
平成24年5月21日 金環日食
天候がどうなるかやきもきしてしまった金環日食・・・私がそういった現象がるというのを知ったのは、たしか小学校1年生くらいの時です。家にあった図鑑に「コロナのみえる皆既日食も神秘的できれいだけど、指輪のリングのように見える金環日食もとても美しいものです」というような趣旨のことが書いてあって「いつか見てみたいものだ」と思いつつおよそ45年・・・やっと念願がかないました。
早朝の段階で水戸は天気予報通り分厚い雲に全天覆われていて、とても太陽など姿をみせてくれそうにない状態でした。そこで天気の良さそうないわき市方面に遠征しようと車に機材を積もうと思った時、前日に準備していた接続コードが実は違うものだと気がついてあわてて探したのですが、昨年の震災で家の中のものが総崩れになったままの場所に天体機材もあるので探し出すのに手間取り、遠征していては間に合わない時間になってしまいました。
ただ外にでてみると思ったよりも雲の切れ目がでてきて青空がのぞきはじめていました。これならばと思って水戸で行うことを決意。
日食グラスをビデオカメラとデジタル一眼レフの全面にとりつけて撮影、というのと同時に久しぶりにHαフィルターを使っても撮ろうと思いました。うまくプロミネンスが吹き出ていれば「燃える火の輪」のようにも撮れるのではないかと思ったからです。ところが久しぶりにセットしようとしたのですが、うまくセットできません。そのうち部分食の始まる時刻が近づいたので断念・・・結局望遠鏡はビデオカメラで太陽を自動追尾するための土台となりました。

始まった頃には邪魔するような雲が時折通過する程度で、基本的には普通に直射日光が降り注ぐ晴れ状態。金環に近づくにつれて曇っているわけでもないのに薄暗い感じに変化していくのは妙な気分でした。脳の中にある「直射日光が降り注ぐ晴れの状態」というイメージとのズレが許容しきれないのでしょうね。
金環状態になる数分前、およそ5分の間隔で撮った私の影と庭の画像をくらべてみても急激な変化がわかると思います。(本当はもっと明るい時と、金環直前か直後にも撮っておいて比べられれば良かったのですが)

あと3分ほどで金環状態になるというときに、小学生の男の子を連れた通りがかりのお母さんが「この子にも見せていただけないでしょうか?」と話しかけてきました。日食がみられるように学校が1時間遅れなんだとか。了解すると「今、主人とかも呼んできます」と・・・すぐさまご主人ともう大人くらいの娘さん(?)と戻ってこられたのでごくごく近所の方だということは分かりましたが、住宅地なので私は全く知らない家族です。
日食はこのように録画中のビデオカメラの液晶画面に映し出していたので、みんなで同時に観望できました。

金環中は一同ほとんど言葉もなくじっと太陽の姿に見入っていたのですが、環になった瞬間や一番綺麗に丸くなった時、そして環が途切れた時・・・そうした変化の節目節目もその場にいたみんなで共有できました。
もしも仮に日食グラスが5人で一枚か二枚だったとしたらこうはいきません。その瞬間に観られる人と観られない人が出てくるし、「ワー」と感激しても、すぐに別の人に日食グラスを渡さなければなりませんから。余韻に浸って観続けたくても、そうしたイメージの別世界が分断されてしまいます。
時間的に等間隔でない部分もありますが、日食の全過程をまとめてみました。画像をクリックするともっと大きなサイズのも出てきます。(出てきた画像が小さめに表示されていることもあるのでポインタをのせてみてください。もしプラスマークに変化したら、さらにクリックするともっと大きく表示されるはずです)

次の金環日食は18年後に北海道だそうですが・・・おそらくそこまで遠征することはできないでしょうから、私にとってナマで金環食をみることができたのは、これが最初で最後になると思います。
ましてや2035年9月2日にちょうど水戸などでみられるという皆既日食を元気で観望できる状態にあるかどうかというと・・・まるっきり自信がありません。
もし見る事ができたら、それこそ感無量でしょうね。