言葉のスナップ最新特集(11,6,7更新)

文部省の調査で「夕日や星空を見たことがない」と答えた子が予想以上に多かったことが一時話題になりましたね。実際には見ていても、本人が意識していなければ「見たことがある」という実感がないのでしょう。

「夕日」を見ないことで子供も大人も何か大切なことを忘れている・・・それをもう一度この特集で振り返りたいと思います。

例年書いてもらっていた「夕日」というイメージ作文です。


平成7年度3年生  昭和62年度4年生  平成5年度4年生

(恩師)上原先生語録より「夕日」について


平成7年度 3年生

*夕日をみていると心が落ち着くことがある。だからいじやけた時それをみて心を落ち着かせる。小さい頃、お母さんと散歩にいった。その時の事が忘れられない。忘れていても夕日をみればすぐに思い出す。その後にお母さんととったしゃしんを時々みる。するともっともっと心が楽になる。

 音楽教室に行くとちゅう、夕日をずっと見つめているとだんだん今日の宿題の部分を合格できそうな気がする。そして本当に合格できた!夕日とは気分をコロコロかえてくれる。

 でも反対にいい気分を悪い気分にかえる悪い夕日もある。そのときはムカムカしてくる。これを書いたらよけいにムカムカしてきた。 でも夕日はとっても安心できるよいものだと思う。



*私は夕日をみると好きな人との恋物語が浮かんでくる。夕日をみると心が熱くなる。そして私の心は「ボ−ッ」と燃えてる感じがする。
 この頃私の帰りが遅いからゆっくりと夕日が見られないから少し悲しい。いや、少しじゃない。だいぶです。




*夕日をみる所、夕日をみるのにふさわしい場所は海。夕日が沈むところを秋田でみた。夏。すごくきれいだった。

 いとこと見た。いとこの顔が赤くなった。私の顔も赤くなった。体も赤くなった。影がなが−い。きれい。うっとり。

 何故あんなにきれいなんだろう。やっぱり海でみるからかなァ。やっぱり海がふさわしいのかな。カラスがカアカアって鳴くのも夕日にあう。でもカラスは鳴かなかった。かわりにカモメが鳴いていた。すごくきれいだった。


* 夕日を見ているとなんか海にいる感じがする。好きな人と二人で夕日をみてる感じがする。


* ぼくは夕日を見てからおばあちゃんちに行った。車に乗ってからも夕日を見ていた。そして心の中で『夕日ってきれいだなー。』と思った。そしたら夕日がなんか笑っているように見えた。(行ってから良い事があった)今日は夕日見てからハッピーだなと思った。


* 夕日はきれいで私は夕日を見ていると一日の悪いことを夕日の美しさでなんとなく忘れてしまう。



*夕日は美しい。どこからみても夕日は美しい。今日の夕日はどんな美しい夕日になるのかな?明日の夕日は?あさっての夕日はどうかな?って考えてしまう。

 夕日をみるとまるで自分が夕日になったみたい。自分が夕日になったらもっと光をあててみたいと思う。




*夕日は夕方に赤くなる。朝は太陽だけど夕方には赤くなって沈んでいく。それはきっと朝はおめざめで太陽はピッカピカ、でも夕方になると眠くなって沈んでおやすみ−、赤くなるのはお酒をのんでるんだ。それか、好きな人ができたのかな−。おもしろいな−。

 夜は夕日君は寝たからかわりの月と星が出てくる。朝日が近付いてくると月君と星君が今度は眠くなっておうちに帰ってしまう。そして太陽君とこうか−ん。・・・・・

 どうして歩いている時に太陽(夕日)は私のあとをついてくるのかな?きっと人がすきなんだ。だからついてくるんだ。でもつかれないかな?

 どこに夕日は沈むのかな?きっと海に穴があいていて、のぼってきて夕方になるとまた穴があいていておうちに帰る。爆発しないのは寝ている時は熱い火のようふくを脱いで、火じゃないパジャマをきて寝るんだ。そして朝は宇宙で着替えをして明るくなるんだ。

 夕日に言葉がわかっておしゃべりできたらいいのにな−。



*夕日のイメージには心の中のいやなことを洗い流し、イライラなどをしずめてくれる効き目があるようです。また、幸運ももたらしてくれるという予感もあるようですね。

みなさんはいかがですか?



☆『かつひろ神』君の物語風夕日作文。自分をなんと神様に見立て、たぬき先生をちゃかした内容ながら、そのちゃかし方がポイントを上手についている上、私がふだん強調していることもそれらしく取り入れてあって感心してしまった作文でした。(400字詰め6枚分の大作です。一部紹介します。)

 かつひろ神がのった夕日の沈む、年に一度だけの日。たぬきと名乗る男が夕日神に祈っていました。
「少しでもふつうの生活ができるようにしてください。」
土下座をしながら何回も祈るので、夕日の神かつひろはだんだんその男がかわいそうに見えてきました。そこでかつひろ神は心に話しかけました。
「おぬしに一年間だけ何でも願いのかなう皿をかしてやろう。」
男はなみだをポロポロ流しました。

 男はそのさらで十円のミニパンを出し、その皿で食べました。そしたら金の千円が二枚でてきました。

 そうして一年たちました。男はお皿を返そうと砂浜へ行きました。ところが食べ過ぎで腹がでかくなっていました。夕日が出ました。かつひろ神は今回から不幸な人を幸せにすることにしていました。みんなを幸せにしました。かつひろ神はたぬきと名乗る男を探しました。しかし見つかりません。太ってしまっていたのでわからなくなっていたのです。かつひろ神はやっとその男をみつけました。男は、
「神様、このハラを普通にもどしてくだせぇー。」
かつひろ神は
「何を言う。皿を使い過ぎたのはお前が悪い。人に頼るな。自分でどうにかしなさい。」
と言って天に帰りました。男は困りました。

 次の日、男はしょぼしょぼ歩いていました。そして夕日が出てきました。また夕日に祈りました。
「夕日の神様、おねげーすっ。」
夕日神は現れました。
「そんなに言うなら天へ行け。」

 夕日神は天に続く階段を出しました。男は階段を一段一段上り始めました。階段には四つの休憩場がありました。一つ目にはジュースがあります。二つ目にはおかしがあります。三つ目にはごはんがあります。最後の四つ目はお肉食べ放題の場所です。
   
 しかしかつひろ神は
「階段でダイエットさせよう。」
と思い休憩場を全部とりました。階段は天まで五兆五千五百五十五億五千五百五十五万九千九百九十九段あります。男は頑張りました。夕日の神は見守るだけでした。男は一日じゅう階段をずっと上っていました。汗がビショビショ流れていました。少し休みました。かつひろ神は聞きました。
「もうバテたか?」
すると男は
「まだできまーす。」
スタスタ男は上りました。つかれてもつかれてもがんばります。体重は九六キロから七一キロまで減りました。男はせっせせっせと上りました。

 かつひろ神は
「がんばっとるな。天まであと五万四百段だぞ。」
男は
「ナニー!」
と言いました。
「かつひろ神さま、もういいです。だから地球にもどして下さい。お願いです。一生のお願いです。ハラも減ったし足も疲れたし服もビショビショ・・・。だからもうだめです。おねげーします。」
かつひろ神は
「よいだろう。もう二度と太るんじゃないぞ。」
と言いました。
「はい!もう二度と太りません。」

 かつひろ神は男の姿をやせたころに戻しました。そしてもとの砂浜に返しました。
「うっ、ここはどこ?」
その時、夕日がでてキラキラ光っています。
「まぶしいなぁ。あっ!ここはもとの砂浜だ。」
 あたりを見回すと『かつひろ村』がありました。男の家もありました。

 それから、男は教師になりました。先生になって今までの事を分校の人に話しました。そしたら分校の人は
「えー、うそー!」
と言いました。

 そこで生徒一人残らずかつひろ神の現れる砂浜へ行きました。やがてかつひろ神が夕日にのってやってきました。かつひろ神が言いました。
「男よ、生徒を育てるなんて良いことをしているな。」
たぬき先生が答えました。
「イメージの勉強、論理の勉強、頭の正しい使い方、いろいろやっています。」
かつひろ神は言いました。
「うむ、どれも良い勉強だ。正しい世の中を作る為、生徒たちに正しい事を教えたまえ。今、日本はゴチャメチャな世の中になっている。思いやりの気持ちを持たない人がいっぱいいる。運命は生徒達にかかっているのだぞ。がんばれよ。」
「はい。」
たぬき先生が答えました。

かつひろ神は生徒に言いました。
「君達『人間』は、どうやら思いやりの気持ちを忘れてしまっている。君達の手で目覚めさせよ。」
生徒達は
「分かりました。」
と言いました。

かつひろ神は夕日にのって去っていきました。




昭和62年度 4年生  4月27日

* ぼくは夕日を見るとまぶしいと思う。昼や朝の太陽は別に見たくはないが、何故か夕日は見たくなる。でもまぶしい。

 朝や昼よりも何故か夕日の方が明るくなる。明るくなるというのは空じゃなくて自分の気持ちが明るくなるような気がする。

 夕日はまぶしいが、見ているとだんだんいやなことをけしてくれるような時もある。夕日がとても明るく昼よりも朝よりも空が明るく感じる。それは気持ちが明るくなるからなのか。

 夕日は何かえたいのしれない力を持っているような気がする。何故なら僕の気持ちや空を、いや、この世の生き物の心や空の気持ちを明るくするような力をもっているような気がする。

* 夕日。夕日を見ていると真っ赤な夕日がおそいかかってくるような気がする。じっと見ると夕日に手が2本あるように見えてくる。本当はないのにそう見えてしまう。

 夕日をみてると体がふわんと軽くなって浮かんでいるような気持ちがする。

 マンガでいうと夕日は神。実際に夕日のことをよ−くみて研究したことはない。夕日をただ何となくみるだけなのに何故かおかしい。目をこすっても足や手がある。夕日って魔法使いみたい。

 もし私が夕日だったら他の人はこんな風に思ってくれるか心配。 嫌な事があったりすると夕日に叫ぶ人がいる。でも私は人にばかにされるようでできない。だって夕日が魔法がつかえて叫ぶと嫌なことがうれしくなる、なんてことはないから。

* 夕日はきれいですがすぐにしずんでいくからおもしろい。夕日はなぜあるかわかりません。よく考えてもわかりませんが夕日をみると楽しくなってきます。

* 僕は夕日をみるとその日にあった嫌な事を忘れられて、なんとなく元気が出てくる。だからいろんな事をやっていてもうまくいくから夕日はいいものだと思う。

* 僕は夕方はほとんどひまで部屋でテレビなどをみています。だけど時々そとにいる時は少し夕日をみたりします。その時は気持ちがおだやかになるほどきれいで−す。

* わたしは夕日が好きです。夕日はオレンジ色、しゅ色、赤などがまざっているようでとてもきれいだからです。それに私は夕日をみると嫌な事などを夕日が払ってくれるようだからです。私はそんな夕日が大好きです。

* ある日お父さんが言った。
「今度パパはね、仕事で一か月くらいヨ−ロッパに行くんだよ。」「ええっ!」私はさけんだ。

 とうとうその日がきた。私はその日、とても早く帰ってきた。お父さんを送りたいから急いで電車にのった。お母さんと弟たちも一緒だった。

 お父さんがいるビルについた。お父さんは私をくすぐった。お父さんが成田空港にいくバスにのった。バスがうごきはじめた。私はいっしょうけんめい手をふった。お父さんも手をふっている。
「お父さん、元気でね!」
とうとうバスが見えなくなった。

私はお母さんたちと帰りの電車に乗った。お父さんの飛行機が落ちたらどうしよう・・・私は思った。 すると私の目にオレンジ色の夕日がみえた。まるで
「だいじょうぶ」
とでも言っているようだった。

 私はなぜかほっとした。帰る時のお父さんの顔が目にうかんだ。



* 僕は夕日がとてもきれいだな、と思います。夕方、ぼくが遊びから帰って空を見ると真っ赤な夕日がしずもうとしているのです。

 夕日を見て「とってもきれいだな。僕も一回でいいから近くで夕日が沈むのを見たいな」と思ったことが何回もあります。

 僕は夕日が沈みそうになると「ああ、あんなにきれいだから、いつまでもみたいなあ」とぼんやりしていたらお母さんに「早く入りなさい」と言われ中に入ります。

 夕方になると夕日がみれるので、夕方が面白くなりました。


* どうして夕日があんなにきれいなのかわかりません。真っ赤で塾の帰りなんかによく見ます。本当に信じられないほどきれいです。空は赤い色に少しオレンジ色をまぜたような色でした。あの時はいい気持ちになりました。

* 私はやきもちをやくと、夕方だれも見ていない時に夕日をみている。そして夕日に向かって「なんで夕日は真っ赤なのにきれいなの?」とかいろいろ言います。そう言うと気が楽になります。


* 「夕日のバカ」、本当に夕日はバカだ。せっかく遊んでいていいところまで盛り上がって一番いい時にお母さんの声。「もう帰りなさ−い。」ワナワナと私はふるえてお母さんが悪魔にみえてくる。お母さんは明るければ遊んでいてもいいという。つまり空があかね色に染まる頃にならないとお母さんは私を呼ばない。だから「夕日のバカ」なんだ。

 でも夕日はやっぱりきれいな宝石だ。夕焼けのカーテンのうしろにあるルビ−。わたしはそんな夕日をみると、胸がジンジンしてくるのでした。


* 私は夕日をみたことがある。山登りに行った時に山と山の間から太陽が沈むのをみた。海に行った時、海へと太陽が沈んでいった。もし太陽が私の前におりてきたらうれしいな。メルヘンチックだけれど・・・。

 野原から夕日をみると心がすいとられそうでス−ッとする。夕日をみていると何故かそこに行きたくなる。夏、太陽が海に沈む時に海が太陽に照らされてキラキラ光っていてとてもきれい。

それをみるといつも「きれいだな−。キラキラ光る海の水を飲んでみたいな−。」と思う。海水なんて飲んだらしょっぱいのに、何故かそう思ってしまうんです。「キラキラ光る水を一度でもいいから浴びてみたい」という気持ちも少しもへりません。いつもそう思っています。いつまでもいつまでも。

 きれいな夕日を見ていると、寂しい気持ちもス−ッとどこかへ消えていく。きれいな夕日よ、いつまでもいつまでもどうか消えないでほしい。


*・・・私は悲しくて2階へかけのぼって机でポロンと涙をこぼしました。そして心の中で叫んでいました。・・・・空を見ました。夕日がみえました。なんだかその夕日はあたしをなぐさめてくれました。私は夕日がとっても好きです。



平成5年度 4年  3月19日

* 夕日をみていると想像してしまう。夕日の下でクラスのみんなは何をしているんだろう?一人で遊んでいるのかしら?お昼寝中かしら?そろばんや習字をしているのかな?

* 夕日はやっぱり赤とんぼ。赤い空にひらひらと飛ぶ赤とんぼ。赤いしっぽにすきとおった羽。そんな赤とんぼがひらひらと舞い上がるとまるで絵にかいたような風景。「赤とんぼに赤い夕日」なんか誰かが空に絵をかいたようだ。僕もあんな大きな空に真っ赤な絵の具で塗りたいな−。そしてトンボもとばしたいな−。

*先生と夕日をみている夢をみました。
「あ−きれいだな−。ネ−先生。」
「本当だ、きれいだな−。」
その日の夕日はきれいでした。まぶしかったけれど私と先生にはみえました。私が
「あの夕日をとってきたら、きっとまぶしくて見えないね。」
って言ったら、先生は
「それよりも熱くてとれないだろ。」
と言いました。
「サルのおしりみたい」
って言ったら先生が
「本当だね。」
と納得してくれました。私は先生まで下品になったのかな、と思って
「先生、熱あるの?」
と先生の広いおでこをさわりました。よかった、熱はない。
 そんな夢をみていました。

*たいようは東から来るときは「おはよう」で西に行くと「おやすみなさい」って言うのかな?

*夕日の世界というのがあったら真っ赤な家とかがあるイメージをした。人がいて、毎日暖かくて、ストーブとかいらない世界かな。きっと海もあるし山もあるし夕日のおかしや宿屋なんかもあるんだと思う。

*夕日はとっても赤くてきれいだな。血のように赤い。もしかして夕日って神様がケガをしてそこから出た血が丸くかたまったんじゃないのかな?

*先生って夕日をじっくり見た事ってある?私はあるよ。なんか心がすっきりするんだよね−。でもすぐにしずんじゃうから、ちょっとつまんないよね−。

*夕日といえばやはり熱い「愛情」

*夕日をみていると怖くなってくる。何故かというと寒い風がふいて影が伸びると影がとれて悪魔になりそうだから。夕日が沈むと暗くなる。すると影が消えてほっとする。でもまた木のかげから何かが飛び出してくるような気がしてゾクゾクする。夕日は山のところにあるときれいだけど、こわいところもある。

 夕方、犬の散歩に行くと夕日がみえる。夕日をみながら寒い風をうけているとおしっこがしたくなる。犬がおしっこをしているとうらやましかった。夕日で影が伸びると一瞬背が伸びた気分になれるがそれはすぐに終わってこんどはこわさが出るのだ。

 夕日は昼間の日より赤くなっている。なんだかカンカンに怒っているようでこわい気がする。・・・・

 よく大人の人が「夕日はきれい」だとか言ってるけど、夕日には怖いところもあることを知ってほしい。

*夕日を見るたびに思います。俳句を作りました。みてください。『わたしはね 夕日をみると 落ち着くよ』
『わたしもね 動物さんと ねているよ』
というように私は夕日をみていると心が落ち着くんですよ。

*夕日というと何となく海にカップルがいて2人で夕日をみているとか、犬と海をかけまわるとか、昔の青春ドラマみたいに「夕日に向かって走ろうじゃないか!」とか、そんなのが思い浮かぶ。

 それと、赤とんぼ、子どもが親に手をひかれて帰っていくところ、そこにカラスも登場する。・・・


*自分は夕日をみていると力とか元気が吸い取られるような抜かれるような気がしてしまう。一日の終わりがきたような気がしてくる。夕日をみてきれいだな−と思うけど、でも元気がなくなるような気がする。


*夕日は日本の心だよ。月も日本の心だよ。


*夕日ってなんかいろんな色で水にはんしゃしていて、ぼくは夕日のはんしゃしているものをさわりたいと思う。

*私は夕日をみると寂しくなる。それは一日一日がすぎていっちゃうからだ。楽しい一日、楽しい学校、むかつく一日がおわってしまうからだ。

 もうすぐ5年生。4年2組はクラスがえでバラバラになってしまう。わたしはこの4年2組が大好きです。元気すぎたりやさしくてもちょっと下品だけども、一日一日がすぎていってしまうのはとても悲しい。私はぜったいこの4年2組は好きだよ!


*夕日というのは美しいイメージをもっている。夏の夕日、秋の夕日なんてみてみるととてもきれいな風景。これがたまらないんだよね。空一面に真っ赤に、いや、薄赤くひろがっていた。ア−心が安らぐ。

 いい時と場所のところに立つと何と言うか吸い込まれていくというか・・・。でも不思議なのがず−っと夕日の美しさを見た後、何か行動するけど、その行動している時にすご−く心が軽い感じでスッキリしていて何でも出来るような気分になってしまう。自然の力というやつかもしれない。もしかしたら自然が人間と仲良くやっていきたいと思っていろいろと呼び掛けてくるのかもしれないような気がする。


いかがでしたでしょうか。

夕日をみつめる心のゆとり、忘れたくないものですね!


ちょっと専門的になりますが参考までに・・・

恩師 上原先生の語録より「夕日」

・・・今回使えるかな、と思ったのが夕日だよ。だいたい夕日はイメージを動かす。活力になる。それが夕日作文の分析からわかったわけだ。夕日に対して子どもはどんな気持ちが動いているんだって・・・その結果は二度が三度新聞にも載せてくれたんだよね。主に担当したのがKさんで・・・大変有名になったんだよ。

 その時夕日は『明日への活力』って捉えられたんだよね。これは僕も子どもから教えられたね。我々は夕日をどっちかっていうと悲しいっていうか、やっぱり常識的に捉えてしまう。大人は何か一日の終わり、最後、そんなイメージで捉えようとする類型的なクセがある。

 子どもはそうじゃない。「一日の終わりは明日の活力である」って・・・これは教えられたね。

 こんな文もあった。「お父さんとお母さんが夫婦喧嘩をして、何でこの夕日をみないんだ。見れば喧嘩がおさまるのに」・・・
 小説でも夕日を取り上げると名作になりやすいのね。人の心を打ちやすいってこどですよ。




・・・夕日作文に現れた先験的イメージのひとつが没我性・・・我を忘れるってことですよ。これは3年生がピーク・・・自分のイメージに浸りきる。
 「友達になりたい」とかいう文例は小学校3年以上だね。呼び掛けたり握手、声のかけあい・・・そんなのだ。

 だいたい4年生あたりは自分の心の中のおしゃべりに気付き始める。それが5年生くらいの段階になるとおしゃべりを乗り越えて「心の交流」という捉え方になるんだよ。

 子どもにとっての本当の相談相手っていうのは「イメージを受け止めてくれる」っていう実感のあるものだよ。だから夕日が相談相手足り得るんだよ。だから「夕日は心の鏡」なんていうことも起こってくるわけだ。

 そうしてイメージに身をゆだねることによって子どもは危機を乗り越えることができる・・・平常な状態に戻る事が出来る・・・それを『夕日の浄化作用』と呼んだわけです。


参考文献 

「児童の言語生態研究 No.13」・・・子供の感情生活における浄化作用について   ー「夕日」作文にみる子供のイメージ運動ー