人に料理を作るなんて何時以来だろうか?
そんな感情を抱きつつユーノ・スクライア(15)は、キッチンに立ちながらちょっとした料理を作っていた。

今ユーノが居るのは、普段住み慣れたミッドの寮ではない。
第97管理外世界と呼ばれる世界の一つの家のキッチンに彼は立っている。


「……っと、味付けはこんなもんかな?」


 ユーノは満足そうに頷くと火を止め、器に盛りつけていく。その表情はどこか嬉しそうだった。
器をトレイに乗せ、目的の場所へと運び始める。そして辿り着く、一枚の扉。
その扉をユーノは2,3度軽くノックする。


「入って良いかな?」
「……う、うん。どうぞ」


 扉の奥から、小さな、そして緊張を含んだ声が返ってくる。
ユーノは一つ深呼吸をすると、そっとドアノブに手を掛けた。



リリカルなのは 短編
「とある休日の出来事」




 事の起こりは数時間前に遡る。
この日、ユーノは珍しく仕事が休みだった。と云うか取らされたのだ、休みを。
連日の徹夜を繰り返す司書長を見かねた司書達によって。

 ユーノにとってみれば連日の徹夜はいつもの事であり、まだまだ大丈夫と思っていた。
その為昨日も何時も通り膨大な要求を処理している最中、仮眠の為に司書長室に戻ったユーノ。
しかし、仮眠から覚めたユーノの視界に最初に飛び込んできたのは何故か自室の天上。
そして、窓から差し込む朝日。慌てて時計を見ると、仮眠後から少なくとも六時間が経過していた。
唐突な現状が理解出来ぬまま、突如として流れるメッセージ。
それは、司書長補佐とリンディ統括官からだった。
色々あったが、端的に言えば


『休みなさい』


という事。

 流石のユーノも、リンディの勅命には逆らう事が出来なかった。
立場上もあるが、それよりもなによりもメッセージの彼女の笑顔が怖かった。
逆らったら、どうなるかは過去の経験から修得済みなユーノ。
詳しくは語れないが、色々あったのだ。
そう、色々と……。

そんなこんなで、手持ち蓋さになったユーノ。
運悪く(?)、書きかけの論文もないし、いきなりの休日なのだ。予定も何もない。
そんな時に掛かってきた、携帯電話へのコール。
ディスプレイに映った発信先を見て、ユーノは首を傾げつつも着信ボタンを押す。


「あ、ユーノ君。実はね――」


この電話がユーノのこの日の予定を決める事になるとは知らずに。

そして、現在。
ユーノは出来上がった食事をひとまず近くの机に置くと、大切な恋人が寝ているベッドの横にある椅子に腰掛ける。


「なのは。調子はどう?」
「うぅ……だ、大丈夫」


ベッドの主の名は高町なのは。
彼女は顔の半分まで布団を被りつつ小さな声でユーノにそう答える。
青白い顔に少しの赤みをさしながら。
なのはは恥ずかしさで一杯だった。

 風邪の類で横になっているのであれば、ここまで恥ずかしくはない。
では、何故此処までなのはが恥ずかしがっているかというと


(お、お母さんのバカぁ……。た、確かに辛いし、動くのは億劫だよ。けど、けど!
 せ、生理痛≠フ時に、ユーノ君呼ぶ事無いじゃない〜〜っ!!)


そう云う事である。
なのはは、翠屋で働いている自分の母に向かって心の中で叫ぶ以外に他無かった。

女性にとって避ける事が出来ない痛みであり、男性にとっては永遠に知る事が出来ない痛み――生理痛。
症状は様々で個人差はある。なのはも普段は痛みを伴う事はない。あったとしてもここまで、体が重くなくなる程の
痛みは珍しかった。
 ただ、彼女にとって幸運だったのは、この日は学校も管理局の仕事も休みだった事。
過去の経験から辛いのは初日だけ。今日は一日ゆっくり寝ていようとなのはは思っていた。
……のだが、その思惑は大きく外れる事となる。
母の優しさ、もとい大いなるお節介によって。


「ビックリしたよ。いきなり桃子さんから電話が掛かってきた時には」
「あぅぅ……」


今朝方、ユーノの下に掛かってきた電話の相手は、なのはの母の桃子から。
なのはの具合が悪いから、看病してくれないかしら≠ニいった内容だった。
それを聞いて、ユーノは急いで身支度を整え、最速・最短で高町家へと辿り着いた訳なのだが。


「まあ、なのはの気持ちも分かるよ。原因が原因だから、ね」
「……」


ユーノの言葉に、恥ずかしさのあまり言葉が出てこないなのは。
桃子さんからなのはの体調不良の原因を聞かされた時、自分もどういう反応をすればいいのか一瞬分からなくなったくらいだから。


「でも、ね」
「ユーノ君?」
「僕は、なのはの恋人≠セよ。まあ、恥ずかしいのは分かるけど、辛い時は教えて欲しい。……僕の我が儘かな?」
「あ……、ううん。そんな事無い。そんな事無いよ!」 


 頬を掻きつつ、困った表情を浮かべるユーノにを見て
なのはは自身の体調も忘れ、上半身をガバッと起こすと少し語気を強くしながら言葉を口にする。
故に、


「あれ……」


急に起きた為に目が回ってしまい、一瞬前後の感覚が分からなくなるなのは。
だが、何かに包まれるような感覚だけはしっかりと感じる事が出来た。


(何か、暖かいな。ずっとこのままでもいいな〜)


でも、何だろうこれ? と思いつつ、瞼を開けて見た光景は。


「大丈夫? なのは」
「ゆ、ユーノ君?」


至近距離にあるユーノの顔。
形として、なのははユーノに抱きかかえられていた。
瞬間、なのはの脳裏に一ヶ月前の光景がフラッシュバックする。
それは、なのはが女≠ノなった時の光景。
ユーノの腕に抱かれ、幸せの絶頂を感じた時間。


「〜〜〜〜〜っ!!」


青白い顔がまるで嘘のように、真っ赤になるなのは。
なのはの突然の変化に、ユーノも慌てふためく。


「……った」
「ど、どうしたの? 具合、悪い!?」


 なのはは、ぼそぼそと小さな声で答える。
しかし、あまりの小ささ故にユーノの耳には届かず、とても心配そうな顔で問い掛ける。
それに対して、なのはは赤い顔を隠すかのようにユーノに抱きつき、耳元で呟く。


「……思い出したの」


何を? と聞き返そうとしたユーノだったけど、その前になのはの口から出た言葉によって声に出す事は出来なかった。

― ユーノ君を全部受け止めてあげたときのことを ―

まるで、なのはの顔の赤みが飛び火するようにユーノの顔もボッと真っ赤になる。
不意打ちとも云えるなのはの言葉に、ユーノは石のように固まり、結局、二人は顔を真っ赤にしたまま動く事が出来ず、
抱擁は仕事場から帰ってきた桃子がなのはの部屋を訪れるまで続く事になる。


この後、二人は桃子から思いっきりからかわれたのは云うまでもなかったのだった。


 □ あとがき □
 甘い話を書こうとしたけど、……結局こんなのしかできなかった(T.T)
お目汚しになってしまって申し訳ないですm(__)m
自分には甘い話は書けないのだろうか……orz。


死蔵作品欄
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