰の耳にもはっきりと聞こえてきた。

 声を掛けられたなのはは、一瞬ビクッとすると声の出所――フェイトの方を見上げた。
両の目から未だに涙が流れ続け、彼女の目を赤くさせている。

 次の瞬間、なのははフェイトの胸に飛び込んだ!!


「ユーノ君が、ユーノ君がっ! なんで、なんでっ!! 折角、折角気づけたのに、なんで――っ!!!」
「なのはっ!!」


 フェイトの両肩を掴み、まるでうわごとの様に叫び続けるなのは。
居たたまれなくなり、フェイトはなのはの頭と肩を抱え力一杯になのはを抱きしめる。
慰めの言葉一つも浮かばない中で、フェイトにはこうするしか術がなかった。


「ごめんね、ごめんね、なのは。私にもっと力があれば!!」
「うわーーーんっ!!」


 更に号泣するなのは。
どのくらい続いたのだろう。一瞬とも永遠とも感じた時間の後、フェイトの腕の中にいるなのはは、
まるで糸が切れた操り人形のように崩れ落ちかける。


「なのは!?」


 フェイトは異変に気付き、何とか崩れ落ちかけるなのはを支えた。
一瞬何か起きたか分からなかった。だが直ぐに気付く。なのはが気絶していると言う事に。


「いけない! 至急艦内の医療スタッフに手配を。はやくなのはを医務室にっ!!」


 クロノはいち早く我を取り戻し、命令を下す。
それを受けて、止まっていた艦橋の時間が今までの遅れを取り返すように忙しなく動き始める。

 艦長席にいるクロノからの命令が次々と各所に飛ぶ。
船外では作業服を着ている船員が必死になりスラスターの修理に追われ、
艦内では魔力炉と転送装置の応急修理と通信設備の回復に大多数の人員が割かれる。

 そんな中、実働部隊の殆どは、なのはが心配で医務室に赴いている。
艦橋に居るのは艦長のクロノと管制指令のエイミィ。そして、万が一の事態に対して待機している
シグナムとザフィーラだけだった。

 勿論四人とてなのはの事が心配である。だが、立場が持ち場を離れる事を許してくれない。
それはフェイト等も同じ事なのだが、クロノが提督権限を持ってなのはに付き添う事を命じる。
なのはもそうだが、フェイトやはやてもまた危うい精神状態であることをクロノは見抜く。
それ故に、少しでも落ち着かせる為には此処にいるよりもなのはの下に居させた方が良いと判断した。
そして、彼女達を支える為にシャマル、ヴィータ、アルフを彼女の下にと付けさせたのだ。

 だが、正直言えばクロノを含めて此処にいる四人も似たようなもの。
これまでこなしてきた数々の任務においても、大なり小なりの悲しみは経験してきている。手からこぼれ落ちた命もあった。
 だが、親しい者が――身内が、それも眼前で亡くなるという事実は管理局に従事してから全員始めての事だった。


「クロノ提督……、その」


 シグナムが言いにくそうにクロノに声を掛ける。
クロノは何かに耐えるように右手を強く握りしめている。


「全て、僕の判断ミスだ!! くそッ!!」


 バキッと何かが砕ける鈍い音が響く。
それはクロノの手を保護していた手っ甲が砕ける音だった。
そして、その強く握りしめた手から血が涙のように滴り落ちる。


「……自分を責めるのはよせ、ハラオウン。お前のミスではない。……我々も同じだ……っ!!」


 言葉を吐き出すように口にするザフィーラ。
その姿は何かに耐えるようだった。
 その時だった。整備班から長距離通信システムの回復の一報がクロノの下に入ったのは。


「クロノ君……、どうする?」


 エイミィがおずおずと尋ねる。クロノはエイミィが言わんとしている事は分かっていた。
恐らくはどこかの観測地点において、ディメジョン・クェイク・ボム次元振動弾の発動前の余波とユーノの禁呪発動に関して、
何らかのデータを観測されている可能性がある。
 前者はまだいい。結果的には発動しなかったのだから。どうとでも言い繕える。それよりもクロノ達にとっての問題は禁呪
の方であった。仮に観測されていた場合、そのデータが提督クラス以上に渡れば禁呪使用が間違いなく発覚する。
そうなれば事情を知らない上の者はユーノを犯罪者として扱う事は目に見えている。それは何としても避けたかった。
命を賭して次元世界を護ってくれた友に対して、申し訳が立たなくなる。
 だから、クロノはある事を心の中で決心する。
それから、意を決し、エイミィに本局にいる今回の任務を指示した方――レティ提督に連絡を取るように頼む。

 程なくして、正面にある大型モニターにレティ提督の顔が映し出される。


「よかったわ、やっと繋がって。何度通信入れても繋がらないから心配しちゃったわよ」
「申し訳ありません、レティ提督。作戦遂行の為、通信は絶っていたものですから。
 それよりもわざわざレティ提督本局から通信とは何かあったのですか?」


 本来であればある程度の報告をしなければいけないはずだが、まだこの時点ではクロノは出来ないと考える。
本局の方で今回の件について何処まで把握しているか掴まなければいけなかった。
 その意図を三人も分かっているらしく、固唾を呑んで成り行きを見守っている。


「いや、何かあったって……、まあ、いいわ。実はその次元に一番近い観測所から、貴方達が向かった惑星から
 異常な数値――大規模次元震の前兆余波が観測されたって報告が来て心配していたのよ。そしたらいきなり何事も
 なかったかのように反応が消えたって言うから気が気でなくて。リンディも心配していたから尚更……ね。
 で、何があったのかしら?」
「……実は――」


 クロノはレティの言葉から、禁呪に関しては観測されていないと推測する。
もし観測されているならば、同じ提督の立場でありさらに自分より高い地位にいるレティ提督が知らないはずはない。
知っていたら直接的ではないにしろ何らかの形で訊いてきたはずである。

 だが、ディメジョン・クェイク・ボム次元振動弾の件をこの場で出せばその封印・破壊手段を問われるのは明白。
その問いに対する答えは今のクロノは持ち合わせていない。仮に話した場合、レティならば事情を知れば禁呪の事も黙って
くれるかも知れない。だが、この通信が盗聴され外部に漏れる可能性も否定出来ない。どうにかしてこの場での言及だけは
避けたかった。
 だから、クロノは今回の任務に於いてアースラが被った損傷により復旧に時間が掛かる事、そして
巨大防衛体破壊の戦闘に於いて――


「――ユーノが……亡くなりました」


――殉職した事実のみをレティに伝えた。
艦長席の下で拳を強く強く握りしめながら。

 その報告を受け、言葉を無くすレティ。
だが、それも束の間。動揺を胸の内に隠しレティはクロノに問う。
長年培ってきた提督としての立場がクロノの言葉の中に違和感を感じたから。


「……では、前兆余波は貴方が言う巨大防衛体≠フせい……と?」
「……はい、間違いないです。ただ、詳細を纏めるには時間が掛かります」


 レティはクロノの両眼を直視しながら、考え込むように沈黙した。
クロノも視線を逸らすことなくレティの視線を受けている。

そして……。


「……では、クロノ提督に命じます。詳細な報告は当然の義務として、現場の追加調査もそちらで引き続き行ってもらいます。
 怪我人等に関してはこちらから救命艇を転送するからそれに乗せてください。調査が終わるまではこちらに
 戻ってきてはいけません」
「……心得ました。全力を以て遂行します」


 クロノは何一つ文句を言わずレティの命令を受ける。
それを確認したレティは、提督としての表情をやや崩し、クロノに尋ねた。


「なのはちゃんは……いまどうしているの?」
「…………医務室のベットで、……寝ています」
「……そう、了解したわ」


 クロノの短い報告でレティはなのはの身に何が起きているのか、何となくではあるがそれでも確信めいたものを感じていた。
そして、レティはクロノに対し念話で無理はしないように≠ニいう言葉を残して通信を切った。


 通信が切れた後、クロノはまず他の部署に手伝いに行っているランディとアレックスを呼び、それから医務室に
連絡を入れる。
 なのはは未だ目覚める気配がないとの報告を聞き、居たたまれない気持ちになるが、それでもこの後の事を考え
無理矢理思考を冷徹にし、一旦フェイト等に艦橋へ戻るようにと命令を下す。
 その命令に多少の難色を見せたものの、今後の行動指針が決まった≠ニ云う事を伝えると渋々と了承してくれた。
そして、主要メンバーが艦橋へと集まる。


「なんだよ、クロノ。いきなり呼び出して。私はなのはの下にいたいんだ」


 開口一番、ヴィータは不満を隠そうともせず言い放つ。
シグナムが諫めようとするが、クロノがそれを制する。
強がってはいる物の、ライバルであり、戦友でもあるなのはが倒れてしまった事実はヴィータにとっても衝撃だった。
何も出来ないけど、側に付いていてあげたい。それが今の彼女の心情だった。


だから――


「先程、通信が回復し、その中でレティ提督から追加の任務が与えられた。現場の追加調査をやってもらう」


――このクロノの発言には我慢が出来なかった。


「ふざけるなっ!! みんなどれだけ傷ついているのか分かってるのかよ! それなのに追加任務だって? 
 いい加減「ヴィータっ!!」……シグナム?」


 激昂し、クロノにまさに掴みかかろうとした矢先、シグナムが割って入りヴィータを止める。
今まで訊いた事のない大声だった。
 それに一瞬気圧されたものの、ヴィータは怒りの矛先をクロノからシグナムに向けた。


「なんで止めるんだよっ!! 頭にこないのかよっ!!」
「……何故、我々に追加調査の命令が下ったのかわからないのか、ヴィータ。そして主はやて等も」


 シグナムは、先程の大声とは一変しヴィータに諭すような口調で言いながら視線の先にいるはやて等を見る。
何故ならは言動には出さないもののはやて等もヴィータと同じ感情を持っている事を察していたから。
仮にヴィータが行動を起こさなければ他の誰かが起こしたのは想像に難くなかった。

 シグナムは静かに、だがはっきりした口調で先程まで艦橋で行われていたクロノとレティの会話を
居なかったみんなに話した。
 その中で会話の際にディメジョン・クェイク・ボム次元振動弾とユーノが使った禁呪の事を伝えなかった事を含めて。

 そして、


「レティ提督はクロノ提督との言葉から何か言えない事があると察した。だからこそ、我々に追加調査という時間を
 くれたのだ。もし、本局からの他の部隊が調査に当たれば、何か隠している事――ユーノの禁呪発動がばれる懸念が
 ある。仮に発覚すればユーノは間違いなく犯罪者になってしまう可能性が高い。
 それを回避するには、我々だけでこの任務を終わらさなければいけないんだ」


 シグナムはそう言い、クロノを見る。
クロノはただ頷くだけで言葉は発しなかったが、それだけでみんなには十分だった。


「クロノ……」
「なんだ、ヴィータ」
「ごめん。クロノの気持ちも知らないで……」
「……気にするな。それよりも無理を強いる事になるが、宜しく頼む」


 クロノは艦長席から立ち上がり、頭を下げてヴィータを含めたみんなに頼み込む。
そして、こうも言った。

一切の責任は自分が全て負う。だからディメジョン・クェイク・ボム次元振動弾とユーノが禁呪を使った事は決して口外しないでくれ

 と。


「まかせとけ! どんな命令でもこなしてやるよ!! ……ユーノとなのはの為に出来る事ならなんでも」


 言われるまでもない事だった。
命を賭して自分たちを含め大切な者達を護ってくれたユーノを犯罪者にするわけにもいかないし、仮になってしまった場合、
なのはが目覚めた時にどれ程の衝撃が彼女にもたらされるか分からない。それを回避する為ならば
やれる事はなんでもやる。
 ヴィータが発した最後の言葉は此処にいる全員の気持ちの代弁でもあった。
それ故に、誰もクロノの発言に異論を挟む者などいない。
ユーノの壮絶な覚悟となのはの慟哭を目の前で目撃しているか故に。


「せやけど、なのはちゃんはどないするつもりや? このままアースラに置いとく訳にはいかんやろ?」


 はやての言う事は尤もな事だった。
なのはの気絶は半ば心神喪失状態によってもたらされたものとの報告を受けている。
アースラに置くよりももっと設備の整った医療施設に置く必要があるのだ。


「それに付いても、既に手配している。間もなくレティ提督が手配してくれた救命艇が間もなくこの宙域に転送してくる。
 それで一足先に運んでもらう。そこで、だ。はやてとリインはなのはに付いてってくれないか?
 ……大変だと思うが――」
「――……了解や、クロノ君。なのはちゃんの方はしっかり見といてあげるさかい。心配せんとーてや。
 フェイトちゃんもヴィータも。みんなもな……」


 クロノの言葉を受け、はやては与えられた任務の重さを噛みしめながら了承し、
同じように心配する仲間にも安心させようと言葉を掛ける。


「お願いね、はやて……」
「リインも頼むな……」
「はいです。ヴィータお姉ちゃん」
「……では、残りのみんなはなのはの移送が終わった後、現地の再調査とエイミィの報告書整理に手伝ってくれ」


 クロノが全員にそう伝えた時、アースラ周辺に次元転送の出口が出現の連絡が入り、
程なくして救命艇が艦橋にあるスクリーンに映し出された。
識別番号もレティから事前に知らされているものと合致し、なのはの移送の準備がされる。

 それから間もなくして準備が整い、本局へと帰還する為に救命艇に移送されるなのはとそれに付きそうはやてとリイン。
それを見送る者達には様々な感情が入り乱れていた。
 このような事態を引き起こしてしまった、自責の念。また食い止められなかった自己への怒り。
そして、何一つとしてなのはの力になれなかった自己の無力さを呪った。

 なのは達を乗せた救命艇が本局へと次元転送をしたのを確認した後
帰還の為の修理と報告の為の調査が急ピッチで開始される。だれもが心身共に疲弊しているのは目に見えていた。
だが、それでも誰一人として愚痴を零すことなく、己が任された任務をこなし始める。




――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ―――




 再び現場に赴いた、シグナム、ザフィーラ、ヴィータ、そしてフェイト。
シャマルとアルフは艦橋でエイミィとクロノのサポートを命じられている。

 ユーノが禁呪を使った座標で周囲を見渡し調査を始める四人。
だが、変わったものなど何も発見されない。魔力痕跡など尚更皆無で、
ただ目の前にあるのは防衛体によって破壊され尽くされた、荒廃な大地がどこまでも広がっているだけ。
事情を知らないものが見ればここで禁呪が使われた事などだれも分からないものだった。


「……ほんとに、何にもないんだね」
「痕跡すら、な……。これならばれる事はないだろうけど、けど!!」



 しかし、事情を目の当たりにしている者達にとってみれば、目の前に広がる光景はとても直視出来る物ではない。
フェイトは悲しみ、ヴィータは――。


「くそっ、くそっ!! 何故なんだよ、なんでこんな事が! ちきしょうーーっ!!!」


 ――堪えきれなくなり、怒った。
それに伴い足下に三角のベルカ式魔法陣が浮かび上がり、魔力波動が無意識に解き放たれる。
そして、大地に積もっている大量の砂埃を舞い上がらせていく。


「ヴィータ、よせ! 辛いのはお前だけではないっ!!」
「分かっているよ、分かっているけど! うぅ……っ!!」


 ザフィーラがヴィータの肩に手を置き何とか宥めようとする。
それにより魔力波動の放出は止んだが、代わりにヴィータの目にからは涙が流れていた。


「……ヴィータ。……っ?」


 その様子をみたシグナムは再度自分の力の無さを嘆いた。
その時だった。
 舞い上がった砂埃により遮られたシグナムの視界に、何か光るものが飛び込んできたのは……。






――― Chapter 02に続く…… ―――




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 □ あとがき □
 貴重なお時間を使って読んで頂いた方、誠に有り難うございますm(__)m
本来後書きでかくのはまずいのでしょうが本文で書ききれない部分をちょっと表記。
次元振動弾の事件が起きたのが、だいたい6月初旬と言う事です。今話を書いていてその事を書き忘れていた事に
気付いた次第。 ……もろ恥ずかしいです。

 しかし、ユーノ×なのはで書き始めたのは良い物の、自分で設定したとは言え結構暗い展開に。
恐らく誰が見てもユノなのとは思えない様相……。二次創作が改めて難しい事を痛感。
 ただ、書きたい物の一つとして、自分の中でロストロギア=危険なもの≠ニいうのが根底にあり、このような展開に。
多分、暫くは暗いというか重い話が続くかも知れません。

 では、次回もよろしければ読んで頂けると幸いです。時の番人でした。