〜 第 1 譚 その名はクーニャン 〜
いつも清楚で、いつでもおすまし顔。
娘が歩けば、荒れた裏路地も優美な大街道に変化する。
娘が着こなせば、素朴な麻服も艶やかなシルクに変化する。
この広大な商業都市に、その娘を知らぬ者などいない。
そして、その娘を笑顔を知る者もまた、いない──
娘は貧乏な老夫婦に拾われた捨て子だった。
しかし老夫婦からは並々ならぬ愛を受け続け、
健気で心優しい娘にすくすく育った。
やがて娘は、老夫婦の代わりに働き手となり、
嫌な顔一つせず家族を一手を支えた。
「クーニャン、明日は海へ行こう。この都市以上に広大な海、一度見せてあげる!」
「いいや、明日は俺が山で美しい花々を見せてやる。ま、クーニャンには適わんがな」
「ふふん馬鹿な奴らめ。クーニャン、君が言ってた演劇のチケット、ついに抑えたよ?」
内外のいずれも美しいこの娘に、言い寄らぬ男は居ない。
休日の前ともいえば、娘の前にはこうして男達が溢れる。
我先にクーニャンの笑顔を見るのだと、
娘が喜ぶような言葉を寄せて。
しかし娘は老夫婦を思うと、
遊ぶ事など考えられなかった。
だから彼女は、周囲の好意から心を閉ざした。
初めから誰かに期待を持たせたくなかったのだ。
期待させた分、後で傷つけてしまう事を怖れたのだ。
ある日、商業都市にこの国随一の領主様が訪問した。
娘の噂を聞きつけた領主様は二人の息子のどちらかに、
娘を娶らせようと考えた。
野心が強くプライド高く、金も権力も底なしに欲する兄。
気は弱いけど筋の曲がった事が大嫌いな、無欲の弟。
果たして娘から笑顔を引き出せるのは、兄か弟か。
つづく