特集4 「台風」(1)
子供達は「台風の接近」と聞くと、イメージ世界へ入ってしまうことが多いようです。無論「現実的な被害への恐れ」に不安になる子供もいますが、イメージが活発な子供の中にはウキウキワクワクという状態になってしまう子もたくさんいるのは、きっとみなさんも経験しているでしょう。
平成7年の秋に、戦後最大級と言われる台風があわやこの土地も直撃か?ということがありました。あまりにワクワクしていたので深刻な被害がどれだけの人々を困らせ、時には家や命さえも失わせる結果になることを話す一方で、「台風」という題名でイメージ作文、本音作文を書いてもらいました。
* 何時ごろに来るんだろう。こわいなぁ。「金田一少年のじけんぼ」を見ている時にたいふうがきたらこわいだろうな。
* うちに帰ってからすぐに大切なものをしまう。しまったあとはのんびりしている。たたみがぬれたら大さわぎをしてうちの中をどたばたとかけまわる。
* わたしは台風が大きらい。わたしのあねが一さいのころ、こうずいがおきたそうです。うちの二階のトイレくらいの高さまできたそうです。かんとうを通りすぎないかな。
* もしふっとばされたら、じてん車にのっかって関東いっしゅうりょこうを楽しみたい。できなかったらふうせんで空をとびたい。それもできなかったら家にいてずっとねていたい。
* ちょうミラクルスーパーたいふうがくる。おそろしい。おしいれの中でねようと思う。たいふうはそれてほしい。
* スーパーチョチョチョーミラクルいなずまハイパー大がたのがくるのかな。そしたら、ちきゅうの下のほうに行ってもどってくる。
* こわいなー。けど、ほかの人はどうしてウキウキしているんだろう。ふしぎだ。しんせんな空気がすえなくなるかもしれない。
* たいふうがきて、スーパーのぶチャンだ!目がまわってしんでしまうぞ。そしておんらはおくじょうに行ってあんしんしているんだ。
* ぼくはあしたはきたいする。あしたのちょうスーパーとっきゅうスーパーたいふうがくるのを、とても気にしている。
*○○君が楽しいなんて言ってるけど、わたしはこわいなーと思う。だってたいふうで家がなくなったら、ようふくもお金もなくなる。そうするとたべものがたべられない。みんなしんじゃうかもしれない。しななくても家はなくなっちゃうんだから、○○君もすこしはしんぱいしなくちゃいけないと思う。
* ちょうミラクルスーパーたいふうが来るとワクワクします。こわくてもハラハラドキドキしてきました。ぼくの心は、こわいのかたのしいのかわかりません。ぼくは、つりができるかもしれない、と思いました。
* 関東にちかづいているというので頭の中がひがいのことでこんらんしています。どうかひがいをうけないで、と思っています。
* たいふうとかだいきらいです。それはどこにもあそびに行けないからです。どこにもいけないと、なんかひまだし、とくにたいふうは家がつぶれたりなにもかもどろだらけになってしまうからです。お母さんは、おけしょうひんがなくなってしまうからあせりそうです。お父さんはゴルフとかのどうぐがなくなりそうです。
* うううううー、どうしよう、ちょうおおがたスーパータイフーがくる。どうしよう、どうしよう、こわい。家にかえったらちょうおおがたスーパータイフーだからもうふをかぶっている。・・・うぎょうぎょ、大雨こうずいでしぬー。ころされるー。たいふうにころされる。どうしよう。
* わたしは台風と聞くと、ついひなんのよういをしてしまう。だからたいへんなのだ。ちょうミラクルスーパー大がた百二十ごうのたいふうがくるのだー。
* ぼくは今、台風をたのしみにしています。なぜなら、まどガラスとかがガタガタして、おばけやしきみたいでたのしそう。でも、ちびっとこわいようなきがする。なんかドラマみたいにドキドキするな。ワクワクドキドキはやくよるにならないかなー。
翌日、幸いにも台風は海上を進んだので心配されたほどの被害はありませんでした。ただ子供達は期待外れの結果にがっかりとしていました。現実を見つめる事の大切さをやや厳しい口調で話したのですが、これが逆に子供達の持つたくましさの原動力なのかな?とも思いました。
これらの作文は文集にも載せました。そこに添えた親向けの文章も併せて載せておきます。
(おうちの方々へ)
私の、ここ数年の研究テーマは『子どものイメージ』です。「子どもの中に人間にとっての最も根源的な力や働きが隠されている、それがイメージの力」という立場です。
私は、これらの多くに出ているワクワクした作文を決してふざけているとは考えていないのです。むしろ、これが人間に与えられている摂理の様に思うのです。つまり、現実を現実のまま捉えてしまうと多くの不安がいっぱいで、心がどうにかなってしまいそうになるのを、こうしたどこか楽しげな「ワクワク気分」によって包み込んでしまう、そんな働きがあるような気がします。
それが『子どものたくましさ』の原動力ではないでしょうか。だから子どもは、時には大胆に『未知なるもの』『困難』にも挑戦していけるのではないでしょうか。それが大人の目には「恐いもの知らず」「ノウテンキ」に映るのでしょう。
しかしもしも、そうした働きがなかったら子どもの時から、人生の困難にあきらめきった生きるのに疲れた大人のようになってしまうと思いませんか?
だからと言って、この作文に現実的な事を書いている子どもが、その働きがない、と言っているのではありません。それから、現実的に考えるのがいけない、と言っているのでもありません。どちらも大切だと思っています。だから、台風の現実的な被害の話しをした上で、ワクワクした気持ちが起きてしまうのも、子どもにとっては当たり前の事なので作文に本音を書いてもらったのです。
そして「今日の台風の件では、イメージが現実の方に向かったか、それとも夢の世界にむかったか」を把握していくのです。こうした事を積み上げていくと、だんだんと一人一人の子どものイメージの動き方の『クセ』がわかってきます。
これを基にして、例えば『現実の不安』を気にしすぎる子には、夢の世界に誘い込む様な働きかけをしたり、自分だけの夢の世界のみ判断の基準にしてしまう子どもには、現実にはっきりと目を向けることを要求したりするのです。それが今後の生きる姿勢の指導と考えていました。