鯰絵にみる江戸庶民のたくましさ@   H23,1-4
  黒船騒ぎの余韻が残る江戸末期、「鯰絵(なまずえ)」というものが江戸で大流行したそうです。きっかけは安政2年(1855年)旧暦10月2日に江戸を襲った大地震。

 地震といえば鯰(なまず)・・・本来ならば鹿島神宮の神である鹿島大明神が要石(かなめいし)によって地中の巨大鯰を封印しているハズなのですが、時は10月「神無月」。全国の主要な神様が出雲大社で行われる会議にでかけて留守になってしまう期間・・・一応留守番役の神様はいらしたのですが、鯰たちが調子こんでドンチャン騒ぎをしたために江戸が大被害を被ったということになっています。

 震災で町が破壊され大勢の死傷者を出した中、鯰を描いた一枚の瓦版が地震の翌々日頃に売り出され、これが大評判となり、その後立て続けに数百種の絵が売り出されたのだそうです。様々な趣向を凝らした中、共通するのは「ユーモア」を感じさせるものや「ナマズに情けをかけるもの」が大変に多かったということ。それがこうした地震の被害に直接あって生き残った江戸庶民の中で売れまくったという事実が大変に興味深いです。

 大きく分類すると、まずみられるのは鹿島大明神が巨大ナマズを退治しているタイプ。


要石信仰がベースにあることがよく分かります。地震を起こした憎きナマズを懲らしめている内容ですから、普通と言えば普通の発想の絵です。





ところが同じ退治するタイプでもナマズが擬人化されてくると雰囲気は大きく変化してきます。



留守番役だった恵比寿神が鹿島神の前で一生懸命に言い訳をしている絵があるのですが、その背後にひれ伏しているナマズたちはかなりユーモラスな顔立ちです。


また、地震を起こした容疑で取り調べを受けているナマズの絵などは、取り調べというよりは拷問のようで可愛そうな印象さえ持ちます。





 私が哀れさに最も心ひかれる鯰絵はナマズの蒲焼き屋の前で3匹の親子ナマズを捕えた鹿島神が裁きを下そうとしているものです。


お父さんは信州大地震、お母さんは安政大地震、娘は小田原大地震を起こした張本人。実はこの絵の周囲の人たちは「許してやって」と嘆願しているのです。それがまた興味深い。

怖がる娘を母ナマズが一生懸命「だいじょうぶだからね」と励ましているようですが、鹿島神は「なべやきのけい」を言い渡します。店では主が包丁を手にして引き渡されるのを待っています。 (続く)



鯰絵にみる江戸庶民のたくましさA    H23,2-1
鯰絵の中で最も意外なのは「福をもたらす」イメージのものです。


「ナマズの体内が小判だらけ」、もしくは「ナマズがお金持ち(お大尽といいます。千と千尋のカオナシも金をばらまいてお大尽と呼ばれていました)」というもの。ペリーの黒船をモチーフにしたナマズが巨大なクジラのようになり小判の潮を噴いているものや、地震の罪を反省して切腹したナマズの腹の中から小判がザクザクというものまであります。


 次が「ナマズが庶民の味方」というイメージのもの。大地震で家などを倒壊させたナマズが何故?・・・実は江戸では当時普通の庶民は薄壁一枚の長屋住まいの人が多く、家にはほとんど家具もなく持物や貯めているお金のようなものはなかったようです。日々の仕事で日々の暮らしをしていた・・・それが大地震によって一般庶民が職種にしていたような建設関連等々の仕事が爆発的に増えたので収入大幅アップの人たちが増えたそうです。

 逆に家が壊れて困ったのはお金を貯め込んでいたお金持ちなどで、お金を持っている人は町の再興のために多額の寄付もしなければならなかったそうです。ナマズがお金持ちをしめあげて大金を吐き出させたり、ウ○コとして出させている絵はそうした状況の絵です。だから震災からそこそこ日を追うごとに、庶民にとっては家が壊れた等々よりも、以前より暮らしが良くなったという実感がまさったんだとか・・・。(ちなみにお金持ち達も苦笑しながらもそうした鯰絵を受け入れ、共に楽しんだようです)


 それが端的に現われたのがナマズのそうした地震を起こす側面を「世直し」として積極的に評価する姿勢の絵です。人間の体内の気の流れや血液の流れが滞ると病気になるという東洋医学の発想が国土にも適応され、天地を廻る気の流れが滞ると地震が起きて気の巡りが回復されるのだと考えたようです。

この発想は経済にまで及び、一部の特権階級がお金を貯め込むことで経済の流れが滞ってしまっている病的状態を、ナマズによる地震が金の流れを回復してくれる妙薬だとして、ナマズが「世直しの薬売り」になっている絵もあります。

壊滅的なダメージをうけたからこそ、普段は出来ないような根本的な町中の見直しや作り直しが徹底的に出来る、という止め方をし本気で実行した江戸庶民のすごさ!


 もちろん大地震などの災害はないにこしたことはありませんが、これらの発想は現代人が国際問題や政治・経済分野で本気でこれからの社会を改善する上で見習いたい姿勢です。 なかなか本気になって自分のことを見つめ直して改善しようとは思えないのが人間ではありますが、みなさんにあっても、日々の勉強でも、人間関係でも、健康面でも、実際に極限な状況に追い込まれる前に、意識世界の中で今後をシミレーションして大転換を起こす決意をし実行に移してほしいものです。