実は先程から何度か書いていますが、私は理子さんだけではなくて、この会場に集まった非常に高い年齢層の方々に理子さんがどう受けとめられるのにも注目していました。ブログのやりとり等々で若い年齢層のコメントはいつも目にしていたので・・・。
そんな意味でオバサマ方のおしゃべりをさりげなく聞いている時には(別に盗み聞きしていたわけではありませんよ。ただ、自然に飛び込んできたおしゃべりの内容にも気を向けていたということです)
自分の中の数パーセントは児童の言語生態研究会モードになっていました。
ちょうど今出版準備をしている会の本で私が担当している章は「ライフインデキス(生命の指標)としての子ども」ということで、その中で「どうすればそうした昔からの日本人が大切にしてきた子ども像のような子が現代社会の中でも育ち、周囲・あるいは現実対応に追われているその本人さえも大切な世界へ導いていけるようになるのか」を書こうとしています。
こう書くと難しく思われるかもしれませんが、具体的に言えば現代社会とは言えませんが今回の映画の主人公である「ふみ子」などは、そうした存在の子どもと言えましょう。
鈴木理子さんが以前出演された「がきんちょ リターンキッズ」なども、中心となる3人の子ども達はそれぞれタイプは違っていても、やはりライフインデキスたる存在として描かれていました。
そうしてそんな子どもに育つ上で大きな役割を持つのが「お年寄り」の存在です。現実対応の中で子どもは成長しながら「夢の部分を切り捨てる」ということを絶えず要求されるわけですが、核心を捨ててしまうと心貧しい大人になってしまう・・・ただ、感性が豊かだったり夢の世界を持ち続けようとする子どもほど、今の学校や社会に不適応の烙印を押されかねません。問題行動を起こさないまでも「自分って子どもっぽいからダメだな」と自己嫌悪を抱いている子は私の教え子にもたくさんいました。
そんな子ども達にほど、現実対応の人生を超越した「お年寄り」という存在が守り神のような感じで必要なんです。(昔は自分の家族のお年寄りばかりではなく、近所の方々、あるいは地域社会そのものにそうした機能がちゃんとあったわけです)
NHKでの「ちゅらさん」で、主人公の恵理と おばぁ の関係などまさにこの関係です。ちびまる子にとってはおじいちゃん、がきんちょにもジジ、・・・。
勿論実年齢でのお年寄りということばかりではありません。現実もふまえた上で、でも夢の世界というか、非現実の世界も大切にしている方々の存在が子ども達には必要だということです。実際にふみ子の海ではそうした人達がたくさん登場します。麩を売っているおじいさんもそうだし、盲学校の先生やそのお父さん、芸者のお姉さん、お坊さん・・・・ふみ子に現実対応を厳しく迫る師匠だって、本家の旦那さんだって大切なものは見失っていない存在です。
それがあるから、例えばこの ふみ子 のように日常生活は今の子ども達には想像も出来ないくらい超過酷な現実生活なのに、心の豊かさはどんどん高められている・・・日本人は昔からこの目に見える世界は「現世(うつしよ)」と呼んでいました。「目に見えない世界・・・イメージ・意識・念等々によってできている世界」がそれこそ映画のスクリーンに映し出されているようなものと捉えていたわけです。だから意識世界が変われば現実世界の受け止め方も変わる・・・過酷な生活も過酷には違いないですが、その位置づけが変わるから目に見えないところで何かが変わる・・・。
この映画のふれこみが「本当に大切なものは目に見えない」というのはそういうこととも関係しているんだろうと私なりに解釈しています。
オバサマ方の反応に戻ります。距離を置いての舞台挨拶では「しっかりとした綺麗なお嬢さん」と受けとめられた理子さんが、今度は間近でみてみると「なんて可愛らしい子なの!」とオバサマ達を大いに感動させていた、というのが私にはとっても興味深いことでした。
それは理子さんが相反するような魅力を同居させているということですよね。どちらの面も自然に出せている・・・ブログで「自分にだってよくない面がある」ということを時折ふれていたことがありますが、それは人間としては当たり前の姿ですから何の引け目を感じることはないと思っています・・・「様々な面があって当然」という、やはり日本古来の常識世界が理子さんにはちゃんと形になっている、それをオバサマ達は直感していたようです。
サイン会では私もして頂きました。私も仕事柄何十年も様々な子ども達と出会ってきていますが、間近だとその自然体の良さが一段と、と感じるくらいした。
☆サインの順番を待っている間に、鈴木理子さんのお父様の言葉を交わす機会を得ることができました。とっても温かいというか、こちらの緊張を自然に解き放してくださるような雰囲気の方でした。
芸能活動で普通の子とは違った現実対応に小さい頃から迫られてきている理子さんが、こんな自然体を保って成長してきているというのは、改めて考えるとすごいことだと思います。
その理由の一つにお父様の存在も大きいんだな、と思いました。
コマチちゃんのトトとは雰囲気はだいぶちがうけど・・・
「本当にいい雰囲気の親子だな・・・いいな!!!!!!!」
さて、最後に今回撮った90%以上を占める失敗画像のごく一部を紹介します。
画像処理でぼかしているのではありませんからね!!!
*「ふみ子の海」公式サイトでも今回の様子が紹介されています。