演劇クラブ
平成元年度
活きのいい4年生や男子部員も多数加わり元気一杯の一年間でした。
物語 上演時間20分
明日は人口であふれた人類が月に移住して70周年記念の日です。校長先生は子供達に「合理的に無駄なく生きるための指針を与えてくれるパソコン」をプレゼントしました。子供達はパソコンの指示に忠実に行動しました。
そんな子供達にがっかりしているのがかつて地球から移住した当時の太郎じいと花子ばあです。太郎じいは丁度明日が7月7日なので、子供達にかつて地球で行われていた七夕祭りのお話をしますが、そんな非科学的なことはムダというパソコンの指示でみんな相手にしてくれません。二人は「あの子たちは地球人ではないのか?」と嘆きます。
そこで二人はタイムマシンを研究している博士を尋ね、子供達をかつての地球に送り込みます。地球では子供達がささ飾りを作っているところでした。月の子供達は七夕の由来を地球人から聞きます。「そんなこと信じているのかい!」とつっこんでも「本当は私たちだって信じているわけじゃない。・・でもそう考えた方が楽しいじゃない」とあっさり言われてしまいます。
結局月の子供達はみんながあまりに楽しそうに準備をしているのでパソコンの指示を無視して仲間に入ります。そこへタイムマシンで後からやってきたのが太郎じいと花子ばあ。孫たちが作ったきれいなささ飾りをみて涙を流して喜びます。ささ飾りをゆらしながら七夕様の歌を歌い、そしてみんな月へ帰っていきました。
解説
*例のごとく子供達のアイディアからアウトラインが生まれ、テーマとして何を盛り込むかで随分悩んだ作品です。月というロマンの世界にいながら、そこの子供達は夢の世界を失っている、というのが今回のミソでした。
*国際教育の観点でいうと、テーマへの突破口は恩師の先生から聞いた日系人1世の老人達の嘆きでした。日本語という母国語を持たない3世などは孫と思えない、日本人としての血のつながりを感じられない、という話でした。「日本語を話さないから日本人としての心が育たない」と直観している老人もいたそうです。母国語を習得するとは民族の感情そのものの習得である、ということが本当の国際教育の原点は郷土教育ということと重なってこの劇のテーマがはっきりとしました。
ただ、劇の中ではまさか「月世界語」などというようには出来なかったので、「夢の世界」と「現実の世界」のすみわけの仕方が、かつての日本人とは違っている、との設定にしました。
*昨年から「太郎」「花子」という名前へのこだわりがありましたが、ついには老後までとびだしました。演劇部員の遊び心です。
*ハプニング!ラストで月に去っていく場面で、何と太郎じいのお髭が取れてしまい会場は爆笑。しかしじい役のO君はそのムードを逆に「本当にありがとうございます」と何度も丁寧に繰り返す笑いへと上手につなげ幕へともっていきました。
物語 上演時間23分
神様の国で千年に一度の重大会議が行われていました。あまりに人間たちが堕落したのでかつての「ノアの大洪水」のようなことを起こして人類を再出発させようかどうかの会議でした。会議では「滅ぼし派」と「もう少し見守ろう派」が激しく対立しました。そこで「はたして人間に自ら改善していく可能性があるのかどうか」を試し、駄目だったら滅亡させようということになりました。
試されたのは世界中をまたにかけて盗みをはたらく盗賊団の大親分でした。そんな人類の運命を背負っていることも知らないで親分は「取ったら呪いを受ける」という言い伝えのある財宝を、純粋な心を持った少年をだまし身代わりにすることで盗んでしまします。少年は瀕死の重傷を負いました。そのまま置いていってしまおうとした親分は「おじさん・・・」の少年の声に放っておけず少年を助けます。
少年は大量の輸血が必要でした。しかしその血液型は「ABCDEFG型」という世界中にもめったにいない特殊な血液型でした。そんな血液を集めることはできないとあきらめる医者。そこで俄然張り切ったのは子分達でした。貴重品を探し出して取ってくるのは得意です。あっというまに世界中に血液の持ち主を探しに散っていきました。
少年を看病しながら親分は本当はだましていたことを打ち明けます。それでも少年は親分を悪くいいません。親分が友達からも母親からも相手にされなかった身の上を聞いて「かわいそうだね」と同情します。嫌ってくれない少年の態度に親分の心は激しくゆれました。
そうこうしているうちに子分達が世界中から少年と同じ血液型の人達をつれてきました。そして少年は無事に助かりました。退院の日、親分達は盗賊団を解散し今までの特技を生かして「探し物屋」を始めました。そんな姿をみて神々は「もうしばらく人間を信じていこう」という気持ちになりました。
解説 
*今回は「国際教育」の中の人権尊重にウエートが置かれています。それが一番はっきり出されたのが世界中からABCDEFG型の人達を連れてきた場面」です。髪の色も肌の色も顔つきもいろいろな人達が集まりましたが「みんな同じ血が流れているんだね!」そしてそういう人達の協力で少年の命が助かった、という設定に「国際協力のあり方」をだぶらせました。
それと子供達がそれぞれ工夫して楽しんだのが「どこの国から何を盗んできたのか」という親分への報告の場面です。一番派手だったのが「アメリカから自由の女神を盗んだ」というものでした。
*もうひとつ、他人を尊重・信じるということが建前になってしまわないための「人間の見方」というのがこの劇の重要な柱でした。後にシナリオを載せたいと思っていますが、大神の基本姿勢は「勝手なことに走る可能性があっても人間にどちらにもころべる自由を与える」というものです。人間がもともと持っている力をプラスに生かすかマイナスに生かすか、という自由が与えられている。
また、それを引き出すのに大きな力を持っているのは周囲との人間関係で、それによって人間性も大きく変わってしまう。クラスで気が合わない人、困った人がいても先ずこちらが見方をいろいろと変えてみたら・・・ということも盛り込まれていました。これも「国際協調」の上で現実に大切なことです。
具体的には「探す・取る」という能力がマイナスになれば盗賊団、才能として生かされれば「人助け」になる、という部分で描かれています。

*演技で苦労をしたのが真っ暗な闇の中で門番と盗賊たちが切り会う場面です。ある京劇にヒントを得てみんなで面白そうだからとやったのです。ポイントはお互いに相手が見えていないつもりになって刀が当たりそうで当たらない、という仕種で見ている人達に楽しんでもらうわけですが、この練習が大変でした。ついつい当たってしまって・・・。
物語 上演時間27分
時は未来。地球人たちは汚れた地球が嫌になってどんどんよその星に移住しています。この国でもみんなで移住しようということになりましたが、王子様は「移住する前にお嫁さんが欲しい」と言い出しました。そこで舞踏会を開いてお嫁さんを探すことになりました。
町にはシンデレラという心の優しい花の大好きな娘がいました。意地悪なまま母や姉達にいじめられても、みんなが地球を去っても「汚れた地球を花一杯の星にしたい」という夢を持つシンデレラは一生懸命に花を育てていました。
そんなシンデレラが邪魔でしょうがないのが悪魔夫婦です。みんなが地球を捨てている今こそ、地球をのっとり悪魔大国を作るチャンスなのに、きれいな心のシンデレラがいるために事がうまく進まないのです。そこでシンデレラと王子を結び付けてよその星へ行かせてしまおうとたくらみました。しかしシンデレラは王子様など眼中にありません。困った悪魔夫婦は草の精と虫の精をだまくらかし、シンデレラの行いは「自己満足の偽善だ!」と攻撃させます。シンデレラが地球から出て行くことが自然にとってはいいこととまで言われてしまい、しぶしぶシンデレラは魔法をかけられて舞踏会へ行きます。
舞踏会では着飾った女性たちが自分の家にどれだけ財力があるか、などの自慢をして何とか王子の気をひこうとします。しかし、王子はそんな見かけだけの着飾りには魅力は感じませんでした。控えめなシンデレラをお嫁さんに決め「あの星へ行こう」とプロポーズします。シンデレラは「自分はやっぱり地球に残って花を育てていきたい」と王子を振り払って帰ってしまします。そこに残されたガラスの靴。王子は家来にシンデレラを探させます。
シンデレラは帰ってきたまま母からひどい虐待を受けます。そこへ家来たちがやってきてシンデレラは助かります。王子様がやってきて再びプロポーズをしますが、シンデレラの決意は変わりません。王子様は自分も王子の地位を捨てて地球に残りシンデレラと結婚することを決意しました。王子の態度に怒った家来たちはみんなをひきつれてよその星へ移住していってしまいました。
もくろみが崩れた悪魔夫婦は最後の決戦を挑んできます。でも人間の愛の力の前には無力でした。
解説
*今回の国際教育関連テーマは環境問題ですが、昨年のむぎわらぼうしような直接的な描き方ではなく、「何が自分にとっての真実の道なのか」という生きる姿勢に重点を置きました。
ちょうど国際教育の研究でも「どうすべきか」とわかってはいても、どうしても建て前だけに終わってしまう傾向が指摘されていました。様々な物質的な誘惑に本音では従ってしまうので、生きた生活の姿勢として教育の成果が上がらないという反省が出ていたのです。
そうした誘惑を撥ね退けるシンデレラと王子の姿を描いたわけです。
*顧問の私とA先生が悩んだのは舞踏会の衣装でした。薄い大きな紙をただ巻いてもあまりに貧弱なのです。イメージとしては宝塚のベルバラ(ちなみにシンデレラ役の子は大の宝塚ファン、たぬき先生もベルバラファンでした)の舞踏会があるので、何とかそんなイメージにしたかったのです。子供達からのアイディアもうまく行かないで壁にあたっていたときに知恵を貸してくれたのが事務のS先生でした。
S先生はたぬき先生にとって最も大切であり、新採の時から言い尽くせないほどのお世話になった先輩でした。こうしたアイディアにも豊富な先輩だったので相談しましたが「そんないい考えあるわけないじゃない。」と言われてしましました。
ところがみんなで出前の中華を食べた後、画用紙なんかを切りはじめて何やら模型を作りはじめました。そして「こんなのの大きいのを中に入れれば一回の舞台くらいもつんじゃない?」と言ってくれました。おかげで舞踏会のシーンはバッチリでした。
そんなS先生はもうこの世にいません。・・・・・

3学期もほとんど最後の頃、クラブで即興ミニ芝居をやりました。グループごとに2〜3分のお芝居をパッと作り見せっこしたのです。その時、6年生女子たちがやったのが「鳥の好きだった男の子の臨終場面」でした。
テレ笑いしながらやっていても、そこは感受性バツグンのメンバー、演じながら涙ぐんだ子もいたりして、「このままではもったいない」という声が本人達から上がり、急きょドラマ化されることになったものです。
鳥になった少年 (59) 演劇クラブ6年生

鳥の大好きな少年は自分の余命が長くないことをうすうす感づいていたが、「目をつぶれば鳥たちに自由に会えるんだ」と言っては空想で出会った鳥達の絵を描いてすごしていた。
そして少年は、父や母に「今度生まれ変わったら鳥になりたい」と言い残して息をひきとっていったのであった。
別の授業で使うために多摩川の河口付近で撮った画像を織り交ぜて編集しました。いつもはトップの方にもっていくクレジットタイトル(出演者の名前など)を最後にもってきたのは今の所この作品のみです。
主演の子は作品を見終わるなり「ブラボー!ブラボー!」を連発していました。
