
(H11,1,12更新)
もうすぐクリスマスということで、子供達がサンタクロースを信じるかどうかについての話題が身近にかわされるようになりましたね。
そこで子供達が「夢の世界」と「現実の世界」をどう行き来しているのかを考えてみたいと思ってこんな特集を組んでみました。
この特集も「お星さま特集」同様にみなさんからの声を加えながら深めていきたいと思いますのでよろしくご協力ください。
ベースになっている考え方は恩師である上原先生のイメージ論からきています。下の方に「学問のお部屋」に飛ぶボタンがあります。その中の「生きる姿勢」コーナーに関連の語録があります。そちらもご覧ください。
「ウルトラマンとサンタクロース」という欄などもあります。
それが丁度3・4年生くらいになると「現実の世界」いわゆる科学的・常識的に物事を捉えて生きるようになってきます。
この狭間が「サンタクロースは本当にいるのか」ですね。
ある方のホームページより(H10記)
とうとう12月です。と言うことで、トップのページにも載せましたが、サンタさんです。家の8歳になるお兄ちゃんはまだ信じています。困るのは、自分の家のサンタさん、おじいちゃんの家のサンタさんと何人もサンタさんがいることです。先日1人のところには1回きりと教えました。
その方からのメールで
ところで、前回の息子との会話の続きです。
息子:「昨日メモを書いておいたのに朝無くなっていなかったからサンタさんこなかったんだね。」
わたし:「サンタさんは、おまえが心の中で思っていれば判るんだよ。」
息子:「それじゃあプレゼントをほかのものに変えようかな。」
(おいおい、もう買ってあるのに・・・)
学問のお部屋「生き方編」に登場する恩師上原先生と、N先生とのやりとり。
N先生「ちょうど中学年ぐらいのところで分母と分子が変わるんでしょ。夢と現実のね。だから、またあらためて意識化して、潜在世界(注 夢の世界)っていうのを示してあげる必要があるんですね。」
上原「そうそう。それで分母と分子がひっくり返っていいんだって思ってるからね。世の中が、ひっくり返るものだと思ってるから。なに子供みたいなこと言ってるっていっちまうからね。
そしてもともと分母だったものは人間ていうのは生涯分母なんだよ。年とっていってみれば、ああこちらが分母だったって。」
N先生「だけど、一生サンタクロースはいると思うのもまたばかみたいでしょ。」
上原「その例はあんまり良くないわ。違う意味での、譬えとしてのサンタクロースはいるでいいと思うサンタクロースのいる世界は私は最終的に失わなかったっていうのは人間としてすばらしいと思う。それが本体だもん。人間てのは、所詮。仮に我々が現実的に生活を開始したとしても、この現実を改変していくとかねそんなことできないのだから自分一人の細腕でなにができる?それを何とかしようなんていうのはボケだって。
俺は大会社の社長になったって、なってみたってどうってことないんだから。人の三倍も飯を食えるわけじゃないしね。それがどうしたってことだ。俺は宮殿・豪邸に住んだって、いっぺんにビルすべてに寝泊まりするわけには行かない。立って半畳寝て一畳だっけ、それしかできないんだもん。」
N先生「うちの子なんか4年生だから、友達同志でサンタクロースの話題になるらしいの。サンタクロースなんかいない、あれはお母さんだなんて時々聞いてくるわけ。それを家に帰って来て弟に言うと、弟が「お姉ちゃんそんなふうに思うんだったら今年お姉ちゃんもらえないかもしれないよ。」・・またい姉ちゃんが不安になってきて「そうかな。」って話していた。」
上原「その話はサンタクロースを現実に引き戻してない?実は。サンタクロースを信じたいのはやっぱりプレゼントあった方がいいっていう現実のほうにサンタクロースを引き戻してる。サンタクロースのいる世界へ自分の世界を移し替えてるわけではないよ。
・・・世の中にはいるよ。サンククロースをずっと頭に思い描いて、なんて言う人いるじゃないか。あの時私が理想を捨てなかったために今日があるなんて言うじゃないか。つまり理想ってのを自分の中に引っ張り込んで生きているんだよ。」
プロバイダーから毎週送ってくる通信の編集後記にも、こんな文面がありました。
わたしの一番上の子供(小学4年生)が(本当はサンタクロースはいな い)といいはじめて困っています。下にあとふたりいるのですが、少なく とも彼らには(8歳と5歳)サンタがいることをもう少し信じさせてやりた いと思っていたのですが、クレヨンしんちゃんの慢画本にそういうニュアンスのことが書いてあったようです。なにか、よい切り替えしがないか教えてください。
私もメールを送ってみました。ちなみに私が寄せた文はこれです。(一部略)
わたくしネット上ではたぬき先生と名乗っている元小 学校教師です。ずっと子供達のイメージ世界の調査・研究をしてきました。現在もそうした面を考えつづけています。
7号の編集後記サンタの事を読みました。大変興味深いし、大切なことですよね。今の荒れたと言われてしまっている子供達をどうすればいいかといえばそうした「夢の世界」を復活させることだと真面目に思っています。でも知識ばかりで、常識的なのが頭のいい証拠のような風潮、サンタなんていっていると幼いと思われてしまう悲しい風潮があるのでなかなか夢(イメージ)に浸ってくれません。「先生の方がずっと子供っぽくて人間らしいぞ」なんてよく言いましたが、そんな時、素直に笑って夢の世界を楽しめる子が結局は本物の力を伸ばしていくのもたくさん目にしています。
今の子供達には「現実的に考える」のも年齢的な成長として認めた上で、それでも人間は昔から夢の世界を広げる事を楽しんできたり、ワクワクしたり、畏敬の念をもってきた事を話してきました。サンタの事も「信じる人にはいる」「その方が楽しく、ある意味で豊かな生活じゃないの?」などと言ってきました。
下のお子さんと一緒にサンタの世界で盛り上がるのが一番では」ないでしょうか。理屈では4年生は丁度発達段階でも夢の世界から現実的に考える世界に移り始める時なので、きっと言えば言うほどムキになって「大人のくせにバカじゃない」と夢を捨てると思います。
それよりも、一旦は「現実的な考え方が出来るようになったね」と認めてから、「でも時々は夢の世界に戻ってきた方が楽しいよ。」さらには「夢の世界で物事を考えたり、現実的に(科学的に)考えたり自由に出来るのがすばらしい人間だ。今まで信じていたおまえも捨てないでとっておけばいいんだ」とじっくり話してあげるのなんていかがでしょうか。
(以上平成10年12月17日)
小5ドラヤキアイスさんと中1パンタちゃん姉妹とのやりとり(10,12,21記)
ドラ「私、サンタクロースは絶対いると思ってる。」タヌ「どこに?」ドラ「寒いところ。寒いところでトナカイと二人で牛小屋で暮しているの。」タヌ「トナカイだったらトナカイ小屋じゃない?」ドラ「いいの牛小屋で。・・・でもね、サンタを信じているの私とOOちゃんの二人だけなんだよ。クラスで・・・」
パンタ「私、4年か5年の時、見ちゃったの。お母さんが枕元でゴソゴソやってるの。それまでは信じていたんだけれど。」ドラ「私だってサンタがお母さんだって事ぐらいは知ってるよ。でも、サンタさんはいるの。」タヌ「じゃあ、サンタさんはプレゼント配りの時に何をしているの?」ドラ「サンタさんは忙しいの!一人で配るから。だから日本の子供には配ってられないからお母さんに頼むの!サンタさんは外国の子供に配るの」
タヌ「ねえねえ、さっきから聞いているとお父さんが出てこないけど、どうして?」ドラ「別にお父さんでもいいんだけれど、サンタはお母さんみたいな気がするの。」
(以上平成10年12月22日)
サンタに関してのつぶやき(10,12,22記)
*まゆみ'98さん(中3)
サンタが実在しないという立場の話を聞いて「あれ?でも実際北の方にいませんでしたっけ?赤い服着て、何か手紙出すとカードを送ってくれるっていう人・・・。」
*パラソルさん(中3)
サンタが本当はいない、っていうのはわかっているけど、でもいて欲しい。
(以上平成10年12月23日)
平成元年度6年生の作文より「トトロについて」
トトロを見るたびに『トトロ、一匹でいいから欲しいよ』と思う。そして猫バスにも乗ってみたいと思う。よく聞くんだけど、そういう妖精とか不思議なものは純粋で無垢な瞳にしか見えないって・・・とすると、あたしは小さい頃から考えてもガ−ン、一度も見たことがないから・・・グズ、グズ。でも覚えていないだけで見たかもしんない。
ともかく見ても見なくても、「いない」って頭がコチコチでわかっていても、ああいうのに心を動かされる人は99パーセント信じていなくても残りの1パーセントの自分が信じているのかもしれない。
私たちは小さい頃よりたくさんの知識をもっていて成長したと思う。だけど、その分頭がよくなって、その分余計なことを知りすぎてしまったんじゃないかなァって。だからたぶんクラスで「トトロはいると思いますか?」って聞いたら「いたらいいな」って答えは多いかもしれないけど「いる」って断言できる人はなかなかいないんじゃないかな?
でもやっぱり心のどこかで、ほんの片隅で、本当にほんの1パーセントだけでも「シンジテル」って思う。もしかしたら小さい頃。みんな覚えていないだけで。ホントにトトロみたいな不思議なものに会ったのかもしれないなぁ。
それとも生まれる前。神様のそばにいた頃、毎日遊んでいたりして・・・。それで生まれる時、トトロ達(みたいなもの)を忘れないように、忘れないように、って一生懸命思っているのに、意地悪な神様は記憶を奪ってしまう。忘れてしまった赤ちゃんはわけもわからないのに悲しくて大きな声で泣くんじゃないかな?そしてだんだん大きくなって忘れて大人になっていくのかな?
「・・・・・」ちょっと悲しい気分になる。だけど忘れてしまっても感じる力は残ると思う。1パーセントでも0.1でも0.01パ−セントだろうと絶対にそういう気持ちはあると思う。だから「そんなのないよ」って思っていても、その反面「いるのかもしれない」って思っていたら、何かのきっかけで自分の「となりのトトロ」に会えるかも・・・・・・ネ。
(H11,1,12追記)