〜 第 1 回 島原の風 〜
幕府のキリシタン狩りは激化の一途だった。
この村にも何人か役人が詰め寄り、村民への調査が下っている。
「ただ純粋に、我が主を愛したいだけですのに……」
この村に一人の信仰深い女・"きな"がいた。
既に村人の何人かは、女がキリシタンだと勘付いている。
──これ以上、村に迷惑は掛けられない
その夜、きなは夜逃げを決意する。
今まさに荷物をまとめていた折、
「御免」
玄関からの男の声で、きなはギクリとした。
神具の類が、今は部屋に広がっていたのだ。
「い、今しばらく、お待ち下さいませ」
震える声を抑え、荷物を風呂敷の隅に詰め込むと、
女は一呼吸おいて玄関の扉を開けた。
「なにやら慌ただしい様子でしたな」
きなの予感は的中し、訪問者は役人のようだった。
「それにこの部屋の荒れ様といったら。
……これから夜逃げでもするのですかな?」
役人はニタリ笑うと、女の右腕を力強く掴み上げた。
『村に売られた』きなはとっさに勘付いた。
何の確信もなく、こんな夜更けに役人が来るはずない。
「私は、我が主の下に、人も国も、そして……
あなたをお生みになったご両親も、平等に愛しております」
「ほう? この期に及んで宗教の教えとな?」
男はいつしか、優しい笑顔を浮かべていた。
「キリシタンの女は、皆々気が強い。
しかしお前さんは少し、ばかり珍しいの。
大和撫子の奥ゆかしさを持つキリシタンか、ハッハッハ」
女は驚いたように固まってしまった。
すぐに八つ裂きにされると思ったから。
「脅してすまぬ、儂の名は黒光という。お前さんと同門じゃ。
お前さんを、我が主に合わせたい。といっても、まだガギンチョだが。
天童と名高き我が主の名は、天草四郎時貞──」
今、島原の風が吹こうとしていた。
つづく