コミュニケーションについての雑感⑤ 「他人の気持ちが分かる」って可能?
「他人の気持ちが分からない」という悩みを訴える方は多いです。
わからないからどうしても人間関係がうまくいかない・・・・・
そんな時によく紹介していたのが、深層心理学で日本を代表する専門家である「河合隼雄先生」の言葉です。
<人の心などわかるはずがない>
(丹波篠山出身 上原輝男先生の後輩でもあったそうです 2007年7月19日(79歳没)
ユング派のカウンセリングを広めたことでも有名。
無意識世界と日本人の心の問題を様々な角度からみつめた著書も多数あります。
2002年1月18日より第16代文化庁長官に就任
という河合先生の著書に『こころの処方箋』(新潮文庫)という一般向けにかなり分かりやすく書かれたものがあります。この第1章の見出しが、先の「人の心などわかるはずがない」なのです。のっけからすごいですよね。
深層心理学者だから世間の人から「人の心がすべてお見通しなのでしょうね」などと言われてきた・・・でも人の心などは分からない ということが分かっているのが専門家なのだ・・・・というようなことを書かれています。
(私も持っているハズなのですが、行方不明)
本屋さんでもネット上のサイトでも数々の「心理テスト」「簡単に心の中が分かる」というキャッチフレーズのものがあふれている影響もあるのでしょうね。
でもそれらは心の中のごくごく表層的な一部分にすぎません。
人間の心の中は、無意識世界もふくめていくつもの階層でできあがっていますから。(というのがユングや上原先生の基本的な見方です)
*そのあたりのことは次回とりあげます
2013年にアニメにもなった漫画で「琴浦さん」というのがあります。
主人公の琴浦春香ちゃんは、「見境なく人の心を読めてしまう能力」の持ち主。
幼少期は相手などの心の声がきこえるたびに、それを暴露してしまったことから両親の離婚を招き、学校でも次々と人間関係が壊れ、居場所をなくしていきます。次々と学校を転校して、やがて高校である男子生徒と出会うことから運命が大きく変わっていく・・・・そんなストーリー
みんなの心が読めてしまうから、逆に人間関係を崩し、追いつめられていくというのがポイントの一つ目です。
人間は誰でも秘めた想い、知られたくない思いも持っている。それを表に出したら関係が悪くなるという配慮もしながら生きている。
それを全部されけだされるというのは脅威でしかないわけです。
そんなことをする相手だったら、私だって怖くてさけたくなります(笑)
ポイントの二つ目は、さきほどの心の階層のことです。
琴浦さんがキャッチできるのは、相手の心の中の一番上にある、本当に表層的な部分だけ。
その心の裏側にどんな気持ちが隠れているかは分からない。
いくつもの心が葛藤を起こしている場合でも、そのいくつもの心の葛藤状態ではなく、葛藤の結果一番表に近いところのものだけがキャッチなんですよね。
ましてや無意識にどんな心が隠れているのかは、故津浦さんには全くキャッチできていません。
多くの学校の国語の授業で通常行われている「登場人物の気持ちの読み取り」はどうでしょうか?
ほとんどの場合は、この琴浦さんがキャッチできるレベルのところだけでというのが大半ではないでしょうか。
理由は簡単です。学校で行われるテストには、それ以上のことを問われる問題は出題されないから。
私が学校教師だったころに「叙述に即した確かな読み」というキャッチフレーズがありました。
憶測で登場人物の気持ちをかんがえてはいけない。本文の中に書かれている記述から分かる気持ちしか認めない、ということです。
複雑な葛藤だの、本人も気が付いていない心のさらなる裏側だの・・・・ましてや無意識世界の領域などには、〇か×かを判定する明確な基準がありません。だからテストに出題などできないわけです。
それで極めて表層的な心の当てっこだけで授業が行われ、テストで〇をもらえれば「ちゃんとキモチが読み取れたね」と褒められる。これを小学校の低学年からはじまって、ずっとやり続けるのですから
「人の気持ちは全部分かるもの」
という錯覚をしてしまうのも無理はないかもしれません。
学校の勉強であれほど気持ちの読み取りができていたのに、高学年になればなるほどクラスのみんなの気持ちがわからなくなる。反抗期などになると家族内での自分の複雑な気持ちもキャッチできなくなる。
社会に出ればなおさらです。
冒頭で紹介したような「人のこころはわかるはずがない」というのを基本姿勢にすると、そうした自信の崩れによる悩みはだいぶ回避されるのではないでしょうか?
*でもそれは「人の心を考えなくていいんだ」という意味ではありません。
これもまた別稿でとりあげます